単身の高齢者が住み続けられる住宅とは? 〜スイスの多世代住宅と高齢者と若者の住宅シェアの試み
2017-05-16
前回の記事(「縮小する住宅 〜スイスの最新住宅事情とその背景」)で、スイスでは社会構造やライフスタイルの変化が進んで、住宅の需要が変化していることを扱いました。実際、コックを雇い共同食堂で住人が夕食をとることができる住宅(Genossenschaft Karthago, Zürich Wiedikon)や、環境への配慮や居住スペースの最適化のため住人の車所有を禁止する集合住宅、また喫煙者が入居できない住宅(Genossenschaft Schönheim, Eyhof)など、これまでにないユニークな住宅が、新たな人々の要望の受け皿として建設されるようになりました。
新しい住まいのあり方が模索される動きのなかで、しかし特に、社会的に大きく関心をもたれているのは、年々増えている高齢者の単身世帯を対象にした住まいです。現状では、スイスの単身の高齢者にとって、単身でずっと暮らすことと、老人ホームに入居すること以外に、選択肢はほとんどありません。しかもどちらの場合も、すでに質的にも量的にも問題や限界に直面しています。単身者の高齢化が進むと次第に行動範囲や人との関わりが減り、孤独に陥りやすくなるだけでなく、体力や身体機能の低下に伴い、物理的な生活面でも様々な不自由や支障に悩む人が増えます。他方、老人ホームという選択肢は、そもそも老人ホームに入居せず、できる長く自宅に住み続けたいという希望をもっている人がほとんどのため難しいだけでなく、仮に現在あるような形の老人ホームに高齢者の相当数が入居するとなれば、自治体にとっては財政的に膨大な負担になり、ホーム現場でも、さらに深刻に人手不足に陥ることになります。
もしも、高齢者世帯がほかに選択できる住宅があるとしたらどうでしょう。今回はそのような期待がよせられている、多世代住宅と住宅のシェア(同居)という二つの新しい取り組みについて、ご紹介します。
多世代住宅
どのような住宅がどこにどれだけ建つかは、住宅がたつ周辺地域の社会構造に、数十年先まで、大きな影響を与えます。例えば、子育て家族世帯のような特定の世代が一時期に集中して住めば、数十年後に、高齢化や過疎化がいっきにすすみ、地域社会全体が深刻な機能不全に陥る危険があります。このような、いわゆる「社会的な時限爆弾」(Hirsekorn, 2016)を回避するため、多様な世代を混在して住ませるようにすることは、今日の地区計画や宅地開発において重要な課題になってきています。
多世代共生を、地域全体の話としてだけではなく、ひとつの集合住宅内においても実現し、緊密で協力的な隣人関係を居住者の共同基盤として根付かせることができないか、そんな構想をもとにした住宅も、最近少しずつ現れてきました。これらの住宅の呼称はいくつかありますが、ここでは、最も一般的な「多世代住宅 Mehrgenerationenhaus 」という呼称を使うことにします。
住人が出会い、集いやすくするための空間設計
多世代住宅が具体的にどのような特徴的構造やしくみをもっているのかを、2013年に完成したヴィンタートゥア市の住宅協同組合ギーセライGiessereiを例にみてみましょう。
集合住宅ギーセライは、156戸の賃貸住宅(2棟)と共同スペースからなっています。賃貸住宅は、様々な年齢層の住人が住むことが想定され1.5部屋から9部屋までの広さの多種多様な間取りのもので、合計すると43種類あります(スイスでは10㎡以上の仕切られた室内空間を「部屋」、6〜10㎡未満の部屋は「半部屋」と定義します)。現在の350人の住人は、以下のグラフに示されているように10代未満から80代まで幅広い年齢層からなっています。
出典: http://www.giesserei-gesewo.ch/siedlung/mehrgenerationenhaus
住人どうしが交流し、集える機会が多くなるように、従来の集合住宅よりも多くの共同で使える場所が、多く設けられているのも特徴です。例えば、住人全員が利用できる遊具や花壇つきの内庭やロッジア(片方が外に開かれた廊下)だけでなく、住人だけを対象にした飲食施設「スリッパ・バーPantoffelbar」、作業場、情報デスクなど、共同の屋内施設が多くあります。ほかにも、共同洗濯室(スイスの集合住宅では、洗濯機を個々の住宅に設置せず、共同の洗濯室が地下スペースなどに設置されているのが伝統的で、今も多くの集合施設に置かれています)にコーヒーメーカー付きの小さな休憩スペースをつくり、各住宅についているバルコニーの間には仕切りをあえて作らず、住人どうしが気軽に行き来できるようにするなどの工夫もみられます。
積極的に参画する、交流する、支援しあう
さらに、この住宅では、住宅に関する管理・運営をすべて住民自身が担う体制をとっており、住人は全員、清掃、事務、電気関連の管理などの住宅の運営や維持に関わる奉仕作業を年間33時間、行うことになっています。このため、年間を通じて互いのために行う奉仕作業を通じて、住人たちはさかんに交流することになります(ただし、仕事や健康上の理由で奉仕できない人は、奉仕時間を代価で組合に支払うこともできます)。
ほかにも、住人の間で様々な自発的な交流や助け合いを奨励するために、「時間銀行」のシステムを導入しています。「時間銀行」システムは、いくつかの異なる名称でも呼ばれますが、個々人がボランティア(奉仕)した時間を、お金を銀行に貯金するように貯蓄し、必要な時にほかの人のボランティア行為と交換できるようにしたシステムで、地域のボランティアを円滑に進めるための有力なシステムとして、世界各地ですでに実践されているものです。例えば、車での輸送や、子どもの一時預かりなど、住人がほかの住人に奉仕サービスを提供すると、それに費やした時間数がバーチャルな時間銀行に貯蓄され、必要に応じてその時間分をほかの人からの奉仕サービスとして受けることができます 。
このような住宅の空間的な構造や、住宅維持・管理への参画制度、住人のネットを介した相互支援ネットワークに加え、もともとそのような社会的なつながりを重視して入居してくる人が多い(住宅協同組合長Yvonne Lenzlinger の言)ことが拍車をかけ、従来の住宅よりも、住人どうしの関わりが、これまで多く形成されてきているといいます。すでに交流があれば、お互いに助け合うことがさらにやりすくなるという、相乗効果も生まれるでしょう。
さらに、長期的な観点でもこの多世代住宅には大きな利点があります。集合住宅内に様々な大きさの住宅があるため、数年後あるいは数十年住み続けた後、家族構成が変わるなどの理由で、それまで住んでいた住宅の広さが最適でなくなった際に、住宅間の移動や交換がしやすくなるからです。住人がお互いよく知っていれば、お互いに融通をきかせやすくなるでしょうし、 住宅がかわっても、なじみのある同じ敷地内に住み続けられることは、大きな特典といえるでしょう。
高齢者と若者の住宅のシェア(同居)
一方、広い住宅に住む単身の高齢者が、自宅に住み続けながらも、居住の快適性を向上させることができるようにする新しい取り組みもでてきました。高齢者と大学生が住宅をシェアし、同居生活するというものです。
スイスでは、高齢者の住む住宅は年々広くなっています。75歳以上の人の一人当たりの平均住宅床面積は、ここ30年間で70㎡から90㎡に増えました。一方、大学生、大学の近くの都市に住みたい学生は、安価な住宅をみつけることが非常に難しい状況が続いています。この二者をうまく組み合わせ、学生は高齢者の住宅の1部屋を借りて住むことで、お互いウィンウィンになろうというのが、住宅シェア構想です。
この構想では、学生は高齢者の住宅の1部屋を借りますが家賃は払わず、その代わりに、毎月、借りている部屋1㎡あたりにつき1時間分の時間を、高齢者の要望することにあてる義務を負います。具体的にしてほしいことは高齢者個々人が決めることができます。買い物や掃除、庭の手入れなどの家事だけでなく、いっしょに散歩にいくといった余暇の時間の相手になることを頼むこともできます。
高齢者と学生の住宅シェアは、スペインやイギリスなど、ほかのヨーロッパ諸国では、かなり前から導入されているようですが、スイスでは、2009年にチューリッヒ州で導入されたばかりです。しかし、学生側の潜在的な需要は高かったようで、このプロジェクトが始まってわずか2年の間で、すでに327人の学生が応募しています。
一方、学生に部屋を貸す側である、高齢者の方をこのプロジェクトに賛同させるのは、学生ほど容易ではなかったといいます。しかし、このプロジェクトを主催した組織 Pro Senectute が、高齢者から厚い信頼が寄せられているスイス最大の高齢者支援組織であり、ボランティア・スタッフが高齢者の説得に根気よくあたったおかげで、スタートからの2年間で最終的に 54人が部屋の提供者として登録しました。
出典: http://pszh.ch/wp-content/uploads/2014/10/Faltblatt_Wohnen-f%C3%BCr-Hilfe_Nov-2014_yto_Final-Version_2-1.pdf
実際に、同居に至るまでには、お互いの相性や生活のリズムなど、様々な要素が関わるので、単なる住宅探しのような簡単なマッチングではありませんが、生協新聞のような社会に広く普及している メディアでも、高齢者と若者の住宅シェア制度を肯定的に取り上げられており、社会的にも少しずつこのような住み方が認知されるようになってきています(スイスの主要なメディアの一つとしての生協新聞の役割については、「スイスとグローバリゼーション 〜生協週刊誌という生活密着型メディアの役割」をご覧ください)。
この結果、現在は、チューリッヒ州以外でも、同様のプロジェクトが広がってきています。スイスでの老人ホームの入居者は現在、60代で1%、70代で3%、80代以上でも19%にとどまっており、つまり、ほとんどの高齢者が自宅に住み続けている状況であり、今後も、住宅シェアが増える潜在的な可能性はかなり大きいと考えられます。
おわりに
今回扱った多世代住宅と住宅シェアの試みは、まだスタートしてから日が浅く、事例もそれほど多くありませんが、今のところ順調に進んでいるようで、一人暮らしの高齢者が抱えるような孤独や心理的な負担、また生活にまつわる多様な問題が、通常の住宅にいる場合よりも、かなり削減できるのではないかと、期待されています。特別な住宅や高齢者の専門的な支援サービスなしに、高齢者の一人暮らしや自宅での居住を可能にしたという意味でも、画期的といえるでしょう。
スイスでは、ベビーブーマ世代の高齢化が急速に進む今後、高齢の単身居住者が増え続けていくことは確実です。高齢化する住人たちが、どう地域や住宅のなかで長く快適に生活できるのか、そして、ほかの住民や地域社会側と高齢者双方にとってウィンウィンの状況に近づけていくためには、どうしたらいいのか、そのために何ができるのか。これらはかなりの難題に違いありませんが、これからも、奇抜な発想や斬新な試みが続々登場し、住み方が発展・進展していくことを、大いに期待したいと思います。
<参考サイト・文献>
——新しい住宅、住み方全般について
Soziales Wohnen: Zwischen WG-Zimmern, Grosshaushalten und Generationen
Alex Hoster, Wohnen wie in der Zukunft, Winterthur, Landbote, 16.3.2016.
Daniel Meier, Autofahrer unerwünscht, Hintergrund Schweiz, NZZ am Sonntag, 30.4.2017, S.25.
Silja Kornacher, Zusammen weniger allein, Migros-Magazin, Nr.2,5.1.2015, S.13-16.
Andrea Kucera, Mehr als wohnen, Neue Formen des Zusammenlebens, NZZ, 13.11.2013.
Helwi Braunmiller, Die «neuen Alten» wollen anders wohnen, Puls, SRF, 5.3.2010.( 社会学者で高齢者研究大家François Höpflinger教授へのインタビュー)
Spezialsendung «Wohnen im Alter», Puls, 5.3.2012.
——多世代住宅、とくに住宅協同組合ギーセレイについて
公式ホームページ Giesserei, das mehr-generationen-haus
建築家Galli Rudolfのプロジェクト紹介サイト(建物の外観や住宅の間取の詳細が提示されています。)
Maya Fueter, Das Mehrgenerationenhaus, Die ökologisch vorbildliche Giesserei Winterthur bietet Wohnen für Jung und Alt, NZZ, 11.10.2013.
Till Hirsekorn, «Soziale Zeitbomben» entschärfen, Landbote, Winterthur, 20.5.2016.
Nähr und Distanz in der Alters-WG,31. 10. 2015, Freiburger Nachrichten magazin am wochenende
Jürgen Rösemeier-Buhmann, Altes Konzept neu entdeckt: Einmaliges Generationenhaus in Winterthur, nachhaltig leben(2017年5月10日閲覧)
Flexibel und für jedes Alter, Beobachter Extra, 20/2016, S.13
Mehrgenerationenhaus, Wikipedia (Deutsch)(2017年5月7日閲覧)
——高齢者と若者の住宅シェアについて
WG spezial. Alt und Jung utner einem Dach, Familie, Coopzeitung, Nr.47, 17.11.2015.
Wenn Studenten mit Senioren eine WG gründen, 50Plus, Wohnen(2017年5月7日閲覧)
Wohnen für Hilfe - Generationenübergreifende Wohnpartnerschaften. Ein Interventionsprojekt von Pro Senectute Kanton Zürich, Age Impuls, Oktober, 2012, S.1-8.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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