地上は人に、地下は貨物に 〜スイスで計画されている地下輸送網による持続可能な物流システム

地上は人に、地下は貨物に 〜スイスで計画されている地下輸送網による持続可能な物流システム

2017-03-16

今回と次回の記事では、輸送・交通手段の将来について、ヨーロッパを例に考えてみたいと思います。本記事では、スイスで構想中の、地下のトンネルで主要都市間を結ぶ貨物輸送物流システムについてとりあげてみます。社会のデジタル化が進んでも減少するどころか、むしろ増加している物(貨物)の輸送については、日本でも、輸送業者のドライバー不足による就労状況や収益の悪化などの問題につながっており、目下話題となっていますが、スイスがどのように対処しようとしているのかをご紹介します。
困難な状況下で生まれた斬新な発想
ほかの先進諸国と同様に、スイスの物流量も年々増えており、スイス連邦統計局の予測では、2030年には、2010年時に比べ45%も増加するとされています 。しかし、フランス語圏(西部)とドイツ語圏(東部)を結ぶ主要幹線道路(高速)「A1」ではすでに年間9000時間もの渋滞が起こっていることからもわかるように、既存の輸送網の利用で対処するのはすでに限界に近い状況です。
それではどうすればいいのでしょう。スイスの国土は狭い上(国土面積は 4万1300㎡で、九州よりは若干広く、ちょうど北海道の面積の半分にあたります。 )、この先も都市を中心に人口増加が予想されているため、十分な住宅供給が大きな課題であり、都市間を結ぶ輸送網のために新たなスペースを確保するのは難しい状況です。ならばいっそ、輸送を人の移動と分け、貨物輸送を別のところ、たっぷりあいている地下に下ろしてしまえば解決になるのではないか、そんな発想から生まれたのが カーゴ・スー・テラン Cargo sous Terrain( フランス語で「地底(地下)貨物」の意味 )と呼ばれる構想です(以下では略してCSTと表記します)。主要都市間を地下輸送専用網で結びつけるという、一見、SFのような話ですが、推進協会が設立されて、実現に向けて具体的に動きはじめてから4年目を迎え、かなり現実味を帯びてきました。
貨物専用の地下輸送トンネルの概要
現在公表されているCSTの具体的な構想をみてみましょう。(下の参考映像はドイツ語ですが、本文と合わせてご参照いただくと、全体的なイメージが湧くと思います。)
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参考映像: 「人間は地上、貨物は地下MENSCHEN OBERIRDISCH - GÜTER UNTERIRDISCH」(出典: Cargo sous Terrain

貨車専用のトンネルは、地下20〜50メートルの深さに直径6 mの広さで掘ります。トンネル内部は3車線に分け、貨車は常に時速30 Kmで走行できるようにします。この貨車レーンとは別に、トンネルの上層部には、 2倍の速度(時速60Km)で輸送できる小型荷物専用の輸送レーン(ロープウェイのように上部から吊り下げた貨物輸送用機器を使った輸送手段)も設置します。貨車と小型貨物の輸送レーンは完全自動運転で、365日24時間の輸送が可能です。貨車レーンの下には、電気・通信ケーブルなどを敷設します。トンネルの両端の地点といくつかの中間地点には、地上と地下を結ぶ貨物専用のエレベーターを含めた約8000m2のハブ(物流拠点)を設置し、貨物の搬入や仕分けなどの作業はハブの地上施設で行います。これらの施設や運行に必要なすべてのエネルギーは、ハブ屋上にはソーラーパネルを設置するなどして、 再生エネルギーでまかないます。
渋滞による遅延の恐れがない分、利用する企業は在庫の数やその保管場所を減らすことができるでしょうし、大口出資者においてはハブ内に直接専用拠点をもつことができるなど有利な環境も手に入り、仕分けや搬入作業がさらに迅速で効率的になることが予想されます。また、24時間正確で確実な輸送が可能な物流体制は、3Dプリンターを用いた製造業などスピードを競う業者にとって魅力的なものとなり、ハブの周辺に新たに生産拠点が集結してくることも予想されます。
構想の第一段階として現在計画されているのは、チューリッヒ市から67Km先のソロトーン州とベルン州の境界近い郊外地区 Härkingen/Niederbippまでのトンネルとハブ施設です。2028年までに完成させて2年の試験期間後、2030年から正式にスタートさせるというのが目下の計画です。その後、第二段階として、スイス最西端の都市ジュネーブから、最東端の都市ガンクトガレンまでトンネルを延長し、文字通りスイスの東西を横断する物流網を完成させるという壮大な計画が続いています。総工費は概算で、第一段階のトンネル建設費は35億スイスフラン(トンネル建設費用はそのうち7割)、すべて建設されれば、330億スイスフランとされています。
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トンネルがすべて完成した場合の全国的な地下物流網図 出典:Cargo sous Terrain

推進者たち
興味深いことに、巨大なプロジェクトであるにもかかわらず、国は直接関与していません。昨年11月、スイスの国会は独自の調査結果をもとに、この物流施設の建設を支援する考えを公式に示し、来年末までに国会で建設に関連する法が整備される予定ですが、国としては法的整備以外の参与や、経済的な支援の意向は示していません。
これは、国の関与を受けず自由な運営を目指すプロジェクト推進側の当初から一貫した意向でもあります。プロジェクトを推進する出資者の顔ぶれをみると、前回の記事でも取り上げた生協でかつスイスの二大小売業者であるミグロとコープ、またスイス国鉄、スイス郵便、スイスコムなどスイスの物流の大物が揃っており、物流に関わる大手企業が一丸となって、新たな物流網の構築を目指していることがわかります。現在も出資者を募集中で、目下、 建設許可のために必要な1億スイスフランを今年の半ばまでに集めることが目標のようです。
単なる貨物輸送を超えた物流構想
昨年1月にCTSの構想が公式に発表された際には、地下の自動走行による輸送システムという技術的な側面が、とりわけ注目されましたが、CTSは単に革新的なテクノロジーで、増える貨物問題を解決するというだけでなく、職住空間のアメニティーや環境の向上にもつながることも、この構想の大きな特徴です。むしろ、こちらの側面のほうが、国や社会全体から支持を受けるために重要な側面だとも言えるかもしれません。
例えば従来の物流手段に比べ、CTSでは環境負荷が大幅に減ります。すべての運行に再生可能な電力を用いるため、トータルで換算すると、二酸化炭素排出量は8割減り、騒音量も5割減になるといいます。また、ハブから都市に荷物を輸送したトラックが、カラでハブに戻るかわりに、リサイクル物やゴミを収集してハブへ輸送するなど、CTSの物流がほかのものの動きやシステムと合流し、人々の密集する都市などの職住空間全体の、一方向的ではなく環状型(あるいは両方向的な)輸送システムをつくることで、主要幹線道路だけでなく、都心部でも輸送頻度や量を減らせることが見込まれています。
これまで行われた二つの調査、フィジビリティスタディと国の依頼調査(詳細は参考文献をご参照ください)では、いずれもこれらの環境面での貢献が高く評価され、CTS構想を支持する結果となっています。
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おわりに
CSTの構想は、旧来の技術とインフラにもっぱら頼るだけでは限界に近づいている物流事情を抱えたスイスの、言わば背水の陣であるといえます。一方、小手先の解決に満足せず、どうせなら、都市圏全体の物流やリサイクルとも組み合わせて、職住生活空間全体の物の流れを効率化・合理化し、持続可能な未来型物流システムを構築しようという非常に野心的な案でもあります。
スイスと同じように貨物量が年々急増している日本でも、物流業界の問題はひとごとではありません。 将来はどのような物流システムが構想・実現されていくのでしょうか。今後、各国がどんな解決に向けて道を歩んでいくのか、共通点や相違点に注視しながら、動向を見守っていきたいと思います。
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<CSTについての参考文献とサイト>
——CSTの概要と国の公式見解
Cargo sous terrain 公式ホームページ(2017年3月6日閲覧)
Cargo sous Terrain, Wikipedia, de (2017年3月6日閲覧)
Der Budesrad, Bundesrat legt weiteres Vorgehen für Projekt “Cargo sous terrain” fest, Medienmitteilungen, Bern 24.11.2016.
Cargo sous terrain: Wichtiger Meilenstein auf dem Weg zur Realisierung erreicht, Medienmitteilung des Fördervereins Cargo sous terrain, Bern, 24. 11.2016
——CTSについての調査について
Cargo sous terrain: Das Güterverkehrssystem der Zukunft, Medienmitteilung, 26. Januar 2016 (フィジビリティスタディ feasibility study (実行可能性調査)の結果について
Markus Maibach, Lutz Ickert, Daniel Sutter, Volkswirtschaftliche Aspekte und Auswirkungen des Projekts Cargo Sous Terrain (CST), Schlussbericht, Zürich, 23. September 2016. (Auftraggeber: Bundesamt für Verkehr)(国からの依頼による調査報告書)
——国内外のメディアによるCTS関連の報道(新しい日付順)
Platzmangel: Die Zukunft liegt im Untergrund, Einstein, SRF, 16.2.2017.
Michelle Bucher, Cargo sous terrain: Da tut sich was im Untergrund, umweltnetz-schweiz.ch.Forum für umweltbewusste Menschen, 06.2.2017
Daniel Haller, Nun soll die Zukunft unterirdisch gut werden, Cargo Sous Terrain, — bz Basellandschaftliche Zeitung,1.2.2017.
Philipp Felber, Cargo sous terrain im Gäu - «Wir fühlen uns gegenüber der Bevölkerung verpflichtet», Oltner Tagblatt, 1.2.2017.
Jan Flückiger, «Cargo sous terrain» nimmt erste Hürde, Unterirdischer Gütertransport, NZZ, 24.11.2016.
Sylviane Chassot, Bundesrat spricht sich für «Cargo sous terrain» aus, Unterirdisches Gütertransportsystem, NZZ, 25.11.2016.
Bernd Kramer, Smarte Transportidee Brummis, ab in den Untergrund!, Der Spiegel, 18.9.2016.
Paul Schneeberger, Eine U-Bahn für Güter, Cargo sous terrain, NZZ, 26.1.2016.
Daniel Friedli, Der Güterverkehr soll in den Untergrund, Entlastung der Strasse, NZZ, 3.3.2013, 09:13 Uhr
——その他
Stephanie Falk, Vollautomatisches Transportsystem.Wenn Marilyn Monroe die Wäsche bringt, Competence 5/2016, S.10-11.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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