バナナでつながっている世界 〜フェアートレードとバナナ危機

バナナでつながっている世界 〜フェアートレードとバナナ危機

2016-02-29

みなさんは果物といえば、なにをよく食べますか?スイスで一番よく食べられている果物はりんごで、一人当たり年間15キロを消費しています。りんごがほとんどが国産で、食生活の文化と長い歴史をつちかってきたこの果物であるのに対し、2番目によく食べられている果物は、 遠方からの輸入に100%たよっている果物、バナナです。毎年7万5千トンのバナナを輸入しており、一人当たり平均年間10Kgのバナナを消費しています。
バナナは栄養価が高く、消化も抜群で、一年をとおして手に入り、皮を剥くのも容易なため、スイスだけでなく、世界中で、歯のまだ生えていない赤ちゃんからスポーツマン、高齢者まで、すべての世代に愛されている食品です。年間、10億本以上のバナナが世界で消費され、世界で食べられている南国育ちの果物の半分以上の割合を占めています。小麦、米、とうもろこしにつづいて4番目に多く消費される食品でもあります。近年は小売の値段も安価で安定しており、ドイツではこの20年間ほぼバナナの値段は変わっていません。今日、バナナを売っていないスーパーはないほど、今日の先進国の生活にバナナは欠かせぬ存在です。
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このバナナ、スイスではフェアートレード商品として、近年広く定着しています。フェアートレードとは、アジア、アフリカ、中南米アメリカに20億人いるといわれる、厳しい貧困状態におかれている中小農家や労働者たちとその家族が、人間らしい生活をするに足る収入の確保と生活・自然環境の維持を目指すために考え出された、先進国と途上国の間の商業取引形態です。小規模農家で作られる農協などの途上国の生産者は、環境負荷の少ない生産工程、良好な労働条件、また組織の民主主義的な構造を確保し、仲介業者をはさまないダイレクトなフェアートレード取引契約を結ぶことによって、 通常より15〜65%も多い収益を手にすることができるといいます。フェアートレードの規定基準をみたして生産されたものには、水と緑を象徴するような黒字に青と緑のマークをフェアートレード・ラベルがつけられ、先進国などで販売されます。
スイスでは1992年からフェアートレード制度が導入されました。その後、スイスの生活共同組合で、かつ国内の小売売り上げの半分を占めている大手スーパーである「ミグロ」と「コープ」を中心に、フェアートレード商品の背景にある思想と、それを購入することで途上国を支援するという消費のあり方が、徐々に一般市民の間に知られていくようになりました。(スイスで今もビジネスモデルとして高い支持をえている協同組合については、「協同組合というビジネルモデル」を参照ください。)その結果、スイスのフェアートレードの総売り上げは、2013年には前年比で16%も伸び、4億3400万スイスフランにまで達しました。平均すると一人当たり年間53スイスフラン、フェアートレード商品を購入していることになり、一人当たりのフェアートレード購入額として、世界トップの地位を占めています。
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フェアートレードのなかでも、これまで順調な売り上げを伸ばしてきた優良商品がバナナです。フェアートレード・バナナの販売は1997年からはじまりました。当初はどこも、ほかのバナナと並列してフェアートレードのバナナを販売していましたが、コープではさらに一歩先に踏み出し、2004年以降は、フェアートレードのバナナしか販売しない方針を打ち出し、今日までその方針が貫かれています。スーパーだけでなく、レストランなどでも積極的にフェアートレード・バナナを取り入れていった結果、2013年のフェアートレード・バナナの売り上げは、前年比で13%増の9600スイスフランに達し、スイス全体で売られるバナナの54%以上がフェアートレードのバナナとなるまで普及しました。ちなみに値段は2016年2月末現在で、 普通のバナナの値段が1キロ当たり約296円(2.60スイスフラン)なのに対し、フェアートレードのバナナは342円(3スイスフラン)です。
ところが、世界中であらゆる世代に愛好され、フェアートレードの若い歴史にも輝かしい軌跡を残してきたバナナが、今、大きな危機に直面しているといいます。バナナに決定的な打撃を与える病気が、急激に世界的に広がっているためです。国際国連食料農業機関(FAO)ではここ数年、事態の深刻さに警戒を強め、専門的な対策や予防策などを提示し、注意を呼びかけてきました。今年2月には、ドイツ国営放送とスイス経済新聞NZZでも相次いで、バナナの直面している危機について特集が組まれました。これらの情報ソースから、現在までの状況について、以下まとめてみます。
問題となっているのは「TR4」と言われる目はみえない菌類による病気で、「新パナマ病」とも呼ばれています。バナナの根にこの菌が入り込むと、水や栄養の吸い上げがブロックされ、みるみると立ち枯れしていきます。いまのところ有効な駆除の手立てがなく、一度、地中に菌類胞子は入ると、地中で30年から50年生き続けると言われます。このため現状では、病原菌が見つかったら、ただちにその農園を隔離し、ほかに被害が広がらないようにするほかありません。しかし、汚染が新しい場所に広がるには、靴についたほんのわずかな菌類胞子だけで十分であり、被害を防ぐことは大変難しい状況です。現に、南アジアで発生したこの病気は、2年間で、中東、そしてアフリカ、オーストラリアへと広がり、今も日に日に被害を拡大させています。2013年からこの病気が確認されたモザンビークの農園では、すでに、毎週1万5千本のバナナの株がやられるまで深刻な被害になっています。洪水などの自然災害があればさらに、一度に広大な範囲が汚染される危険があります。
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出典: Pro Musa. Mobilizing banana science for sustainable livelihoods. Factsheet. Tropical Race 4 in Africa.

現在世界で流通しているバナナは、95%という圧倒的な割合が「キャベンディッシュ」というたった1種類のバナナです。このバナナ、みなさんもご存知の通り果実のなかに種子はなく、株分けしてそれを新たな場所に移植するという方法で、これまで増やされてきました。つまり親のクローンとして増殖されてきたということであり、遺伝子的には同一のものです。このため新種の病原体に耐性を持たないことも共通しており、このことが事態をさらに深刻にしています。
バナナ研究の世界的権威であるオランダのGert Kema 教授(Wageningen University and Research Centre)が、調理用のバナナや野生種などを含め、200種類以上のバナナの種類を調べた結果では、調理用のバナナの一部は菌類には、耐性であるものも若干みられましたが、全般にこの病原菌に耐性をもつ種類はわずか10%以下でした。このため、静かにしかし確実にこの死に至る病気が、今後も広がることは不可避とされ、最終的に世界中のバナナの85%が犠牲になるとも言われます。
世界で4億人が主食や栄養の一部としてバナナを食しており、主食としてバナナを食べる人がアフリカは、特にこの病原体の脅威にさられていることになります。また、バナナの生産地としては、インドと中国が世界最大ですが、中南米、南アジア、アフリカなど世界各地で栽培されており、先述のフェアートレードをはじめとし、貴重な農業輸出品として途上国の経済をささえています。エクアドルのバナナの8割以上は、外国への輸出用です。
被害を少しでも食い止めることと同時に、病原菌に強い新種のバナナが切望されています。しかし、代替されるようなバナナが登場する兆しは、しばらくありません。伝統的な品種改良の方法で 最終的に新しい品種を開発するまでには、少なくとも20年の年月がかかってしまいます。このため目下、大きな期待がよせられているのは、野生のバナナの遺伝子を組み込んだ病気につよい品種作りですが、 今のところできたバナナは、私たちの食べ慣れたバナナの味からはほど遠いようです。
さいわい2月現在、まだ中南米では、この病原菌の被害が確認されていません。スイス大手スーパーは、バナナはすべてこの中南米から輸入しているため、今の段階では具体的な影響はでておらず、フェアートレードバナナもほかのバナナにも値段に大きな変化はありません。しかし、これまで病原菌の汚染が広範に大陸をまたいで広がってきたことを考えると、が中南米へ渡るのも時間の問題という見方が強いようです。
南半球の太陽を思わせる、明るく平和なイメージのバナナとは、あまりにかけ離れた、過酷で暗澹とした状況です。最悪の事態にならないように、 予防策や措置が適切に行われ、天災などがそれらの努力を踏みにじらないことを祈るばかりです。
一方、先述のオランダのバナナ研究の第一人者Gert Kema教授は、現状の話だけではなく、長期的なバナナの栽培についても、ドイツ国営放送のバナナ危機特集番組で語っていました。りんごや洋ナシのようなほかの果物と同様に、たった一種類でなく、いくつものバナナが市場にでてくるようになるのをいつか実現させたい、というものです。それが、今回のような一種類しか出回っていないがために一斉に病気にやられてしまうという悲劇を防ぐことにもなりますし、農園内部でもモノカルチャーではなく、いくつかの種類やほかの作物と合わせて栽培するようになれば、病原菌に対する耐性を全般に高めることにもなります。消費者側にとっても、バナナの味やほかの食感がいくつかあって選べることは、(今は慣れない食感よりたった一つのバナナの味を好む人が大多数だとしても)将来、歓迎されるでしょう。
いずれにせよ、このバナナ危機によって、好むと好まざるによらず、バナナ栽培は、これまでの種類と栽培方法を見直さざるをえなくなっており、新しいバナナの時代に突入しているということは確かといえそうです。
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参考サイト・文献
—-スイスのフェアートレード、バナナの販売、生協について
Wie viel Geld erhalten die Produzenten in den Herkunftsländern?
«Die Unterstützung, die wir von den Konsumenten erfahren, geben wir mit der hohen Qualität der Früchte, die wir produzieren zurück.», Fairtrade Max Havelaar. Information der Max Havelaar-Stiftung (Schweiz) 20
穂鷹知美「スイスの生協の消費者をまきこんだ環境キャンペーン」環境メールニュース、2010年05月13日
Neu ausschliesslich Max Havelaar-Bananen bei Coop, 27.01.2004
Jede zweite Banane trägt das Max-Havelaar-Logo
Bananen
—-バナナ危機について
WBF Fighting Against Banana Threats, World Banana Forum Task Force on Fusarium wilt Tropical Race 4 (TR4)
The WorldBanana Forum (WBF),Working together for sustainable banana production and tradeTropical Race 4 (TR4) of Fusarium wilt (Fusarium oxysporumf.sp. cubense): Expanded Threat To Global BAnana Production

Going bananas? The serious threats facing the world’s favourite fruit

Nadia Ordonez and others, Worse Comes to Worst: Bananas and Panama Disease-When Plant and Pathogen Clones Meet, PLOS. Pathogens, November 19, 2015
Stephanie Kusma, Alles Banane, NZZ, 19.2.2016
Sergio Aiolfi, Bedrohte Cavendish-Spezies, Die globalisierte Banane, NZZ, 19.2.2016
Alles Banane -krummes Ding in Not?, Die Themen der Sendung, ARD, 6.2. 2016.
Ist die Banane vom Aussterben bedroht? Tagesanzeiger, 24.7.2015.
Der Tod der Banane, Tagesanzeiger, 1.12.2015.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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