ヨーロッパの水着最新事情とそれをめぐる議論

ヨーロッパの水着最新事情とそれをめぐる議論

2016-06-17

夏と言えば、プールでも海でも川でも湖畔でも、水辺で過ごすのが最高の季節です。ところで、それらの場所で水中に入る時どんな格好をするかと訊かれたら、みなさんは何と答えますか? おそらくほとんどの方が「水着」と即答なさるのではないかと思います。しかしヨーロッパではそうとも限りません。少し事情が異なるヨーロッパの水着をめぐる状況を、今回はご紹介したいと思います。
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<水着のオータナティブを求めて>
日本でも都市部では、仕事や観光で来日するイスラム教徒の方も増えてきており、頭をスカーフのような布で覆ったり、足元以外が見えないように手足も隠れる服装をしているイスラム教徒の女性特有のいでたちを目にすることも珍しくなくなってきました。(ちなみにイスラム教徒の女性でもそのような服装をしていない人もいます。)体を見えないように覆うことは、男性の目がある公共の場所ではどこでも必要と考えられているため、当然プールや海岸も例外ではありません。それではこれらの女性たちが、泳ぎたい時はどうすればいいのでしょう?
普段の服を着て泳いだり、公共の場所で泳ぐのをあきらめていた人が多いなか、2003年にヨルダン系のオーストラリア人デザイナーAheda Zanettiは、自ら一つの答えを見つけました。女性イスラム教徒のための水着のデザインです。それは、生地こそ普通の水着と同じ化学繊維を使用しますが、形は大きく異なります。長いズボンと長袖の上衣というスウェットスーツ風の二つの部分から成り、上衣についているフードで頭もすっぽり覆うことができ、足首から下の足と手と顔以外の全体がすべて覆われる形状です。 そして自分だけでなく、信仰心の厚いイスラム女性たちが、泳ぎも含め、社会で活発に活動することを後押ししたいという気持ちから、それをブルキニと名付けて販売するようになりました。
イスラムを信仰する世界の各地では、近年の目覚しい経済成長を背景に中間層が増えてくるのに伴い、ファッションへの関心や需要が高まっています。2020年までに世界中でこれらイスラム教徒のファッション関連商品は、3000億USドルを上回るようになると言われ、西欧を拠点としてきた大手アパレルメーカーはどこも、世界の人口の4分の1を占めるというイスラム市場という新たに発見された巨大市場に自分たちも地場を固めるべく、続々と進出を始めています。スウェーデンのアパレルメーカーのエイチ・アンド・エム( H&M)や イタリアの高級ファッションブランドのドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)、また日本のユニクロも、イスラム教徒向けの服や頭を覆う布Hinabの販売をはじめています。
イギリスの衣類・雑貨などの総合小売業者マークス&スペンサー (Marks & Spencer)は、3年前からリビアやドバイなどのアラブ地域で、ブルキニの販売もはじめました。ちなみに、イスラム女性用の水着はブルキニが最初であったわけではなくエジプトでは2000年から、トルコでは1993年から、 イスラム女性用の水着が販売されていました。しかしヨーロッパではイスラム女性用の水着を総称して「ブルキニ」と呼ぶことが多いため、今回もイスラム女性用の水着を一括して以下「ブルキニ」と表記することにします。
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ムスリム、ブルキニ、ファッションというキーワードを英語で検索してでてきた画像

ただしブルキニは、オーストラリアやエジプトやトルコの海岸では、かなり定着してきたのに比べると、ヨーロッパでいまだそれほど普及していません。今年3月末からは、マークス&スペンサーが、大手アパレル業者としてはヨーロッパで初めてインターネットサイトでブルキニの販売を開始したばかりです。一方、この販売開始に対して、フランスの家族・児童・女性権利大臣から、ブルキニは女性の身体を社会的に管理・抑制するものであり、そのようなものを売るとは会社が社会的な責任を怠っていると、と批判が出され、話題になりました。政教分離の歴史が長い一方、ヨーロッパのどこの国よりもイスラム教徒が多いフランスでは、公共の場で、なにをどこまで装着することが、認められるべきかについて長年議論が続いており、真っ黒で顔も目を除いて体全体を覆う通常「ブルカ」と呼ばれるイスラム女性服は、5年前からフランスでは禁止されています。
フランスほどセンセーショナルに議論が紛糾してはいないにせよ、ドイツ語圏でもブルキニをめぐる議論やニュースを時々聞くようになりました。この記事を書くために調べている間にも、ドイツのバイエルン州で初めて、あるプール施設でブルキニを禁止することになったというニュースが入ってきました。女性だけの水泳日で男性の目がないにもかかわらず、ブルキニを着用してプールに入ろうとした女性がいたことがきっかけで、ブルキニの着用自体が問題化し、最終的に自治体が判断を下すことになったといいます。ただし、ここで少なくとも表面上問題とされているのは、衛生上の問題や、体全体を覆うため水の中での動きがとりにくく、溺れる危険性が高くなるなど、もっぱら宗教や文化と関係ないプラグマティックな側面であり、正確にはブルキニを禁止したのではなく、「通常の水着のみプール利用を認める」というものでした。
今後、ブルキニをめぐり始まったばかりの議論の短期的、長期的な落ち着き先がどこになるのか、まだみえてきませんが、先ほど紹介したフランスの政治家の発言に関する、ドイツのディ・ツァイト紙Die Zeitのオンライン記事には、ほかの記事へのコメントよりも圧倒的に多い384のコメントが(6月10日現在)寄せられていたことは注目に値すると思います。つまり目下、ヨーロッパ人の関心は決して低くないと思われます。確かに公共のプール施設は、公共図書館などと並び、ヨーロッパ人が最も頻繁に利用する公共施設であり、とりわけ夏季には最も賑わう町のスポットです。このため、そこで目にする新しい状況や新たなルールづくりについて、身近に考える人が多くてもおかしくありません。ブルキニに対する意見の中には様々なものが混在していますが、好意的な意見も少なくありません。例えば、イスラム教徒が西欧社会において、自分たちの宗教や生活のあり方を自覚しながら、積極的に西欧社会で適応する道を探っている一端の表れなのではというものがあります。そして考えようによっては、ブルキニは社会を分断するのではなく、女性たちがヨーロッパの社会や文化にインテグレーション(統合される)きっかけになるのではないか、とも言われます。
今のところ、ドイツでもスイスでも州や自治体レベルでの一様の規定はないため、 女性だけのプールの日(その日はプール従業員にも女性だけを配備するなどして)を設定したり、施設利用者全般に詳細のプールの安全・衛生上のルールを提示し理解を求めるなど、自治体などのプール運営側がそれぞれ対応をしています。施設の利用者と関連者全員が満足する解決策をみつけるのは簡単ではないでしょうが、地道に模索していく間に、ブルキニのアパレル産業や利用者の方でもプール施設の要望にかなうように、質や形態を改良するなどして歩みよることで、徐々にイスラム教女性とほかの利用者の共存の道が開けてくるかもしれません。
<ナチュラルな水浴を求めて>
160617-4.pngここまでの話とは対照的に、同じヨーロッパで体を覆うのではなく、全く覆わないことをモットーとする人たちもいます。そのモットーは、裸体主義(ドイツ語でFreikörperkultur)と呼ばれ、文字通り何も装着しないことです。
カトリックが強い南欧や、プロテスタントでもピューリタン派の性格が強いアングロサクソン系の国は、裸体に対して躊躇や嫌悪心が強いですが、中央および北欧ヨーロッパでは、 裸体によりほかの人が不快になることよりも、裸体になりたい人の権利を重視する傾向が強く、公共の場の裸体に対しても比較的寛容に許容されています。
特にその牙城とされるのがドイツで、なかでも旧東ドイツでは裸体主義が国家的な伝統として根付いていました。旧東ドイツでは、公式にバルト海岸の10パーセントが裸体主義者のためと指定されていましたが、そこ以外もほとんど海岸では裸の人しかいなかったというほど、東ドイツ時代に非常に広範に普及していたそうです。私事になりますが、東西ドイツ統一の混乱からしばらくたった1990年代半ばから数年旧東ドイツの都市ライプツィヒに留学していたのですが、 当時も裸体主義はすこぶる健在で、各地にある露天掘り採掘場跡を水で満たした湖畔や川べりなどで水着を着用している人は、ほとんど見あたりませんでした。
しかし東西ドイツの統一から月日がたつにつれ、西側からの水着着用を好む観光客が増えるようになって、東ドイツでは広範に社会で許容されていた裸体での遊泳エリアが、以前に比べれば、少しずつ縮小されてきているといいます。ただし、裸体主義が衰える傾向にあるとも一概に言えないようです。むしろ、これまでのように目の前に多くの選択肢がない分、情報ソースをうまく 活用し、不便や他者との摩擦を最小限にして、自分たちの休暇をプランする方向性が強まったと言えそうです。2014年には110万人が裸体で過ごせる世界の余暇スポット(ホテル、海岸、ほかのレジャースポットなど)を選び、それを集計した結果が発表されています。ここには裸体主義の長い伝統があるドイツの北海やバルト海に沿った海岸や島はもちろん、スペインの マヨルカ島や、ギリシアやクロアチアのリゾート地もおすすめスポットとしてあげられています。裸体の休暇のための各種のガイドブックも毎年更新されて、普通のガイドブック同様に一般的に販売されています。総じて裸体主義は、時代の一つの潮流であるエコロジーやスローライフ運動などとリンクしながら、単なるヌーディストとしてではなく自然と親しむ「自然愛好者(ナチュラリスト)」であるというスタンスを全面に出すことで、いまなお根強い支持基盤を保っているようにみえます。
ここまで読まれて、ブルキニも裸体主義もどちらもずいぶん極端で異質のもののように映ったかもしれません。確かに一見そう思えるかもしれませんが、ひるがえって、日本の状況を眺めてみるとどうでしょうか。日本人は水浴においては確かに世界的に一般的な「水着」を着ますが、同じ水でもそれが一旦温かくなると、 公的施設(銭湯や温泉場)のどこにいっても、世界でも珍しい押しも押されぬ裸体主義派です。2014年の世界ウェルネス研究所の報告によると、日本の温泉・鉱泉施設は13754カ所は、世界の全温泉・鉱泉施設のなんと3分の2を占めているとあり、それらのほとんどで裸体主義が日々実践されているということになります。そのような独自の水浴・温浴スタイルを信奉(?)しているにも関わらず、それが国民全体に普及している習慣であるため、温泉で水着を着用すべきだとか、裸体主義の公共プールを設置すべきだ、などという議論や社会の摩擦も全く起こらず、 「普通」のこととして支障なく日々実践できています。近代以降の欧米風水着着用の水浴習慣と伝統的な温浴習慣が、今もどちらかに吸収されたり偏ることもなく、並行して存在し愛好され続けている、このような日本の状況こそ、世界的にみれば、ブルキニや裸体主義に勝るとも劣らないユニークな水浴・温浴習慣と言えるかもしれません。
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参考サイト
—-ブルキニについて
Burkini, Wikipedia
Rabea Weihser, Burkini: Wo die Freiheit baden geht, Die Zeit online
Barbara Pete, Wie viel Religion steckt im Burkini?, Panorama, SRF, 11.4.2016.
Musliminnen mussten in der Burka baden oder gar nicht, Aargauer Zeitung, 15.4.2010.
Stefan Brändle, Erstmals bietet eine Modekette Burkinis an - und ein ganzes Land regt sich auf , Aargauer Zeitung, 30.3.2016 (Zuletzt aktualisiert).
Mode: Frankreich streitet über den Burkini, Die Zeit online, 31.3.2016.
Kleiderordnung statt Religionsfreiheit Burkini-Verbot im Hallenbad Neutraubling, BR.de, 9.6.2016.
Streit um Burkini-Verbot in bayerischem Hallenbad, Die Welt, 9.6.2016.
—-裸体主義について(Freikörperkultur 略してFKK)
FKK in Ost und West: Die nackte Wahrheit, Der Spiegel, 2002.
Das sind die beliebtesten FKK-Urlaubsorte, Die Welt, 21.8.2014.
Nichts als Haut - Wo FKK-Urlauber glücklich warden, Die Welt, 12.5.2015.
Wie man FKK-Anhänger zur Weißglut treibt, Die Welt, 25.7.2016.
Nacktheit, Wikipedia
—-他
Global Wellness Institute, Global Spa and Wellness. Economy Monitor, 2014.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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