「リアル=デジタルreal-digital」な未来 〜ドイツの先鋭未来研究者が語るデジタル化の限界と可能性

「リアル=デジタルreal-digital」な未来 〜ドイツの先鋭未来研究者が語るデジタル化の限界と可能性

2016-05-20

未来予測に異議を唱える未来研究者

最近、日本でもヨーロッパのメディアでも、未来の生活や就労状況の変化をテーマにした特集や議論が非常に多い気がします。急速な人工知能の発達で単純な仕事だけでなく、専門性の高い仕事やクリエイティブな職場も奪われるとか、世界的に中間層が急速に減って貧富の差が拡大していくなど、センセーショナルな内容で、思わず耳を傾け、話に引き込まれる方も少なくないのではないかと思います。そして、これらの話題を繰り返し聞いているうちに、自覚症状があるかは別として、そのような未来のイメージが本当に起こることのように、徐々に頭のなかに浸透していっているケースも多いように思います。
しかしそのようなメディアの報道から一線をおき、それどころか頻繁に異議を唱え、一定の見方に定着しそうな世論をかき回す異色の人物がドイツにいます。ドイツ語圏では最も著名な未来研究者と評されるマティアス・ホルクス氏 Matthias Horxです。1998年に設立された彼の率いる未来研究所は、ヨーロッパのトレンドと未来において最も影響をもつシンクタンクと言われるほど名高く、ドイツ語圏メディアの常連マルチ・コメンテーターといったところです。
ホルクス氏は、まず未来に関する内容うんぬん以前に、大方のセンセーショナルな報道が根拠とする思考回路を批判します。例えば、目新しい派手な技術的な発達を、直線的な進化論にのせてトレンドを予測するようなものは、「原始的で」非常にレベルの低い未来予測だと一蹴します。彼にとっては、次々に出てくるメガトレンド(社会に大きな影響を与える新しい技術やトレンド)は、直線的に普及したり、社会に影響を与えることはありえません。メガトレンドは必ずそれへ反発する(反動的な)トレンドを生み出しますし、それらが常にからみあい変化を互いに起こし合う複雑系であるためです。そして、これらのことを総合的にとらえなければ、未来は理解できないどころか、まったくまちがった予想になる危険が多々あるといいます。
ここで特に、見過ごされがちで問題なのは、メガトレンドによって社会のシステム自体が変容することです。社会システム自体が変容することによって、従来の供給と需要の形やあり方も根幹から変化します。社会はこのような様々なトレンドとそれからの連鎖反応、またシステム自体の変化を続けながら、スパイラル構造で進化をとげてゆきます。このため、既存のシステム構造枠で捉えることができない未来像の抽出には、非常に多角的な視点が必要になります。ホルクス氏の未来研究所では、キーとなるメガトレンドとして、グローバリゼーション、治安、都市化、ジェンダーなどの主要なテーマと、それぞれのテーマ領域のキーワードをまとめ、地下鉄路線図になぞらえて、路線と駅の形でわかりやすく示し、説明しています。
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未来研究所のメガトレンド・マップ (出典: http://www.zukunftsinstitut.de/index.php?id=1532)


無論ホルクス氏は、 メディアの諸説に批判を加えるだけではなく、独自の視点にたった秀逸な未来への展望も抱いています。ただし、ホルクス氏が掲げている未来についてのそれらの指摘は、センセーショナルで目新しいというものではなく、むしろ地味なものです 。しかし社会の断片だけではなく、広い社会との相関関係を視座にいれて捉えたものであり、(普通のメディアで報道される他人事のように感じる未来像とは違って) 現代に生きる私たちにもしっくりくる感じがし、それが逆に新鮮に感じられるほどです。この少し毛色の違う未来像について、 デジタル・テクノロジーと仕事を中心に、ほかの未来予測への痛切な批判をまじえて、今回 紹介してみたいと思います。ただしわかりにくい概念や唐突な言葉使いには、ホルクス氏の表現だけでなく、わたしなりの理解に基づいた言葉で補足・代替させていただきましので、ご了承ください。ホルクス氏の仕事にご興味を持たれた方は、最後の参考サイトなどをご参照になって、直接ご覧になることをおすすめします。

デジタル・テクノロジーの前途

未来についての話で、とりわけよく話題性が高く、メディアでももてはやされるのが、新しいテクノロジーを搭載した新機能でしょう。足りないものを自ら注文し、必要な食品を常に備蓄する自宅の冷蔵庫や、臨場感が日進月歩で増しているバーチャルリアリティーなどがその好例でしょう。しかし、ホルクス氏は、そういうものについて、それが本当に欲しいですか、とまずは読者やインタビュアーに問いかけます。そして、言わゆる「スマート冷蔵庫」が技術的に可能だということはすでに20年前からメディアで繰り返し取り上げられいるが、ホルクス氏の知る限り「スマート冷蔵庫」を取り上げたジャーナリストをはじめ、それを実際に持っているという人をまわりに聞いたことがないことを例にあげながら、欲しいと思う人が少なく技術は、そもそも普及する素地がないのだからと、議論を早々に見切ります。
同時に、外的環境の変化という別の客観的な状況を示唆します 。20年前に比べて (ヨーロッパでは)近年、できあいの食事や料理宅配サービスの種類も顕著に増加し、ファストフードやストリートフードのような気軽な外食の機会も増えてきました。このような状況下、その日食べたいものを冷蔵庫が決めるのではなく、自分で決めたいと思う人が多くなるとすれば、冷蔵庫に常備しておくことの意義は相対的に薄れます。むしろ、冷蔵庫の備蓄が充実していることが、フレキシブルであることに重きを置くライフスタイルにおいて、支障にすらなるかもしれません。(ちなみに、ホルクス氏は新しいものに好奇心をもち、それと同時にいつも流動的で柔軟な行動をとるこのようなライフスタイルを 「Flxicurity(フレキシビリティと好奇心の英語を組み合わせた造語)」と表現し、未来を語るキー概念の一つとしてよく使用します。)
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ウェアラブルコンピューターについても、どれだけ需要が持続してあるのか疑問を呈します。ホルクス氏は1年間、ジョギングの際にウェアラブル端末を使って健康管理をしていましたが、自分でだいたい見当がつくようになったので装着をやめたとのことで、革新的なテクノロジーで最初は好奇心を強くそそられるものであっても、常に離せなくなるという類のものになるとは限らないことを強調します。バーチャルリアリティーに関するテクノロジーも同様です。一部の人々の間では非常に注目・愛好されている技術ですが、今後も裾野の広い需要につながるかについては、やはり猜疑的です。これらの話で共通しているのは、画期的なテクノロジーが発達しても、それが普及するかは全く別の話であり、一見便利そうで心惹かれても、持続的あるいは大規模な需要に結びつくとは限らない、というしごく真っ当な指摘です。
ちなみにスマート冷蔵庫など、インターネットに繋がったいわゆるIoT (Internet of Things) 機器が、非常に大きなセキュリティー上の問題があるという指摘が、今月のNZZ新聞の紙面で大きく取り上げられていました。ヒューレット・パッカード社のセキュリティー専門家が、主要なIoT機器10種を調べたところ、平均して一つの機器で25のセキュリティー上の欠陥がみつかったとのことです。報告では、10機器のうち9機器が不必要な個人情報を集め、製品の70%はデータを個人情報保護するための暗号化の措置がとられていなかったも明らかになりました。数や質によっては、これらの技術的な問題も普及への大きな障害にもなると考えられます。

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デジタル化の限界

ホルクス氏は、今日社会全体に急速に進んでいるデジタル化に関して、その普及の限界があることも示します。これまでのビジネスモデルを多く観察した結果、急激なデジタル化のプロセスが問題を起こすことが多く、むしろデジタルをうまく利用したアナログ形態のほうが成功していたという事例をもとに、世間ですべてはデジタルかするとよく言われるが、そうとはならないと言い切ります。そうならないのは、なにより我々はデジタルなものが完璧にぴったりするほど、「我々はデジタルではない」ためであり、結果としてデジタル・ツールとアナログ形態の中間的な利用方法・形態が、今後も有望であり続けるともします。そして、そのような形態を、「リアル=デジタルreal-digital」という独自の概念で呼びます。
端的な例として、15から20年ほど前、ホルクス氏は講演するたびに、目の前にしてしゃべる講演という形態はすぐに消滅するだろう、と言われたことをあげます。講演する方はデジタル技術のおかげで、4つの壁に囲まれたところで話し、それをオンラインで受信するようになると、当時多くの人が想定していました。教育界でも同様に、急速にデジタル化すると考える人が主流だったといいます。しかしその後 、人類学的な研究から本当の人間間には繊細な条件があり、デジタルでは代替できないことがわかってきており、デジタル化の可能枠と限界が、個々人の思い込みからでなく、客観的に判断できるようになってきたといいます。
そして、社会のデジタル化よりも、むしろ今日深刻な問題となりうるものとして、デジタル化によって急変している人間関係をあげます。例えば、女性は依然リアルな人な関係を重視し、バーチャルリアリティーへの関心はあまり広がっていないのに対し 、男性の一部ではバーチャルリアリティーにのめり込みすぎて、現実社会との壁ができて社会的関係が途絶えていく傾向の人が増えています。また、フェイスブック上では1000人の友達がいるのに現実の社会関係が希薄、という矛盾も起こりつつあります。そして、これらの例は、デジタル化を通して、これまでなかったような新しい孤立状況に陥る危険性を示しているとします。

未来の就労状況

人工知能の発達や費用ゼロ社会の実現化によって仕事が失われる、という最近の言説についてはどうでしょうか。このような危機感に訴える言説はいつも説得力をもって聞こえたし、今もそうだと、社会心理として一定の理解を示すものの、原油の値段が現在これまでにないほど安価になることを少し前まで誰も想像していなかったのと同様に、なんの根拠もない未来予想だと、一刀両断に切り捨てます。
なぜなら前述のように、どの新しい技術も新しい状況を生み出すだけでなく、社会全体のシステムに複雑な反応の連鎖を作り出し、システム自体も変化させるため、直線的には予想ができず、逆に全く予想しなかったような新しい需要を生み出すことにもなるはずだと考えるためです。例えば、自動化が進んだ工場は、さらに専門性の高い高度なサービスを行う専門家の需要を生み、自動化で解雇された人たちは、過去には思いもつかなったような新しい仕事につくのかもしれません。職場に自動化がすすめば、すぐに(運動不足にならないように)フィットネスクラブのような運動に関する市場を生み出しますし、いつでも情報が入手できることによって、専門性の高い仕事は減るのではなく、芸術や娯楽、コミュニケーションなど新たな方向で、知識がもっと多様に発揮される仕事が生まれるなど、今後もそれぞれの分野でも、複雑な怒涛の滝のように新たな現象や生まれ、それに伴いサービスが生まれてくると考えます。

まとめ

ホルクス氏の中心的な指摘をまとめてみましょう。
●社会は多様なトレンドとカウンタートレンドが連鎖しながら変化していくため、単純にある新しいテクノロジーやトレンドから未来像を語ることは難しい。
●テクノロジー神話がメディアで繰り返し報道されていても、「愚かなテクノロジー (ホルクス氏の原文ではBullshit-Technologie)」は、市場を制覇するようにはならない。
●わたしたち人間はリアルに生きているのであり、現実(リアル)の生活に適応するサービスとしてデジタル媒体は完全な代替はできなく、補充するものという位置付けでなくては、最終的に成功するモデルにはならない 。同様に、人の仕事が、デジタル媒体に完全に代替されることもない。
ホルクス氏の発言は、いつも歯切れがよく明快で、物議をかもすこともあるようですが、広い視座から見渡すことで、近年の「未来」という名のもと、わたしたちの身のまわりに様々な形で近年立ち込める見通しの悪い暗雲を、造作無く吹き消し、未来の時代をかいまみせてもらったような気分になります。もちろん、これらのホルクス氏の諸説を最終的に信じるに足りるかは、個々人で判断するしかありませんが、仮に信じることができたとしたら、未来に確実に起こることがひとつあると思います。それは、未来メディアの報道に一喜一憂しながら、未来を憂慮する時間が大幅に減り、代わりに自分の目指すものや、目下抱えている課題に時間と労力を集中できるようになる、という自分自身のなかの変化です。

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参考サイト
—-マティアス・ホルクス氏の未来研究所と関連記事
未来研究所
Matthias Horx über Netzkommunikation”Die Erregungskultur, die wir erzeugt haben, ist toxisch” (Moderation: Andre Zantow), Deutschlandradio Kultur, 2.4.2016.
Matthias Horx über die Zukunft der Arbeit: “Work-Life-Balance ist eine Illusion”, Spirlraum, Xing, 5.2.2015.
TÜV AUSTRIA-Vortrag von Matthias Horx: Sicherheit, Qualität und Technik in der Zukunft, 6.3.2015.
1000 Freunde bei Facebook sind die neue Einsamkeit, Zukunftsforscher Matthias Horx prophezeit Medien, die Sinn stiften, eine grosse Zukunft- und sieht Anzeichen für eine neue Offline-Kultur als Gegengewicht zur allgemeinen „Verschitstormung”, Handelsblatt, Wochenende 6./7./8.5. 2016, Nr.87.
—-ほかの参考コンテンツ・サイト
Stefan Betschon, Mitfühlende Kühlschränke, hellsichtige Glühbirnen, Forschung und Technik, NZZ, 13.5.2016.
Trend, SRF, 30. 4.2016.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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