ゲーミフィケーションと社会 - 日本ネット輸出入協会

ゲーミフィケーションと社会

2015-12-22

「ゲーミフィケーション Gamification(ゲーム化)」という言葉を聞いて、何を連想しますか。「ゲーム」という単語が入っていますが、むしろ社会や社会性に対する相対概念で、大きく分けて二つの使われ方をします。

まず、本来ゲームではない日常の生活や仕事の課題、学習の場に、モチベーションを高めたり、効率的に業務や学習をする目的でゲーム的な要素やゲーム性を取り入れることです。ゲームのように作業できるプログラムや、仕事量をゲームのスコア表のような形で表し、社員を競争させるといったことが、これに当たります。社会の現実や課題を、従来と違ったように捉えさせることで、やる気を起こさせようとするこの手法は、職場 での仕事に物足りなさを感じたり、十分な刺激がないことで陥る「ボアアウト」の予防や改善にも、ある程度効果が期待できるかもしれません。(「ボアアウト」についての詳細は、「職場で広がる『ボアアウト』 をご参照ください)また、これまでほとんどゲーム性がもちこまれていなかった教育現場でも、未曾有の可能性が考えられます。ただし、試験的に一部の分野で導入がはじまったばかりで、弊害や、長期的な影響など、深刻な問題となりうるものが、まだほとんど明らかになっていないため、手放しの賛成論だけでなく、慎重論も聞かれます。

ゲーミフィケーションのもう一つの意味は、具体的なゲームを使って、遊びながら社会のルールや協調的な態度を学んだり、身体的なトレーニングを行って身体の動きの円滑化を計ったりすることです。ゲームを通じて社会性を学ぶことを特に、ソシアル・ゲーミフィケーションと呼ぶこともあります。

どちらのゲーミフィケーションも、柔軟な発想で従来の見方を覆し、実践に役立てようとする試みで、将来の教育や職場の仕事の在り方を考える上で、非常に示唆に富みますが、今回は、特に後者のゲーミフィケーションの一端として近年発達してきたテーブルゲームを具体的にいくつか紹介してみたいと思います。前回のコラムでご紹介したように、デジタルゲームの刺激を受けながらテーブルゲームは画期的に進化してきましたが、ゲームのやり方や課題(目的)も非常に多様化しました。(ゲームについてはコラム記事「デジタル ゲームの背後で起こっているテーブルゲーム・ルネサンス」をご参照ください。)そのなかには、優れたゲームとして高い評価を得ながらも、行動や思考の仕方を学ぶことができる、ソシアル・ゲーミフィケーションに相当するゲームもでてきました。

協力型ゲーム

伝統的なゲームは、 個々人がそれぞれ競う形が主でしたが、1970年代より、それぞれが協力してみんなで勝利を目指す、協力型ゲームが出てきます。ゲームというフィクションの世界で自分の役割をもって具体的な「協力」を体験することで、自身やチームワークにどんな影響、成果がもたらされるのかを端的に学ぶことができる協力型ゲームは、ソシアル・ゲーミフィケーションの代表格といえます。

ハバ社 Haba は、 1500点以上の商品を揃え、50ヶ国で販売するドイツ指折の玩具会社の大手ですが、このハバ社で最も代表的なゲームといわれるものが、「果樹園 Obstgarten」という協力型テーブルゲームです。就学前の子供を対象にしたシンプルな協力型ゲームですが、1986年の販売以来のロングセラーになっています。

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2013年にテーブルゲームの最高峰であるゲーム・オブ・ザ・イヤーをとったカードゲームの「花火」は、チーム全体として自分が今なにをすることが求められているのかを、限られた情報とコミュニケーション手段を手がかりに、常に意識してプレーするという、より高度な協調性が求められるゲームです。ただし一人一人に協力の仕方とタイミングが委ねられているため、息が合わずに協力したくても協力できないという、現実にもよくある、協力することの難しさが如実にもなるゲームで、近年では異例のカードゲームの世界的なヒットとなりました 。

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コンピューターやテクノロジーについてのオンライン雑誌「ワイアード」のドイツ語版では、今年10月のエッセンの遊具メッセで、新しい協力型テーブルゲームが多数出展されたことをあげて、協力型ゲームの時代が到来したと注目し、今後も協力型ゲームが一つのジャンルとなって人気が定着すると予想しています。 もし実際にそうなれば、ゲームという場で子供たちが、それぞれの成長期に合わせて、協力の仕方を、体験・体得していくことが、普及・一般的になっていくことでしょう。

共感やコミュニケーションが鍵となるゲーム

近年、感情知能EI(Emotional intelligence)や共感力が、社会生活を営む上で重要な能力として認知されてきていますが、人と人とのコミュニケーションや「共感」というテーマをずばり、ゲームの中心にすえたゲームもでてきました。2008年から販売され、2010年のゲーム・オブ・ザ・イヤーに輝いたフランスの「ディクシットDixit 」というゲームで、ゲームを考案したフランスの精神科の医師は、自分を表現することが困難な若者や子供達と接することが多く、病気の子供達が想像力を働かせることでもっと元気になれるのでは、との思いから、小児病院でこのゲームを考案したといいます。

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「彼(あるいは彼女、それ)が言った」という意味のラテン語のタイトルのこのゲームは、ほかの人はどんなことを連想、想像するかを思いめぐらせ、それをもとに自分で言葉や絵を用いて表現しなくてはならず、共感(相手の気持ちへの配慮)とその伝達の仕方がゲームの鍵となります。ただし、共感力をアップさせるというような安易な効果をねらっているというより、自分自身やほかの人の感性を意識、尊重することや、相手 の気持ちを思い巡らすとはどういうことなのか、またそれをどうすればよく伝わるのかなど、共感の基礎となる見方や捉え方を、遊びのなかから自然に体験することができるゲームとなっています。

ゲーミフィケーションが、単に高揚感をあおる一時的で表層的な効果だけをねらうのなら、ある程度発達・普及した時点で、人々にあきられるようになり、一 時代を象徴するあまたのトレンドの一つとして終わるだけの存在かもしれません。一方、 人と人とのコミュニケーションや、生き方をより柔軟で豊かなものにする、きっかけや機会、学びの場を提供するようなものになっていくのであれば、ゲーミフィケーションは、今後、社会生活を円滑に運ぶための、インフラとして今後、社会に定着していくのかもしれません。

これからもヨーロッパでどんな新しいものや動きがでてくるのか、スイスを拠点に追っていきたいと思います。新年以降も、またおつきあいいただければ、さいわいです。

参考ウェッブサイト

ゲイミフィケーションについて
Gamification, die Lösung aller Probleme? Dienstag, von Valérie Wacker, 5. November 2013, SRF Kultur Weblese.

Gamification. Die Welt zum Spielfeld. Von Nora Stampfli, Spielgel Online, 22.7.2012.

Verspielte Welt. Die Gamification unseres Lebens. 3sat, 7.5.2015.

協力型ゲームについて
Eine neue Generation an Brettspielen setzt auf Zusammenarbeit statt Wettbewerb. Von Dominik Schönleben. Wired 13.10.2015

Kooperatives Spiel (Wikipedia)

ゲーム「ディクシット」について
Spiel das Jahres 2010 „Dixit” spielt mit Bildern und Gedanken, Frankfuter Allgemeine. 28.6.2010.

“Spiel des Jahres” gekürt”Dixit” macht das Rennen, ntv Panorama, 28. 6. 2010.

“Dixit” ist das Spiel des Jahres 2010, Thüringische Landeszeitung, 29.06.2010.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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