カーゴバイクが行き交う日常風景 〜ヨーロッパの「自転車都市」を支えるインフラとイノベーション
2017-03-24
近年、世界的に自転車をめぐる認識や実際の状況が大きく変化しています。クリーンな交通手段であるだけでなく、車交通のほかの様々な弊害(渋滞や駐車場不足、車優先構造によって起こる様々な不便や都市空間の分断)を免れることができ、運動不足気味の都市住民に貴重な運動の機会ともなることを高く評価し、自転車が都市の移動手段として定着するよう、真剣に取り組む都市が増えてきたためです。人口の6割が都市部に住み、都市の交通手段が全二酸化炭素排出の4割を占めるヨーロッパでは、都市で自転車のハンドルを握る人が増えることで、二酸化炭素の排出量が減ることも期待されています。
すでにヨーロッパでは、 「自転車都市」(自転車交通がさかんな都市)として知られる都市がいくつもありますが、なかでもオランダの首都アムステルダムとデンマークの首都コペンハーゲンは有名です。この2都市では 全住民の5割(統計によっては6割以上)が通勤や通学に自転車を使っています。スイスで比較的自転車利用者が多いとされる都市でも通勤・通学に自転車を利用する人の割合は2割にとどかないことと比べると(バーゼルが16%、ヴィンタートゥアが13%)、アムステルダムとコペンハーゲンのこの割合が、いかに突出したものであるのかがわかります。
自転車都市では、自転車走行のためのインフラ整備が自治体によって進められきたのはもちろんですが、それらに並行して、自転車の利用の幅が広がったことや、ほかの交通機関との接続・乗り継ぎがよくなったことも自転車利用者数を押し上げた重要な要因と考えられます。一方、利用が増えたことにより新たな課題もでてきました。今回は、アムステルダムとコペンハーゲンを例に、このような自転車をめぐるこれまでの変化や新たな課題をまとめてご紹介してみます。
車社会から自転車都市へ
ところで、アムステルダムもコペンハーゲンも、半世紀ほど前まではほかの都市と変わらぬ車社会でした。しかし増える車交通によって大気汚染、騒音、交通事故、渋滞、また都市中心部の衰退などの弊害が目立つようになり、1970年代から徐々に自転車への再評価が広がっていきます。これに伴い、市は自転車交通を推進する政策をすすめてきました。
自治体が行ってきた主なことは、安全な自転車道路や駐輪スペースの整備です。人口130万人のアムステルダムでは現在総計3万5000kmの自転車道が整備され、すでに中央駅(本駅と南駅)周辺だけでも、自転車1万8000台分の駐輪スペースがあります。人口56万人コペンハーゲンでは、最低幅170cm(実際の道路ではさらに広く220〜250cmの幅が一般的)の自転車道が合計で400km整備されており、その中には自転車専用のハイウェイ(文字通り、地上から高いスペースを使った道路)も含まれています。
カーゴバイク
ただし自転車走行の環境を単に整備したからといって自動的に自転車利用が増えるわけではありません。例えば、買い物したものの輸送や、(小さい子どもがいる家庭にとっては)子どもの送迎は、多くの家庭で日々の生活に欠かせませんが、小さな荷台にはおさまらない重くて大きな荷物の輸送や、二人以上の子どもの送迎(輸送)には、普通の自転車は適しておらず、これらの人々が自転車を利用することにはつながりません 。
しかし、もしもこのような日常生活に不可欠な輸送も自転車でできるとしたらどうでしょう。結論から先に言いますと、そのような自転車が今日存在します。正確に言えば、昔からありました。1920年代終わりにデンマークで発明された、通常「ロング・ジョンLong John 」と呼ばれる輸送用の自転車です。これは、前輪とハンドルの間を長くとって、その間に荷台を置いて、そこに物を積んで搬送するタイプで、約100kgまで輸送可能です。1930年代以降、いくつもの会社でこのような輸送用自転車が製造され、オランダとベルギーで利用されてきましたが、車が普及してきて次第に人々に忘れられていきました。
しかし近年、再び、買い物や子どもの送迎に使える自転車需要を追い風にして、人気が高まっています。重量を軽量化したり、荷台を子どもがのれるよう箱型にしたもの、また電動化したもので、「カーゴバイクcargo bike」と呼ばれています。すでにコペンハーゲンの全家庭の15%、 二人の子持ちの家庭に限れば4家族に1家族がカーゴバイクを所持しています。子どもの自転車での輸送には、ヨーロッパではこれまで、自転車の後ろに貨車のようなものを付随させ、それを牽引する形で輸送するのが一般的でしたが、前に子どもをのせるカーゴバイク・タイプのほうが、子どもの安全が確認しやすく、事故も少なく、子どもにとっても前方がみられるので好評を博しています。
スイスでもカーゴバイクが、数年前からちらほらみられるようになりました。 初めて、子どもを輸送中のカーゴバイクが交差点で止まっているを見かけたときには、思わずものめずらしさから声をかけてしまったのですが、「オランダ製です」と誇らしそうに返答されたことが印象的でした。カーゴバイクというジャンルでは、スイス製の時計やドイツ製の車のように、オランダ製とかデンマーク製いうのが、 目下、圧倒的な知名度やブランド力をもっているのかもしれません。いずれにせよ、カーゴバイクは、プロの配送(郵便や宅配サービス)から子どもの送迎まで、様々な輸送用途にあわせた形や種類がでてきており、現在500種ほどが市場にでまわっています。
公共交通との間のスムーズな移行
一方、自転車をめぐる環境や状況がいかに優れたものになっても、自転車だけですべての移動を引き受けることはできません。このため、単に自転車走行だけを推進するのでなく、ほかの交通機関とうまく連結させることも、自転車の利用を増やすのに大切になります。
コペンハーゲンでは、駅や主要なバス停の駐輪スペースの整備をすすめる一方、2010年から、地下鉄に自転車を無料で持ち込めるようになり、その後2年間で持ち込まれる自転車台数は、210万から730万台に増えました。今後も、 既存の交通機関だけでなく、車や自転車のシェアリング・システムのような新しい交通システムも取り入れ、連結・協力を積極的に進める方針です。
新たな課題への取り組み
一旦、環境や使いやすい自転車が整えば、自転車の利用はうなぎのぼりに増えていくようです。オランダでは過去20年間で、都市で自転車に乗る人が4割も急増しました。自転車が増加するのと並行して、車の交通量は減っており、現在のアムステルダムの交通量は、自転車10台に対し車は1台の割合です 。しかし、この快挙を手放しで喜んでばかりもいられません。新たな課題がでてきたためです。
例えば、自転車の走行量が増えることで、交通の流れが停滞あるいは危険が増えます。このため車道を減らして自転車道や歩道を増やしたり、車が自転車に危険が及ばないよう減速して走るようにするなど、ほかの交通手段と兼ね合いを改めて見直すなどの対処が必要になります。より深刻な問題に、駐輪場の不足問題があります。アムステルダムではこれまでの駐輪スペースでは不十分として、2015年に、地下スペースや平底船も利用した5万台分の駐輪スペースを市内に追加でつくる計画を打ち出しました。平底船を活用するというのは、運河が多いアムステルダムらしい妙案です。
また、自転車の駐輪が増えると盗難も増えます。これを防ぐ決定的な得策は残念ながらいまだにありませんが、近年のアムステルダムの盗難対策では一定の抑制効力がありました。それは市が、盗難されて破棄された自転車や不法駐輪などで、一年に数万台押収する自転車を、盗難自転車の販売価格とほぼ同額で販売するというものです。これにより2001年から2008年の間で、盗難被害件数は半減し、さらに(麻薬購入目的で自転車を盗む人が多かったようで)麻薬常習者の数も半分にもなったと言います。
高齢者と自転車
最後に今後積極的に検討する価値があると私が個人的に考える、高齢者の自転車利用という課題について、触れたいと思います。高齢者は、これまで自転車利用者として中心的に考えられる存在ではありませんでしたが、ほかの層にまさるとも劣らず、自転車の潜在的需要が大きい社会層といえると思われます。というのも高齢者は、マイカーの運転という便利な選択肢が、健康的あるいは経済的な理由で次第に難しくなる一方、買い物や移動全般が、体力的にも、ほかの世代以上に大変になるためです。高齢者が、自転車を長く利用できればできるほど、行動範囲が内容が広がり、自立性の高い生活を続けることが可能になります。
しかしそのためには、通常の自転車ではなく、高齢者の健康状態や体力に適した自転車が不可欠です。目下のところ、体力的な負担が少なくてすむ軽量の自転車や、電動自転車、転倒事故を起こしにくい三輪の自転車や、乗り降りがしやすい構造の自転車などが高齢者に適していると考えられますが、今後高齢者の社会福祉や健康政策の観点から自転車という交通手段が重視されるようになれば、より優れた性能の自転車もでてくるかもしれません。そのような自転車が手に入りやすい価格で市場にでまわるようになれば、自転車利用に消極的な高齢者たちの間でも、自転車の利用が広がり、最終的に自立的な生活を長く営むことができる高齢者が増えるのではないかと思います。
おわりに
冒頭でも述べましたが、今日、ヨーロッパだけでなく、アジアやアメリカでも、自転車に熱い視線が注がれています。実際に自転車専用道路の拡充、シェアリング自転車、自転車の輸送配達サービスなど自転車を利用した様々な輸送や移動の試みが各地で始まっていますが、人口規模や気候、地形だけでなく、社会や産業構造も非常に異なるそれらの都市では、どのような自転車利用が定着するのでしょう。他の都市の成功例に刺激されながらも、それぞれの場所に適した自転車の利用方法や地域性にとんだ自転車のスタイル、奇抜なアイデアなどが登場してきて、驚かせてくれるかもしれません。世界各地のこれからの展開に期待しましょう。
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<参考サイト>
——ヴィンタートゥアの産業博物館で現在開催中の特別展示「バイク・デザイン・都市BIKE l DESIGN l CITY 」(29.01. - 30.07.2017)について(この記事は、この特別展示に刺激を受けて作成されました。)
展示についての公式ページ
200 Jahre Velo. Das Velo fährt dem Auto den Rang ab, Kultur, SRF, 6.2.2017.
——アムステルダムについて
Cycling in Amsterdam
Martin Skoeries, Fahrradparadies Amsterdam Die Speichenstadt, Spiegel Online, 09.05.2015.
——コペンハーゲンについて
Die Kopenhagener lieben ihre Fahrräder, Denmark, Die offizielle Webseite von Dänemark (2017年3月15日閲覧)
Ulli Kulke, So revolutionieren Fahrräder die Metropolen, Die Welt, 10.4.2014.
Radfahren in Kopenhagen, Wikipedia (2017年3月15日閲覧)
Holger Dambeck, Radfahr-Blogger Colville-Andersen “Kopieren Sie Kopenhagen!”, Spiegel Online, 15.5.2014.
——カーゴバイクについて
Kopenhagen Fahrräder lösen Autos ab, FAZ, 31.03.2015
The Blog by copenhagenize Design Co., Episode 08 - Cargo Bikes - Top 10 Design Elements in Copenhagen’s Bicycle Culture, 03 September 2013.
Transportrad, Wikipedia(2017年3月15日閲覧)
Long John, Wikipedia (2017年3月15日閲覧)
——交通機関間の連結と協力について
Marcus Tang Merit, State of Gree: Sustainbale Urban Transportaion, June 16, 2016.
State of Green, SUSTAINABLE URBAN TRANSPORTATION, Creating green liveable cities, Think Denmark. White papers for a grenn transition, 2016.
——高齢者のための自転車について
Fahrräder für Senioren
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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