新しい食文化の幕開け? 〜ドイツ語圏で有望視される新しい食材

新しい食文化の幕開け? 〜ドイツ語圏で有望視される新しい食材

2017-07-08

今回から3回にわたり、世界的な食をめぐる課題を前にした、ドイツ語圏の人々の間の食習慣の変化や新しい動きを、ご紹介してみたいと思います。第一回は、人口増や異常気象による世界的食糧危機に対応した新たな食材を求める最新の動きについて、第二回は肉の消費量を抑制するオータナティブ食品としてこれまで歩んできた菜食食品の最新状況について、そして第三回目は巨大化する都市での食糧供給率をあげるためにスイスとオランダで実働を始めた屋上を利用した循環型農場についてレポートをします。

世界の人口は現在74億人ですが、世界保健機構(WHO)は2050年に97億、2100年には112億人になると予想しています。人口が増えると当然、必要な食糧量も増えます。ネスレ未来フォーラムの最近の調査では、調査に参加したドイツ人の半分以上が、将来は、地球環境や自己の健康などに配慮して、これまでの食習慣になかった新しい食材を将来食べることになるだろうと考えているという結果がでています(Nestlé Zukunftsforum, 2015)。

では、具体的に、ドイツ語圏ではどんな食品が有望視され、これから実際に普及していくのでしょうか。これが未来の食品だ、と銘打つ報道は最近頻繁にあり、そこではあまたの食材が紹介されていまが、環境負荷が少なく、健康的でもあり、しかも近い将来実現可能性が高い食品を選ぼうとふるいにかけると残るのは、現在のところ、それほど多く残りません。

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未来の二大食材候補

メディアの未来食報道を総合し、目下、食糧や環境危機を考慮した観点から最も将来性があるようにみえるのは 、昆虫と藻類のように思われます。

ヨーロッパの昆虫食への期待については、以前扱いましたが(「前途有望な未来の食材?」)、スイスではいよいよ今年5月から正式に、EUに先駆けて、いくつかの昆虫の種類が食用として合法的に認められました。これまで(中世の一時期的な食料難の時期はのぞき)ヨーロッパでは昆虫食は皆無であったこともあり、5月に解禁になる前後は、昆虫食の話題が、メディアでも大きく取り上げられていました。解禁早々、学食のメニューにとりいれようとした大学もありました(ただし最終的に供給側が、需要に追いつけず実現はしませんでしたが)。

実際にどのくらい昆虫食がスイスやヨーロッパ全体に普及したのかを、数年先に報告できるかもしれませんが、今はまだ始動したばかりで特に新たに取り上げるような話題はありませんので、とりあえず今回は、昆虫食よりもさらにマイナーで、急に最近スイスで注目が集まっている藻(海水・淡水中で生育する植物)のことを、以下みていこうと思います。

藻といって、まず誰もが連想するのは、海の藻である、海藻類でしょう。ヨーロッパでも、寿司の食文化を中心に日本食が人気を博すようになって、海藻類が食材として少しずつ定着してきました。消費量として圧倒的に多いのは寿司についている海苔ですが、わかめサラダや昆布などもたびたび店頭でみかけます。食の未来は海にあるなどとして、魚介類だけでなく海藻類に注目する報告もあります。いずれにせよ、海藻食品は、とりわけ日本食を通して普及が進んでいるのは確かなようです。

マイクロアルジェ(微細藻類)

一方スイスでは、海藻以外に注目されている藻があります。マイクロアルジェと呼ばれる顕微鏡でみないと見えないほど小さな微細藻類で、熱帯地方の湖に生息するスピルリナやクロレラなどです。

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チューリッヒ工科大学の持続可能な食品加工分野の教授で、マイクロアルジェに詳しいマティスAlexander Mathys氏によると、マイクロアルジェは、環境持続性の観点からみると、昆虫食よりもさらに一歩すぐれた食材であり、 今後、食材として大きな可能性をもっているといいます。教授が一押しするマイクロアルジェの特徴を以下にまとめてみます。

・高タンパク質で、油分、ビタミンなども豊富に含んでおり、食産業に適しているだけでなく、薬品、化粧品、化学分野にも適している。

・技術開発はまだ初期段階で、太陽光の強さや養殖スペースなど様々な養殖関連要素の最適化や、収穫後の加工・保存技術(Urban Food Processing)等、実用化までに解決しなくてはいけない課題は多いが、確かなのは、藻類の成長は非常に早いため、動物や昆虫類の飼育期間よりも短期間で、同等の栄養価の食品を作ることが可能だということ。

・個体が非常に小さいため、小規模のスペースで効率的に養殖することができる。太陽光が十分にとれるならどこでも養殖可能で、例えば、屋根の上などの普段使われてないスペースを養殖スペースとして有効に利用できる。

・このため現存する農業用地と競合することにはならない。(世界的にみられるバイオ燃料用の穀物の栽培と、食料や飼料のための穀物や大豆の栽培の用地をめぐる競合状態のような事態にはならない)

・都市内部、自分たちの居住空間においても養殖が可能である 。海洋部からスイスに海藻類を取り寄せる場合に比べ、フードマイレージが短いだけでなく、養殖のために海に負荷をかけることもない。

・昆虫食とは異なり菜食主義者も食べることができる。一般の人にとっても、植物であるため昆虫食より食するのに抵抗が少ないことが予想される。

・世界中の大都市で幅広く養殖が可能であり、将来、スイスで培った生産技術を海外に輸出することで、世界的な環境・食料問題にも貢献できる。

教授は、昆虫食などほかの新食材の研究とあわせて、このような新しい藻類の研究開発を進めいくことで、オータナティブ食材が補完しあって普及が促進されるのではないかと期待しています。

果敢に新しい食習慣に挑むヨーロッパ人

ところで、ヨーロッパの新しい食材を調べていて、わたしが個人的に一番感心したのは、昆虫食でも藻類でもなく、ヨーロッパ人自身についてでした。ヨーロッパの人は、これまで昆虫食も藻類も食習慣に入っていません。いなごの佃煮や海藻類を食べなれてきた日本人のわたしには、その人たちにとって、これらを自分の食習慣として受け入れることが、どれだけ違和感のあることなのか、想像することも難しいのですが 、それでもそういうものも食べなくちゃこれから先やっていけないと、前向きにそれらを食べることを想定しているのが、けなげに思われました。

同時に、食べていれば、虫でもなんでも、きっとなんとか慣れるさという社会にある漠然とした楽観にも感心します。興味深いことに、この楽観は、またまた日本食と関係しているようです。どういうことかというと、数十年前までは、寿司の生の魚も、真っ黒でぬるっとした海苔も、当初は尋常の食べものの想定を逸脱するものに思われ、絶対に食べれそうにないと思う人がヨーロッパでは大多数でした。にもかかわらず、数十年の月日を経て、今では大人気のヘルシー食品になりました。この自分たちでも驚くべき実体験が、未来の未知の食品がいかにみかけが悪かったり、最初は困惑したとしても食べられるようになるだろうという自信につながっているようなのです。少なくとも、新しい食材について扱うメディアでは、この寿司体験を引き合いにだし、未来の食材も最初は無理にみえても長いスパンでは慣れて、一般化するということが可能だ、といういう意見がたびたびでてきます。

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新しい食文化の幕開け?

なにはともあれ、全般に、新しく食習慣を広げていかなければという意識が、現在のヨーロッパではこれまでにないほど強くなっており、マティス教授も、50年後の食卓は、今と全く違うものと、現在あるものが混在しているということになるのではないか、と推測しています。

それは単なるエコだったり健康だったりするだけでもなく、これまでの既存の味や形をコピーするのでもなく、あたらしい食材で新しい味や食品もどんどん生まれていくということなのかもしれません。食の未来は、もちろん入手が難しくなりやむなく食卓から消えていくものもあるでしょうが、これまで食べたことがないような美味なものに、続々と出会えるということでもあるかもしれません。

次回は、慣習的な食品に変わる新たな食品としてこれまで歩んできた菜食食品をとりあげ、そこでの最新事情から、食品の未来についてさらに考察してみたいと思います。

参考文献

——未来の食品について
Nestlé Zukunftsforum, Klare Trends für 2030, Zukunft der Ernährung(2017年6月28日閲覧)

Was wir im Jahr 2030 essen, Algen, Fake-Fleisch, Insekten. In: Focus Online, 18.4.2015.

Mehlwürmer und Mikroalgen: Der Teller der Zukunft, input, SRF, 29. Mai 2016.

Nestlé Zukunftsforum (Hrsg.), Wie is(s)t Deutschland 2030?, Deutscher Fachverlag GmbH, 2015.

Essen der Zukunft: Insekten und Algen? In: Hungry for Science, Schmackhaftes zum Thema Essen, Esskultur und Nahrungsmittel, 3.8.2016.

——微細藻類(マイクロアルジェ)について
Sind Mikroalgen die Proteinquelle der Zukunft? In: A point, SRF, 30.5.2016.

Felix Würsten, Insekten und Algen statt Rinder und Hühner. In: ETH News, Magazin Glob, ETH Zürich, 04.12.2016

Guido Böhler, Algen sind interessanter als Insekten. In: foodaktuell.ch, Fachportal für Lebensmittelwissenschaft, 5.6.2017

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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