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小学生に適切な情報授業の内容とは? 〜20年以上続いてきた情報授業の失敗を繰り返さないために

昨年日本では、小学校のプログラミング教育を2020年から必修化とすることが決まりましたが、日本に限らず先進国ではどこも例外なく、プログラミングや情報の授業に高い将来性をみ、授業の充実化に力をいれています。スイスでも、2014年に、ドイツ語圏を中心にした21州で、やっと一律に情報の授業を小学校から導入することが決まり、いくつかの州では教師の養成講座(研修)や学校での授業がスタートしたところです。

しかし、当然のことながら単に「情報」と銘打った授業を形だけ導入しても、子どもたちが本当に目指す能力を習得できる保証はありません。実際、過去世界各地で行われた「情報」 授業のなかで、うまくいかなかったケースが多々ありました。どうすれば子供たちにとって、理想的な情報授業が受けられるような状況をつくりだせるでしょうか。そもそもどんな授業がのぞましいのでしょう。また、必修になるということは、相当な数の指導教員が大至急必要になるわけですが、情報授業を行うことができる教師を水準を下げずに大量に短期で養成することは果たして可能なのでしょうか。

これらの問題に長年関わってきた二人の専門家、チューリッヒ工科大学のホロムコヴィッチJuraj Hromkovič教授と北西スイス応用科学のレペンニング教授を招いた講演及び討論会「教育におけるデジタル・トランスフォーメーション」が、9月末にスイスのヴィンタートゥア市立図書館で開催されました。二人の長年の経験と実績にもとづいたビジョンや具体的な問題の指摘は、非常に示唆に富むものであるだけでなく、 情報授業に目下熱心に取り組んでいるすべての国の教育現場でも共通する問題点や課題が多々あると思われるので、この講演及び討論会について、今回と次回の2回をつかって、ご紹介したいと思います。(ただし記事は、わかりやすく主旨をお伝えするため、ほかの資料や文献を引用または参考にしながら、講演と討論会の内容を独自に再構成する形をとっています)

今回は、「情報」の授業をどのような授業にすべきかについて、次回は、教員の養成 と教授の仕方に焦点をあてて、まとめていきます。


情報授業で重要なのは、そのしくみ、基本を理解すること
両教授が掲げる情報授業のコンセプトを一言で言うとすれば、情報という原理(学問)の基本を理解し、それに基づく考え方を使えるように練習することになると思います。レペンニング教授は「Computational Thinking」という英語の定義を用い、「情報やほかのプログラム言語の基礎となる普遍的なコンセプトを理解することを可能にし、これを利用することができるための核となる能力」(FHNW, 2016)を身につけることだという言い方をしています。

これは、コンピューターを使って考えることであっても、コンピューターの使い方を習うこととは、全く異なります。プログラミングについて原理や基礎を学ぶことは重要ですが、全員が将来プログラマーになるわけでもないため、一般に社会で使われているようなプログラミングの仕方を習うことが情報授業の最終的な目的ではないといいます。特に小学生のレベルの情報教育において、この違い(授業は、コンピューターの原理を理解するためのものであり、通常社会一般に理解されるようなプログラミングやコンピューターの操作の仕方を習うのではないということ)をはっきり区別し、子どもたちにあった情報授業を進めることが重要だと強調しています。


これまでの情報授業の失敗例
二人が上記の違いを強調するのにはわけがあります。それは、これまであまりにも彼らが否定するような内容の情報授業が多く、実際にうまくいかなかった事例があまりに多かった、と彼らは考えているためです。

1990年代以降、北米やイギリス、フランでは情報科目が学校の授業科目として定着してきました。スイスでもいくつかの州の高校(ギムナジウム)などで情報授業がすでに設けられていましたが(地方分権が強いスイスでは、これまで授業科目や授業数について基本的にそれぞれの州に委ねられていたため、一部の州で情報授業も行われていました)、ワードやエクセルといった、一定のソフトの扱い方を習うことに、大方の授業時間が使われていました。

そのような授業になった大きな理由は、経済的なことであったと考えられます 。情報授業を導入するにあたって、学校をまず悩ませるのは(近年こそかなり安価になってきましたが)高額のコンピューターの購入コストです。 このような事情を知っている大手コンピューター会社は、情報の授業をしたいがコンピューターが足りないという学校に、コンピューターを寄贈し、学校側はそれをありがたく受けとり、そのかわり授業は概ねコンピューターのソフトの使い方を教える、という形が定着していました。

しかし、その結果はどうなったでしょう。その会社のソフト商品を使いこなしてもらう未来の消費者を増やすことで、会社にとっては確実に利益に結びついた一方、子どもたちは、いくつかのその会社のソフトこそ使えるようになったものの、それらコンピューターの動く基本構想や原理については依然全く無知のままでした。また、マニュアル化した手法を習うことは、想像性をかきたてるとは正反対であり、当然、幼少の子どもにとっておもしろいものではありませんから、情報はつまらない、嫌いだ、という印象をもつ子どもが増大します。

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一方、一般的なプログラミング言語を使って具体的なプログラミングを教えるというのは、 基本的な方向としては正しいとはいえ、子どもの発達や能力レベルに合わせて段階的に教えていかないと、 やはり子どもたちには無味乾燥な授業にみえてしまったり、情報は難しい、苦手、というマイナスイメージが強く刻印されてしまう可能性が多々あります。

最初に学ぶ情報の授業がこのように、こどもの知性を鍛えたり、刺激することもなく、ただつまらない、あるいは苦手だ、という印象しか持たせないようでは、百害あって一利なしです。そこで学んだ操作の仕方のような表面的な知識は、ワープロや洗濯機の使い方を習うようなもので、数年後には役に立たなくなります。しかしそれだけならまだ無駄だという話ですみますが、授業で情報そのものへの興味や関心を失うことは、その子たちの将来、長期にわたってマイナスの影響となるでしょう。

そのような例として、ホロムコヴィッチ教授は、スイスのフランス語圏のローザンヌの場合をあげます。ここでは、必修科目として情報授業を学んだあとに、選択科目としても選べるようにしたのですが、選択科目として選択した人は、必修で情報授業を受けた生徒全体のたった4%にすぎず、これは、情報授業の内容が完全な失敗であったと言わざるを得ないといいます。

アメリカで、プログラミングをコーディングcodingという言葉で言い換えて使われるのようになったのも、プログラミングのイメージが悪くなってしまったため、新しい言葉で代替することが必要になったためだとします。

20年以上もの間、このようなまちがった方向をたどっていた情報の授業を、一刻もはやく軌道修正しなくては、将来を担う今の若者たちにとって取り返しがつかないことになると、二人の教授は警鐘を鳴らします。ホロムコヴィッチ教授にいたっては、これまでの情報授業の進め方がいかにまちがっていたかということを広く知ってもらうため、これまでに400以上の記事を執筆したと言います。

また、情報の授業がはじまっても、デジタル媒体への依存の高まりやマルチタスクの影響など、コンピューターを介する作業によって生じうる危険から子どもたちを守る細心の注意も必要です。韓国は児童に一台のコンピューターを与え、情報授業に早くから力をいれてきた国の一つですが、15%の子どもが 医学的な見地からみて「集中力欠落」と診断される症状に陥るという「悲劇」的な状況に陥った、とホロムコヴィッチ教授は報告しています。(もちろんその理由が、情報の授業だけにわけではないでしょうが)。

ちなみに、ホロムコヴィッチ教授はスロバキア(かつてのチェコスロバキア)の出身で、パソコンが一般化するはるか以前の1970年代から、小学校2年から4時間(授業数)の情報科目が必修だったといいます。以後現在にいたるまで、ロシアや東ヨーロッパの多くの国では、情報がほかの自然科学と対等に位置付けられており、非常に多くの時間をさいて情報が講義されており、西欧のようなジェンダーによる差異(女性だから情報科目は苦手というような西欧に見られる構図)も全くみられないといいます。


こどもに一台パソコンは不要
では二人の教授は、これらの失敗を繰り返さないように、具体的にどんなツールを用い、なにを授業するのがよいと言っているのでしょうか。

ホロムコヴィッチ教授は、スイスでは情報授業導入を前に現在、どこの州もハードの装備にばかりお金とエネルギーをつぎこんでいるようにみえ、結局こどもが、ソフトの使い方を習うだけで、情報や技術についてなにもわからなくなるのではという懸念を示しています。Eラーニングも、よい学習教材があったときだけ意味があるが、それはしかしまれであり、授業としては向かないとします。むしろ、コンピューターを使うことはそれほど情報の授業で重要ではなく、「ノート、鉛筆、各学校に一つコンピューターを使える部屋があれば十分」だとします(Eggli,2017年)。

両教授とも小学校の段階では、コンピューターの基礎原理を学ぶことを重視していることから、小学生用の簡略化した独自のプログラミングはよしとするものの、一般的なプログラミングは、中学から学ぶのでよいとします。一方、簡略化の仕方や習い始める適性年齢については、二人の意見は多少異なっています。

レペンニング教授は、入力の際のまちがいでストレスを感じたりしないようにグラフィックを駆使した独自のプログラム言語を用い、6歳ごろからはじめることを想定していますが、ホロムコヴィッチ教授は、数字や文字からなる簡単な命令の組み合わせを学んであとに、自分でも応用して簡単な設計をするようになることを重視するため、始める時期は10歳から12歳が最適とします。

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レペンニング教授の講演から

ちなみに小学校のカリキュラムの編成上、情報授業を入れるのが難しいのであれば、ほかの授業(例えば算数や母語)のなかに取り入れた形で学ぶのであってもいいのではないかという提案も、討論会のなかででていました。


小学校向けのソフト教材例
両教授が学校の教材としてコンピューターソフトを開発してきたものに沿って、より具体的に、どのようなやり方を推奨しているのかみていきましょう。

ホロムコヴィッチ教授が2006年から小学生向けの教材として開発してきたもので最も有名なものは「プリマロゴ Primalogo」です。これは、亀を動かして、その軌跡で、好きな模様をつくるという極めてシンプルな発想で、子どもたちがしなくてはいけないのは、画面に座する亀に命令を与えることです。命令(一種のプログラミング)の作り方は、例えば右へ100歩かせたい時に「rf100」と入力するなど、子どもたちが10分もあれば覚えられるシンプルなルールと入力方法になっています。簡単な命令の出し方を習得したあとは、それを応用し組み合わせ、より複雑な命令もだしていけるようになるので、次第に、マンダラのような幾何学的な美しい図形を亀に描かせることも可能になっていきます。

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ここで重要なのは、それぞれ好きなように自分で亀の動かしたかを考えたり、作りたい軌跡の模様を考えるだけで、一つの答えがあるわけでもなければ、間違いもないことです。やることは、子どもたちにまかせられており、自分が思うようにいかなければ、子ども自身でほかの可能性を探さなくてはなりません。しかしこれは逆に、自分が思ったように亀が動いた時には大きな達成感、「成功体験」(ハロムコヴィッチ言)を味わえることになります。このポジティブな経験は、さらにほかのことをやってみようという大きなモチベーションになるため、非常に重要だとほ教授はいいます。

この教材ソフトは、これまでに100校以上の小学校、クラスで言えば約200クラスで利用され、4000人以上の生徒と100人以上の教師に試されましたが、評価はいたって好評でした。先生たちが、生徒がこんなに集中する授業はなかったという報告を受けたり、休み時間や下校の時刻になってもやめようとしない児童も続出したといわれます。


レプニング教授が小学校の情報授業教材としているScalable (skalierbar)という教材は、コンピューターゲームを「使用する」のではなく、自ら「つくり」あげ、情報の基礎となるコンセプトへの理解を深めることを目指したものです。25年前に北米で開発され、事例研究を重ねながら改善されてきました。ゲームやシミレーションなど自分が選んだ好きな題材で学ぶことができるだけでなく、子どもが年齢が能力に応じたレベルとテンポで、学べることが特徴です。ソロトゥルン州で昨年までに実施された小学校でのパイロット授業では、73%の生徒がたのしいあるいは、非常にたのしく作業をやったと回答し、79%はなにか新しいこを学んだと思うと回答しました。

両教授とも、情報は理論的な思考を促進させるたけでなく、言語能力の発達にも寄与するといいます。「生徒は、なにかの目的、たとえば画面上で亀が一定の幾何学的な絵を描くこと、をするため、なにをしなくてはいけないか。さらに、それをほかの人、人だけでなく自由な裁量がない機械ですら理解し、実行できるようにするために、どうはっきり表現すればいいのか。これはクリエイティブな思考を強めさせ、コミュニケーション能力を非常に高めさせる」とホロムコヴィッチ教授は言います(Weiss,2016)。


おわりに
授業を成功させるには、優れた授業コンセプトや教材だけではなく、それを使って授業をする教師たちの手腕が問われます。では、情報の授業で、教師たちはどのように授業を行うべきで、そのような教師をいかにサポートしていくのがよいのでしょうか。次回は、これらの問題についてのお二人の意見を引き続き、まとめてみたいと思います。


<参考文献・サイト>
引用した文献とすべての参考文献・サイトは、次回の記事の下部にまとめて掲載します。

ヴィンタートゥアの図書館で2017年9月28日に開催されたLernstudio主催の講演および討論会について

主催者Lernstudio の公式サイト



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