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カルチュラル・セキュリティ 〜グローバル時代のソフトな安全保障

ヨーロッパは先月からフランスで開催されているサッカー欧州選手権で盛り上がっていますが、観戦のためパリを訪れた外国人たちへのラジオインタビューでは、お祭り気分を堪能しながらも、混んでる地下鉄を避けるとか、繁華街になるべく行かないようにするつもりだ、といったテロへの警戒感や緊張感を感じさせるコメントが目立ちました。近年、ヨーロッパやトルコでの痛ましいテロ事件が相次いており、テロへの緊張感がヨーロッパ全体に潜在しているように感じられます。

世界的に広がるパブリック・ディプロマシー
しかし見えない脅威や不安を取り除くために、従来の軍事力はあまり効果がありません。直接的な威嚇や強制は、逆に強い反発を買うことにもなります。そんな中で冷戦以降、希望の光と注目されてきたのが、パブリック・ディプロマシーです。これは、政府レベルの外交とは異なり、一般市民どうしの交流や民間組織の文化交流など幅の広い交流を通じた、外国の国民や世論に働きかける外交活動のことで、世界各地での反米主義の強まりへの対策として、アメリカがはじめてから、急速に世界的に広まった文化戦略です。

今日、パブリック・ディプロマシーに取り組むのは、欧米諸国などの先進国だけではありません。国家のPRとして取り組む新興国も多く、中国はその好例です。世界94カ国に中国文化の紹介や中国語教育を推進するための孔子学院を設置するのと並行して、2014年までに 約100カ国・地域をカバーする国際テレビ放送網を整えてきました。卑近な例ですが、今年の5月初めにキューバを訪れた時にも、このような中国の国際放送の現状を目の当たりにしたような気がしました。以前「キューバの今 〜 型破りなこれまでの歩みとはじまったデジタル時代」でも報告したようにメディアの情報が乏しいキューバで 、外国人用のホテルで見られるテレビも例外ではないなか、中国のテレビ放送チャンネルは、中国語放送、アメリカ、ワシントンDCを拠点にした英語のニュース放送(CNCワールド)、スペイン語放送と3つもあり、そこから24時間休みなく流れてくる情報量の多さには、圧倒的な存在感を感じました。ちなみに、日本の本格的な海外向けテレビ放送 NHK ワールドは、中国や韓国より約10年遅く、2009年から スタートしたばかりで、現在は、18カ国語で発信されています。

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キューバで見た中国の国際放送のニュース番組


国際放送で伝えたいことと伝わること
ただし、国際放送などを通して他言語で情報を発信することが、すぐに他国に自分たちの聞いてほしいことを聞いてもらえることにはなりません。前述のように国際放送に力を入れる国が増えているため、放送局数は膨大となり、なにを見たらいいのか見通しがつきにくくなっています。他方、インターネットで様々なコンテンツが享受できる今日、各国の国際放送の重要性も以前より相対的に低くなっています。

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オーストリア(ドイツ語圏)で見た日本の国際放送NHK World(英語)


また、人類学者でパブリック・ディプロマシーに詳しい渡辺靖氏は『<文化>を捉え直す』のなかで「日本国内で『国際放送の強化』が提唱される場合、政府の立場をより前面に押し出す、あるいは日本のイメージを損ねる内容は控える、といった発想に傾きがちだ」(99頁)と、パブリック・ディプロマシーが陥りがちな偏狭な国益主義に警鐘を鳴らします。確かに、お金にものをいわせ自国をよく演出したり、都合がいい情報だけを流しても、情報は多岐の分野から入手できる今日、たちまちそれが偏った内容であることがわかってしまいます。視聴者の信用を裏切るような報道をそれでも続けていれば、「ジャーナリズムの未来 〜センセーショナリズムと建設的なジャーナリズムの狭間で」でも言われていたように、視聴者が離れていくのがジャーナリズムの定めであり、パブリック・ディプロマシーも例外ではありません。

一方、「自己批判をも厭わない器量」を持って偏狭な国益にとらわれることなく 、「 モラル・ハイ・グラウンド(道義的な高潔さ)を保ちながら公明正大に対応」する報道は、 「魅力や信頼性、正当性を高める対外発信」となると考えられます(101、105頁)。

渡辺氏のこの指摘を読んで、再びキューバ滞在中の国際放送を思い出しました。ドイツの国際放送(ドイツ語)も時々見ることができたのですが、そこで「トーマス・ミューラーとは誰か」という1時間半の長編ドキュメンタリーです。ドイツではファーストネームではトーマス、姓ではミューラーというのが一番多い名前だそうで、同姓同名の何十人ものドイツ人を取材し、「平均的なドイツ人」像を浮かび上がらせようとする主旨の番組でした。その番組終盤のクライマックスで、ドイツのサッカー代表選手のトーマス・ミュラーさんに、典型的なドイツ人とはどんな人か、と質問するところがあったのですが、彼の答えは、かなりそっけなくて、「文句をいう事。ドイツ人は本当によく文句を言うし、そういう自分もよく文句を言うし、文句を言うというのが一番ドイツ人の特性としてぴったりくる」という一見、身も蓋もないように思えるものでした。しかし少し見方を変えると、ここにこそ番組が追求するドイツ人らしさがにじみ出ているようにもとれました。確かにドイツ人に文句を言う人は多いかもしれませんが、そういう次元の話とは別に、カリスマ的な人気をもつ国の著名人が、国威発揚とは正反対の、誰が聞いてもいい気分にならないような国民にまつわる発言を、まわりの期待を堅苦しく意識することもなく、いともあっさりと自由にできて、それがまた世界に放映されるという状況は、自由な発言を互いに許容する国柄であることをなによりもよく示しているといえるでしょう。少なくとも、今日どこの国際放送でもみられる 〜CNN風のスタイリッシュなニュース番組や国の伝統工芸や歴史を紹介する内容〜 とはかなり違う内容で、見応えを感じる番組でした。

カルチュラル・セキュリティ
パブリック・ディプロマシーの安易な国益主義への傾倒を批判する渡辺氏ですが、他方、良質の内容の海外発信や、文化を通じた様々な対外的交流や対話が、これからの時代にますます重要性を増すことは、大いに認めています。さらに、目下、先住民族の伝統保護や文化財の保護・保全といった意味でのみ使われている「カルチュラル・セキュリティ」という概念を持ち出し、この概念とその意義をもっと広げて解釈し、文化が最終的に安全保障の一部ともなりうると構想します。そして、著作では明記されていませんが、それぞれの社会のもつ文化の価値を創出、活用、発信し、海外の市民との対話や交流が促進され、最終的に国内と海外が一緒になってコミュニティを形成することが、ついには自国のセーフティーネットになると捉えられます。

この話を聞いて、今度は、海外で日本文化に親しむ若者たちのことが思い浮かびました 。スイスでも日本の漫画やアニメ、鉄道や武道好きのティーンエイジャーや小学生に出会ったり、そのような子供たちの話を聞く機会がたびたびあります。欧米やアジアに現在広く分布していると思われる、このような日本発の文化やそれを通じて日本という国に興味や好感をもっている若年層との関わりは、日本にとって大きな可能性を秘めているといえるかもしれません。彼らを日本が将来の対話や交流の仲間として、迎えいれたオープンなコミュニティを形成できれば、 日本にとってかけがえのないカルチュラル・セキュリティの基盤になると考えられるからです。

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実際にカルチュラル・セキュリティがどれほどの威力を発揮するのかはわかりませんが、少なくとも、カルチュラル・セキュリティという視点をもつことで、経済的な関心や個々人の目的を追求することに終始せず、時には複合的で長期的な視点から、経済・文化活動のあり方や情報発信の意義について考えるきっかけを与えてくれるように思います。そしてそのような視点にたった言動は少なくとも、日本だけでなく、日本の文化を介して交流や対話する世界の人々全体にとっても、恩恵をもたらすものであるに違いありません。


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主要参考文献・サイト
渡辺靖『<文化>を捉え直す --カルチュラル・セキュリティの発想』、岩波新書、2015年

「トーマス・ミュラーとは誰か?」
Wer ist Thomas Müller?, Das Erste, 23.6.2015.

金子将史「パブリック・ディプロマシーと国家ブランディング」『外交』 vol.3.(平成22年11月)

星山隆「日本外交とパブリック・ディプロマシー―ソフトパワーの活用と対外発信の強化に向けて―」世界平和研究所2009年




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