一般社団法人 日本ネット輸出入協会 – JNEIA

こどもたちにとって理想的なデジタル機器やメディアの使い方とは(2) 〜これまでのガイドラインとその盲点をつく最新の研究

2018-07-05 [EntryURL]

前回、スイスにおいて、こどものデジタル機器やメディアの使い方をめぐって、学校だけでなく家庭にも役割が期待されていることに触れました(「こどもにとって理想的なデジタル機器やメディアの使い方とは(1)〜スイスのこどもたちのデジタル環境・トラブル・学校の役割」をご参照ください)。

今回は、親向けのガイドラインや、最新の研究データを参考にしながら、家庭でのこどもたちのメディア機器やメディアの使い方がどうあるべき、と現在のスイスではとらえられており、今後は、どのようなことが重視されるのかについて、考えていきたいと思います。

親のための講演会

前回触れましたが、めまぐるしく新しいものがでまわるこどもたちのデジタル環境において、どんな機器やメディアをどれくらいどのように使用するようにこどもたちに進めるのがいいのやら、戸惑う親は少なくありません。そんな親たちのために、スイスでは、講習会やワークショップや、ウェッブでの情報開示や、パンフレットの配布などを通して、サポートする活動が活発になってきました。

それらの活動をスイス全国で展開しているのは、主に、教育や青少年、犯罪の予防などに関わる非営利組織です。主要団体名とサイトは、本文下の参考サイトに掲載してありますのでご興味がある方は直接ご覧ください。(なお、メディア・リテラシー向上のための活動は、EU内でも現在さかんです。その概要については「「情報は速いが、真実には時間が必要」 〜メディア・情報リテラシーでフェイクニュースへの免疫力を高める」をご参照ください)。

先日、わたしもある講演会に参加しました。ドイツ語圏で年間約1万5000人のこどもや1万2000人の大人を対象にワークショップや講演会を開催している非営利組織 Zischtig の、小学生の子をもつ親を対象にした講演会です。2時間弱におよぶ講演会では、現在こどもたちに人気があるアプリケーションやコンテンツ、クリエイティブな利用の仕方の紹介から、実際に起こった問題や犯罪、デジタルメディアに依存しないための工夫のアイデアまで、親自身が判断するのに参考になりそうなトピックが多く扱われ、講演会後、こどもの置かれた現状や身近にある危険が一望できた気がします。

現在、同様の問題を抱えていると思われる日本の親世代にとっても、比較や参考の観点から有用と思われる事項もあると思われるため、まず、これについて、ご紹介してみます。

●クラスメートがみんな参加するSNSのチャットは、こどもたちにとって重要な社交の一部とすでになっている。そのためそれを過少評価すべきでないし、ある年齢に達し、周囲がしている場合は、それを自分の子がすることを阻止することものぞましくない。

●こどもが思春期(反抗期)に入ってから、はじめてデジタルメディアの使い方についてお親子で話し合ったり、ルールをつくるのでは遅すぎる。それでは、ルールに従わない可能性が高い。思春期に入る前に使い方について少しずつ親子で話し合っていることがのぞましい。

●デジタルメディアで自分の個人情報をまもることの大切さを伝え、それを徹底させる。写真などプライベートな情報はできるだけプロフィールにのせない。とくに年齢が低いこどもたちは要注意。

●こどものデジタルメディアの問題で最近、新しく深刻な問題なってきたのが、有料コンテンツを配信する大手ネットメディア業者のネットフリックスの利用。シリーズもののドラマなどが豊富に揃っており、広告も入らず連続して長時間みられてしまうため、続きがみたいという衝動にかられ、視聴をやめるのが難しい。それを自制するのは大人でも難しいことであり、こどもたちには大きな試練となっている。

●WhatsappやほかのSNSでモビングやポルノを含む内容を発信、あるいは拡散すると、10歳から処罰の対象となる

●ある州で中学校で男子のスマートフォンを調べたところ、大半の男子学生の間で、大人でも禁止されているたぐいのポルノコンテンツ(未成年がでてくるものや暴力シーンがあるものなど)が保存されていた。それらは発信はもちろん所持することも全般に禁止されているため、処罰の対象となる。

●デジタルメディア(特に文字媒体)でのコミュニケーションでは、誤解が生じることが非常に多い。声のトーンや顔の表情などがわからずに、文字や絵文字のみでやりとりするため、目の前のコミュニケーションでは簡単に伝わることが、伝わりにくい(冗談のつもりで送ったのが、受信者には冗談に伝わらないなど)。このため、簡単なやりとりはいいが、込み入った話、とくに怒りや文句などネガティブな感情を誰かに伝える時には、それを使用をさけるべき。直接本人を前にして話すのが理想で、それができなければ電話かスカイプにする。

●デジタルメディア(ただし音声のみのメディアをのぞく。テレビやスマートフォンなど画面を使用するメディアを主にさす)の利用時間は、6〜9歳で週に5時間、10〜12歳は10時間ぐらいが目安。

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ガイドラインにあらわれている特徴

この講演会に限らず、親向けの講演会やワークショップを開催するの組織の一連の活動内容やサイトの公開されている情報は、それぞれ母体となる組織の性質によって、強調・重視される点には若干ずれがありますが、大きく2種類に分かれます。ひとつは、こどもたちのめまぐるしく変わるメディア環境の概要、そしてもう一つは、こどもたちの好ましい利用方法や危険を防ぐための知識や具体的なノウハウ、いわばガイドラインです。

どこの組織が提示するガイドラインも、スイスの最新の学問や、見識者の多数の意見をとりいれた偏りの少ない中立的な内容として評価できますが、同時にそこには、いくつかの特徴がみられます。例えば、

●コンテンツによっては非常にクリエイティブで楽しめるものもあり、一定年齢からはチャットなど同世代の社交性に不可欠な様子があることも認めるが、全般的には、デジタル機器やメディアの使用を大いに奨励・肯定する、というよりは、むしろ慎重な姿勢が強い。特に小学生の使用には抑制的。

●具体的な使用については、使用できる時間数を(おおまかに)決め、親がコントロールできる居間などでの使用に限り、子どもの寝室には決して持ち込ませない、といった規制や制限を一般的に推奨。

●そのような抑制的な使い方を、家庭のルールとして親子で保持、継続することを賢明とし、それができる家庭や親を、模範的とする。

●これらのルールを守ることで、こどもたちは分別あるデジタルメディアの利用の仕方を身につけることができ、依存症になるのを防ぐ。このような利用法が習慣化することは、こどもたちの将来にとってもよいという展望(希望的観測)。

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メディア消費に関する推論と研究

一方、興味深いことに、至極まっとうにみえるこのようなガイドラインの盲点を突くような調査結果が、講習会参加後1週間もたたないある日、スイスのメディアで大きく報道されました。

チューリヒ大学のコミュニケーション学およびメディア研究研究所の教授ホーギトイEszter Hargittai教授らが発表した研究の調査結果で、学生の大学1年の成績とその社会背景、また学生が覚えている家庭でのスマートフォンなどのデジタルメディアについての規則、またそれを現在ふりかえって評価したものを分析・調査したものです。調査は、スイスではなく、アメリカのシカゴにあるイリノイ大学の平均18歳の1100人の大学1年生を対象にしたものですが、この調査がチューリヒ大学の先鋭の研究者によって行われたものであったため、スイスのメディアでも大きく注目をあびたようです。

調査で、親がはっきりとした理由でデジタルメディアの使用にルールを作っていた家庭で育った学生とそうでなかった(ルールがなかった)学生の成績を比べた結果、学力的な差は見当たりませんでした。はっきり違いがあったのは、スマートフォンの利用を、学校や宿題をすることを理由に禁止していた家庭で育った学生と、そうでない学生とを比較した場合です。調査研究者も驚いたことに、前者のほうが、後者よりも成績が悪いという結果になりました。

ホーギトイは、親はこどもによかれと思って宿題のためにスマートフォンの使用を制限していても、こどもたちにはそのルールがネガティブに感じられ、宿題をしっかりやらないのかもしれないし、もしかしたら一部のテクノロジー、例えばなにかを調べるなど、宿題にとても役にたっているからかもしれない、と推測します。

いずれにせよ、これまで、親はルールをつくってそれに従う習慣をつけさせるほうが、子供達の学力向上につながる、勉強する時間がなくならないようにデジタルメディアの利用時間を制限するのは当然とする考え方が、あまり疑われることなく多くの人に受け入れられてきましたが、話はそれほど単純ではないことを、この研究は指摘しているといえます。少し強く言えば、この調査は、デジタルメディア使用の暗黙の前提であった、「ルール信仰」(ルールを作りそれを守られせるのはいいものだ)に疑問を投げかけ、検証の余地があることを示したといえるでしょう。

ちなみに、健康を理由にデジタルメディアの利用の制限が決められていた学生の場合には、比較的よい学業成績になっていたそうです。健康を心配する親は、たんにメディアを規制するのではなく、ほかのこどもにとってもよいいろいろな活動にこどもたちを向けるからではないかと、教授は推測しています。

ホーギトイ教授は、この研究結果をふまえて、以下のような指摘もしています。
「メディアの消費についてわたしたちは多くの推測をしますが、実際にわかっていることはあまりありません。誤った推論を避けるために、学問がこのような問いに対して体系的に調査することが重要です。」
「人々は新しいメディアをあまりにもよくなにかこどもたちに悪いものだとみがちで、それを規制(制限)しようとします。もちろん問題となる側面もありますが、単に規制するだけというやり方は、わたしの意見ではまちがいです。話し合うことが大切です」(Kündig, 2018)

ただし、この調査結果には、今後参考にする際に、留意すべき点があるでしょう。
それは、この調査がアトランダムに成人した世代を対象にしたものではなく、イリノイ大学という名門大学に入学できた学生たちを対象にしたものであることです。つまり、こどもたちの中には、デジタルメディアのを無制限に利用してこの大学に入るような学力に到達しなかった人も少なからずいたと考えられますが、それらのこどもたちのケースが、この調査ではまったく対象とされていないことです。逆に、非常に厳しい利用制限がある家庭に育ち最終的に学力が低調で、この大学に入らなかった人もいるかもしれません。ここでの調査対象は、イリノイ大学への入学という学力的なフィルターを通過した人たちのなかの傾向、差異を観察したにすぎないということになります。

つまり、この研究は、デジタルメディアを制限なく利用することが誰にとっても全般に学力を向上させることにつながる、といった飛躍した解釈を許すものではないということになります。

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おわりに

タブレットやスマートフォンといったデジタルメディアが当たり前のように身近にある生活環境で育っていくこどもたちが、これから次々に成人していきます。それに伴い、今回の大学生を対象にした研究のように、これまで調べようがなかったデジタルメディアが与えるこどもたちへの(大人になるまで、あるいはなってからの)長期的な影響といったテーマの研究が、飛躍的に進展する可能性があります。

そうなってくると、それまで「よかれと思った措置が意図せずにネガティブな結果になる可能性が」(Schlecht, 2018)これからいくつもでてくるのかもしれません。

一方で、現在の時点で「デジタル世代」の子をもつ親として、最善の策をとりたいとすれば、これからは、なににとりわけ留意することが必要なのでしょう。

これまでみてきたことを総合して考えると、例えば、使い方のルールを決めるだけで安心しないのはもちろん、ルールを作るという行為自体にも、クリティカルなまなざしを向けてみること。もっと基本的なところでは、こどもたちのデジタルメディアとの接し方について、それぞれのこどもの関心や個性や能力、環境、生活のリズムにあわせて柔軟に考えていくこと。そんなことになるのでしょうか。

こどものデジタル機器やメディアの扱い方というテーマにおいては、なにより、「子ども」が主役で子どもの問題と思いがちですが、このテーマについてみていけばみていくほど、実は、それをどうまかせるか、という親にゆだねられる部分が大きく、影の主役は大人(親)たちなのかもしれない、という気がしてきます。

参考サイト

・スイスでこどものメディア利用について講習会やワークショップ、リーフレットを発行している組織
Action innocence
eltern bildung.ch
Mediencoaching für Eltern
Pro Jugentute, Medienprofis
Swisscom, Bildungsagebote: Kurse, Materialien, Internet und Services
Schweizerische Kriminalprävention
zischtig.ch

Drew P. Cingel and Eszter Hargittai. The relationship between childhood rules about technology use and later-life academic achievement among young adults. The Communication Review. May 15, 2018. (ただし私が、参考にしたのはこの論文そのものではなく、研究者がチューリヒ大学のサイトで発表した論文の要旨や研究者へのインタビュー記事など)

Fassbind, Tina, «Kinder surfen mit Sprachbefehlen durchs Netz». In: Tagesanzeiger, 8.6.2018

Genner, S., Suter, L., Waller, G., Schoch, P., Willemse, I. & Süss, D. (2017). MIKE - Medien, Interak-tion, Kinder, Eltern: Ergebnisbericht zur MIKE-Studie 2017. Zürich: Zürcher Hochschule für Angewandte Wissenschaften. (2018年6月11日閲覧)

Häuptli, Lukas, Sex-Filme im Klassen-Chat. In: NZZ am Sonntag, 8.1.2017, 12:08 Uhr

Jugend und Medien. Nationale Plattform zur Förderung von Medienkompetenzen

Kündig, Camille, Schlechtere Noten wegen Handyregeln: «Wenn Papa Snapchat verbietet, trötzeln die Kinder». In: Watson.ch, 6.06.18, 08:12 06.06.18, 16:57

Scharrer, Matthias, Die Lehrkräfte haben noch Nachholbedarf. In: Der Landbote, 13.6.2018, S.23.

Oller, Katrin,Medien und Informatik: Für das neue Schulfach fehlen die Lehrer, Lehrplan 21. In: az Limmattaler Zeitung, Zuletzt aktualisiert am 6.2.2018 um 10:16 Uhr

Regeln beim Medienkonsum können Schulleistungen schwächen, Universität Zürich, Medienmitteilung vom 05.06.2018

Regeln für den Medienkonsum von Teenagern: auf die Begründung kommt es an, Kultur Kompakt, SRF, 6.6.2018.

Rules about Technology Use Can Undermine Academic Achievement, Media, News, University of Zurich, News release, 5 June 2018.

Schlecht in der Schule wegen Handy-Verbot. In: 20 Minuten, 05. Juni 2018 13:18; Akt: 05.06.2018 13:18

Schweizerische Eidgenossenschaft, Jugend und Medien. Zufünftige Ausgestaltung des Kinder- und Jugendmedienschutzes der Schweiz, 13. Mai 2015.

Schweizerische Kriminalprävention, Broschüren + Faltblätter

Umgang mit sozialen Medien - Hoher Medienkonsum macht Jugendliche nicht zwangsläufig dumm, SRF, Kultur, 6.6.2018, 16:56 Uhr (Sendung: Kultur kompakt, 6.6.2018, 11.29 Uhr)

Zahn, Joachim, Internet-Sicherheit: Welche Themen sind zu beachten?, zischtig.ch, 22 Jun, 2016

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


こどもにとって理想的なデジタル機器やメディアの使い方とは(1)  〜スイスのこどもたちのデジタル環境・トラブル・学校の役割

2018-06-26 [EntryURL]

こどもたちは、デジタル機器やメディアとどのように、またどれくらいの時間、接するのが理想的なのか。これは、現在世界中で「デジタルネイティブ」最年少世代を相手に子育てしている親たちが、共通して頭を悩ましている問題ではないかと思います。

今回と次回の記事で、現代の子育ての最大の難問のひとつといえる(!)このテーマについて、スイスの最新事情をふまえて、せまってみたいと思います。

とはいえ、ほかの国同様、スイスでも、それに対する明快な答えをもっているわけではありません。常に変化するデジタル機器やメディアの中身や、教育や心理学、脳科学、メディア分野の研究などからの新しい知見をふまえて、一般的なガイドライン(利用の指針)も移り変ってきているというのが現状です。そのように変化している現状を含め、学校、親、専門家それぞれの立場でこの問題がどう捉えられ、また将来どのようなことが重要になるのかに注目しながら、今のスイスのこどもたちのデジタル機器とメディアをめぐる状況を一望してみたいと思います。

今回はまず、現在のスイスでのこどもたちのデジタル機器やメディアの使用状況やそこでのトラブル、また教育現場(学校)でのこの問題への扱いについて概観してみます。次回は、これらをふまえながら、冒頭の質問、デジタル機器やメディアのどのような使い方が望ましいのか、という問いの答えを、最新の研究結果も参考にしながら、さらに追求していきたいとおもいます。

スイスのこどもたちのデジタル機器やメディアの利用状況

ここ数年の間に、スイスでもこどもをめぐるデジタルメディアの状況は大きく変化しました。利用頻度や時間、用途(メディアの内容)が変化しているだけでなく、利用者の年齢層にも大きな変化がみられます。

2010年から2014年の間で12歳から19歳までの年齢の携帯電話の利用率は16%から87%に急増しました。2014年の調査では、98%が携帯電話をもっており、そのうち97%がスマートフォンを所有しています。インターネットを日常的に使用する人の割合は全体の95%を占め、毎日の利用時間はおおよそ2時間とされます(週末や休暇中は3時間)。利用コンテンツとしてもっとも多いのがソーシャルネットワーク(SNS)で、若年層の89%は、少なくともひとつのSNSに登録しています (Schweizerische Eidgenossenschaft,2015, S.18)。

2017年の調査では、スイスの15歳から24歳の年齢層の98%が、SNSのひとつであるWhatsAppを利用しており、圧倒的な人気を占めています。ただし、2018年にWhatsAppは最低年齢を13歳から16歳に引き上げたことから、今後、利用状況や年齢層の分布が若干変わるかもしれません。ちなみにフェイスブックの利用者は2017年の時点で6割を切り、毎日利用する人は4割未満です。

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2017年スイスの15歳から24歳のデジタルメディアの使用状況
出典: digiMONITOR - Studie zur Mediennutzung in der Schweiz
(赤が毎日使う人の割合で、薄い赤が週に一度くらい利用する人の割合。)



一方、2017年の6歳から13歳のこども1000人以上と600人以上の親をを対象にした調査(Genner, 2017)では、6歳から9歳の4人に一人が携帯電話を所持しています。10歳から11歳においては3人に二人、12歳から13歳は5人に4人の割合です。その使われ方をみると、小さいこどもたちは、エンターテイメントに利用することが多く、年齢が高くなってくると、それでコミュニケーション・ツールとしての機能が重要になっていきます。10歳から11歳の間が大きなターニングポイントのようで、利用頻度や時間がその前後で大きく変化(その後急増)しています。

こどもたちたちの間に生じる危険やトラブルの種類

こどものデジタルメディア環境や利用状況が大きく変わり、デジタル機器やメディアへの依存が高まってくるにつれ、残念ながらそこでのトラブルの数や種類も増えてきました。

こどもたちにとって、分別ある判断や、自分の行動を制御することは、大人以上に難しいため、ただでさえ問題に巻き込まれやすいものですが(それゆえ、未成年者をターゲットにした犯罪も横行しているわけですが)、年々、デジタルメディアやツールを使いはじめる年齢が低年齢化し、使う頻度や依存度が全般に高くなっていることで、問題の種類や被害者・加害者となる年齢が、数年前まで想定されなかった範囲にまで広がってきています。また、一旦問題が起きても、適切な情報や相談相手にアクセスできずに状況が悪化したり、精神的に強い打撃を受けたり、意図せず犯罪に加担してしまう事例も増えています。

現在、スイスのこどもたちの間で、デジタルメディアを利用することで頻繁に起きているトラブルとしてまとめられているものは以下のようなものです(Zahn, 2016)。

1。意図せず料金が発生する
2。画像やテキストが悪用される、転送・拡散される
3。チャット(ネット上の対話)で、誤解が生じ、結果として大きな衝突がおこり、何人かが激しく罵倒される
4。こどもたちが突然見知らぬ人物に「チャットされる(ネット上で話しかけられる)」
5。こどもたちが見知らぬ人物と関わりをもつようになり、見知らぬ人物が突然なにかを要求されて、恐ろしい時間や数日間をすごすことになる
6。チャットやソーシャルメディアサービスが(友人によって)ハッキングされる
7。パソコンやスマートフォンにウィルスをインスタールしてしまう
8。「冗談」(自称「冗談」でもひとを傷つけたり不快にするような内容をここでは指すものと思われます。 筆者註)や脅し、ポルノの拡散などのあとの法律的な問題
9。フィッシング(ネット上の詐欺)
10。利用者データの流出

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こどもたちのための学校での授業という取り組み

こどもたちが、デジタルメディアのトラブルに巻き込まれないようにするためには、どこでなにをするのが有効でしょうか。

まず、多くの人が最初に思いつくのが、こどもたちが毎日通う学校での対応でしょう。事実、スイス社会でも学校に一定の期待が寄せられています。なんでも学校に任せるのは、(聞こえはいいが、実際はほとんど丸投げに近く)無責任な親の法外な要求だとする批判もたびたびありますが、その一方、どんな家庭環境に育っているかに関係なく、すべてのこどもたちがトラブルに巻き込まれないようにしていくためには、学校で全面的に指導することがのぞましい、という考え方もまた強いためです。

ただし、これまでは、スイスで一律の必須科目になっていなかったため、メディアの利用の仕方についてテーマとしてとりあげられるケースがあっても特別授業枠であり、その内容は地域や学校、教師の判断や対処に大きく委ねられており、学校やクラスによって、大きな質と量の差がありました。必須科目でないため、内容をこどもが習得しているかが細かく問われることもありませんでした。

しかし、今年8月から、メディア機器の使い方についてのノウハウや知識の授受が、大きく進展すると期待されています。夏休み以後の新年度から、ドイツ語圏の21州で導入される予定の「 学習計画21(Lernplan21)」(これまで州によって異なった学校の授業や制度を統合し、新たに体系的にまとめたもので、内容的には日本の学習指導要領に近い)で、「情報・メディア」という授業科目が新しく加わるためです。(この授業科目の導入の背景や、教師の養成については「教師は情報授業の生命線 〜 良質の教師を大量に養成するというスイスの焦眉の課題」)。

学習計画21の実際の導入年度や時間配分は、州や学校によって若干異なりますが、例えば、チューリヒ州では小学校5年から、一週間に1から2時間(コマ)の授業が行われる予定です。また、算数や言語など別の科目のなかでも同様のテーマを取り込むなど、ほかの授業と統合した形で情報やメディアリテラシーについて学習される予定です。

授業がどのようにすすめられていくのかは、実際に実施されていかないとよくはわかりませんが、先日完成した、この新しい科目向けの小学校5年生向けの教科書(紙媒体)「コネクテッド Connected」の構成を聞くと、大まかな内容をうかがい知ることができます。

教科書を発行した出版会社の説明によると、この教科書では、主に、テクノロジー(どう機能しているのか)、社会文化(どう使うのか)、利用(どう利用するか)という、三つの観点から情報テクノロジーやメディアについて扱っています。全般に、実践的な内容や詳細にこだわるのではなく、情報のテクノロジーの基本的なコンセプトを理解することに主意が置かれており、急速にテクノロジーが変化する現代でも向こう10年間有効でいられるような内容になっています。この小学5年生用教材を皮切りに、2021年までに6年から中学3年までの残りの教科書も完成させ、これとは別に教師用のデジタル版の教本が3ヶ月ごとに更新され、配布される予定です。

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家庭での親の役割

一方、学校でデジタル機器やメディアについて教えるのとは別に、こどもたちが主にデジタル機器やメディアを使う場所である、家庭でも、親がこどものデジタルメディアの利用について注意し、子どもたちが危険にまきこまれないようにすべきという意見が強くあります。学校側も、直接・間接的に、機会があるごとにそのことを親にアピールしています。

とくに、近年、小学校低学年ごろから、日常的にタブレットやスマートフォンに触れるこどもたちの数が増えてきたことを背景に、数年前までは中学生ごろで十分と考えられていた自分の身をまもるための知識や技術を、すでに小学校低学年、あるいは就学以前から、ある程度身につけることを望ましいとする意見が専門家の間で強まっており、正式に情報・メディアの授業がはじまる小学5年生以前のこどもに対する家庭の役割への期待が、相対的に高まっているように思われます。

しかし、親としては、ことはそれほど簡単ではないようです。そもそも、現在のこどもたちのデジタルメディア環境について、十分に把握している親は意外に多くありません。

親は、自分がこどもたちがすごす時間にデジタル機器を使わない傾向が強く(例えば、屋外でスポーツなどのアクティビティをしたり、家庭にいてもボードゲームなどデジタルツールでないものを使っていっしょにあそぶなど)、換言すれば、こどもたちがデジタル機器やメディアを利用するのは、親がこどもに時間がとることができない、あるいはとらない時である場合が多いように思われます。

そうであると、こどものデジタルツールやメディアの使い方を把握するには、別個に時間をつくらなくてはいけません。しかし、そのような時間がとれなかったり、あえて時間をとるほど、こどものデジタルメディアに関心がもてない親も少なくありません。また、こどもの状況をしっかり把握しようとしても、ネット上にはゲームのアプリケーションもメディアのコンテンツも無数にある現状において、好奇心が強いこどもたちが使うものや内容も日々変化する可能性も高く、こどもが利用するものを常にアップデートして把握するのは、親にとっても楽なことではありません。

また、そもそも親自身が、スマートフォンを四六時中利用したり、メディアコンテンツを長時間利用している場合もあり、こどもの利用を規制しようとしても、(こどものよい手本にはなりえず)説得力に欠けていたり、逆にこどもがデジタル機器を利用していてくれたほうが、自分がこどもの世話をする負担が減るので、それを容認したいという気持ちを内心もっている親もいるでしょう。

このような、時間や関心が不足したり、矛盾する心境を抱えている親たちでも、こどもたちの家庭でのデジタルメディア環境をつくるサポートができるよう、親を対象にした、講習会やワークショップが近年、スイス各地で増えてきました。

次回につづく

次回では、そのような親を対象にした講習会などで提案されているガイドラインや最新の研究結果をみていきながら、こどものデジタル機器やメディアの使い方において、さらに掘り下げて考えていきたいと思います。
※記事に関連するサイトは次回の記事の最後尾の「参考サイト」の項ででまとめて提示します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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