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戦争を伝えるメディア 〜フランスとドイツにあらわれた娯楽メディアの新しい手法

今年のドイツの意外なベストセラー
今年ドイツでは、意外な本がベストセラー1位となり、人々を驚かせました。90年前に初版が出版されたアドルフ・ヒトラーの著作『わが闘争』です。ただし、今回ベストセラーになったのは、原書の再版ではなく、学問的で批判的な解説をつけた新しい版です。戦後この本の著作権を所有していたバイエルン州は新しい版の出版を一切禁じていました。しかし著作権が2015年末をもって切れたのを機に、ミュンヘンにある現代史研究所が、原書に関連する歴史的・社会的な背景や、事実関連の正誤を明確にした補足説明を加え、今年はじめから出版する運びとなりました。

当初、研究所もこれほど反響があると全く想定していなかったそうで、最初の発行部数もわずか4千部にすぎませんでしたが、販売開始するとまもなく注目が殺到し、版を次々重ね、4月までに8万部が売れて、一時期はドイツの主要な書籍ベストセラーリストであるシュピーゲルベストセラーで一位にまでなるほどでした。

問題の著作が世の中に公式ルートで出回ることに対して、懸念を示す意見や批判の声は根強くあります。しかし、現代史研究所の所長で、今回のプロジェクトを率いたヴィルシンク氏Andreas Wirschingは、予想外の反響に驚きつつも、多くの人が興味をもち読もうとしていることは、喜ばしいこととします。そして、3500箇所の脚注がある2千ページ近い分厚い2巻の高額(59ユーロ)な学術書を購入するのはもっぱら、当時の歴史や政治に学術的な観点から興味をもつ人々であると推測しています。今日、ネオナチが批判的な注釈などが入っていない原書を手に入れたいと思えば、インターネットでいくらでも手にいれられるためです。

一方、社会へのポジティブな影響のほうを期待し、評価する動きもあります。ライプニッツ協会と財団連合は、新しい版を、事実を歪めて盲目的に崇拝する社会の一部の雰囲気を払拭、牽制しようとする真摯な学問的な取り組みと評価し、社会に貢献する学問に授与する学術賞を研究所に今秋、授与しました。

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本のレイアウト例。青い部分が原文で、ほかの紙面は、脚注やほかの補足説明で占められています。


娯楽メディアと戦争モチーフ
ヒトラーの著作の扱い方に対し、戦後70年たったドイツで、いまだに意見が割れ、戸惑いや反響が大きいことが端的に表しているように、戦争のない時代や場所で、そのことをどう伝えるか、教えるか、どのように学ぶことがのぞましいのかは、非常にデリケートなテーマであり、一筋縄ではいかない問題です。

一方、戦争についての報道・伝達を主意にしていない娯楽メディア(一般に楽しむためのメディア)が、間接的に戦争について考えるきっかけをつくることもあります。今回は、フランスとドイツで第一次世界大戦と第二次世界大戦を、新たな視点や、一風変わった趣向で捉えたことで、近年、話題になっている娯楽メディアについて、それらが引き起こす効果やその反響について特に注目しながら、紹介してみたいと思います。


ボードゲームを通じて知覚する戦争
最初に紹介するのは、フランスで作られた第一次世界大戦を前線の戦いをモチーフとしたボードゲーム「Les Poilus(第一次世界大戦時のフランス人の前線で戦う兵士を指す言葉)」です。ゲームを、実際にあった壮絶な戦争を伝えるメディアとして捉えること、またはそのようなモチーフをゲームにすることに、少なからぬ違和感を抱かれることは多いことでしょう。フランスにおいても、 「大戦争la Grande Guerre 」と呼ばれ、第二次世界大戦よりもはるかに多くの犠牲者を出した第一次世界大戦の前線をテーマにしたゲームへの抵抗感は強かったようです。

そのため 、ゲーム説明書の冒頭で、ゲームの意義について異例の言及がされています。まず「ゲームは、本や映画と同様に文化の表現形態のひとつであり」、「ゲームで扱うことができないテーマはない」と書かれ、「そうはいっても、ほかのテーマよりも扱いが難しいテーマはあり、前線の兵士の体験もそのひとつであろう」と続きます。そしてゲームの作成にあたり、常に前線の兵士たちの苦しみを常に意識と敬意をもち、それらが損じられることがないゲームにするよう努力したこと、またゲームにでてくる6人の兵士のなかには実際に実在に前線に向かった人も含まれており、その人たちは、ゲーム作成チームの人の祖父であることにも言及されています。そして単なる娯楽ゲームであるのではなく、厳しい戦況を生き抜いた人たちを100年たった今日も忘却の淵に沈ませまいとする思いをゲームに込めていることが前面にだされています。

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しかしなによりこのゲームの戦争を伝えるメディアとして、重要な特徴的なのは、ゲームの中身です。現実の戦争をモチーフにしたゲームはこれまでいくつも存在しますが、個々の兵士の状況が見えないマクロな視点で 捉えた戦略・戦術が中心テーマで、戦争の勝敗がゲームの勝敗であるものが一般的でした。しかし、今回のゲームでは、国どうしの戦争の勝敗を象徴するようなものは全く見当たりません。前線の兵士の目に映る戦場の風景と過酷な条件だけがゲームの構成要素で、友情につながれた仲間全員が無事生還できるかというただ一点だけがゲームの勝敗を決める、全員協力型のゲームです。

前線の兵士は、物理的にも心理的にも多くの困難に遭遇します。困難は、爆撃や毒ガスのような敵からの攻撃から、 寒さや雨のぬかるみ、またパニックや恐怖心などの精神的な打撃まで様々あり、それらはモラルの低下につながります。これに対し、お互いへの声の掛け合いで励まし合ったり、負傷がひどい仲間のだれをいつどのように助けるべきかを決断し、戦争終結までなんとかモラルを完全に喪失せずに持ちこたえられたらゲームに勝つことになります。しかし、ゲームの進行にあわせて状況は好転するよりはますます 厳しくなっていくのはまぬがれず、 勝つのが非常に難しいゲームになっています。

このゲームは、昨年エッセンで開かれた世界最大のボードゲームのメッセで、まだドイツ語版がなかったにもかかわらず、大きく注目されました。今年後半から、フランス語、英語版に続き、ドイツ語版もやっと流通するようになったのですが、取り扱っている販売店によると、売れ行きはかなり好調だといいます。

高い評判と注目は、なにより協力型ゲームとしての高い完成度によるところが大きいといえますが、兵士の直面するリアルな状況や厳しい条件がゲームのなかで再現されているおかげで、第一次世界大戦の前線での戦いについて新たな形で思いをよせるきっかけにもなると考えられます。少なくともこのゲームについてのこれまでの批評では、個々の前線の兵士が直面した困難さがゲームのなかでうまく再現されていて、強い印象を受けるゲームだというコメントが、目立っています。ゲームの人気とともに、フランスにとどまらず国境を超えて、過酷な状況を耐えていた兵士たちに考えをめぐらす機会が、徐々に生まれるでしょう。100年前に戦った相手国で、現在はボードゲーム大国であるドイツの国民が、フランス人の兵士となってプレーするというのも、娯楽メディアならではの光景で印象的です。


小説と映画の新しい手法
もうひとつ、戦争を伝える新たなメディアとして、近年評判となっている小説での新たな試みをあげてみます。ヴェルメス氏Timur Vermesの『帰ってきたヒトラー(邦題)』という小説です(原題は『あいつがまたそこにいる Er ist wieder da』)。小説で戦争をとりあげること自体はもちろん珍しいことではありませんし、本書はドイツの歴史を考える上で避けては通れない人物ヒトラーが現代のドイツ、ベルリンに蘇り、珍道中を繰り返しながら人気コメディアンとして成功していくという、あらすじを聞いても、とりたてて特別には思えません。しかし本書には、作用の効果や副作用が書かれた処方箋つきの薬のように、この本を読みはじめると読者は(少なくともドイツ人の場合)、読書をただ楽しむというわけにはいかず、おだやかならぬ感情や後味をあじわうように意図さているのが特徴です。

具体的には、作者は前書きで、読者は次第に「ヒトラーを笑っているつもりだったのに、いつのまにかヒトラーと共に笑っている」ことに気づくようになると警告しているとおり、読者は喜劇仕立ての筋書きを楽しんで読み進めるうちに、笑っている自分自身に次第に違和感や困惑が生まれ、笑いながらも不安な気分にかられるようになるというものです。そして、作者は、そんな交錯のなかで、「つらい気分に頻繁になればなるほど、いい兆候」(Bücker, Die Welt, 28.08.2014)だともいいます。

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昨年公開された小説をもとにしたDavid Wnendt監督の同タイトルの映画では、ショック療法をさらに一歩進めるような挑発的な演出になっています。ヒトラーの格好をした役者がドイツ各地をまわり、人々の反応をみるというフェイク・ドキュメント(どこまでがフィクションでどこからが本当の話かわからないようになったドキュメント風の作り方)が組み込まれていて、そのヒトラー(役)にあからさまに親しみを示す人々が大勢でてくるのを、映画館の観客たちは、目の当たりにすることになります。それに唖然とする一方、もしも自分がヒトラーと同じ時代に居合わせていたらどう対処する、できるのだろうと自問し、自分の心の内部や思考回路を自分自身で総点検させられることになります。

こんな芝居は全く非現実的で一面的であり、それにつきあうなんてナンセンスだ、と切り捨てることは簡単ですが、そういうしかけをあえてつくることで、これまで他人事、過去のこととして戦争の勉強をしていたのと全く異なる、どきっとするほど切実な感覚と近い距離感で戦争や独裁者について考えるきっかけになるとすれば、全く荒唐無稽で無意味だともいえないでしょう。

少なくとも、ドイツ人の多くの人にとって、戦後70年を経た今日でも、このようなトリックを内包する小説や映画の存在を無視したり、気にしないでいるのは難しかったようです。2012年10月のフランクフルトのブックフェアでこの本が発表されたあとすぐ、 20週間のベストセラーリストで一位を記録し、2015年8月までに2百万部が売れています。さらに映画は、240万人の観客がドイツの劇場で鑑賞しており、いくつかのヨーロッパやドイツの映画賞の受賞や候補にも選ばれています。


おわりに メディアがつむぐ過去、現在、未来
ヨーロッパの現在の現実社会に話をもどしましょう。現代が100年や、70年前の戦争の時代から大きく隔たっている時代だと思うと、改めてほっと安心できる気もします。が、本当にそうでしょうか。

ボードゲーム「Les Poilus」で 兵士たちを個性的に描き生き生きと蘇らせたイラストレーターのティヌスTignous(本名Bernard Verlhac)は、ゲームのイラスト原稿を仕上げたわずか10日後の2015年1月に、パリで風刺週刊誌『シャルリー・エブド』の編集会議中襲撃され、同僚ら11人とともに犠牲となりました。また、ヒトラーは架空の世界でよみがえっただけでなく、現実の世界でもいまだ生きているかのような大きな存在力を依然保持しています。独裁者の思想に傾倒する極右グループの活動は、ヒトラーの死後の70年の間で衰えるどころか、ドイツ特有な現象といえなくなるほど、世界中のあちこちで活発になっているようにさえ見受けられます。

他方、今年は、フェイク・ニュースの伝播やソーシャル・ボッツの攻勢が目立ち(詳細は「デジタルメディアとキュレーション 〜情報の大海原を進む際のコンパス」をご参照ください)、メディアは、 歴史や現代の社会についての理解やそこでの関心を変えたり、部分的に強めるという、直接的で大きな影響力をもつ可能性が鮮明になりました。

今後も新たなメディアや、凝ったメディアの手法が次々登場するのでしょうが、現代の生活でメディアなしが考えられない以上、人を偏狭な見方に差し向けるメディアに押されず、様々な考えや世界観を提示する多様なメディアが並存、存続するような社会で、ありつづけてあってほしいと思います。

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参考サイト
------批判的注釈付きのヒトラー著『わが闘争』について
現代史研究所のこのプロジェクトについての説明

„Mein Kampf" in der öffentlichen Diskussion, Institut für Zeitgeschichte

Jürgen Kaube, Das Wort hat Adolf Hitler, Feuilleton, Frankfuter Allgemeine, 09.01.2016.

Mark Siemons, Neuauflage von „Mein Kampf" Ist Hitler nun endlich erledigt?, Feuilleton, Frankfurter Allgemeine, 17.01.2016.

Dagny Lüdemann, "Mein Kampf" ist wieder Bestseller, Zeit Online, 28.2.2016.

"Zerhackter Text", Interview mit Andreas Wirsching, Der Spiegel, 16.4.2016.

Mein Kampf: Nummer 1 auf der „Spiegel"-Bestsellerliste, Cover Media, 18.4.2016.

"Mein Kampf"-Team ausgezeichnet, Institut für Zeitgeschichte, 24.11.2016.

------ボードゲーム「Les Poilus(英語のタイトルThe Grizzled)」について
ゲーム「Les Poilus」の公式サイト

Tom Felber, Psychologische Kriegsführung, NZZ, 16.9.2016.

Andrew Smith, The Grizzled Review, Board Game Quest, Aug 2, 2016.

Jaob Englebrecht-Gollander, Review: The Grizzled, 26.Nov.2015.

Essen 2015 - Les Poilus - The Grizzled, Spielteufels Blog. unknown.de, 16.10.2015.

Monsieur Guido, Freundschaft ist stärker als der Krieg, Tric Trac, 23.3.2015.

Les Poilus. The Game - mit Thema!, Spielkult.de (2016年12月8日閲覧)

Les Poilus/The Grizzled. eine Spielerezension von Jörn Frenzel, Reich der Spiele, 05.01.2016

------ヴェルメル著『帰ってきたヒトラー』(小説と映画)について
Timur Vermes im Interview: Er ist wieder da - Adolf Hitler ist nicht komisch, Literaturcafe.de, Beitrag von 28.11.2012, Rubrik: Buchkritiken und Tipps, Frankfuter Buchmesse 2012.

Er ist wieder da, Wikipedia (deutsch)

Hermann Weiß, "Er ist wieder da" Das Buch, das abgeht wie Hitlers Hund, Welt, 27.1.2013.

Wolfgang Höbel, Unvorstellbare Witzfigur, Spiegel Online, 11.3.2013.

«Er ist wieder da» - Hitler, eine Witzfigur?, SRF Kultur, 4.4.2013.

Kerstin Bücker, Warum wir über Hitler auch lachen sollten, (Interview mit Timur Vermes), Die Welt, 28.6.2014.

Timur Vermes, Timur Vermes' Hitler-Satire wird verfilmt, Focus Online, 14.03.2013, 12:35

Christian Buß, Hitler-Groteske "Er ist wieder da" Vorsicht, Witz mit Bart, Spiegel Online, 7.10.2015.

Sophie Albers Ben Chamo, Ich sehe Deutschland jetzt anders", "Er ist wieder da"-Regisseur David Wnendt, Stern, 9.10.2015.

Michael Hanfeld, Der Adolf in uns allen, „Er ist wieder da" im Kino, Feuilleton, Frankfuter Allgemeine, 3.11.2015.

Jörg Albrecht, Der Führer ist zurück, Deutschlandfunk, 7.10.2015.

Daniel Kothenschulte, "Er ist wieder da" Lachen über Hitler? Nur wenn's lustig ist, Frankfurter Rundschau, 7.10.2015.


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