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デジタルメディアとキュレーション 〜情報の大海原を進む際のコンパス

ソーシャルメディア全盛時代のニュース情報源と信憑性
北米の大統領選でメディアがどのように消費され、選挙行動に影響を与えていたのかが明らかになってくるにつれて、ソーシャルメディアが人々の情報源として大きな役割を占めていることが、改めて注目されるようになりました。

米国の世論調査機関Pew Research Centerの調査で 、アメリカでは成人の44%がフェイスブックをニュース・ソースとして使われていることが公表されましたが、このような状況は北米だけでないようです。チューリッヒ大学の公共性と社会研究所所長Mario Schranzによると、スイスのアンケート調査でも、回答したスイス人の二人に一人が、やはりフェイスブックをニュース・ソースとして利用しているという結果がでたといいます。そのうち12%の人はメインのニュース・ソースとして用いていると回答しており、若者層に限っていえば、フェイスブックをメインのニュース・ソースとする人が4人に一人でした(Medientalk, 26.11.2016)。

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無料で簡単に入手できるソーシャルメディアのニュースにはしかし、偽情報がまぎれこんでいることがあり、その正誤とは無関係に、その内容が人々に広がり、人々の判断にも大きな影響を与える可能性があります。この点で、最近注目されているものに、ソーシャル・ボッツSocial Bots とよばれる、ソーシャルメディアに大量の情報を量産・発信するコンピュタープログラム(ロボット)の目覚しい発達とその影響力があります。南カリフォルニア大学研究者の調査では、アメリカ大統領選中でツィッターの議論に参加していた総勢の15%が人間ではなくソーシャル・ボッツで、つぶやき全体の5分の1はそれらが発信したもので、トランプ氏支持のつぶやきに限れば、その割合は3分の1にまでのぼっていました(Bessi and Ferrara, 7.Nov.2016)。ボッツが発信する根拠も責任者も不在の大量の情報が、国内の選挙だけでなく、対外戦争や国内の対立など、様々なジャンルにおいて世論や政治を左右する大きな役割を果たす可能性が、今後、高くなっていくのかもしれません。


確かな情報へのアクセス方法
これらの事実が明らかになってくると、このような時代にこそ、偽情報に翻弄されず、信憑性の高い確かな情報を確保したいという要望も、人々の間で強くなってくるのではないかと思います。他方、情報はインターネット上にあふれて、 知りたい確かな情報を、手間ひまかけずにすぐに見つけ出すことは簡単ではありません。

単なる言葉の意味や地理情報なら大手検索マシーン、時事ニュースなら公共放送局サイトにおいて無料で簡単に見つけることができますが、業界全体の動向や、総合的な論説・解説、専門分野の第一人者の意見などを知りたいときは、どうすればいいのでしょう。主要な検索エンジンにパスワードを入れてヒットする上位のコンテンツを逐一みていくのは、効率でも成功率でいっても、最良の策とはいえないでしょう。各種の情報サービスに登録するだけで自動的に手に入るわけでもありませんし、情報源となりそうなサービスが複数ある場合、自分に最良のものがどれかを見極めるだけにも、かなりの時間を要すかもしれません。 何をしようにも前も後ろもあふれる情報の海原で、どう舵取りすればいいのか、途方にくれてしまいそうです。

このような状況に対処する有用な手段として、情報の大海原のコンパス(案内役)である、キュレーションの重要性が今日、そして今後、一層高まっていくと考えられます。キュレーションとは必要な情報を収集、選別、評価して提示することであり、キュレーション・サイトを自称するサイトが最適のキュレーションであるとは限りません。サービスの名称とは関係なく、あるジャンルや専門分野について常に有能な人材が責任をもって収集・選別・アップデートしているものが、媒体やジャンルを問わず、質や内容が保証されるよいキュレーションであるといえるでしょう。

今回は、近年世界的に急成長しているヨーロッパ発の新たなサービス事業で、キュレーション機能に重きを置いている例を二つ紹介しながら、キュレーションの質や今後の展望についてみていきたいと思います。


ジャーナリズム界のキュレーション
まずとりあげるのは、以前にもとりあげたオランダの「ブレンドル」という会社のキュレーションについてです。ブレンドルは、2014年4月から始まったオンライン・メディア購読サイトですが、ほかの類似する業者と大きく異なり、主要な英語やドイツ語圏などの日刊紙や雑誌をすべて一つのポータルサイトからみることができ、しかも新聞や雑誌をまるまる購読するのではなく、個々に気に入った記事だけを購入することができます。今年からは北米の主要メディアとの提携が拡大し、北米へも本格的な進出をはたしました。(ブレンドルのオンライン・メディア購読サイトについての詳細は「ジャーナリズムを救えるか?ヨーロッパ発オンライン・デジタル・キオスクの試み」をご参照ください)

ブレンドルのサイトのように、世界中の新聞や雑誌がオンラインで簡単に読めるようになったことは大変便利ですが、他方、その中から自分が関心をもつテーマの記事が載っているの雑誌や新聞を探すことは依然として容易ではありません。タイトルにおどらされず、読み応えがある優良な記事をみつけるのには、相当の労力を要します。このような状況を受けて、ブレンドルは、街のキオスク(小さな商店)のように新聞や雑誌(あるいはその中の個々の記事)を販売するだけでなく、読みたい良質の記事をみつけるためのキューレーション・サービスにも力をいれています。

キューレーション・サービスは、専門に雇われたエディターたちによって行われています。エディターたちは毎日、 新しく入ってくる新聞・雑誌すべてに目をとおして、出版社や分野を問わず良質と思う個々の記事を選び、それを二つの手段で、顧客にキュレーション(案内)しています。まず一つ目は、ポータルサイトにカテゴリーや分野に分類しての提示です。顧客はあらかじめ自分の興味あるジャンルを登録しておけば、ポータルサイトからクリック一つでジャンルごとに、エディターが選んだ最新の記事にアクセルできる仕組みです。

もう一つは、毎日朝夕2回のメールニュースと一週間に一度のダイジェスト版のメールニュースで、ジャンルを問わずエディターがその時点で最新で優良なものとして選んだ15件前後の記事を、推薦する数行のコメントをつけて案内するものです。このような二つのキュレーションのしくみ、ポータルサイトのジャンル別と、個人的に送られるメールニュースのおかげで、顧客は、主要な記事を日々素早く概観し、あるいは過去にさかのぼって検索し、自分が興味あるものを効率よくみつけることができます。もちろん、このようなキュレーションを充実させることで、記事の購買を増やすことはブレンドルや出版業界の収入を増やすことになり、顧客、ポータルサイト運営者(ブレンドル)、出版社の3者すべてが得をすることになるしくみとなっています。


知の最前線にいどむキュレーション
一方、欲しい情報がどこにあるかがわかって、入手が簡単にできるとしても、依然として解決されない悩ましい問題があります。それは、重要な情報ソースだとわかっても、それが分厚い書籍や専門的な学術書などであるため、読了するのが大変だという(デジタル時代にはじまったことではない、書籍発達の歴史上、常に並行したあった )クラシックな問題です。

1980年代終わりから、経済分野の大学としてドイツ語圏で最高峰とされるスイスのザンクト・ガレン大学に在籍していた3人の学生も、同様の問題を抱えていました。講義やテストに備えて膨大な書籍に目を通す必要があるのに、時間は限られている。窮余の策として3人は、 主要な書籍の要約をつくり、その貸借りをお互いにはじめました。おかげで3人は無事に卒業しましたが、卒業後、それぞれがビジネスの世界に入ると、大学で学ぶ学生だけでなく、ビジネス業界でも、全く同じ問題で悩んでいることを実感するようになります。

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ザンクト・ガレン大学 出典:http://www.unisg.ch/de/studium/darumhsg


ビジネスを順調に進めるために、常に新たな専門分野やその動向を学んでいく必要性を感じつつも、順調で多忙である人ほど、書籍にじっくり取り組む時間を作るのは難しくなります 。しかも毎年、英語とドイツ語のビジネス書だけでも1万冊以上が出版されており、それを読むことはもちろん、一望することも普通の人には不可能といっていいでしょう。このような状況で、ビジネスに必要な文献は常にチェックしておきたい、読む前に大筋をあらかじめ知りたい、あるいは今読めなくても重要な書籍のせめて概要だけはおさせておきたい、といった需要がかなりあるのではないか、そう、学生時代に要約の貸借りをした3人は確信します。そして、ビジネス関連の本の要約を提供する会社ゲット・アブストラクトgetAbstractを設立し、2000年1月からウェッブサイトで、ビジネス本の要約を提供するサービスを開始しました。

会社はまもなく、その高い要約の質と書籍の評価で、学会、経済界、ジャーナリズムからも認められるようになり、現在は会社の公式サイトによると、世界中で出版社500社、中小大規模の企業とその従業員千万人以上と協力関係にあり、要約は世界で総計すると数千万の人の目に届くしくみになっているといいます。これまでに数百万の要約購読サービスが世界中で購入され、特に最近は、オーストラリア、アフリカ、南米、ロシアと中国で顧客が増えているといいます。ちなみに、今年7月からは日本の楽天もゲット・アブストラクトに出資しています。

年間一万冊以上の書籍類は120人の専門ジャーナリストが、パートナーの出版社と協力して目を通し、ビジネスでの実用性、イノベーションのレベル(そのテーマにおいてどのくらいの新しさ、独創性があるか)、叙述の仕方が論理的で明瞭か、の3点を重視した透明性の高い査定を経て、 優れた内容のものだけをビジネス書籍なら5ページ(読了時間約10分)の容量に要約しています。

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ゲット・アブストラクトの要約例 出典: https://www.getabstract.com/en/how-it-works/overview


要約の対象は、最初ビジネスに直接役立つと考えられる関連書籍だけでしたが、政治、経済、哲学、宗教、文学、自然科学、心理学、社会学の書籍類やレポート(世界銀行などの)、さらにTED Talksのビデオ にまで今日広がってきています。要約総数は現在、1万4千点以上になり、文章形式あるいはオーディオ・サービスの形で、ライブラリー・サイトで会員に公開されています。それらの要約の多くは、ドイツ語、英語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語、ロシア語、中国語の7カ国語で読めるようになっています。 ポータルサイトでの紹介以外に、毎週、顧客の興味がある分野にそって、メールでも案内が送られています。

様々なビジネスに関係する最重要文献を常に網羅し、その良質の要約を提供するゲット・アブストラクトは、世界でも比類のない独自のサービスであり、ビジネス分野における知の最前線をキュレートしているといえるでしょう。


キュレーション 〜今後の可能性
キュレーションは、無料で手に入るニュースや情報があふれる状況の対極にあるようにみえます。無料のニュース・ソースが、ソーシャル・ボッツやほかの人工知能に次第に場を奪われていくのと対照的に、あるいはそれらが横行すればするほど、これからキュレーションの重要性は高まり、今度も、人間の高い能力や技能を必要とする知識集約型産業の分野として確固たる地位を保っていくように思われます。

ただし、キュレーションの在り方自体も、現状維持に安住せず、進化、進歩していくことが、時代の需要に合わなくなったり、人工知能に仕事を代行されないために、必要なのかもしれません。ゲット・アブストラクトは、単なるリストアップや評価をするというキュレーションにとどまらず、高い評価を下したコンテンツを要約する、という新たな付加価値をつくりだし、 ゆるぎない地位を築くことに成功しました。同時に、今後も要約の対象をさらに拡大・充実させていくため、要約が望ましいと思われるものの提案も、公式サイトで随時募集し、自分たちの地場や経験を土台に新たな発展の可能性を探求しています。このような創意工夫や新たな挑戦の姿勢は、キュレーションが、これからも必要とされているものを提供し、しかも、人が主体的に関わる知識集約型の仕事でそれがありつづけるための重要なキーであるかもしれません。


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参考サイト
------フェイク・ニュース、ソーシャル・ボッツについて
Stefan Betschon, Die dunkle Macht der Algorithmen, Social Media, NZZ, 24.11.2016.

Alessandro Bessi and Emilio Ferrara, Social bots distort the 2016 U.S. Presidential election online discussion, firstmonday, Peer-reviewed Journal of Internet, 7. Nov.2016.

Stefan Betschon, Die dunkle Macht der Algorithmen, Social Media, NZZ, 24.11.2016.

Adrienne Fichter, Debatte um die Verantwortung der sozialen Netzwerke. Mit Wettbewerb gegen Fake News, NZZ, 24.11.2016.

------スイスのソーシャル・メディアとジャーナリズムについて
Medientalk: Wie gefährlich sind die «Echo Chambers»? , SRF, 26.11.2016)

------ブレンドルのオンライン・デジタル・キオスクのキュレーション・サービスについて
Mathew Ingram, Blendle Launches its 'iTunes for News' Service in the U.S. But Will it Work?, fortune, March 23, 2016.

------ゲット・アブストラクト getAbstractについて
公式サイト(英語)

Stephan Gemke, HSG Gründungsgeschichte: Thomas Bergen und getAbstract, Gastbeitrag, Prisma, 10.3.2014.

楽天のゲット・アブストラクトへの出資について




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