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自分の分身が時空を超えて誰かと対話する時 〜「人」の記憶をもつロボットと人工知能の応用事例


空想の世界のものだった「分身」が現実に
突然ですが、ちょっと想像してみてください。自分の分身ができて、めんどうな仕事をやってくれるだけでなく、自分の代わりにほかの人に会ったり、やりとりをするようになったら?

このような話が単なる空想の話ではなくすでに現実になっている、それを示唆するニュースに、先日相次いで遭遇しました。ロボットや人工知能を駆使した本人の分身が、実際に本人に代わって他人とやりとりをしたというのです。ロボットや人工知能に関するニュースは毎日のように耳にするので、あまりもう何にも驚かないように勝手に思いこんでいましたが、架空の人物ではなく、実際の人間の分身となってほかの人に対応するという今回の話を聞いて、驚きと感慨、そしていくつもの疑問が浮かびました。

物理的、現実的に出会ってもいない人に、分身を通して会うということはどういうことなのでしょう。分身であっても現実の人間に出会ったような感じがするのでしょうか。もしそうであるとすれば、その人の心理にどのような作用を及ぼすのでしょう。また、社会ではどんな機能を担うことになるのでしょう。従来の人間関係を補完、補充するような新たな関係性になるのでしょうか。

今回は、二つのニュースの内容を具体的にご紹介し、それを聞いて素朴にわいてきた疑問をもとに少し考えをめぐらしてみたいと思います。

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作家が書かない作家の本
ひとつ目のニュースは、オーストリアの作家、クレメンス・ゼッツClemens Setzが最近出版した本の作成に関わったボットについてです。

『ボット。作家なしの会話』というタイトルの本の著者名は、一応上記の作家名、ゼッツということになっていますが、実は作家は本のために一文も書いていません。編集者が、作家にしたい質問を、作家の膨大な思考の記録(著者によって執筆され日記や書物の内容)をデジタル化し搭載したボット(ロボットの一種)に尋ね、ボットが適切な答えとして探したものをまとめたのがこの本です。ただし、このようなボットの発想は今回が初めてではなく、『ブレードランナー』の原作者フィリップ・K・ディック Philip K. Dickの死後に彼の手記を搭載した同様のロボットがすでにあり、今回はそれと同じ原理でつくられたものだそうです。

自分の分身のこのような作業と出てくる内容をみて、作者ゼッツはどのように感じたのでしょうか。インタビューの記事によると、作者はこのようなことが可能ではないかと常々考えており、今回、実際に実現できた結果をみて、「まっとうで、優雅、ある種詩的に」「自分自身のために語っている」と感じ、「なぐさめになった」と言っています(Tobler, 2018)。

なぜ「なぐさめになった」になったのかという質問には、「人は宇宙に生きていて、いつか死ぬ運命であるのに、死んだあとも、なんらかの形で存在できるという事実は解放してくれる」からだと作家は回答しています。作家独自の感性やそれに基づく言葉を安直に解釈することはできませんが、一般的に語彙から理解すれば、以下のようなことかと思われます。

自分が死んだ後も自分のつづった言葉や考えが、人との対話のなかで伝えられことができるとすれば、自分の(言葉を通じて思索、表現した)存在が喪失されずに生き続ける可能性を開いたということであり、そう思うと、自分のなかにある不安が解かれる気がする。

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ホロコーストの生存者の語りを伝えるメディア
もう一つのニュースは、ホロコーストの生存者の語りを忠実に再現するために開発された最新の視聴覚メディアに関するものです。このメディアとは以下のようなものです。視聴覚メディアの置かれた部屋に入ると、ホロコーストの生存者である86歳のピンヒャス・グッターPinchas Gutter氏が、原寸大のリアルな映像として映し出されています。その前にマイクが置かれており、誰かがマイクに向かってなにか質問すると、本人(の映像)が答えてくれます(最後の参考サイトに掲載してある、O'BrienとYoungの記事のなかに、実際の様子がわかるビデオがありますので、合わせてご覧ください)。

このメディアを実現するため、グッター氏は、五日間にわたり1500の(多くの来訪者がすると想定される)質問についてあらかじめ回答しており、高性能のカメラにおさめたこれらのグッター氏の回答のなかから、人工知能が、適切な答えをさがしその部分の映像が映し出されるというしくみになっています。このメディアは、映画監督のスティーヴン・スピルバーグが1994年に設立し、ホロコーストで生き残った5万5千人の人々をビデオに記録してきたショア財団により作成され、今年1月のスイスのダボス会議中、展示されました。

人工知能が簡単で即物的な質問に応答することには、アップルのSiriやアマゾンのAlexaですでに慣れつつありますが、非常に深淵なテーマを、しかも現実に存在する生身の人間の分身として伝えるという難しい任務を、人工知能に担わせるという試みに、まずは、おどろきます。

しかし、このような手段をとるにいたった背景を考えるとその必要性もよくわかります。さまざまな歴史的事実を伝えるために、それを実際に体験した語り部たちの語りは、どんなほかのツールにも完全に代替されえない特別な価値をもっていますが、時がたつにつれて、語り部自身の数が減るという避けられない問題も併せ持っています。ホロコーストの生存者も高齢化が進んでおり、どうすれば、本来の語り部のようにそばで話かけてくれる存在として伝承をつづけさせることができるのか、という焦眉の難題の打開策として、今回の斬新なメディアが生まれたということになります。


インターアクティブなやりとりの形と影響
人工知能には学習能力で内容や表現を自分で進化させていくものもありますが、この二つのケースでは、現実の本人の作成したデータには一切加工が施されていません。その意味では、データの内容自体は、ビデオやテキストなどに記録されたデータと、異なるものではありません。唯一しかし大きく違うことは、ビデオやテープ、書籍が、一方的に伝える形であるのに対し、質問をする人に個別に対応して、伝達するというインターアクティブなやり方をとっていることです。

内容が同じでも、インターアクティブに伝えるという手段をとると、受け手に違った影響を与えるのでしょうか。

違う影響としてまず考えられるのは、対話の相手として、その場で出会ったり、生きている(ように感じる)錯覚、感覚を抱きやすくなることでしょう。実際に、ホロコースト生存者のメディア装置を訪れた記者は、「本物のグッター氏にインタビューしたわけではないのに、本当にしたような気持ちがする」という感想を記しています(O'Brien, 2017)。ショア財団のビデオをみた限り、わたしも、話者の映像や話し方が非常に臨場感があるように感じ、これまでの博物館の流しっぱなしの視聴覚メディアコンテンツとは、かなり異なるように思われました。

リアルに自分の前で語りかけられている感覚を来訪者がもつことができれば、その内容への興味が高まったり、強い印象を受けることが可能性が高まります。その意味で、重要な歴史的事実の伝承という目的には、有望なメディアツールであるといえるでしょう。

一方で、内容や頻度にもよるでしょうが、実際に会っていないのに会った、あるいは会って対話しているという感覚は、感情的にその人に強すぎる愛着や絆を作ってしまうかもしれません。強すぎる、というのは、本当のそこに存在しないという現実を受け入れがたくなるほど、とここでは、おおざっぱに定義しておきます。

例えば、すでに亡くなっている人が、亡くなっているということが頭でわかっていても、感情的にそう思えなくなるということがあるかもしれません。そしてそれが、新たに、生きているように思いたい気持ちと、そこに実際にいない事実を認めるべきだという気持ちの間の心の葛藤を生み出すといったことがあるかもしれません。

しかし逆に、メディアを通じ現実と虚構の間があいまいにされることが、時と場合によっては好ましいと解釈されることもあるかもしれません。例えば、新しいこのようなメディアを利用することによって、親しい人との楽しかった思い出や、すばらしい思い出が、自分の記憶をたどったり、ほかのメディア(写真や交換した手紙類など)を使うよりも、いきいきと思い出され、心がなごんだり、生きてきたこれまでの人生に幸せを感じる、といったことが可能かもしれません。別れや死が受け入れられない、受け入れるのがあまりにつらい、精神的状況にある場合にも、これは一種の「心理療法」になる可能性があります。

しかし、これらのメディアが、死や別れをごまかしつづける「偽りのなぐさめ」にすぎず、かえってその人たちの現在生きる肯定的な意思を損なうものになると総合的に判断・解釈され、むしろ社会の倫理上、禁じ手とみなされることになるかもしれません。

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パリのグレヴァン博物館


本人自身の関わり方
次に、作成した当人自身にとって、それを後日利用することはどんな意味や可能性があるのかについても少し考えてみたいと思います。

まず考えられるのは、現在の自分が忘れていた過去の自分自身の言動やその背景の思想を思い出すことが、新鮮な刺激になる可能性です。「温故知新」のハイテク最新バージョンとでもいえるかもしれません。作家のゼッツ氏も、ボットからでてくる言葉に、自分がもともとつづった言葉であるとはいえ改めて驚いたり、関心したりして、新たなインスピレーションを得ています。

また、自分の脳に保管された記憶のように、いつでも記憶が取り出せるという側面に注目すれば、自分の記憶の外部の記憶保管装置として積極的に使える可能性もまた浮かびあがります。

そのような機能は、認知症が進行していき自分の記憶がなくなっていることに大きな不安を感じている人にとって、もしかしたら心強い助っ人となるかもしれません。失われた記憶で自分に必要なものが、自分の脳裏に保存されていなくても、すぐに取り出したり、取り戻せる環境が作ることで、自分自身の記憶を消失している、あるいはしていくかもしれないという、底知れぬ不安感や虚無感が、ある程度緩和されるかもしれません。

一方、このような技術が進歩し、記憶の外部装置から必要なものを取り出すのが便利になればなるほど、脳が本来もっている記憶能力を行使する機会が減り、健常者のなかですでに獲得していた能力が低下したり、未発達になる可能性もあります。少しテーマはずれますが、近年のナビゲーションに関する研究では、ナビゲーションに頼りすぎると地理的記憶が脳にとどまらず方向感覚も鈍化するという因果関係がわかってきています(Hein, 2018)。

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おわりに
ロボットや人工知能が現実の人と他者の間に入り仲介する今回のようなケースは、今後増えていくのでしょうか。そうであるとすれば、過度にそれらに依存し弊害がでてしまわないよう、それぞれが自覚して考え続けていくことが、非常に重要でしょう。そして、時には、どこまでどのように利用したいかを冷静に考え、特には断念したり限定するという、自制的な判断も必要となるでしょう。

個々人が自覚して賢明に判断できるように、今後、これらロボットや人工知能が介在する人間関係の便利さと危険性についての研究を進め、同時に、それらの成果や情報について、公共メディアなどを通じて、社会で偏りなく積極的に開示していくことも望まれます。

そして、人間関係を介在するこれらの新しい技術がこれからどんどん身近な存在になっていくのであれば、それらが人々の幸福や利益を最大限にもたらすものになることを強く願います。


<参考文献・サイト>
Auffermann, Verena, Clemens J. Setz: "Bot. Gespräch ohne Autor"Oft verblüffend, manchmal Nonsens. In: Deutschlandfunk Kultur, Buchkritik, 10.02.2018.

Clemens J. Setz: Bot. Gespräch ohne Autor. In: SWR2 Lesenswert, 11.2.2018 | 17.05 Uhr | 6:35 min

Hein, Till, Macht das Navi dumm? In: NZZ am Sonntag, 11.3.2018, S.49-50.

O'Brien, Sara Aschley, Shoah Foundation is using technology to preserve Holocaust survivor stories. In: CNN Tech, April 24, 2017: 12:04 AM

Tobler, Andreas, «Die Leute brauchen keine Fake News, um Mitmenschen zu verachten». In: Sonntagzeitung, Kultur, 11.2.2018, S.57.

Virtuelle Zeitzeugen: Wie künstliche Intelligenz hilft, den Völkermord an den Juden nicht zu vergessen. In: Kultur Kompakt, Donnerstag, 25. Januar 2018, 11:29 Uhr

Winkels, Hubert, "Bot. Gespräch ohne Autor": Steckt noch ein Autor in diesem Automaten?, Zeit Online, 14. Februar 2018 .

Young, Alicia, What If You Could Speak to a Holocaust Survivor? Now You Can. In: Techo Zone 360, FEATURE NEWS, April 28, 2017

Zwinzscher, Felix,„Ein Twitter-Bot schreibt die schönste deutsche Lyrik" In: Welt, Literatur, 12.02.2018




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