一般社団法人 日本ネット輸出入協会 – JNEIA

5000ユーロからの幸福 〜ドイツの経済学者による幸福研究

2016-04-20 [EntryURL]

幸福とは何が、幸福になるにはどうすればいいか、こんな話題は、哲学・宗教あるいは自己啓蒙本の独断場で、学術研究が入る余地のないテーマだと長く考えられていました。しかしドイツでは、社会や人間の幸福を最大化するという目標をかかげ、80年代かられっきとした学術的な課題として、社会学や心理学、神経科学を中心に実証的な研究が徐々にすすめられてきました。ドイツ、ニュルンベルク工科大学で経済学を教えながら、1990年代半ばから学際的な幸福研究に関わってきたカールハインツ・ルックリーゲル教授は、幸福についてのこれまでの研究成果をまとめ、明快で一般市民にもわかりやすい提言を続けており、その発言は近年、ドイツやスイスの主要な新聞やテレビでもたびたび取り上げられてきました。
経済学者からみて幸福とはどのようなもので、社会全体の幸福を最大化するにはどうすればいいというのでしょう?ルックリーゲル教授の主張は、哲学者の論じる茫漠とした幸福論や宗教書の教条的な幸福論とはかなりトーンが違い、新鮮な示唆に富んだもののように感じます。今回はそのルックリーゲル教授の示唆する内容を、近年の教授のメディアでの発言や論文からまとめて、紹介してみます。
人が個人的(主観的)に感じる心地よい安らかな心身の状態 Wohlbefindenと理解される「幸福」とは、二つの側面から成り立っているとします。日常感じる感情のような感覚的な側面と、満足・充足感といった自分で少し客観的になって認知・認識する側面です。実際の幸福を感じる状況や、関連する側面や環境について、学際的な研究が重ねれられてきた結果として、まず、幸福感(幸福と感じる・認識する情感)に大きく影響する要素を、以下の6つのカテゴリーにまとめます。
1.物理的かつ心理的な健康状態
2.自分が満足できる、自分を満足させることができるような仕事や行為・課題(有償の仕事とは限らない)
3.個人の一定程度の自由
4.心的態度(人生での目標や優先するものや感情マネジメントなど)、人生哲学、宗教心など
5.物質的な基本的欲求と生活を保障するにたる収入・経済的な安定
6.人的関係(社会関係)
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近年の研究で、とくに重要だとわかってきたのは、人間関係(社会的関係)です。パートナー、家族、友人、近隣の人や同僚などと十分な時間をもつことで、幸福感が保てたり、さらにその人たちになにかしてあげたり、頼りになることを示すことを通して、褒められたり評価されると、強い肯定的な気持ちになり幸福感が増します。二番目に重要なのは、心身の健康です。健康は至福感や肯定的な気持ちになるための基本となっているとします。一方、ここにあげた六つの要素のうち、重要性からみると最後にくるのが、物質的な基本的欲求と生活を保障するにたる収入・経済的な安定です。もちろん食事や住居などの最低限の基本的な欲求はみたされていなくてはならず、ある程度の収入があることは不可欠です。実際に、下から20%の低収入社会層には、不満が強くみられます。しかし人々が執着するほど、お金は、幸福感に影響しないことが徐々ににわかってきました。
お金と幸福感の関係は複雑で、簡単な相関関係ではあらわれません。世界中の西側諸国で1960年代以降、 一人当たりの収入は恒常的に増えてきているにも関わらず、それでも以前より幸福感が高まっているわけではないことも、お金と幸福感関係が簡単でないことを端的に示しています。2011年のドイツの幸福指標では、 収入があがるにつれて幸福感が相対的にある程度あがっていきますが、手取りの収入5000ユーロがピークで、それ以上になると収入が増えても、幸福感が上昇していませんでした。月に手取り5000ユーロの収入を得ること自体が決して簡単ではありませんが、それ以上の収入がある人がより幸福であるわけではなく、もっと幸福になるためには、良好な人間関係や、他人からフィードバックがある役割を演じるなど、お金では換算できない自身による労力の投資が必要になってくるということになります。逆に、5000ユーロの手取りがなくても、人間関係などほかの分野に自身が労力を投資することで十分幸福感を上げることが可能だということもできます。
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なぜお金が多くなることで、簡単に幸福は増えないのでしょう。その理由は、お金を多く所有すると人は通常、より欲も増えるためだと考えられます。物理的に基本的な欲求需要が満足されても、高い給料にもすぐになれてしまい、むしろ物理的な欲望は、いつもさらに上を目指そうとし、満足よりも、さらなる上と比較して不満足に陥るからのようです。総じて、幸福感は、お金が増えても一定以上は変わらず、お金との相関関係は概して薄いことは、近年では大学でも講義されるほど、学問の世界では広く知られる事実になっているそうです。
ただし個々人によって、何が幸福感を強くしたり、弱くしたりするかは若干異なります。また一般の傾向として、そして物質的なものやキャリアを重視する人々は、社会的な人間関係やそこでの貢献を人生の中心に考えている人よりも、相対的に、不満が強いという統計データもあります。
人々が幸福感を高めるために、政治や経済界、あるいは個人でできることがかなりあるとわかったことも、これまでの研究の成果です。具体的に社会における人々の幸福を最大化するため、どんな措置が有効なのでしょう。まず、経済成長イコール幸福の増加、というこれまで漠然と信じられていた方程式が、まちがいだということが学術的に証明された以上、政治は、経済成長を目標にせず、人が幸福感や満足感を高めることができる主要な分野に、政策を集中することが賢明な選択となったと言います。例えば、公平な教育機会は、社会での主体的な参加のための不可欠の前提であるため、健康分野同様に中心の政策課題となるべきだとします。
また、この先労働力の供給が減少すると予想されるドイツにおいて、企業にとっては良い人材を十分確保できるかが企業の明暗を分けるようになると考えられますが、企業にとっては従業員が幸福感をもてるように配慮することが必要不可欠になっていくといいます。 優秀な人材が、就業先を選ぶ際、給料などだけでなく、企業が従業員にどのような配慮を行うかを、これまで以上に重視されるようになると考えられるためです。幸福感の強い社員をもつことが会社にとっても非常に有益であるという事実は、2012年にハーバードのビジネスレビューにおいても発表されました。具体的には、従業員に対する接し方( 具体的に、一人一人への細かな配慮、正しい評価、チームや 会社の良好な雰囲気、公平さ、研修などによる社員の能力向上への努力、社員自分の裁量に委ねる 部分を広げることなどがあげられています)、職場の環境、ワークライフバランスの3分野を充実、魅了的に改革することが重要とします。
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ここまで読んで、以前、紹介したドイツのドラッグストア・チェーン「デーエム」を思い出しました。ドイツ国内で従業員からも顧客からも最も高く評価をされている小売業者「デーエム」が重視・実践している従業員への待遇は、ここで言及されている従業員への待遇によく似ています。その「デーエム」が、ヨーロッパ最大のドラッグストア・チェーンとして成功をおさめていることを考えると、ルックリーゲル教授が薦める企業の改革は、かなり説得力があるもののように思えます。(「デーエム」の社内方針と実績については、「ベーシックインカム 〜ヨーロッパ最大のドラッグストア創業者が構想する未来」をご参照ください。)
また教授は、個々人のレベルでも、自分自身が考えている以上に、自分たちの意識の持ちようが、自分の幸福感を強めたり弱めたりしていることがわかってきたともいいます。近年の心理学では、それらの姿勢や考え方を変化や強化することが可能で、幸福感を高めるために効果的な姿勢や考え方も明らかになってきました。
まず、自分が達成できるような無理のない目標をたてること、 やたらに他と比較してそれでくよくよ悩むことを避けること(自分の高望みの目標や欲求が満たされなかったり、常にほかと比較すると、自分への自信を喪失してしまうだけでなく、勇気をなくし、怒り、フラストレーションもたまってしまうため)、ほかの人に親切にすることなど、普段心がけて気をつけるべきことがあげられます。また、幸福感を高める考え方自体をトレーニングによって身につける、あるいは強化することも提案されています。具体的なトレーニングの内容をいくつか紹介してみましょう。
まず、楽観主義(楽観的な考え方)の強化です。楽観的な人は、悲観的な人より幸福な人が多いことがデータからもわかっており、楽観主義は幸福・満足感の中心的な指針であると考えられます。楽観主義の強化トレーニングの詳細については語られていませんが、以下のようなことのようです。自分ができることを成し遂げることで自分に自信をつけ、それを持続させることなどを通して、自分の中の肯定的な気持ちを大切にするようにします。これによって 物事全般に対しても肯定的な気持ちに重点が置ける良い循環に入り、楽観主義を維持・強めることができるというものです。
感謝できることを記録するなどして、それらに思いをめぐらし意識化することも、幸福感を高める効果的なトレーニングになるといいます。目安として、2、3ヶ月に2、3回 、1週間の間、三つの感謝することを日記などに記録することが提案されています。意識化された感謝の気持ちは、妬みや欲、敵視や不安、怒りなどの否定的な感情を抑制するだけでなく、当然でない重要なことをはっきり自覚することもできるようになるとされます。
フロー効果も有力だとします。フロー効果とは、自分が発揮できるような新しいことに色々挑戦し、没頭する(ように自分を仕向ける)ことです。それによって、嫌なことが自然に視界から消え、気にならなくなります。生活のどの分野においても、ネガティブなことにたいしてこのフロー効果は有効だといいます。
ルックリーゲル教授によると、 人々の幸福を最大化を目指す幸福研究は、今後、政治や学問研究の方向性や課題を考える上で無視できない、重要な地位を占めるようになるといいます。さすが楽観主義を薦める幸福研究の一人者だけあって、自身の研究分野の将来についてもかなり楽観的な展望です。さて、みなさんは、これらの話を聞いて、どのくらいご自身や社会全体が幸福になれそうな楽観的な見通しを抱かれたでしょうか?
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参考リンク
—-カールハインツ・ルックリーゲル教授のプロフィールサイトと書き下ろしコラム
Webvisiten Karte. Karlheinz Ruckriegel
Karlheinz Ruckriegel - Glücksexperte, Gastkolumne
Karlheinz Ruckriegel, Wohlbefinden statt Lottogewinn. Glück ist subjektiv - aber man kann es messen, Focus Online, 11.11.2013.
Karlheinz Ruckriegel, Glück beginnt am Arbeitsplatz. Die Glücksformel für den Job aus Harvard, Focus Online, 22.11.2013.
Happy New Year! So werden Sie 2014 glücklich, Focus Online, 31.12.2013.
—-インタビュー記事とテレビ番組
Christian Brandt, Was macht ein Glücksforscher?, National Geographic Deutschland, 6.8.2014.
Horst Peter Wickeln, “Bei 5000 Euro netto ist die Glücksgrenze erreicht”, Die Welt, München Glückforscher, 1.1.2013.
Stephanie Kundinger, Nürnberger Glücksforscher “Such dir eine Arbeit, die du liebst”, Süddeutsche Zeitung, 30. 3. 2014.
Stephanie Kundinger, Nürnberger Glücksforscher. Es geht nicht nur um mehr Gewinn, Süddeutsche Zeitung, 30. 3. 2014.
Wie wird man glücklich? - Ein Glücksforscher erzählt, Franken Fernsehen, 29.5.2015.
BGE Bedingungsloses Grundeinkommen, Bayerischer Rundfunk (放映日不明)(2015年4月3日視聴)
Was macht glücklich? Reiffeisen Nachrichten Südtirol. (Youtube Video)(2015年4月3日視聴)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


デジタルゲームの背後で起こっているテーブルゲーム・ルネサンス

2015-12-16 [EntryURL]

今年もクリスマスまであとわずかとなりました。この時期、ヨーロッパの街はクリスマス市の訪問やクリスマスのプレゼントを買い求める買い物客で、1年で最も賑わいます。クリス マス商戦がはじまる直前の10月、毎年ドイツの北西ルール地方にあるエッセンという都市では、遊具メッセが開催されます。今年の メッセは、出店者数が41カ国から910、 訪問者数は16万2千人と、33年のエッセンのメッセの歴史のなかでも最大規模のものでした。
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このメッセは、一般人も訪れる、テーブルゲー ムの世界最大の遊具メッセとして特に有名です。(テーブルゲームとは、ボードゲームやカードゲームやさいころゲームなど、デジタルゲームはないものの総称で、アナログゲームとも呼ばれています。)遊具類のなかでも比較的高価なものであるテーブルゲームは、ドイツではクリスマスプレゼントの定番の一つで、11月、12月のボードゲームの売り上げだけで、年間の売り上げの3分の1になります。このため、このメッセは、クリスマス販売戦略上、玩具製造会社にとって非常に重要な宣伝の場となります。(ヨーロッパの販売戦略においてのドイツのメッセの役割については、「ドイツのメッセ・ビジネス」をご覧ください)
これまで、子どもの数の減少傾向に加え、デジ タルゲームの圧倒的な攻勢を受け、テーブルゲームは次第に廃れるとの予想が大半でした。しかし予想に反し、テーブルゲーム産業はいまも健在で、堅調な成長を続けています。エッセンの今年のメッセでも、1000点以上の新商品が披露されました。今回は、日本ではあまり知られていないと思われる、このテーブルゲームの近年の世界的な動向について少しご紹介します。
話はドイツからはじまります。ドイツは、伝統的にテーブルゲームが大好きなお国柄で、する人の数も多ければ、商品の数も種類も豊富です。特に1995年に販売を開始した「カタンの開拓者たち」というボードゲームを皮切りに、以後 優れたテーブルゲームがドイツから続出し、ドイツのテーブルゲーム は世界的に圧倒的な質と量をほこるブラントとなっていきました。毎年、400から600の新しいテーブルゲームがドイツ市場に出回り、 2013年のボードゲームの売り上げは4億ユーロと、景気にあまり左右されず、安定した市場を維持しています。 世界に冠たるテーブルゲーム製造会社大手も多くがドイツにあります。町の玩具店ではテーブルゲームがかなりのスペースを占めており、 最近は本屋でもテーブルゲームを置く店を、よくみかけます。
このテーブルゲーム大国ドイツで、 1979年から毎年初夏に、優れたテーブルゲームを選出するようになりました。ゲーム・ オブ・ザ・イヤー(日本語では「ドイツ年間ゲーム大賞」と呼ばれることもあります)と呼ばれるその賞は、以後、テーブルゲームの最高峰を象徴する世界的権威となり、映画界のアカデミー賞さながら、ノミネートされるだけで、市場にでまわるあまたのゲームのなかで知名度が一気に高まり、売り上げが大きく伸びます。さらにゲーム大賞をとれば、売り上げは約20倍 、30 万人の顧客確保につながるとも言われます。2013年に大賞をとったこの「花火」というカードゲーム(ゲームの名前が日本語で、ゲームの内容も日本の夏の花火大会がモチーフになっていますが、日本人がつくったものではありません)は、2014年前半までに70万箱売れました。
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このようなドイツ発のテーブルゲームは、 海外各地でも注目されるようになり、アメリカでは、 テーブルゲーム自体が「ジャーマンゲーム」と呼ばれるようになるほどメジャーになっていきます。「カタンの開拓者たち」は、これまでドイツ、オーストリア、スイスで9百万、世界全体で合わせると20カ国語以上に翻訳されて1800万箱がこれまで購入されています。ドイツで作られている全テーブルゲーム商品の30から50%が現在 輸出用であり、業界第2位のラーベンスブルガーでは、海外で購入されているのは、ボードゲームとパズルの60%にまでのぼります。
一方、ドイツのテーブルゲームの人気に並行して、これまでドイツがほぼ独占状態であったテーブルゲーム市場も変化していきます。とくにアメリカでは 新しいスタイルのテーブルゲームが次々とでてくるようになり、2011年にはアメリカ製のゲーム「クワークル」が、ゲームの最高峰であるゲーム・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。ドイツ国内外の遊具メッセでの外国企業の展示も近年急増しており、これまでテーブルゲーム市場をほぼ独占していたドイツ企業には、手強い競合相手が出現してきたといえますが、競合しながらテーブルゲーム市場が活性化され、ゲームの質がさらに向上、発展していくことにもつながっています 。イギリスの新聞ガーディアン紙によれば、2010年から 毎年、25〜40%、テーブルゲームの販売金額は全体で増加しており、年間を通じて数千の新しいテーブルゲームが出ている とのことで、世界的なテーブルゲームの盛況ぶりがうかがわれます。
このような状況はどのように解釈することができるでしょうか。日進月歩で進化しているデジタルゲームの人気は圧倒的であり、その傾向が、今後テーブルゲームによって覆されるとは決してないでしょう。その一方、デジタルゲームが提供することが不可能なことも明らかになって、全く異なる遊び方であるデジタルとアナログのゲームの住み分けが、少なくとも現状では成立しているように見えます 。
例えば近年は、ねらいを定めて的にあてたり、 パズルをはめこんだり、様々な触感や形の駒を並べて、バランスよく保ったり、というクラシックなコマとさいころの遊び方をはるかに超えた、物理的に触感や技能を楽しめるテーブルゲームが増えてきています。このような体と頭を多様に使う作業は、とくに子供達には、デジタルゲームでは代替し難い、 魅力的なものといえるでしょう。また、 テーブルを囲んで目の前の人と目線を合わせたり、相手方の思考を暗黙のうちに読み取ったり 、雑談などの社交的な雰囲気を楽しんだり、といったテーブルゲームにしかない伝統的な要素を、今でも高く評価する人も少なくありません。
ただし、テーブルゲームのゲームとしてのおもしろさがデジタルゲームに対して圧倒的に劣っていたなら、現在のテーブルゲームの地位はあり得なかったでしょう。デジタルゲームと競合することで、テーブルゲームもまたゲームの質を向上させ、数十年前に比べ、はるかに魅力的になってきました。コンピューターをボードゲームに内蔵させたハイブリッド型のゲームも増えました。
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そもそも、ゲームのユーザーにとっては、アナログとデジタルのゲームは、二者択一しなくてはいけないものではありません。ユーザーにとっては、交錯し、場所やケースによって代 替・補充できる関係です。デジタルゲームとなったテーブルゲームも多いですし、その逆もあります。スマホやタブレットでもともとボードゲームであったゲームのデジタル版をはじめるうちに、結局ボードゲームの購入を買い求めることになった、という人も少なくないようです。
このように、デジタルゲームとの競合・共存を経ながら、この数十年の間にテーブルゲームは新たな進化をとげてきました。ちなみに今年は 「街コロ」というカードゲームが、日本で作られたテーブルゲームとして初めてゲーム・オブ・ザ・イヤーの候補にあがりました。惜しくも大賞にはなりませんでしたが、シンプルなルールでありながら多様な選択肢のなかで街をつくるという夢のあるゲームで、洗練されたイラストも手伝って、ヨーロッパでも高い人気を集めています。これからも世界中のいろいろなゲーム・デザイナーが参入し、多様なエッセンスが加わっていって、テーブルゲームの発想や可能性がますます広がっていくのかもしれません。
年末年始、家族や友人が集う場で、なにかいつ もと違うことがしてみたいという方は、近年めざましく進化している新しいテーブルゲームを試してみてはいかがでしょうか。
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参考記事サイト
テーブルゲーム業界の近年の動向について
Bretter, die die Welt bedeuten. In: Süddeutsche Zeitung, 19.5.2010.
Spiele-Erfinder Träume in Pappschachteln, Von David Krenz, Spiegel Online, 27.09.2011.
Warum deutsche Brettspiele so beliebt sind. 2010.Von Carsten Dierig. 22.10.2010.
Computerspiele : Brettspiel-Kunst erobert die Konsolen. Von Hanno Balz. In: Zeit Online. 28. Oktober 2009
テーブルゲームの現在までの歴史的変遷について
Brettspiel (Wikipedia)
Board games war back. Board games’ golden age: sociable, brilliant and driven by the internet. Written by Owen Duffy, In: theguardians, 25.11. 2014.
ドイツのボードゲーム (日本語ウィキペディア)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


職場で広がる「ボアアウト」

2015-12-10 [EntryURL]

自分の仕事に物足りなさを感じることはありますか?実際の仕事はあまりなくても、仕事が増えないように、忙しそうにふるまうことがありますか?物足りないと思う仕事をずっとしていると、忙しい仕事をしている時より、ずっと疲れた気がしますか?
2012年ドイツの国立の労働関連研究機関 (BAuA)の調査によると、ドイツ人の就業者の5%が分量的に、13%が内容的に、自分の職務について物足りないと感じているといいます。ちなみに同年の調査で、職務が内容的に自分の処理能力を超えたものと感じている人は4%、分量的に自分の処理能力を超過していると感じる人は19%いました。合わせると、物足りないと思う人の割合は、仕事が力量を超えると思う人の割合とほぼ同じで、全体の約2割を占めていることになります。
同じような傾向はアメリカでも観察されています。2005年に1万人を対象にしたアメリカのアンケートでは、33%の人が、自分の仕事が十分にないと回答しています。同様の2014年の調査では、26%の人が1日の就業中に無駄と感じる時間が2時間位以上あると回答しており、その理由は、仕事が十分にない、あるいはつまらないから、とする人が3分の1を占めたそうです。
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近年、過剰の仕事で体調を崩すバーンアウトという症状がよくメディアでとりあげられますが、上記のデータからは意外にも、仕事の絶対量が少ない、あるいは物足りないと感じている人の割合も、かなり高いことを示しています。このような会社で物足りなさを感じている人たちやその症状について注目した本が、2007年出版されました。銀行や保険会社などの大企業での就業の傍わら、企業コンサルタントをしている二人のスイス人による共著「診断 ボアアウト(Boreout)」です。この本の出版以降、仕事に物足りなさを感じる就業者の心理と問題が、この本の著者たちの造語である「ボアアウト」という名前で、世界的に脚光をあびるようになるようになってきました。日本ではまだあまり知られていない、特にオフィスでのホワイ トカラーにあらわれることが多いといわれるこの症状について、著作や関連する最近のメディア報道をもとに、今回すこし紹介してみたいと思 います。
職場でなにも新たに挑戦できるものがなく、物足りなく、退屈するこのボアアウトという状態が、恒常的に続くとどうなるのでしょうか?2009年のあるドイツのアンケート調査では、過少の課題しかないことはストレスになる、と15%の人が回答しています。実際に、仕事がものたりないことは、現代の医学的な診断では病気には当たりませんが、恒常的に続くと病気を引き起こすとされます。
就労状況や環境が変わることで、それまで全く支障なく働いていた人でも、急に足元をすくわれるように、危機的な状況に陥ることもあります。5日間就業時間になにもしないことを自らに課して実験をした一人の男性の実験結果では、たった五日間の実験期間で、実験前よりも業務処理に対する自分の信頼感も、実際の処理能力も、1割以上減りました。また自分の状況を 客観的に把握している今回の実験のような場合でも、自分の内部の自信や処理能力が低下してしまうのであれば、自分の仕事が妥当なものかを 自分自信で判断しにくい実際の職場では、さらに容易に、過剰に不安を感じたり、深刻に追いこまれやすくなることが簡単に想像されます。
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ボアアウトという状態に陥ると、興味深いことにその症状は、その対極に位置づけられる、バーンアウトと類似したものとなります。ストレス、フラストレーションがたまり、次第に業務能力が落ちるだけでなく、仕事以外にもなにかをする気力がなくなり、気晴らしもできなくなります。疲労・倦怠感がとれず、不眠や鬱状態にもいたります 。「退屈で死にそう」という言い方が日本語にもドイツ語にもありますが、退屈な状態は、本当に健康に危機的な打撃を与えることがあり得るわけです。
しかし、ボアアウトの兆候がみられても、人は積極的に改善に向かわないこともわかってきました。仕事やその環境を根本的に改善、変化させようとのするのではなく、むしろ仕事を失うことへの恐れからその事実を隠そうとしたり、それでも仕事に愛着がもてるようにがまんや努力することに労力を費やす傾向が強く、それがまたストレスやフラストレーションを増加させる、といった負のスパイラルにどんどん陥っていきます。
ドイツでは就業者の10人に一人が、このボアアウトという状態 に陥っていると言われます。また、ボアアウトになるのは、会社勤めの人に限りません。 長年勤めた会社を停年で退職した人や、失業者も、仕事ができなくなったことで、仕事によって得られる社会的な評価や認知を受けることがなくなり、ボアアウトに陥る危険性が高くなります。
また、単調で退屈な生活で具合が悪くなるのは人間だけではありません。自然のなかで生活する動物と異なり、単調な生活が恒常化する動物園の動物にとっても、退屈は大きな試練となります。特にオラウー タンのような知能の高い霊長類にとっては、単調な日々は危機的なものであり、毎日新しい課題や変化を作り出すことが、動物園飼育係の大切な業務の一つと認知されるようになってきています。
ボアアウトについてみていけばみていくほど、逆にどこかで自分がしていることが意味があると思える職務や課題、そしてその達成感が、人間(や広く霊長類)にとって、いかに大切で、一人一人に必要なものであるかがよくわかってきます。その一方で、現代は めざましいIT技 術や人工知能、ロボットなどの発達によって、既存の仕事 の半分は近い将来なくなる、などとも言われている時代です。人間の仕事内容の大幅な変化が予想される近い未来において、十分な雇用を確保するだけでなく、大多数の就業者がやりがいを感じられるような仕事を保持することは、果たして可能なのでしょうか?
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古代ローマ帝国では、広大な支配領域から入ってくる莫大な富のおかげで労働しなくてすむようになった市民たちが増えてくると、下手に時間をもてあそび、政治的な不満を募らせたりすることがないように、市民権をもつ都市の市民たちに、パンとサーカス(娯楽)が無償で提供しました。これからの将来、今日同様に、自らの労働が義務と謳われ、就労生活に高い価値を置かれる社会であり続けるのであれば、「パン(現代風に言えば、最低限の生活保障)」だけでなく、 自分がやっていることの意味ややりがいを個々人が十分感じられるような「仕事(あるいはなんらかの課題や任務)」を人々がどうやって確保し、ボアアウトをどう回避するかが、個々の企業やグローバルな社会全体において、重要な課題になっていくのかもしれません。
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参考ウェッブサイト
Philippe Rothlin, Peter R. Werder, Diagnose Boreout. Warum Unterforderung im Job krank macht. Taschenbuch, Redlin Wirtschaft 2007.
Tödliche Langweile. 3sat, 25. 9. 2014.
Diagnose Bore-Out. Die Mär des süssen Nichtstuns. In: Spielgel Online, 14.7.2014.
Unterforderung im Beruf macht krank. Von Jasmin Maxwell. in :Die Welt. 15.4.2013
Bore-Out. Krank vor Langweile. In: Zeit Online., 26. 6. 2010.
Motivationsforschung. Lustloses Lernen hat einen enorm hohen Preis. Die Welt. 28.08.2012
Annerkennung im Job: Ein Lob sagt mehr als 1000 Dienstwagen. Von Marike Frick. In: Spiegel Online, 10. 8. 2010.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


ドイツのメッセ・ビジネス

2015-10-15 [EntryURL]

今年も10月14から18日までの5日間フランクフルトで書籍メッセ(書籍見本市、ブックフェアー) が開催されています。例年100カ国以上の国から7000以上の書籍出版関連の出展者が参加し、世界で最も重要な国際書籍出版関連のメッセと言われています。このメッセに限らず、ドイツでは、ヨーロッパ随一の堅調な工業力や歴史的メッセの伝統を背景に、年間を通じで世界的に注目されるメッセが多く開催されています。

メッセは、もともと農作物や工芸品などの生産が向上していく中世のヨーロッパで、余剰物を流通・販売させる新しい機会として、定期的に開催されるようになった大規模な市にルーツをもち、800年以上の歴史をさかのぼることができます。

現在のような見本市や展示会というメッセの形が定着するようになったのは、 しかしもっとずっと後の1895年からで す。メッセ都市として当時すでに国内外で名高い地位にあったドイツ東部の都市ライプツィヒでは、多様な商品の量産化が進んだ19世紀の終わり、現物を持ち込んで売買するという従来のやり方に対応する、十分なメッセスペースが確保できなくなりました。そこで、メッセには現物をもちこまず、見本を展示するという大きな手法の変換を試みたところ、より多くの出展者が出展物を効率よく展示することが可能となって功を奏し、以後は見本市がメッセの世界的なスタンダードとなっていきました。

しかしあらゆる情報にオンラインでアクセスしたり、やりとりも瞬時に世界中でできるようになった今日、メッセに未来はあるのでしょうか。世界遺産として今年登録された日本の軍艦島のように、メッセ施設は近い将来、歴史的な産業遺産となる運命のハコモノなのでしょうか。

2014年のドイツのメッセの動向をみると、ドイツ各地のメッセ主催会社はどこも大方黒字で、メッセ興行に暗い影はみえません。それどころかゲームやコミック分野は急成長が続いており、フランクフルト同様毎年ブックフェ アーを開催しているライプツィヒでは、近年コミック部門も増設して毎年、訪問者数を更新しています。昨年は訪問者数が過去最高の18万6千人となり、8月のケルンのゲームメッセでは 34万5千人の入場を記録しました。

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出典:HANNOVER MESSE/Deutsche Messe AG



急変する時代の流れに動じず、今もドイツのメッセ産業が堅調なのはなぜでしょうか。メッセ専門家によると、マーケティングの道具として、特に新しい市場を開拓するためにはメッセは最も効果的、少なくともそう考える企業が依然として多いことが、第一の理由のようです。特に外国からドイツやヨーロッパ圏に進出しようとする場合、ドイツで開催される国際的なメッセに出展することが、市場獲得のための最も有効な手段、と重きが置かれているようです。2014年ドイツで開催された176の国際・国内メッセにおいて、全出展者数の27%はドイツ以外の国からの出展者でした。ヨーロッパ有数の巨大国際空港に近く、海外からのアクセスがとりわけ楽なフランクフルトのメッセでは、現在出展者の70%以上が外国からです。

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出典:AUTOMATICA/Messe München GmbH



しかしドイツ側もただ、相手がドイツに来るのを待っているだけではありません。新興工業国、特にブラジル、ロシア、インド、中国でメッセの需要が急速に高まったいくことに、早い時期から注目したドイツのメッセ関連会社は、ドイツでのメッセのノウハウを活かし、これらの国や地域の顧客と市場を近づける地域メッセの企画・開催にも、積極的に取り組んできました。この結果2012年は、ドイ ツのメッセ関連会社が海外で手がけたメッセは266、出展者数は10万6千、入場者は640万人という実績をあげています。世界各地のメッセ開催によって作られたネットワークが、顧客をまたドイツ本国のメッセにひきつけ、最終的に業界の中心となるリーディング・メッセとしてのドイツの地位の維持にもつながる、というシナリオがドイツの希望的観測です。

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出典:IFA/Messe Berlin GmbH



逆にメッセがなくなってしまったら、国際的なビジネスの運営が難しくなるのではないか、とも言われます。モノと人が常に動きまわって日々ダイナミックに展開している多くの産業界において、業界の人たちが一同に会し、 商談などの必要なやりとりをスムーズに成立させる場を提供するメッセの意義は、ことのほか大きいのではないかという意見です。

長い歴史をもつメッセというビジネス・展示の空間が、今後長期的にどのように存続するのかはわかりませんが、当面は、ドイツのメッセから世界が目を離せないのは確かかと思います。

参考ウェッブサイト

ライプツィヒのメッセの歴史(ウィキペディア ドイツ語英語

System Messe, Samstag, 29. August 2015, 20:15 Uhr, hr-iNFO, “Wissenswert”

Mit Fokus auf Internationalisierung und Wachstumsmärkte, 4. Sept. 2014, Handelskammerjournal.

Deutsche Messen wachsen im Ausland, 4. Juli 2013, Haufe.de

Ausland sorgt für Wachstum der deutschen Messen, Presse 18 2015, Auma

Wirtschaftsministerium plant 241 Messebeteiligungen im Ausland

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


ドイツとスイスの難民 〜支援ではなく労働対策の対象として

2015-10-09 [EntryURL]

ヨーロッパでは毎日のように難民のニュースが報道されています。特に夏以降、ドイツをめざして押し寄せる難民たちが増加し、今年1年でドイツ一国に80万人が難民申請すると推定されています。このような状況下の10月6日、ドイツ労働・社会省系の研究所(IBA)は、9月までの労働市場における難民の状況と今後の難民のドイツ経済に与える影響について発表をしました。

この報告によると、現在ドイツ内で50万人の難民を雇用することが可能であり、将来は93万4千人にまで増やせると見込んでいます。過去5年では110万人の難民が就業しており、今後も入国して1年以内に就業できる難民は、言葉などの問題で8パーセントにすぎないが、5 年間で50パーセントまで上がる見通しです。一方、難民は過半数以上が25歳以下の若者で、ドイツ人やドイツ在住の外国人に比べて教育水準が全体的に低いため、就労は、ホテル、飲食業界、クリーニング業務など、もともと人員不足であった分野に当面限られるため、一 般のドイツ人就業者の脅威となるようなことはない、と強調します。

経済に強いスイスの主要ドイツ語日刊新聞「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」日曜版の看板コラムでも9月、「ドイツは移民政策ではなく、むしろ(将来の労働力確保のための)人口政策に取り組んでいる」と書かれていました。将来の就労人口低下に対する危機感は先進国全般にみられますが、実際に、100万人に近い規模で移民を短期で受け入れる、という急激な社会転換を、ドイツが想定していることにおどろきます。移民の受け入れ議論は低調で、移民を受け入れる代わりに、「短期移民」として観光客を呼び込むことを積極的にうながすイギリス人経済アナリストの本が、今年話題になった日本と、あまりに対照的な印象を受けます。

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※ スイスでもっとも読まれている新聞(とはいってもフリーペイパー)で一面に難民の写真と記事がのっているもの



ドイツの人口(約8千2百万人)の約10分の1しかないスイスでは、ドイツに流れ込んだような規模の難民はとうてい受け入れられませんが、 それでも今年、来年各年でそれぞれ3万人前後の難民が入国すると見込んでおり、一度に1万人規模の難民が押し寄せることも想定して、各地の軍事施設や避難用施設なども利用し、準備をすすめているところです。

難民として入国した人々は、暫定滞在許可をもらい、難民申請に入ります。申請にかかる時間は人や出身国によって大きく異なりますが、スイスでは通常数年かかります。難民申請中に知り合ったアフガニスタン人とスリランカ人は、難民申請から滞在許可をもらうまでに5年近い歳月を要していました。 難民申請中の就労はスイスではほとんどできないか、厳しく制限されています。また、滞在許可が下りる前の段階では、生活費は支給されますが、語学講座の受講費まで出してもらえることはまれです。このため、ボランティア団体や救済関連組織が主催する、無料で受講可能な語学講座には参加できますが、それ以外の一週間のほとんどの時間を無為にすごすことになります。

就労も語学の習得もできないとなると、長期滞在許可が下りたあとも社会にすぐに順応することは難しくなります。しかし、このような問題がよくわかっていても、スイスのような小国では、難民への待遇が他国に比べてよくなることで、難民がいっぺんに自国に押し寄せることが危惧されるため、他国の動向をみながら、状況改善に慎重にならざるをえないというのが現状のようです。

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※ 救済組織カリタスが開いている難民やほかの移民のためのドイツ語やコンピューター講座の案内のパンフレット



他方、 スイスをはじめヨーロッパ諸国には、日本同様に、恒常的に人手不足が深刻な分野があります。その典型的な例である介護分野では、少しでも人手不足を緩和するため、政治や制度の改善をたのみにするだけでなく、現場でも独自の対策に取り組みをしていますが、ここで大き く期待が寄せられているのが難民です。

通年介護資格取得のための研修を実施している赤十字社では、外国人のコース受講を奨励しており、受講者はほとんどが外国人というクラスもあるといいます。上述のアフガニスタンとスリランカからの難民もスイス在住許可がおりる とすぐに、介護資格の取得をすすめられており、研修を受けることに前向きでした。実際に介護資格を取得するには、授業もさることなが ら、介護の対象となるスイスの老人の言葉を理解し、適切に判断しなくてはならず、外国人にとって決して容易なことではありませんが、 それをまた支援する人たちがいます。介護の対象者である老人たち自身です。いくつかの老人ホームでは居住者が、ボランティアに来る外国人に言葉を教えているといいます。

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※ ドイツ語講座が行われている部屋の一例



ドイツやスイスなどの主に西ヨーロッパ各国は、大規模な難民を受け入れる道をもはや選択するという段階ではなく、多かれ少なかれ容認し、覚 悟をすえて、すでに歩みだしたといえるでしょう。様々な国や文化の人々の社会の統合は、いろいろな要素が入り混じり、簡単に予測でき ません。短期で結果が出るものでもありません。そうではありますが、前述の老人ホームの話のなかに、未来の道すじが少しみえるようなきがします。人手が足りない介護の仕事を難民が補おうとし、その難民にとって言葉の取得という困難な問題を、介護の対象者である老人ホームの住民が助ける。それぞれができることをし合い、支え合うという関係は、どんな時代・状況になっても今後も社会の原則として存続していくことは、変わりがないように思われます。

参考サ イトと文献

Aktueller Bericht „Flüchtlinge und andere Migranten am deutschen Arbeitsmarkt: Der Stand im September 2015″

Presseinformation des Instituts für Arbeitsmarkt- und Berufsforschung vom 6.10.2015

Beat Kappeler, Ohne Zuwanderung fällt Deutschlang weit hinter Frankreich zurück, NZZ am Sonntag, 13. September 2015.

デービッド・アトキンソン『新・観光立国論』、東洋経済新報社、 2015年
Wir müssen Deutschkurse vom ersten Tag an anbieten” 4. Sept. 2015, Süddeutsche Zeitung

Asyl-Politik der Union Arbeitskräfte rufen, Flüchtlinge willkommen heißen , 3. Sept. 2015, FZZ

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


ドイツのオーガニック展示会BIOFACH(ビオファ)のレポート②

2015-03-06 [EntryURL]

オーガニックとは関係がないのですが、ドイツに住む日本人の友人に”手に入りにくくて困っている食品は?”、と尋ねたら、ひとつは生の魚で、海から遠いので難しいそうです。もうひとつは霜降りの肉としゃぶしゃぶ用に食べる薄くスライスした牛肉、そうですね、霜降りの肉も肉を薄くスライスする技術もこだわりの日本食用ですからね。

オーガニック化粧品の展示会場は、Vivaness(ビバネス)というネーミングで同時開催。ここには世界中から200社ほどの出展がありました。

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ドイツのオーガニック化粧品市場は10億ユーロを超える市場で、2014年は前年比10%以上増(naturkosmetik konzepte, GfK, IRI, IMS Health and BioVista調べ)という大きな伸び。オーガニック嗜好の更なる高まりと、オーガニック化粧品が一般化粧品と遜色がないほど機能性やデザインが高まってきたからですね。

驚いたことに、化粧品にもVegan(ビーガン)というカテゴリーができていました。ビーガンとは、完全菜食主義者のことで、植物製品以外は食べない人。欧米ではビーガンの方が多いのですが、食事にだけでなく化粧品でも動物系の原料を使用していないビーガン化粧品が求められてきているとは、こだわりの強さに感心です。

日本でも無農薬や有機栽培など少しずつ進んできていますが、ドイツのようにあらゆるものが一般流通するといいですね。

※この展示会については、私のブログ http://ameblo.jp/38-emiko/ でも紹介していますのでぜひご覧ください。


ドイツのオーガニック展示会BIOFACH(ビオファ)のレポート①

2015-03-05 [EntryURL]

ドイツ・ニュルンベルクで開催された世界最大規模のオーガニック展示会BIOFACH(ビオファ)2015が2月に開催されました。

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オーガニック食品やオーガニック化粧品から2千社を超える出展があり、44,000名の来場で大盛況。
会場では看板や商品などいたるところでBIO(オーガニック)の文字が見えます。

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オーガニックのチーズやヨーグルト、オーガニックのパスタ、オーガニックのペイスト食品、オーガニックの野菜、オーガニックのソーセージやお肉、オーガニックの魚の加工食品、オーガニックのベビーフード・・・、何でもあります。

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オーガニックのキャラメル味のアイスクリーム。これはオーガニックの中でも更に基準の厳しいDemeter(デメター)というバイオダイナミック有機法を基準にしたもの。甘すぎずおいしかったです。

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会場で一番人気だったのが、オーガニックの豆腐の加工食品、調理の実演や試食を行っていて賑い試食の順番待ち状態。ドイツでも豆腐は健康食品として人気のようですが、豆腐そのものではヨーロッパの人のテイストに合わないのか豆腐の加工品をよく見かけました。

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そして、オーガニックのワインやビール。オーガニックのワインはずらーっと並べられ、試飲を行い投票後、賞が授与。

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世の中に手に入らないオーガニック食品はないのでは!?と思うほどありとあらゆるものが溢れていて、オーガニック食品だけで好きなものを食べて生きていくことも可能なのだと、実感しました。


ドイツのオーガニック状況

2015-03-04 [EntryURL]

オーガニック(有機栽培)大国のドイツについてご紹介です。これを読むと、ドイツと日本のオーガニックへの関わりの違いに驚かれるかも。

ドイツは、アメリカの次にオーガニック食品市場が大きい、世界No.2のオーガニック食品を消費する国です。元々ドイツはリサイクル活動や環境保護への意識が高い国であったところに加えて、BSE(牛海綿状脳症)の問題や、様々な食品添加物によるアレルギーの発症、遺伝子組み換え食品への抵抗感などによって、オーガニック食品の需要が毎年高まっています。

2014年はオーガニック食品の消費は80億ユーロ近く(為替変動が激しいけれど、1ユーロ=130円で計算した場合、10兆円!)で前年比4.8%増(German Federation of the Organic Food Industry調べ)、農林水産省の2006年データでは53億ユーロと出ていたので、7年間で、50%増、すごい伸長ですね。

人口は日本の方が1.5倍近くもあるので、日本のオーガニック食品の消費はドイツのほんの数%・・・。ドイツ国民一人ひとりの環境や健康への意識の高さが伺えます。

数値的なことだけでなく、もうひとつ大きな違いは、日本の有機JASが定めるオーガニックの基準により農産物は既に日本の農家、食品製造メーカー、食品輸入会社などが認定を受けて、オーガニック食品もある程度出回っているのですが、畜産物はほとんどないのです。日本で畜産物でオーガニックと表示されたものは見たことはほとんどないですよね。欧米では、畜産物へのオーガニック基準も各認証団体の基準のもと一般化していて、オーガニックの牛乳やチーズはあたりまえ、オーガニックのアイスクリームなどスイーツももちろん、そしてオーガニックのお肉や魚ソーセージも普通に購入できるのです。

ドイツでは一般的なスーパーに行っても、各売場で必ずBIO(有機)と認定表示されたオーガニック商品をみかけます。最近はBIOのプライベートブランドを作っているところもみかけるようになりました。そして、オーガニック食品だけを扱うお店=Reformhausがドイツ国内に2,000店も。更には、オーガニックのお肉だけを扱うお肉やさんとか、オーガニックのパンヤさんとか・・・。オーガニック好きにとっては羨ましい限りです。

オーガニック食品の値段は一般のものと比べて多少は高いのですが、私のドイツの友人いわく、自分や家族の健康を考えると普通に買っている、例えばオーガニックの牛乳は一般家庭にも広がっていて5割近い消費がある、とのこと。

日本にオーガニック食品がまだまだ一般流通しないのは、認証取得を含む価格のせいなのか、意識の違いなのでしょうか。


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