キュレイテッド・ショッピング 〜ドイツ語圏で始まった新しいオンラインビジネスの形
2017-02-11
常に選択・決断している現代人
数年前、スイスのレンツブルクで「決断: 可能性のスーパーマーケットにある人生 」という、 大成功を収めた特別展がありました。倉庫のような広い会場の入り口でエコバックを受け取り、現代人が生まれてから死ぬまでに行う様々な選択・決断のテーマ(様々な形の違うチョコレートの選択から、職業・パートナー、ライフスタイルの選択まで)が展示されたコーナーを、スーパーマーケットで買い物でもするかのように見てまわるなかで、人生が選択肢の複雑系であることを体感するという展示でした。
展示場所は、チューリッヒやベルンなどの主要な都市からかなり離れており、展示されているものは日常で目にするありきたりのものばかりであったにも関わらず、 有名な画家の特別展さながらに人が押し寄せ、19ヶ月間の展示期間中10万9千人が入場し、 週末の混み具合といったら、本物の週末のスーパーマーケットのようでした。これほど反響が大きかった理由を考えると、提起されたテーマと展示の仕方が、人々の強い関心を集めたからだったとし考えようがありません 。 選択と決断の繰り返しが常態化する今日の状況について、展示という場を借りて客観的に見てみたい、ちょっと立ちどまって考えたい、と思った人たちが、スイス中から集まってきたということなのでしょう。特別展はスイスでの展示終了後、引き続きイツで 開催されおり、現在は、ハンブルクを会場に初夏まで開催されています。
買い物は楽しみかストレスか
人生全体でなくても、世の中で購買できるものだけに限ってみても、選択の幅は実に多彩です。それ自体は素晴らしいことですが、少し違う見方をすれば、選択肢が多すぎて選ぶのが大変になったともいえます。それでも、店頭に並んでいるものは限りがあってかろうじて見渡せますが、オンラインショップとなれば、購買できるコンテンツは際限なく、すべてを見きることは一生かかってもできないほどです。
このような現状を人々はどのようにとらえているのでしょう。2015年10月にドイツで興味深い調査結果が発表されました。ドイツ最大の市場調査研究所である GfK(Gesellschaft für Konsumforschung)が行った、25歳から55歳のインターネット利用者(男性1035人、女性570人)を対象に調査した、服の購入についての調査です。これによると、買い物が楽しく、休暇のレジャーのように感じているのは、男性では11%、女性は24%にすぎず、逆に、男性の31%は買い物が嫌いで、買い物自体にストレスを感じています。また、22%の男性は、多様な選択肢から服を選ぶことを、時間がかかり面倒くさいことと思っており、男性の3人に一人(33%)、女性の4人に一人(25%)は、時間をかけず、効率よく購入することを望んでいました 。
選択肢が多くなったことで、ショッピングを楽しむ人が一様に増えたわけではなく、むしろ、選択肢が増えたことで選択に時間と手間がかかるようになり、負担に感じている人がかなりいる状況がうかがえます。
キュレイテッド・ショッピング
ところでこの調査は 「アウトフィッタリーOUTFITTERY」 という会社が依頼したものでした。この会社は「キュレイテッド・ショッピングcurated shopping( ドイツ語では betreutes Einkaufen)」という北米で始まった新しいオンラインビジネスをドイツで初めて手がけた会社の一つです。キュレイテッド・ショッピングは、専門の担当者が顧客と直接電話などで話し合い、顧客それぞれに合う商品を選び、顧客に勧めるという、新しいオンラインの販売・購入方法です。ファッション関連の店舗などで、専門員(アドバイザー)たちが個々の顧客のために商品を選び販売する「パーソナル・ショッピング」がすでに存在しますが、言わばそれのオンライン版です。ドイツでは2011年以降にこのようなサービスを開始する企業が生まれてきました( 購買の流れやビジネスの特徴については次回の記事で詳しく触れます。)。
先ほどの調査の続きをみると、全体の6%の人がすでにキュレイテッド・ショッピングをしたことがあり(男性だけでは10%)、利用客の80%はまた使いたいと回答しています。また、これまで使ったことがない人の35%も利用してみたいと答えていました。調査の結果に基づくと、買い物に対しては負担を感じる人が多い分、キュレイテッド・ショッピングの利用者が今後増える可能性が大きいようにみえます。
まだ市場を占める割合は小さいものの、新しいトレンドとして、ここ数年、ドイツ語圏のメディアでもキュレイテッド・ショッピングについてよくとりあげられています 。今年はじめに市場調査オンライン雑誌に掲載されたマインツ専門大学の経済学者ホラント教授らの記事でも、キュレイテッド・ショッピングをオンラインビジネスの イノベーティブなビジネス・モデルと位置づけ、今後は、短期的なトレンドに終わらず、長期的なビジネス・モデルとして、ジャンルも顧客層も多様化して広がる可能性を指摘しています(Holland, et al., 2017)。これまでのキュレイテッド・ショッピングは、主にファッション業界で比較的若者層に限られたものでしたが、eコマース市場はドイツ語圏でも急速に拡大していることや(スイスでは2016年から16年にかけての1年でeコマース取引が前年比で7.5%増加し、72億スイスフランになっています)、インターネット利用者の多彩な社会的背景も考慮すると、確かにこれから、より広いジャンルで、一般的になることが十分考えられます。
将来の有望な顧客層は?
新しいジャンル、新しい顧客層にも広がるのなら、とりわけどのようなジャンルで、どのような顧客層が有望なのでしょう。この非常に気になる点については、しかし残念ながら、ホラント教授のレポートにも、これまでのメディアでの報道でも、具体的な言及はなく、すでにキュレイテッド・ショッピングがスタートしている服飾ファッションと家具業界が具体例としてあげるのにとどまっています。
このため、ここからは私の個人的な意見になりますが、今後、ドイツ語圏において、キュレイテッド・ショッピングの有望な顧客層は、これまで主な顧客であった30歳から50歳くらいまでのミドルエイジ層ではなく、むしろそれより上のよく「シルバー世代」と呼ばれる50歳から70歳くらいのオンライン・ユーザーかもしれないと考えています 。
以前、「現代ヨーロッパの祖父母たち 〜スイスを中心にした新しい高齢者像」でもご紹介したように、ヨーロッパの現代の新しい高齢者たち(つまりシルバー世代)は、これまでの高齢者の一般的なイメージとはかなり異なります。数十年前の同年齢の高齢者よりもはるかに健康面で恵まれ、新しいテクノロジーへの好奇心も強く、ほかの世代と比較しても経済力のある人が多い世代です。2005年から2010年の間にかけてドイツでは、50歳から69歳までのインターネット利用者数は倍増しており、現在、若年層の利用者数よりも人数的にも優勢となっていますし、スイスでは、55歳から69歳のインターネット利用者は、が平均、毎年6000スイスフラン(約67万5千円)以上オンラインで購入しているとの報告もあります(Media Use Index, 2014)。
2014年にドイツ最大の会計事務所PwCドイツが行ったドイツのシルバー世代のインターネット利用者についての調査も示唆に富みます。千人以上のアンケート調査対象の人の5人に4人、最低でも月に1回オンラインでものを購入しており、全体の利用頻度は、若者とほとんど変わりません。オンラインで購入するものは、多岐にわたっており、食品や電動工具、家具、健康・美容関連品などは、店頭で買うことを優先するとする人が半数いますが、全般にどのジャンルでもオンライン・ショッピングされています。特に多いのは本、音楽、映画(73%)、オーディオなどの電気機器(58%)、子供の玩具(44%)で、服や靴などファッションに関わるものも、半分の人がオンラインで購入しています。 オンライン・ショッピングを利用する理由は、わざわざ店頭まで足を運ばなくて済む便利さをあげる人が最も多く65%で、購入に当たり、便利さほど商品の値段を重視しません。一方、店頭とオンラインショップを比べ、店頭に出向くほうがオンラインよりも良い助言を受けられると思っている人は22%と少数にとどまっています。
この調査を発展的に解釈してみると、シルバー世代のインターネット利用者たちは、必ずしも、今の店頭で受けられる助言にそれほど高い価値をおいていないため、オンラインショップで、店頭で受ける以上の助言や個人的な相談などのきめ細かなサービスが受けられれば、多少割高となっても、キュレイテッド・ショッピングが好まれる可能性が高いと思われます。
おわりに
買い物はオンライン、オフライン(店頭)に関係なく、 現代社会に生きる誰にとっても必要で、日々繰り返し行われる作業です。それが簡単で効率よく、ストレスがたまらないような形に進化していくのなら、販売会社にとって収益が増えるという話にとどまらず、社会全体にとっても大きなプラスになることでしょう。
次回の記事では、キュレイテッド・ショッピングの具体的な事業形態や好調の背景について、男性をターゲットに絞ったオンラインショップを例にとりあげながら、掘り下げてみたいと思います。
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<参考文献>
——特別展『決断ENTSCHEIDEN. EINE AUSSTELLUNG ÜBER DAS LEBEN IM SUPERMARKT DER MÖGLICHKEITE』について
——ドイツ人の購買の嗜好と行動およびキュレイテッド・ショッピングについてのGfKの調査結果について
GfK (Gesellschaft für Konsumforschung), Studie Einkaufsverhalten: Frauen und Männer trennen Welten, wenn’s ums Shoppengeht, 30.11.2015. (2017年2月7日閲覧)
GfK-Studie Curated Shopping:Jeder dritte Online-User möchte künftig Personal Shopping nutzen, 5.10.2015.(2017年2月7日閲覧)
——キュレイテッド・ショッピングについて
Prof. Dr. Heinrich Holland und Lea Alice Bolz Betreutes Einkaufen im Internet - Curated Shopping, E-Commerce, One to One, new marketing, 2.1.2017.
Shopping-Berater aus dem Netz - Chance für den Handel?, Curated Shopping, Computer Woche, 31.08.2015
Christoph G. Schmutz, Der Verkäufer als Alleskönner, NZZ, 31.1.2017.
Anne Waak, Betreutes Einkaufen, Lifestyle, Welt, 4.11.2012.
Kauf-Empfehlung: Online-Shops setzen auf Menschen statt Maschinen, Einkaufen, Deutsche Wirtschafts Nachrichten 18.05.2015
——シルバー世代のオンライン・ユーザーについて
Silver Surfer sind beim Online-Shopping auf Augenhöhe(PwC-Multi-Channel-Studie 2013 „Total Retail - Wie der Multi-Channel-Konsum das Geschäftsmodell des Handels von morgen verändert, 10, 2013.のプレスリリース)
Ältere lieben Online-Shopping, E-Commerce, Haufe de, 01.07.2014.
Media Use Index 2014, Spendings: Sliver Surfers besonders kaufkräftig, Y and R gropu Switzerland (2016年2月7日閲覧)
So wichtig ist die Generation „Silver Surfer” wirklich, Absatz Wirtschaft, 9.1.2015.
Christian Deker, Internetnutzung Die «Silver-Surfer» rüsten auf, Mitteldeutsche Zeitung, 9.4.2008.
Ronald Wiltscheck, Ältere wollen mehr online einkaufen, Analyse von Klarna, Channel Partner, 7.10.2013.
——他
Schweizer kauften online für 7,2 Milliarden ein, Tagesanzeiger, 04.03.2016.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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