スイスの酪農業界のホープ 〜年中放牧モデルと「干し草牛乳」 - 一般社団法人 日本ネット輸出入協会

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スイスの酪農業界のホープ 〜年中放牧モデルと「干し草牛乳」

スイスと聞いてまず思い浮かべるのは、アルプスの山々に広がる青々とした放牧地で草を食む牛たちの光景ではないかと思います。しかしスイスの酪農家の数は減り続けています。過去10年で1万軒以上の酪農家が消え、約5万2000件ある現在の酪農家も、平均で毎日3軒ずつ減っており、10年後には現在よりさらに1万軒の酪農家がなくなると言われています(Bodenlos, 2017)。

酪農業が廃業になる直接的な理由は後継者不足など様々ですが、2015年4月からEUでは、農家が牛乳を好きなだけ生産できる体制に変わったことが、スイスの酪農業の衰退に加速をかけています。EU圏全体で牛乳の値段が暴落し、EUの隣国に囲まれるスイスでも取引価格に大きな影響を受けるようになったためです。2014年2月スイスでは牛乳1リットル当たり酪農家は67ラッペン(100ラッペンで1スイスフランに相当)手にすることができましたが、2016年3月には59ラッペンにまで下がりました。現在は1リットル当たり51ラッペンにまで下がっており、牛乳の売り上げだけでは、経費全体の3分の2しか補えない状況です。追い討ちをかけているのが、数十年続いている牛乳の消費量の低下傾向です。一人あたりの牛乳消費量(加工品ではなく直接牛乳として飲む牛乳)は、過去15年間に年間27kg、3割以上も減りました。毎年2.3%減っていることになります。

このように一見、八方塞がりのようにみえるスイスの酪農業界において、国立農業研究機関アグロスコープAgroscopeが15年来推奨している、従来の常識を打ち破る新たな酪農モデルが、近年改めて注目されています。このモデルは酪農の形として斬新で興味深いだけでなく、伝統的な第一次産業が、地域の環境や景観保全の観点からだけでなく、採算のとれる産業として将来、成り立つことが可能なのか、というどこの国でも問われている問題についても示唆に富む事例だと思われますので、今回はこの新しい酪農モデルとそれをバックアップする最新の動きについてご紹介してみます。


年中放牧モデル
推奨されているモデルは、最新型といってもいたってシンプルな形態で、牛舎で牛を飼育するのではなく、原則として1年中外で放牧するというものです(以下、このモデルを「年中放牧」モデルと表記します)。とはいえ、冬季は牛舎で飼育するのが一般的なため、これまでほとんどみられなかった酪農形態といえます。

このモデルは、持続可能性や牛の福祉(健康)の観点から優れているだけでなく、2008年から2010年の3年間にわたり、年中放牧の酪農と、従来型の「生産性が高い牛」を牛舎を利用し飼養する酪農の在り方をアグロスコープが比較調査した結果、経済的にも安定し、優れた点が多いことがわかりました。この調査の結果について以下、簡単にまとめてみます。

これまでスイスでは、牛乳の生産量を増やすことが収益をあげる一番の近道であると強く信じられ、「生産性が高い牛」、つまり牛乳の生産量が多い牛を飼養するというのが一般的でした。しかし生産性の高い牛は、非常に高価である一方、病気にかかりやすく、寿命も妊娠できる期間が短いため、長期的な牛の一生で換算すると、収益はそれほど高くなりません。また大量の牛乳を生産するため、牛の飼料には、濃厚飼料と呼ばれるたんぱく質の多い高価な飼料を大量に購入しなくてはなりません。さらに生産性の高い牛は、大型なので牛舎も広くしなくてはなりません。

生産性が高い牛を購入し、それに見合うインフラやロジスティックスを整えるだけでも大変ですが、これらの作業の効率化や最適化のためにさらに、全自動搾乳機や大型トラクターなど、高価で高性能の機器が導入するとなると、ランニングコストだけでも膨大な額になります。そんな中、現在は牛乳の価格暴落という追い討ちがかっている状態です。

一方、年中放牧型の酪農は、大雨の日など、牧草地を牛が歩き回ることで牧草地がいたむ可能性がある際は牛舎で飼養しますが、それ以外原則として1年中牛は外にいます。このような酪農モデルでは、費用も手間も最小限になります。まず費用面は、牛たちが自ら牧草地で牧草を食べるため、飼料代がほとんどかからないだけでなく、牛舎用の乾草(干し草)もそれほど多く必要ないため、大型トラクターも不要になるなど、飼料代と設備代全般に出費が少なくてすみます。手間(作業)面では、牛舎の掃除や飼料やりが大幅に減り、必要な干し草量が全体に減るため牧草刈りの仕事も減ります。牧草地の土地がやせないように毎年まく必要のある有機肥料も、牛たちが自分たちでまいてくれることになるため不要です。

この結果、牛乳の生産量が収益増加に直結しているとは言いがたく、二つのシステム下の酪農家の就業を時間給で計算すると、年中放牧型の酪農家の時間給は、従来型の牛舎の酪農(時給6−12スイスフラン)の倍以上(計算の仕方によっては4倍以上の)の28スイスフランの時給になるという結果になりました。

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白い円筒形の包みはサイレージと呼ばれる発酵させた牧草の飼料。(昔はサイロなどでも作られたが、
現在は外で刈った牧草を直接ポリエチレンなどで包むサイレージが一般的)


スイス酪農業に対する温暖化の影響
世界的な温暖化も、年中放牧型の酪農業にとってはプラスになる点が多いようです。これまでの過去150年間で、スイスの平均気温は1。7度上昇し、植物期間(1日の平均気温が5度以上となって、植物が生育する期間)も長くなってきましたが今後は、地中海の気候ゾーンがさらに北に拡大してくると理解され、2050年までにさらに、気温は1〜3度上昇し、夏の降雨量は5−15%減ると予測されています。

温度が上昇することで、植物が成長する期間は長くなり、CO2が増えることも追い風となり、牧草の生産は今後増加していくと予想されます。気候は乾燥していきますが、そのことも牧草の保存もしやすくなるという利点となります。一方、世界的には温暖化により、飼料の生産は全般に減少していき、飼料代は上昇していく見通しです。これらを総合すると、年中放牧型の酪農は、飼料としての牧草が増えて飼料代を大幅に節約できることで収益が増え、国際的な競争力も高くなると予想されます。

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苦戦中の新しいモデル
とはいえ、酪農家にとって牛乳増イコール高収入と長らく信じられてきた定説(やそのために投資してきた施設)を捨てて、方向転換をするのは簡単ではないようです。現在のスイス全体の酪農をみると、一頭当りの牛乳生産量は年々増加の一途をたどっており、全体の酪農業界全体では、いまだに従来型の生産増加やその効率化を目指す酪農業者が多いことがわかります。

現在、スイスで年中放牧をしている酪農家は120軒で、かなりの少数派です。もちろん市街地区に近い酪農業者においては道路やほかの建物にはさまれているため、牛の動ける放牧体制をつくるのは難しく、一概に放牧モデルを全面的とりいれることはできませんが、専門家は、最終的に、スイスの酪農家のうちの全体の4分の1、約6000軒においては、このモデルが導入可能だといいます。


「干し草牛乳」というブランド
昨年から年間放牧モデルを後押しする、新市場開拓の動きもでてきました。放牧牛の牛乳を高い付加価値のある牛乳、一つの新しい牛乳のブランドとして売り出す動きです。

これは、昨年設立された協会「干し草牛乳スイス Heumilch Schweiz」によってはじまりました。この協会に属する酪農家は、牛を原則として1年中放牧し、刈り取った草を与える際ももっぱら干し草を与え、サイレージ (刈り取った牧草を乾かいて干し草にするのではなく、発酵させたもの。最初の写真にある白い円筒型の包みの中身)は使わず、濃厚飼料も最大で飼料全体の1割までに減らすという規則を自らに課しました(諸説あり今のところ定説とはなっていませんが、この協会としては、サイレージや濃厚飼料を減らすことでより高品質な牛乳になるという説を支持しています)。そして、このような飼育方法で生産された牛乳を、「干し草牛乳」という新しい名称で売り出しはじめたのです。協会設立から1年たたない間に販売網を急速に広げ、現在は全国の大手スーパー「コープ」の多くの店頭で販売されています。

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ちなみに「干し草牛乳」という名称の牛乳は、スイスではじまったのではありません。南ドイツとオーストリアではすでに10年以上前から「干し草牛乳」というブランドの市場開拓を行ってきました。このためドイツやオーストリアに比べると、商品としては遅れをとったスイスの「干し草牛乳」ですが、もともとスイスの酪農の状況は「干し草牛乳」の名に見合う恵まれた条件を備えていたといえます。

例えば、スイスの酪農業は、EUの酪農業者に比べ、伝統を重んじ産業化が進んでおらず、自然環境や動物保護の観点からでも高い基準を保っていました。EUのほかの国に比べも高い動物保護Tierwohlの基準を保持しています。夏季(5月から10月末)に月間最低26日牧草地で過ごし、冬季は最低13日屋外に出してもらえる牛は81%(474000頭)を占めています。

また、スイスでは伝統的な飼料である牧草を原材料とする飼料の割合が78%(46%牧草地の草、22%干し草、11%サイレージ)で、濃厚飼料と呼ばれる穀物を主原料とするペレット状のたんぱく質が多い飼料はあまり用いません。ドイツ、オランダではスイスの2から3倍、スペインでは4倍の量の濃厚飼料を使用しています(Perspektive, 2017,108頁)。

スイスの酪農経営は、伝統的な家族経営で小規模なものが大半で(2015年のスイスの酪農業の規模は平均25ヘクタールで、牛の頭数は24頭)、「干し草牛乳」でイメージされる牧歌的なイメージにも合う乳業環境であるといえます。

このようなスイスの伝統的な酪農形態が最大限に活かされたスイス産の「干し草牛乳」というブランドに対して、海外での関心も高いようで、来年以降は南ドイツでもスイスの「干し草牛乳」の販売が予定されています。

ちなみに、「干し草牛乳スイス」協会会長で、チューリッヒ工科大学の酪農業専門家フーバーMartin Huber 氏によると、「干し草牛乳」という高品質を保証するブランド牛乳は、牛乳 1リットルにつき飼料、施設や医者にかかる費用がそれぞれ3〜5ラッペン(100ラッペンで1スイスフラン)減り、 酪農家の収入が5〜10ラッペン増えるといいます(Schär, 2017)。


新しいスイスの牛
フーバー氏は、放牧モデルを普及させるために、放牧に適した牛を育成することも、焦眉の課題だとします。

1960年代からスイスの牛は大きく変容しました。もともと20世紀初めにアメリカ農家が、スイスの約100頭の生産性の高い牛を購入し、 交配を重ねて「ブラウンスイス」と呼ばれる生産量の多い牛の種類が確立されてきました。1967年以降はブランスイスを逆にスイスがアメリカから輸入し、飼育してきました。この結果、現在のスイスの牛は大型化し、確かに生産性はあがりましたが、上述のように寿命も子供が産める期間も短くなり、病気にもなりやすくなりました。

フーバー氏は、年中放牧には、小柄(140cmほど)で、丸みのある牛が適しているとします。そのような牛は、1日の牛乳の生産量は少なくなるが、健康で長生きし、子供も生涯で多く産むことができるため牛一頭の生涯の生産性を考えると高い価値があり、また値段のはる濃厚飼料も少量(飼料の1割)ですむため飼料代も経済的だといいます。小柄であるため、牛舎も現在のものよりも小規模で済むといいます。

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おわりに 〜ドイツ語のことわざ

ドイツ語には「悪い天気というものはない。間違った服装があるだけだ」ということわざがあります。空をながめて天気が悪いと文句を言っていても事態は何も変わりませんが、自分の服装は変えることができます。どんな天気でも、自分の服装がその天気に適しているかという視点でみていくと、自分で変えられることがただちに見えてきて、それを変えればもともと問題だと思っていた天気自体が問題にならなくなるという、発想の転換です。今、スイスの酪農界に求められているものは、現在の「天気」(自然や社会、経済全体を含む環境)に合う「服装」(酪農の仕方やロジスティックス)がなんであるのかを見極め、それに着替えることなのかもしれません。


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<参考サイト>
------スイス連邦参事会(内閣) Schweizerische Eidgenossenschaft, Der Bundesrat のプレスリリースと報告書
Bundesrat formuliert Perspektiven für den Schweizer Milchmarkt, Medienmitteilungen, Bern, 05.04.2017

Perspektiven im Milchmarkt. Bericht des Bundesrates in Erfüllung des Postulats 15.3380 der Kommission für Wirtschaft und Abgaben des Nationalrats vom 14. April 2015, Bern, 5. April 2017.

Die Milchproduktion vor den Herausforderungen des Klimawandels, Changins, Medienmitteilungen, 15.06.2017

------他
Argroscope Agrarforschung Schweiz, Sonderdruck Systemvergleich Milchproduktion Hohenrain, Auszug aus dem Heft 9, September 2011.

Bodenlos.Vom Leben und Überleben der Schweizer Bauern: Ein Film von Martina Egi. In: Dok, SRF, 11. Mai 2017, 20:05 Uhr.

Brauchen wir eine neue Schweizer Milchkuh? In; NZZ, Leserdebatte 8.8.2017, 10:29 Uhr.

Heumilch: Nicht besser als normale Milch. In: saldo 01/2017 vom 18. Januar 2017.

Heumilch. Schweiz freut sich nach einem Jahr über steigende Absätze. In: Bauern Zeitung, Zentralwschweiz, Publiziert: 11.05.2017 / 09:45.

Hochleistungskühe sind kaum rentable. In: Trend, SRF, 2.9.2017.

Schär, Markus, Die Schweiz will weg von der «Wegwerfkuh», Milchwirtschaft. In: NZZ, 8.8.2017, 05:30

Schmutz, Denise, Der Teufelskreis auf dem Schweizer Milchmarkt. In:SRF, News, 27. Mai 2016, 9:03 Uhr.

Tierwohl. In: Swissmilk.ch (2017年9月15日閲覧)

Weniger Kraftgutter -bessere Milch. In: K-Tipp, Nr.15, 20.9.2017, S.18-21.



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