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メディアの質は、その国の議論の質を左右する 〜スイスではじまった「メディアクオリティ評価」

今日、新聞社、放送局、出版社などの従来型の報道機関は、ネット上に存在する様々な情報発信源との読者獲得の熾烈な競争を強いられ、報道機関としての影響力が相対的に減少しているだけでなく、有料購読件数や広告収入の減少により、存続のための財政基盤が揺らいでいます(「「情報は速いが、真実には時間が必要」 〜メディア・情報リテラシーでフェイクニュースへの免疫力を高める」、「ジャーナリズムを救えるか?ヨーロッパ発オンライン・デジタル・キオスクの試み」)。

このように、報道機関をとりまく環境が急激に変化していく状況下にあって、今後、社会において、どのような報道機関が必要で、それはどのような形(財源や規模など)で存続することがのぞましいのか、という議論が、最近、集中的に繰り広げられ、国民全体の関心を集めた国があります。今年3月初旬に、公共放送(テレビとラジオの)受信料の廃止を問う国民投票が行われたスイスです。国民投票を前にして数ヶ月間にわたり、様々な角度から公共放送やメディア全般の現状や問題がとりあげられ、賛否双方の意見が紙面や討論番組で飛び交いました。

受信料廃止の提案を国民投票にもちこんだ人々(急進民主党と国民党の一部)の主張は以下のようなものでした。テレビ・ラジオ以外にも多くの情報発信源やツールが存在し、それを選択することができる現代において、視聴するしないに関係なく、国民から強制的に受信料を徴収する公共放送の在りかたは理不尽なだけでなく、メディア業界の市場原理(自由な競争)をさまたげている。今後は、公共放送も、受信料を財源とするのでなく、ほかの民間のメディア同様に、広告料や有料サービスを財源として運営されるべきだ。

一方、連邦政府を含む反対派は、受信料という安定した財源が確保できなければ、公共放送は良質のラジオやテレビ番組がこれまでのように提供できなくなる。またメディアを市場原理にまかせることで、メディアの質と多様性が損なわれる危険がある、と主張しました(特に、スイスは国た小さいのに公用語が多いため、自由市場にまかせておくだけでは、それぞれの言語と文化を維持・尊重するメディア環境を維持するのが難しいとされました)。そして、メディアの質が劣化し、多様性が失われることは、活発で多様な議論を阻害することになり、強いては、直接民主制という政治制度をとるスイスにとって致命的な打撃となると、国民に訴えました。

最終的に、国民の71.6%という圧倒的多数が、受信料の廃止に反対票を投じ、スイスの公共放送は受信料を財源として維持されることが決まりました。

スイスでは、年に4回国民投票が行われ、国や州、自治体の政治上重要な事項を国民が直接投票で決めます。このような直接民主主義的な政治システムが実際にもうまく機能していることは、世界的に著名な民主主義研究機関V-Dem(Varieties of Democracyの略で、世界各国の民主主義と政治システムについて世界最大級の社会科学データベースを所有し、350以上の多元的な指標に基づき民主主義を測定する国際研究機関)も認めており、今年V-Demがまとめた年次報告書「万人のための民主主義?」において、スイスは、国民の政治参加度で世界一位に位置づけらています(V-Dem, 2018, p.71)。

このような自他共にみとめる国民の政治参加度の高いシステムをもつ国であるからこそ、国民の政治行動のために不可欠な公平で良質な情報をこれまで提供している公共放送が、受信料なしでは成り立たないという訴えは、国民に強く響いたのかもしれません。

特に近年の世界の情勢に目をむけると、近年、フェイクニュースなどの偽情報の操作や拡散が、現実の政治に与える影響やその脅威がリアルに感じられるようになってきており、このことによって、公平な情報源としての公共放送の果たす役割が、これまで以上に強く意識されるようになり、投票で擁護側にまわった人が多くなったとも考えられます。

いずせにせよ、この国民投票の結果、スイスの公共放送は、当面、受信料という収入源が保証され存続できることになったわけですが、公共放送以外の民間の報道機関やジャーナリストたちは、依然、存続の危機をさまよう厳しい状況から抜け出せていません。

公的な報道機関だけが繁栄するのでなく、民間の報道機関と競合しながら、多様なメディア環境を維持していくことが、社会にとって良質の報道環境を維持するために理想である、ということは、国民投票の選挙戦において政府も強調していましたし、多くの人の口にものぼりますが、そのために、実際に何をすればいいのでしょう。

もちろん民間の報道機関は、それぞれ財政基盤と読者層の確保のために様々なビジネスモデルを検討し試していますが、報道機関当事者以外の人々からも、間接的に良質のメディアを支援する新しい動きがでてきました。メディアの質を客観的に評価、格付けする「メディアクオリティ評価」というものです。

前置きが長くなりましたが、次回と今回について、このメディアクオリティ評価という新しい評価制度とその内容についてみていきたいと思います。まずその概要や評価の主要な結論について、今回ご紹介し、次回は、それを踏まえた上で、メディアクオリティ評価が社会に与えることが期待される効果やその課題といった、具体的な社会とメディアとの間の相互関係に目を向けてみたいと思います。

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「メディアクオリティ評価」の目的
「メディアクオリティ評価」は、文字どおり、スイスの主要なメディア(新聞や雑誌、テレビ番組など)の質を評価します。評価の実施及び発行責任者は、メディアや経済、政治分野の重鎮40人あまりのメンバーからなる「メディアクオリティ寄付者協会Stiferverein Medienqualität」(以下、「メディアクオリティ協会」と省略)という団体で、この協会の公式サイトの冒頭では、メディアの質の評価を行う理由を、以下のように説明しています。

「情報メディアの質は、我々の民主主義の根幹に関わる重要なものである。メディアの質は公的な論議に露骨に表れる。我々の目標は、2年おきに評価をすることで質の変化を測定し、メディア消費者、またとりわけメディア自身に、質についての意識を持つことを促進させることである。」

ここに記されているとおり、目標は、単なる現状把握のための調査ではなく、調査を2年おきに継続することで、長期的にメディアの質を向上させることです。2016年からはじまり、今年9月に2回目の結果が発表され、今後も2年おきに調査が継続されていく予定になっています。

研究調査費用は、スイスの複数の大企業や財団(それぞれ毎年1万から5万スイスフランを拠出)からの寄付でまかなわれます。ちなみに2016年に行った最初の評価費用は、450 000スイスフランでした。寄付者(企業を含め)は、この研究調査の意義に深く共感しているものの、研究調査のやり方や結果に一切関与せず、実際の研究調査は、スイスのドイツ語圏とフランス語圏の以下の三つのメディア研究機関が、独立・中立した立場で、構想、担当しています。

• チューリヒ大学研究機関公共性および社会 Forschungsinstitut Öffentlichkeit und Gesellschaft der Universität Zürich(略してfög )
• フリブール大学コミュニケーションおよびメディア研究学部 DCM - Departement für Kommunikationswissenschaft und Medienforschung an der Universität Fribourg.
• チューリヒ応用科学大学応用メディア学研究所 IAM - Institut für Angewandte Medienwissenschaft an der ZHAW Winterthur

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評価方法と内容
初回(2016年)と2018年では調査の仕方や対象としたメディア数に若干の違いがありますが、ここでは、2018年の評価を例にして、評価方法と内容を概観してみます。

対象となるのは、スイスの主要な50のメディアタイトル(「メディアタイトル」とは、新聞社、ラジオ局、テレビ局などが制作し消費者に消費される個々の新聞やテレビ・ラジオ番組をさします)で、以下の四つのカテゴリーに分けてそれぞれの質を分析し、比較します。

1、日刊紙、オンライン新聞
2、大衆紙、通勤紙(通勤時に簡単に読めるフリーペーパーなど)
3、日曜紙、週刊誌
4、ラジオ・テレビ番組

具体的な評価は、以下の二つの側面からなされます。

1)専門性、分析処理能力、多様性、関連性などに注目した評価

50のメディアタイトルが制作した2000以上(年間1000)の報道コンテンツ(番組や記事)を、上記の研究機関に所属するコミュニケーション及びメディア専門家が、そのメディアタイトルを、公の議論に寄与する多様な情報の質を提供しているかという観点から総合的に分析します。具体的には、報道される情報が、ただ時事的なことを叙述しているだけか、それとも社会的な文脈や背景を交えて説明しているか、多様な側面を考慮しているかなどがポイントになります。

2)一般の人々の理解
一般の人が、同じ50のメディアタイトルについてどう理解(知覚)しているかが調査されます。市場研究機関 GfK Switzerlandによるサンプル調査で、ドイツ語圏とフランス語圏の2169人(前回は1613人で43メディアについて)を対象に、50のメディアタイトルのうちよく知っているものについてオンラインで回答してもらいます。

ところでメディアの質の評価自体は、アメリカやドイツのメディア業界でも実施されており、特別めずらしいものではありません。例えば、ドイツでも2011年に、全国の77メディアについて調査、ランキングが発表されています。

しかし、「専門家による分析・評価だけでなくサンプリング調査により一般住民の質についての認識も取り入れた評価(格付け)は、スイス国内だけでなく世界的にみても他に例がな」く(MQR-18, S.3)、その意味では、独特の評価体系であるといえます。


2018年のメディアクオリティ評価の主要な結論
2018年の調査の主要な結果とそれに基づく専門家のコメントを、まとめてご紹介してみます(個別のメディアタイトルの評価は、これを読まれている日本の方にはあまり関係ないと思われますので割愛します)。

1。前回に続き今回も、一般の人々のアンケート結果と専門家の意見が、ほとんど一致している。

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専門家の報道内容の評価と一般人の理解・評価がほぼ一致していることを示す散布図
出典: Stifterverein Medienqualität Schweiz, Medienqualitätsrating 2018 (MQR-18), Zürich 2018. (『メディアクオリティ評価 2018』), S.11.

上の散布図では、縦軸が一般の人々の理解評価、横軸が放送内容の専門家による質調査の結果をあらわしています。(それぞれ上や右にいくほど評価が高くなることを示しています)左下から右上に向けう斜め線上にほぼ位置するメディアタイトルが多いことがわかります。

ちなみに、今回の調査では、一般の人々の公共放送(ラジオとテレビの報道番組)に対する評価が高くなりました。これについて、メディアクオリティー協会協会の会員で調査の主要責任者の一人ドゥリッシュ Andreas Durisch は、公共放送の是非を問う国民投票に向けて国内で活発に議論されていった過程で、一般の人々の間では公共放送への信頼がむしろ高まり、それが評価を高めるのにつながったのでは、と推測しています(Von Matt, 2018)。

2。専門家の評価は、メディアタイトルの大部分は2年前と比べ、質的に大きな変化がなかった。

その意味では、厳しいメディア環境にあっても、スイスの報道はおおむね良好に機能しているといえます。とはいえ、評価が若干下がったメディアタイトルは15ほどありました。評価が下がった理由は、主に二つあり、取り上げるテーマの多様性がなくなったことと、ニュースの背景への言及の減少でした。これらの現象の背景には、メディア出版社の予算削減の圧力があったと考えられます。逆に、評価で質があがったメディアタイトルは、4つありました(ebd., S.21)。

3。メディアのメディア集中化する傾向が強まっている。

ドイツ語圏、特にチューリヒへの集中化が目立ち、逆にジュネーブを中心とするフランス語圏のメディアが姿を消す傾向がみられます。また今後も報道の効率化やコスト削減と称して、この傾向が続くと見込まれ、メディアの報道の多様性が危険にさらされているといえます(Medientalk, 2018)。

4。公共放送をのぞく報道各社は、新たなビジネスモデルをいまだ見出しておらず、メディア全般の状況は楽観視できない。


おわりに
今回はメディアの評価の特徴や方法、その主要な結果についてみてきましたが、次回は、これらをふまえた上で、具体的にメディアクオリティ評価というものが、社会にどのような効果的な影響を与えられるのかについてさらに考えていきたいと思います。


<参考文献・サイトは次回の記事の後で、一括して掲載いたします>



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