ヨーロッパのタトゥーにみえる社会心理(1) 〜高まる人気と社会の反応

ヨーロッパのタトゥーにみえる社会心理(1) 〜高まる人気と社会の反応

2018-09-19

ヨーロッパの夏の新しい「風物詩」?!

今夏はヨーロッパでも厳しい暑さが続き、プールがどこも大にぎわいでしたが、ヨーロッパのプールで近年目立って増えてきたものがあります。タトゥーです。

現在、スイスでは国民の10人にひとり、25歳から34歳に限ればは25%がタトゥーをしており(Tattoos, Migros Magazin, 2015)、隣国ドイツにいたっては、国民の5人に一人、若い女性(25歳から34歳)に限れば、二人にひとりがタトゥーをしていると言われます(Helg, 2018, S。13)。

このように近年ヨーロッパ(ここで扱うのは主としてドイツ語圏)で一種の社会現象のように流行しているタトゥーについて、今回と次回の記事を使って、少し掘り下げてみてきたいと思います。人気の背景にある社会心理や、タトゥー保持者の社会での扱われ方をみていきながら、現在のヨーロッパ人にとってタトゥーがどのような意味をもっているを考えてみます。

タトゥーの人気の推移

ヨーロッパにおいて、タトゥーが人々の間で、宗教(例えば、痛みをやわらげるまじないとして)や政治的(例えば、犯罪者や奴隷としての烙印として)ではなく、個人的な意向で、自分の体に刻みつける現在のタトゥーのようなスタイルが人気を得るようになったのは、18世紀以降と言われます。タトゥーをしていたタヒチの住民に出会ったのがきっかけで、船乗りなどを中心にヨーロッパ人の間でもタトゥーをほどこす人が次第に増えたと言われます。

それ以降20世紀の初めごろまでに、商人や貴族の一部でも少しずつ人気が高まっていきましたが、それに平行して、ギャングなどの犯罪者や売春婦の間で、タトゥーが定着していくようになると、(芸術家たちは別として)社会の大部分の人の間では、犯罪やアウトサイダーのイメージがタトゥーと重なるようになり、タトゥーを好まない文化が形成されていきました。以降、タトゥーというと、船乗りやバイクのライダー、ギャングなどを連想するというのが、1980年代までの一般的な理解でした。

しかし近年、タトゥー観は大きく変わってきました。長い歴史的な視点にたてば、ながらく固定的だったタトゥーへの見方が、ちょうど変化している真っ只中にあるといえるのかもしません。上述のように、タトゥーをする人々が社会全般に増えており、20世紀においてはタトゥーをむしろそれまで敬遠していていた女性たちの間でも、人気が高くなっているのも大きな特徴です。

タトゥー・スタジオで働く人へのインタビュー記事によると(Persano, 15.8.2018)、男性より女性のほうが、モチーフの考慮に時間を使い、男性に比べ女性はカラフルなものを好むといいます。ちなみに、女性がタトゥーをするもっとも多いところは、腕、腰、太ももで、小さいのを複数の方が多い(大きいのがひとつより)そうです。ちなみに、スイスでは保護者が認めれば16歳からタトゥーが可能です。ただし、ほとんどのスタジオは自主的に18歳から、としているところが多いようです。

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タトゥーが大衆化するにつれて、タトゥーのモチーフも大きく変化してきました。それは、多様になったというほうが的確かもしれません。船のイカリや頭蓋骨、劇画タッチの花や獄彩色のうねり模様のような古典的なモチーフは相対的に減り、非常にバラエティに富んだ形や色が描かれるようになりました。彩色の技術もここ数十年で飛躍的に向上し、カメラで写した写真のように細部にいたるまで描写するタトゥーも可能になりました。また、モチーフには、絵画的なものだけでなく、文字や記号なども用いられています。

社会の反応

とはいえ、少なくとも今のところ、タトゥーをしていない人々のほうが、社会の多数派です。これら多数派は、このようなタトゥーの人気の急上昇を、どう受け止めているのでしょうか。

北米の調査では、2008年においては、多くの人が常軌を脱したことのようにおもっていましたが、2012年にそのように思っている人は24%にとどまっている、という研究結果がでています(Breuner, et Al., 2017,p3.)。ヨーロッパにおいても、同様に、社会全体の、タトゥーへの許容が、ここ10年ほどで大きく変わってきた可能性があります。

ただし、これまでの暴力やドラックなどの犯罪とつながっているようなイメージがまだ社会に根強く残っているのも確かです。現在タトゥーをする人としない人々の相互関係、影響についてドイツで博士論文を執筆中のヘアフルターNicole Herfurtnerは、現在もタトゥーを行使する人は、それによってほかの人々からなんらかのレッテルをはられることを覚悟しなくてはいけないといいます(Baer, 2018)。

それが端的によくあらわれるのが、企業や公共機関の人材採用の時のようです。ただし、詳しくみると、タトゥー保持者をどうとらえるかは、職業分野によって大きく異なっており、スポーツ、ファション、ライススタイル分野では、もはやタトゥーがあるかいなかは、仕事で全く支障にならないと言われます。他方、大方のほかの分野、特にサービスや健康、金融分野では、タトゥーが、厳しく制限(禁止とまではいかなくても)されていることが多いようす。

スイスの警察を例にみてみましょう。(Fassbind, 2015)。近年、タトゥーがあっても就業可能かという問い合わせが非常に増えてきたため、チューリヒ州警察では2015年春にタトゥーに関する準則を明確にしました。

これによると、みえるタトゥーはチューリヒ州警察では認められず、制服や私服で隠れる範囲なら許可されます。つまり、夏の一般的な服装である半袖でもみえるところにあるのは、許可されないということであり、警察になるには、のどや腕にあると難しいということになります。小さな一部がみえるような場合は、例外的に、担当部署の長に一任されます。また全般に、警察という職務に適さないモチーフや内容も認められません(具体的にどのようなものが適さないかということは、言及されていません)。

一方、タトゥーについての評価は、性別と世代によって、かなり異なっているようです。これもまた、北米での調査結果ですが、タトゥーをほどこすことは悪くなる変化とみなす人が、若い女性では27%であるのに対し、50歳以上の女性では61%、65歳以上の女性では64%にのぼっています。一方、男性では、若者では30%、50代の51%でした。男性よりも女性のほうが世代間でタトゥーに対する意見の別れ方が激しいことがわかります(Breuner, et Al., 2017,p3.)。

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タトゥーを好む人に対する部外者がもつ素朴な疑問

と、このようにタトゥーの世評の変遷をみてきても、いまだ腑に落ちない点があります。

タトゥーは強い痛みを伴いますし、痛みに耐えて一旦タトゥーを行っても、未来永劫、自己が満足できるとは限りません。恋人の名前をタトゥーでいれてあとで後悔するという話もたびたび(冗談ではなく)聞きます。最近はレーザーでタトゥーを消去する技術も発達してきましたが、レーザーで消し去るのが難しい場合もあり、また消去するというだけの行為に、再び大きな苦痛を味わなくはなりません。

それほど困難やリスクがあるのに、なぜ、あえてしたい人が今、これほど増えているのか。その肝心な部分がまだよくわからず、釈然としません。

しかし、これについて一定の解答を提示してくれるような研究調査は、残念ながらいまのところありません。今世紀はじめから心理学分野でも研究の対象とするものがでてきたものの、ほとんどの研究は、まだ近年10年足らずの間にはじまったもので、研究自体がまだ非常に少ないためです(Baer, 2018)。

ただし、いくつか手がかりになりそうな、研究やメディアの記事はみつけることができました。次回は、それらをてがかりにして、タトゥーをほどこす人の心理にせまり、近い将来、タトゥーがヨーロッパでどのように扱われるようになるか、いくつかのシナリオを考えてみたいと思います。

※ 参考文献とリンクは、こちらのページに記載させていただきます。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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