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スイスの受験事情 〜競争しない受験体制とそれを支える社会構造

日本でスイスのことを話すと、スイスのそれはいい、と異口同音に感心されるテーマが(少なくともわたしのこれまでの経験で)、ひとつあることに気づきました。それは、スイスの受験についてです(ここでいう受験とは試験を受けること全般を指すのではなく、ある学校の入学試験という一般的な語義で用いています)。受験と言えば、高学歴化する社会の熾烈な競争の現場のような印象が強いですが、 スイスでは、そのようなヒートアップする競争原理とは一線を隔てた独特の形態を保っています。そのようなスイスの受験のしくみとそれを支える社会背景、また、現在新たに直面している課題やそれを解決しようと臨む斬新な発想は、これを読んでくださる方にとっても興味をもっていただけるテーマなのではと期待しつつ、今回と次回の2回にわたってご紹介してみたいと思います。(話はわたしの住むチューリッヒ州が中心になります。地方分権が非常に強いスイスでは、場所によって若干システムが異なることをあらかじめご了承ください。)


スイスの受験のしくみ
まず最初にスイスの受験の概略を説明します。 スイスでは大学に入学試験はありません。基本的に大学はどこでも、大学入学資格を取得している生徒は、スイス中のどこの大学のどの学科にでも入学できることになっているためです(医学部だけは入学希望者が非常に多い為、例外として学力を問うものではありませんが一種の試験を行い、選別を行っています)。

スイスで受験と言えば、もっぱら小学校6年から中学校3年生ごろに(州によっては、もっと低い年齢からはじまる場合もあります)、ギムナジウムと呼ばれる全日制の州立学校か、いくつかの専門学校(日本の高専に近い学校)への入学試験を受けることを指します。入学試験は、州内の全学校共通の数学及び言語の試験で、ギムナジウムか専門学校か、学校の種類によって入学合格点が異なって設定されています。学校側は、合格点をとって希望する生徒を、原則としてすべて受け入れなければならないことになっており、入学者数の定員があるわけではありません。入学に適切な能力に達しているかを審査する、資格試験に近いものです。

今回は特に、合格点が最も高く、入学試験を受ける人のなかの圧倒的多数が目指すギムナジウムの受験にだけ話を限って進めていくことにします。チューリッヒ州には6年制と、4年制のギムナジウムがあり、年齢的には日本でいう中高一貫校と高校にほぼ相当します。どちらのギムナジウムも最終年で卒業試験に合格すると上述の大学入学資格を取得できます。逆にいえば、ギムナジウムに進学することは、大学進学を前提としていることになります。

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ちなみに4年制のギムナジウムは、受験できる年齢に上限はありますが、その範囲内であれば何度でも受験することができます。このため普通中学2年で4年制ギムナジウムを受験する人もいれば、中学卒業後に受ける人もいます。また中学2年で合格しても、入学を延期して、中学を卒業後にはじめて入学することもできます。


むやみにがんばらないがモットー
スイスの受験で、日本と大きく異なる特徴は、一言で言えば、むやみにがんばらなくてもいい体制ということになるかと思います。むやみにがんばらなくてもいい、とは、もちろん学業を怠けていいとか、放棄してもいい、とかいう意味ではありません。そうではなく、試験はあくまで自分の実力で受けるべきで、塾で詰め込んだりして四苦八苦して一時的に成績をあげることで試験に受かるような形はよくないという考えが強いという意味です。それぞれの能力や個性などの実力相応にあって進路を選ぶのが最良だという理解を理念だけに終わらせず、実際に実践させた形の受験ともいえるかもしれません。

と、これだけいってもあまりピンとこないと思いますので、逆に、むやみにがんばらないといけない状況について考えてみましょう。例えば、生徒にとって進学以外に選択肢がない状況。あるいは、たとえほかの選択肢があるにはあっても、それらがなんらかの理由で選択肢として人気がなく、結局それを選ぶ人がわずかだという場合。どちらの場合も、唯一のゴールとしてほとんどの人が一律に進学を目指すことになり、人気のある進学校のキャパシティーには限界がありますから、上位だけが入学できるとなると、どうしても競争が激しくなります。このため、がんばらなくてはなりません。

そんなこといまさら言われなくても十分わかっている、と思われる方は多いでしょう。それほど、日本では上記のような状況が多くの地域や人々の間で常態化していますし、日本以外でも、東アジアをはじめとし世界の各地で、同じような状況が年々ヒートアップしながら恒常化しつつあります。しかし、スイスは、この二つのどちらの状況(進学以外の選択肢がない、あるいはあっても人気がなくほとんどの人がいかない)もあてはまっていません。具体的にみてみましょう。


職業教育課程とそれを全面的に支援する社会
まず、義務教育修了後に進学以外の選択肢が非常に多くあります。スイスでは3年から4年間、週の3−4間を職場で職業訓練をし、週の1−2日間は学校で理論を学ぶという、実業と学業を同時進行させる職業訓練課程があり、250種類以上の職種から一つを選んで学ぶことができます。(この制度の詳細については、 「スイスの職業訓練制度 〜職業教育への世界的な関心と期待」及び、記事最後の参考サイトをご参照ください)。

選択肢が多い課程がただ存在しているだけでなく、高校に進学せずこちらに進路をとることが、実際に非常にメジャーな進路となっています。中学卒業後職業訓練課程に進む生徒の割合は、実に全体の8割にのぼります。つまりスイスでは、制度上(職業訓練課程という)高校進学以外の道があるだけでなく、現実にそちらに進む人が、大半を占めているということになります。

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ただし、世界的にみられるような高学歴志向や受験熱が、スイスにも少しずつ押し寄せていることも確かです。これに対抗し、親たちが、自分たちの子どもたちをギムナジウム進学という進路だけに囲いこむ風潮を堰きとめるために、教育現場では小学校の時から、スイスの職業訓練課程で就労に必要な実業を学ぶことがいかに有意義であり、ギムナジウム進学という進路に比べ劣るものではないということを、機会があるごとに熱心に親たちに説明していきます。

先日わたしが参加した小学6年生をもつ親を対象にしたスイスの教育制度についての説明会でも、小学校と普通中学校の校長みずからが、スイスの教育制度について説明をし、ギムナジウムへは、小学校の授業が簡単すぎて退屈するほど優秀で、しかも勉強が好きで好きで仕方ないというような場合のみふさわしく、 子どもたちにやみくもにギムナジウムや大学進学を行くよう勧めるべきではないと、再度強調していました。また、子どもが中学2年になるとその親たちは全員、職業情報センターに招待され、そこの職員から、職業訓練制度の詳細や具体的に職業訓練先をみつけるまでのプロセス、また親としてどのような支援をすべきかなど、具体的で丁寧な説明を受けます。チューリッヒ州のように外国出身の親が多く、スイスの職業訓練制度についてよく知らないがゆえにギムナジウム進学にこだわる傾向が強い州では、このような説明会は特に重視されています。ほかにも 学校や自治体、各業界団体によって様々な形の職業訓練のサポートが行われます。

これらのかいもあってか、スイスの職業教育と学業の二本立ての教育体制のバランスは現在まで、なし崩し的に崩壊する兆しはまだみられず、成り立っています。制度が今も成り立っているのには、もちろん教育界だけでなく、職業訓練生を積極的に受け入れ養成し、課程修了後は雇用先となる産業界が全面的にこの制度を支援していることの意味も非常に大きいでしょう。特にここ10年の間に職業訓練生を募集する企業が増えており、ここ数年にいたっては、職種によりむらはありますが、募集した企業が十分に訓練生を獲得できないことが問題になるほど、生徒にとっては前代未聞の売り手市場が続いています。職業訓練制度を評価する見方は、スイスでは国民的な総意に近いようで、大学卒業者などの職業訓練を受けずにキャリアを積んだ層もその例外ではありません。むしろ大学卒の人ほど、スイスの職業訓練制度を評価する割合が高い(実際に自分の子をどちらの進路に向かわせたいかは別として、とりあえず社会全体としては大学進学より職業訓練課程に行く人が多いことに賛成)という、興味深い調査結果もでています。

このような全面的にスイスの職業訓練課程を擁護・支援する社会の姿勢は、結果として、やみくもにギムナジウムへ進学することや、ましてそのための必死に受験勉強することにかなり消極的あるいは否定的な立場をとる風潮につながります。塾や補習を一種の教育ドーピング扱いとする論調を、国営放送や主要な日刊紙でもたびたび耳にするほどです(スイスの補習やそれについてのスイスの世論についての詳細は、「急成長中のスイスの補習授業ビジネス 〜塾業界とネットを介した学習支援」をご参照ください)。


受験をヒートアップさせないギムナジウムの現実
受験で合格したあとの学校の制度も、結果として、無理にがんばらない受験を後押ししているようにみえます。スイスのギムナジウムは、入ってから要求される学力レベルが高いため、入学から6ヶ月の間は仮入学(トライアル)期間となっており、その間にそれぞれの学校側が期待する成績を維持できるかが観察され、十分な成績をとった生徒だけが学校に残ることができます。このためチューリッヒ州の4年制ギムナジウム入学者の約2割は、毎年入学から半年以内に、普通中学や職業訓練などに進路変更をしています。

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仮入学期間を無事に通過しても、卒業するまで高い学力を維持しなくては、留年になるだけでなく、卒業試験が不合格で卒業できない場合もあります。つまり、受験前に勉強して合格したとしても、仮入学期間を通過し、無事に卒業できる保証はないわけです。そうなると、ギムナジウムに合格することにこだわった受験準備の相対的な価値や意義が低下し、本来の実力相応の進路を目指すという主義に立ち返りやすくなるのではないかと思います。


おわりに
ここまでの話を日本で話すと、毎回、好感をもって受け入れられます。しかし、このような日本からみれば、決してヒートアップしてないようにみえる受験システムでも、スイス国内では問題があると批判する声もあがっています。次回は、とりわけ痛烈で近年波紋を呼んでいるスイスの教育制度への批判に注目し、スイスの学校に通うこどもたちの実際の状況にも目くばりをしながら、どんな学校の形や受験の形が未来の社会で適切なのか、ヒントを探ってみたいと思います。


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<参考サイト>
穂鷹知美「中学卒業後は進学それとも職業訓練? 世界の学び/スイスのデュアルシステムとは」Wormo、 2017年9月20日




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