照明の常識を超える照明の時代へ 〜OLEDの挑戦
2015-10-01
17世紀のオランダの画家ヨハネス・フェルメールの室内画では、天井近い窓から日差しが人々に降り注いでいます。照明器具が未発達だった当時、明かり取り窓の大きさや位置が、いかに室内の生活を左右する重要なものだったかが想像されます。しかし19世紀末に電気・電球が発明されると事情は急変し、中央の天井付近を占める照明器具によって、昼夜を問わずいつでも、また部屋の隅々まで、簡単に明るくすることができるようになりました。
以後100 年余り続いたスイッチ一つで操作する電気照明の歴史を飛び出して、照明がもっと多様な形で、室内や人の生活に組み込まれるようになるのではないか。そんな可能性に注目する特別展が、10月中旬までスイス、ヴィンタートゥアにある産業博物館で開催されています。この特別展で注目されているものはたった一つ、 OLED(Organic Light-Emitting Diode)を使った照明です。OLED (有機発光ダイオード)は、有機化合物に電圧をかけて発光させる有機EL(有機エレクトロルミネッセンス)の技術を応用した製品です。この最先端素材の可能性をさぐるため、2014年からバーセル造形芸術大学、製造業者、デザイナーなどの産学共同プロジェクトが、国の助成を受けて立ち上げられ、今回の特別展ではそのプロジェクト成果が展示されました。
まとめてみると、 OLED照明には次のような特徴があります。
非常に薄い層状の有機化合物の全面が発光するため、照明は平らでむらがない
現在世界最大の OLED 製造業者であるフィリップス社の場合、光源はわずか0.7mmの厚さしかなく、その間と外側にガラスやプラスチックを挟んでも、ごくわずかな薄さしかありません。
形状が自由自在に変えられる
これは、こ れまでの照明器具がまったく手にしたことがない新しい境地であり、多くの可能性が考えられます。自由な配色にまつわる問題もほぼ解決しています。ただし、一定以上まげると層状の発光体が壊れて発光できなくなるため、柔軟な素材には未だなっていません。
ガラス窓に匹敵するほどの透明性が確保できる
OLEDを透明にすることができるため、鏡や窓など、これまで考えられなかった場所を発光、照明させることができます。
寿命が非常に長い
OLED照明の現在の寿命は5万時間に到達しており、今後、寿命を気にすること自体がなくなる、という域にまで達すると言われます。
省エネである
発光効率が年々高くなってきており、現在60 lm/Wのものもあります。これは、従来の電球 やハロゲンランプに比べ5〜6倍発光効率がよいことになります。
有害物質を含まない
99.9パーセントガラスでできており有害物が含まれておらず、使用後はガラスとして廃棄することができます。
発熱しないため、冷却も不要
発光中も体温ほどの温度までしか発熱しないため、発熱が問題でLED照明が使え ない部分でも使うことができます。
遠くまで光が届く
フィリップス社の試験結果では、均質に発光する光源の光は、従来の光源の光よりも30メートル先まで届き、時間的には3倍速く遠方から光源を知覚できるといいます。このような特徴をいかし、ベルギーでは11X20cmの OLED 製の誘導パネルがすでに量産体制で製造されています。ドイツでは2015年から OLEDのバックライトの車が販売される予定です。
これだけの優れた特徴をもつ OLED 照明ですが、大きな難点はその値段です。ナノテクノロジーを駆使した高品質素材は、いまだに非常に高価であり、この点では有機ELテレビが苦戦している状況と似通っています。ただしフィリップス社では、製品によっては2年間で10分の一まで下がった実績があり、今後急速に値段が下がる見込みがあると楽観視する見方もあります。少なくとも、 2017年には OLED 照明は量産体制に入るとの見込みです。
このような新しい照明材料は使って具体的にどんなことができるのでしょうか。一言で言えば、従来の照明という発想をこえ、建築やデザインの素材の一部として利用することが可能になったということのようです。壁や床、家具に組み込んで、インターネットやコンピューターにもつなげれば、 さまざまなインターアクティブ型の照明になります。小さなユニットとして利用すれば、つけはずしが非常に簡単なので、あらかじめアダプ ターが組み込まれた家具や調度品の好きな位置に好きな量を、つけはずしすることもできます。窓に透明なものをとりつければ、夜昼を問わず、太陽光が差し込むように室内を照明することも可能です。しかしこれらはまだほんの一例で、まだまだ未曾有の可能性が潜んでいるといえるでしょう。
ただし、一 点の光源を持たず均質に発光する特性は、LED照明とは大きく異なるものであり、エネルギー効率・寿命・価格の3点揃って優れたLED照明を駆逐 するものではありません。2007年のシーメンスの調査によれば、世界の電力消費の20%は照明によるものであり、20億トンのCO2に相当します。LEDランプ以外を一切販売しない方針を打ち出した大手家具会社IKEAなど、近年のさまざまなレベルのLED照明普及への取り組みは、今度も大いに奨励・評価されるべきでしょう。 OLED関係者の間でも、LEDとOLED両者を組み合わせて最適化を図っていくことこそが、将来の「希望の光」となると期待されています。
特別展開催 中定期的に開催されている解説ツアーに先日参加すると、日曜の午前にもかかわらず40人ほどが集まっていました。これはスイスの小規模博物館としはかなりの大入りであり、参加者の面々も、小学生をつれた家族づれから年配の人まで、老若男女非常に多様多様であったのが印象的でした。照明は生活に身近なインテリアなだけに、市場での動きとは別に、一般の人たちの間では、全く新しい可能性を秘めたOLED照明に、高い関心や期待が寄せられているのかもしれません。
参考サイトと文献
OLED共同プロジェクトのホーム ページ(下部に特別展の多数の写真つき)(ドイツ語)
雑誌「Hochparterre」のOLED特集号(ドイツ語)
Themenheft von Hochparterre, Mai 2015, Licht der Zukunft.
Elekitroniknet.de の記事(ドイツ語)
OLED-Licht macht rasante Fortschritte, von Mathias Bloch, 13. 1. 2014
フィリップス社のOLED照 明紹介ビデオ(ユーチューブ50分)
The future of lighting is here: OLED (Dietmar Thomas)
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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