ヨーロッパの交通業界を揺るがす風雲児 〜ドイツ発の長距離バスからみた公共交通の未来 - 一般社団法人 日本ネット輸出入協会

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ヨーロッパの交通業界を揺るがす風雲児 〜ドイツ発の長距離バスからみた公共交通の未来

世の中には、アイデアとしては優れていても実現化されないものがあります。また、現実に存在しても、 使い勝手が悪いなど技術的な問題が障壁となって、潜在的な需要があっても利用が伸びず、社会にゆきわたっていないものも多くあります。一方、ドイツでは、システムを使いやすく整備することで、潜在的な利用者をあっという間にひきつけて、事業開始からわずか2年で業界全市場の80%を占めるようになるという、これまでドイツでも例がないような、急成長を遂げた事業があります。フリックス・モビリティー社Flixmobility GmbHの 「フリックスバス FlixBus 」という長距離バスです。

フリックスバスは、その成長の早さと前途が注目されるだけでなく、デジタル時代の業務や分業の在り方、また未来の公共交通の課題(環境や社会的公平性)を考える上でも示唆に富むものと思われるため、関連する記事や公式サイトの情報を参考に、現状を概観し、まとめてみたいと思います。

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長距離バスの最短記録
ドイツでは、1934年に鉄道交通を保護する法律が施行されて以来、 全国の鉄道交通の競合相手となるような長距離公共交通サービスが長い間禁止されていました。このため、1989年まで分断されていたベルリンとほかを結ぶ路線のようなわずかな例外以外、長距離バスの運行は認められていませんでした。しかもその長距離バスはドイツの国鉄の姉妹会社によって運行されており、長距離交通は国鉄のほぼ独占状態にあったといえます。

しかし、2013年からはやっと長距離交通サービスが自由化されることになります。これに先立つ、自由化を目前にひかえた2011年、ドイツの国鉄が長距離バス路線を拡充しないことが決まると、一つの会社がミュンヘンで設立されました。今回の主役であるフリックスモビリティ社で、友人3人で設立されたこの会社は、自由化を機に新たなビジネスの準備をはじめます 。

そして、会社は早速2013年2月から早速、南ドイツのバイエルン州のミュンヘン、ニュルンベルクなどの街を直結するバス路線を手始めに長距離バス業界をスタートさせました。国鉄料金に比べて格安の料金の交通手段を提供したバス路線は、順調に乗客数を増やしていき、すぐに全国的に路線を拡大していきます。様々な方面からの乗客をハブ(地域的な中心)に集め、そこから主要路線で全国に行けるように徹底することで、競争が激しいハンブルク=ベルリン間のようなルートでもライバルよりも高い乗車率を確保し、競合相手を圧倒していき、同年の終わりには、路線はドイツ全土だけでなくドイツに国境を接する外国にまで拡大しました。

2015年に、ベルリン本社のライバル会社Mein-Fernbus と合併すると、長距離バス業界の市場占有率は70%以上になり、乗客数は前年比で47%増加し総計2千万人になりました。 公共交通としてこれまで例がない最短記録での業界トップへの躍進をはたしたことになります。

現在(2016年11月)では、今日ドイツ中で4000以上の路線をもち、毎日、ドイツ全土で毎日約1万の運行本数があります。ドレスデン、ベルリン間だけでも、毎日60便が運行しています。市場シェア率は80%を超え 、会社のホームページによると、すでに総計乗車数は5千万人にのぼるといいます。また2014年の夏から、オーストリアのウィーンやスイスのバーゼルといったかなり遠方の海外への路線もスタートし、現在ヨーロッパ全体で総計すると、 目的地(バスの発着地)は、20カ国、900都市を数え、連日約 10万本が運行されています。


バスをもたないバス運行会社
従来のバス会社が地域を特化した小規模な運行に終始することに終始しているうちに、新規事業者があっという間に長距離バスの全国展開を果たし、鉄道交通に対する主要な代替交通手段になるほど成長するとは、自由化がはじまった当初、誰も予想していませんでした。

しかもおもしろいことに、長距離バス業界を牛耳ることになる運行会社自体は、最初から今日までバスを一台も所有したことがありません。ヨーロッパ中で現在、約千台のフリックスバスが走っていますが、バスの運行は、パートナーである国内外250の中小の既存のバス会社(ドイツ国内の会社はそのうち150社)が行っています。

では国内外で千人ほどいる会社従業員が何をしているのかというと、国内外のバス千台の毎日10万本の運行状況管理、運行路線の計画、チケット販売、価格マネージメントといった全体を総括する業務です。 IT技術を駆使して、チケット購入(変更手続きも無料)から運行情報、停留所案内までの一貫したユーザーに使いやすいシステムをいち早く構築し、業界の首位に君臨した、という点では、世界的な自動車配車サービスのウーバーやカーシェアリング・サービスと似ており、これからの時代をリードするビジネス形態の一例といえるかもしれません。

また、バスは所有していませんが、均一した高い質のサービスを保証するため、車両について一律の基準をクリアすることを徹底させています。例えば、全車両で Wi-Fi が全線無料で、電源(コンセント)もほとんどの座席にあり、現在ない車両も今後数カ月の間に完備する予定です。また、身長が高い人でも前に足を十分伸ばせるよう座席もゆとりをもって配置されており、長距離バス部門に関する外部評価機関の評価でも、首位の座を享受しています。

会社の公式サイトによると、乗客2万人へのアンケートで97%が「満足」あるいは「非常に満足」と解答しているといいます。しかし、このようなアンケート調査によらなくても、これだけ短期間にこれだけ乗客数が増えたことがなにより、乗客がこの長距離バスサービスに満足していることの証といえるでしょう。そして、これまでほとんど知られていなかった長距離バスという交通手段を、人々がすぐに受け入れ、多用するようになったのは、格安料金に加え、乗り換えで不便が少ない長距離路線や遅延の少ない運行スケジュール、またバスの車内の快適性の向上などを徹底したことが、大きかったといえるでしょう。


国内外の新たなビジネス展開 
さて、ドイツ全国の長距離バス網をすでに構築しその頂点に立ったフリックスバスは、今後、何を目指すのでしょうか。重点が置かれる点は以下の3点にまとめられます。

国内路線の増強


まず、中小都市の間の運行を増やし、需要が多い既存の主要路線もさらに本数を増やし、さらに既存の路線を補完する予定です。例えば、ベルリン=ハンブルク間は現在30分に一本運行されていますが、これを20分の一本の割合にし、1日それぞれの片道に50本以上のバスが運行されるようになる見込みだといいます。本数を増やすことは、乗客数を増やすことだけでなく、道路事情によってバスの乗り換えが予定どおりうまくいかない際のカスタマーサービスとしても重視されているようです。

海外への展開


また、周辺のヨーロッパ諸国への進出を、今後、さらに進めていく予定です。海外のフリックスバスの成長はドイツ国内より早いとすら言われており、今年の8月、ドイツ以外ですでに百万人の乗客数があり、フランスとイタリアではすでにフリックスバスは業界一位の地位にあります。今年末までに、さらにフランスの30の大都市もフリックスバスでつながり、オランダとクロアチアやスロヴァキア、ハンガリーといった東ヨーロッパ諸国での走行も予定されています。地理的にヨーロッパの中央に位置するドイツの地理的な位置も今後南、東、北へと自由自裁に拡大するのに、どこよりも非常に好都合といえるでしょう。


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北欧の現在のフリックスバス路線(路線全図の一部)
出典:https://shop.flixbus.com/?_locale=en&_ga=1.244798093.943276585.1479133968

新たなビジネスの拡大


さらに、すでにヨーロッパで20カ国900都市へアクセスできるバス路線を基盤とし、今後、多様な旅行ビジネスを新たに展開することが予想されます。現在、ホームページをみると、ハイキングやスキーなどのスポーツ休暇や、クルージングと組み合わせた旅行など、地域も目的も様々なヨーロッパ中の旅行プランがあり、9ユーロ別料金を払うことで自分の自転車も旅行先にもっていけるというサービスもみられます。旅行案内ニュースレターに登録した人には限定特別料金や割引クーポンなどのサービスも実施しています。長距離バスと旅行を組み合わせて様々な特典をつけた旅行サービスの需要は、今後、夏季など休暇シーズンには特に高くなると予想されます。

これまで長距離バスは、既存の旅行会社のパッケージツアーや学校の旅行に使われるという立場がほとんどでしたが、広域のバス路線ネットワークが整備されたことで自ら、旅行プランを作り、それをあらたな自分たちのサービス(商品)として、直接顧客にオファーできる立場にまわったといえます。

社会や未来に向けたアピール
公共交通という公共性の高い業界の主要プレイヤーとなったフリックスバスを運行するフリックス・モビリティー社は、私企業でありながら、少なからぬ社会的な影響力をもつ立場になったといえます。そしてそのような会社は、社会や未来に向けてどのような考えをもっているのでしょうか。今年11月、ドイツの主要日刊新聞上で会社創設者の一人、シュヴェムライン氏André Schwämmlein が指摘していることを以下、まとめてみます(FAZ, 1.11.2016.)。

フリックスバスがもたらした移動の自由


ベルリンからチューリッヒまではフリックスバスでは一人当たり50ユーロですが、国鉄(高速鉄道 ICEを使うと)170ユーロを超えます。これまで考えられなかったような格安の長距離バス網が拡充したことで、鉄道や自家用車、飛行機などこれまでの交通手段が高価で使いにくかった人たちにとっても、移動が容易になりました。学生や高齢者、あるいはこどもが多い家族など、社会の成員の少なからぬ割合がここに含まれます。

移動の自由が認められている国でも、安価な公共交通網がなく、ほかの移動手段も限られていると、以前記事でも扱ったキューバの現状でもみられたように(「キューバの今 〜 型破りなこれまでの歩みとはじまったデジタル時代」)、移動は一部の人々だけができる特権的なものでしかありません。

長距離バス網は、全社会層のモビリティーの自由を確保あるいは押し広げたという意味で、 社会的な公平性に貢献したということができます。


環境負荷が少ない公共交通手段


自家用車、鉄道、飛行機などのほかの一般的な公共交通と比べると、フリックスバスの明るい緑色の車体が堂々アピールしているように、大型バスは、一人当たりのCO2排出量の最も少ない乗り物であるだけでなく、道路の渋滞緩和にも貢献します。 総じて環境負荷が少ない移動手段として温暖化対策にも大きく貢献していることになります。


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競合による公共交通部門全体のサービスの向上や充実化

飛行機、2015年にはドイツ内の格安航空機の乗客数を超距離バス利用者数が超えました。フリックスバス、長距離交通の手段を検討する際の選択肢として、多くの人にとって、なしでは考えられない状況となったといえます。

シュヴェムライン氏は、このように公共交通がお互いに「競合することは健全」と高く評価します。フリックスバスが市場に参入したことによって、ドイツの国鉄でも、価格やWi-Fi の整備など、サービス上明らかに改善がみられ、このように競合することが最終的に消費者たちにとって恩恵をもたらす結果になるためです。

同時にサービスが向上することで、鉄道自体も利用者が増える相乗効果にもつながるといいます。実際、バスが盛況といっても、国鉄の利用者も大きく減っておらず、2015年ドイツの国鉄乗車数はのべ1億3140万人で、バスの利用者2300万人よりもはるかに多い人が国鉄を乗車しています。

そして、バスや鉄道会社、飛行機など公共交通機関が競合しながらサービスを向上させ、消費者は価格や条件に合わせて選べるようになることで、「最終的に自家用車が不要になること」が、社会全体の目指す目標であるとシュヴェムライン氏はいいます。

終わりに 〜利用者の課題とモビリティーで広がる新たな地平
フリックスバスは、近い将来、ドイツだけでなくヨーロッパ全体の公共交通手段という、ヨーロッパ全体を覆う交通インフラを新たに担っていくという予測が、最近ますます現実味を帯びてきているように思われます。

もしそうなると、ヨーロッパ各国の社会は具体的にどのように変化していくでしょうか。例えば、フリックスバス創設者が指摘したように、社会正義(財力に関係なく長距離の移動が可能となるため)の観点や環境の観点において、公共交通手段がヨーロッパ全体で改善される可能性があるでしょう。しかし、ほかの交通手段との激しい値下げ競争で、フリックスバスのパートナーである地域の中小バス会社の従業員が、過酷な労働条件や安い賃金を強いられる危険もあります。また、バス交通だけが生き残り、鉄道やほかの公共交通手段が衰退し、公共交通の選択肢が 狭まる可能性もあります。

のぞましい形で長距離公共交通を維持するために、フリックスバスが長距離公共交通の強豪相手である鉄道に挑戦しながら公共交通全体の改善に寄与してきたように、これからは、長距離公共交通のモンスターとなりつつあるフリックスバスに対しても、厳しい目を向け、状況を見守ることが大切でしょう。具体的には、バスを利用する人々自身が、公共交通手段の価格や網羅する路線だけに関心をもつのではなく、利用者としての立場や、影響力をいかして、それぞれの国や地域でのフリックスバスやその周辺の環境の適切な状態の維持や問題の改善を常にもとめていく、はっきりした姿勢が必要だと思われます。

そして将来、公平で持続性のあるインフラとして複数の長距離公共交通がヨーロッパのなかで充実するようになれば、それらで密接に結びつけられた国々や地域では、地理的な近さを活かし、インターネット上でつながるレベルよりも、はるかに多様で多彩なつながりや交流が可能となり、有形無形の多大な恩恵を与えることにもなるのではないかと思います。


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参考サイト
フリックスバス公式サイト(英語)

フリックスバス、ウィキペディアドイツ語版

Monopolist sind wir kein Stück", FZZ, 1.11.2016.

Christoph Reichmuth, Wie Flixbus in Deutschland den Markt beherrscht, Luzerner Zeitung, 4.11.2016.

Christian Schlesiger, FLIXBUS.König der Straße, Wirtschaftswoche, 15.10.2016.

Matthias Sander, Verzweifelter Kampf der Schweizer gegen Flixbus, NZZ, 31.8.2016.

Kerstin Schwenn, Flixbus Die Fernbus-Sammler, FAZ, Wirtschaft, 3.8.2016.




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