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ハプティック・デザイン 〜触覚を重視した新たなデザインの志向

この記事を読まれる前に、最後に手が触れたのはどこでしょう?タッチパネル、マウス、あるいはキーボードでしょうか。視覚に偏って依拠する現代社会において、五感のひとつである触覚は、置き去り、なおざりされている、とライプツィヒ大学ハプティック(触覚学)研究所のマーティン・グルンヴァルト教授は言います。1996年に設立されたこの研究所は、今日まで、触覚に関する研究を行うヨーロッパで唯一の学際的な研究所です。

確かに、オフィスへ通勤する一般的な人を思い浮かべると、この指摘は当たっているように思えます。今日、世界中どこを見渡しても、職場で日中圧倒的に長時間触れているのは、キーボードやマウスなどのコンピューター関連のユーザーインターフェイスであり、通勤途中では、スマホのタッチパネルというケースが圧倒的で、触覚から考えると、 1日の生活はバラエティに貧しく、刺激が少ないモノトーンな時間が大部分を占めています。

しかし、現代社会で軽んじられてきたこの触 覚という感覚の特性が、今後再評価され、製品や機能のデザインにおいて触覚を重視したものが一般化してくる可能性がでてきました。ハプティック研究所を率いるグルンヴァルト氏の論文やインタビュー記事をもとに、最近の触覚に関する話題について、すこしご紹介してみたいと思います。

触覚は、胎児が自分のへそや自分の体に触るようになる、妊娠8週間の時点から確認されます。聴覚が発達し胎内で心音などが聞こえるようになるのは、妊娠20週ごろからであり、視覚にあっては、出生以後に発達することを考えると、触覚が非ほかの五感に比べて非常に早い段階で発達する、人間の根幹をなす五感であることがわかります。

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人間は総計で3億から6億の触覚情報を感知する受容体(レセプター)をもち、それぞれの受容体によって、振動や圧力、温度など異なるものを感知しています。この無数の受容体を駆使 した触覚は、0.001mmまで感知することができる非常に高度な感覚です。視覚ではこれより80から100倍大きいものでないと知覚できませ ん。

脳は、手や口などで触るという直接的な触覚的な体験によってはじめて、ほかの知覚や聴覚で得られた情報を具体的に認知できるようになると考えられます。異なる素材で作られた「はりねずみ」は、まったく触感が違うため、 触った人にも非常に異なった印象も与えることになります。

人が得えている情報の80%は、視覚的な情報からきている、とよく言われますが、グルンヴァルト氏は、これについて妥当ではないと言います。そして、その最たる証拠として、目の見えない人が、聴覚や臭覚、触覚などのほかの五感を駆使して情報を得、目の見える人と同様に情報と情緒あふれる生活を享受できてていることをあげます。社会が、印刷媒体から、さらにテレビやインターネットと、視覚メディアの高度な発達をつづけ、ほかの五感感覚から受け取る情報ソースやが遮断、あるいは情報を受け取りにくい状態になった結果、情報の大部分が視覚的なソースに依拠しているのとしても、それが必然的であるとは限らないということなのでしょう。

しかし、1980年代までの長いあいだ、産業デザインにおいても、視覚的効果に圧倒的な重きがおかれており、触り心地や使いごこちは、視覚的な要素よりも低い序列に置かれていました。やっとそれに変化があわれたのは、90年代からで、ハプティック・デザイン(触覚に基づくデザイン)の重要性に最初に気づいた業界は、自動車業界でした。90年代半ばから、自動車業界はハプティク研究所とともに研究を進め、見た目だけでも、機能性だけでもなく、使い心地や耐久性に重きを置いたハンドルや人工皮革などの開発・研究をすすめるようになりました。今日では、それまでと一転して、ほとんどの自動車産業は、ハプティック・デザインを重視するのが当然視され、自動車会社にはどこもハプティック研究部門が置かれるようになっています。

その後次第に、自動車業界だけでなく、医療、臨床、ロボット産業などのさまざまな分野でハプティック・デザインに重きが置かれるようになってゆきます。しかし、これまで様々な産業界からの依頼を受けて研究を続けてきたグルンヴァルト氏は、いまだハプティック・デザインを無視して開発された商品が圧倒的に多く、ハプティック・デザインの効力が発揮される分野や余地は、社会に依然として多分にあるとします。ハプティック・デザインをほかの感覚(視覚、聴覚、臭覚など)的デザインと、効果的にむすびつけることで、これまでにないような効果的な宣伝効果や販売促進が、可能になるとも考えます。とくに、ハプティク・デザインが寄与できる大きなポテンシャルがある分野として、保険や金融関連など、抽象性の高い商品や、パンフレットというビジュアルと文字情報に過度に依拠している旅行業界の広告・宣伝をあげています。

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ただし、ハプティックが重視されるということは、すべての人に共通する最適のハプティック・デザインを追求するということではありません。触感は、場所や年齢によって、好まれるものが異なることが多いためです。例えば、ヨーグルトはヨーグルトでも、ドイツとフラ ンスでは、クリーミーと、すこし粒つぶした感じ、というそれぞれ違う触感のものが好まれますし、べたつくような感じのものに対する感じ方も国によって違います。ドイツでは全般に、べたつくものは、伝統的に汚れを連想させ、不潔感をもよおすため、人気がないということですが、日本は、ご存知のように納豆などの粘り気のあるものを好んで食べる文化をもちます。世代によって触感が異なる端的な例として、同じドイツ人のなかでも、教授同様、幼少期を旧東ドイツで過ごした人にとっては、当時日常触れる紙は、粗悪な紙ばかりだったため、ドイツ統一以後も20年間は、つるつるした表面の紙を触ると特別の感じを受けたことをあげています。
つまり、ハプティックを重視するということは、地域や世代によって異なって形成される触覚を考慮・意識するということにもなります。


このようなハプティック・デザインの特徴や国による違い、また販売効果について読んでいるうちに、わたしにもひとつの例が思い浮かびました。日本の包装の仕方です。ヨーロッパ(少なくともわたしの知るドイツ語圏)では、中身がなんであれ、とにかくなんでもくるっと包みこんでリボンという形が広く一般化しています。 この際、基本的に包装紙とかざりのリボンには中身との相関関係は一切ありません。それはそれで、中身がなにかわからないというサプライズ感を演出していると言えますが、包装はサプライズという意味以外はもっていないとも言えます。さらに近年では、ゴミの減量化の観点から、 包装自体が批判の材料にもなっており、包装自体がある意味で低調、低迷気味です。

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一方、日本の包装文化は、近年はもちろん、 グローバルな潮流として欧米流の包装の仕方が一斉を風靡してはいますが、伝統的には、中身との相関関係をもつ触感を重視したものが多かったのが特徴と考えられます。色合いや模様、また包み方に、季節感や用途に応じてバリエーションをもった風呂敷という古くからの包装文化のほかに、商品として店頭に並ぶようになった贈答品の包装にも、一辺倒でない、多様な趣向や工夫がみられます。木箱や縄、竹、瀬戸物や笹の葉などを包装に利用した地方のみやげ品や駅弁のたぐいは、その好例でしょう。それぞれの土地の固有の味わいや個々の商品に見合うような 様々な素材、形、しかけ、色が組み合わされ、固有性や、素朴さ、手作り感などを表現し、包装によって中身の存在感や好感がさらに高まるほど洗練された、日本独自のハプティックな(触覚の)包装の文化があるといえるでしょう。

視覚的情報に依存する傾向が顕著になった結果、ほとんどの情報が視覚からになったにすぎないのだとすれば、逆に今後、ほかの五感を媒体とする情報ソースやツールが、今日の視覚情報 と同じくらい将来、発達してゆけば、状況が大きくかわってくることも十分考えられます。ハプティック・デザインという、触覚から出発したデザインが、単なる美観や、誤操作をなくし効率性を高めるための人間工学などとも違う角度から、デザインの地平をのぼっていく新しい朝日になっていくのかもしれません。

2004年開催された『Haptic 五感の覚醒』展をプロデュースした原研哉氏の同名の書籍によると、ハプティックという英語の言葉には「触覚を喜ばせる」という意味もあるそうです(6頁)。この記事を読んでくださったみなさまにも、五感を喜ばせるようなことが多くたちのぼる、素敵な新年となることを心からお祈りしております。


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参考サイトと文献
グルンヴァルト教授率いるライプツィヒ大学ハプティック研究所とその業績について
Haptic Reserach Laboratory, University of Leipzig(英語)

Dr. Martin Grunwald: „Der Mensch ist ein haptisches Wesen" In: Haptica, Werbung konkret. Das Magazin für den erfolgreichen Einsatz von Werbeartikeln, Interview vom 15.08.2011

Am Anfang ist der Tastsinn - Die existentiellen Funktionen der Haptik, 31. 7. 2014. Veröffentlicht in Haptik.

Martin Grundwald, Der tastsinn im Griff der Technikwissenschaften? Hearusforderungen und Grenzen aktueller Haptikforschung. In Lifis Online (Leibniz institut), 9.1.2009.


ハプティック・デザインと産業・広告業界
Haptik-Design im Auto: "Touchscreens sind unmännlich"

Kilian, Prof. Dr. Karsten: Spürbare Markenkommunikation, die sich gut anfühlt und uns beeindruckt Gastbeitrag: Markenhaptik In: media spectrum, Wiesbaden, 2012, Heft 6/7, Seiten 26-29

Haptik-Design Gefühlsecht. Von Kirsten Schiekiera. In: manager magazin. 25.10.2012


ほかの参考文献
日本の伝統的な多種多様な豊かな包装の仕方について
目黒区美術館編『包む --日本の伝統パッケージ』BNN新社、2011年

竹尾編原研哉+日本デザインセンター原デザイン研究所企画・構成『Haptic 五感の覚醒』朝日新聞社、2004年



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