都市農業の未来への挑戦  〜ヨーロッパ最大の循環型農法の屋上農場

都市農業の未来への挑戦  〜ヨーロッパ最大の循環型農法の屋上農場

2017-07-20

ヨーロッパの未来の食糧についてのレポート最終回の今回は、ヨーロッパを拠点に2013年から始動した、ビルの屋上や屋内スペースを使ったユニークな都市農業についてご紹介します。
都市の人口集中化と都市農業の未来の可能性
世界的に人口が特に集中的に増えているのは大都市です。今後も都市化・大都市化の傾向は世界的に続くと予想され、それに伴い様々な問題がでてくると予想されていますが、その一つに、食糧供給の問題があります。都市人口が増えればそれだけ多く食糧も必要になりますが、輸送の長距離化や交通渋滞化などの環境問題にもつながり、都市の人口が増えるほど複雑で深刻化します。
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しかし都市が外部から食糧を入れるだけでなく、自ら積極的に生産供給することができれば、問題は緩和されます。では、具体的に都市では、どのような形でどれくらい食糧を生産することが可能でしょうか。
真っ先に思い浮かぶのは、一般に「都市農業 urban farming」と呼ばれる、都市内部の小規模なスペースを利用した農業です。しかしこれまでの都市農業といえば、戦時中や経済危機のような差しせまった状況にでもない限り、食糧を生産するという積極的な意味よりは、都会の人々にとっての癒しの場、景観やレクリエーション、あるいは地域コミュニティー活性化などの役割が重視・強調される傾向が強くみられました。たとえ農業生産性を追求したとしても、都市内部では農地が小規模なだけでなく、一時的な空き地を借り受けた暫定的な農地形態も多いため、継続的に安定した収穫を望むことは難しかったでしょう。また、農法も植物栽培が圧倒的で、小動物が飼育される場合があっても、規模的な制約もあり、一体的で効率的な循環的な農法が実践されることはまずありません。(ここでいう循環的農法とは、自然のなかにある有機資源をなるべく循環させながら農産物を生産する農法一般を広く指すこととします)
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しかし、未来に都市で食糧を作り出そうとすれば、前々回の記事でも、居住空間を使った微細藻類を食用に養殖するという構想がでていましたが(「新しい食文化の幕開け?〜ドイツ語圏で有望視される新しい食材」)、もっと色々な形の生産の仕方、つまり新しい都市農業の形が考えられるのかもしれません。少なくともそのような発想をもった、新たな形の都市農業の形が、ヨーロッパででてきました。
「アーバン・ファーマーズ」の農園と養殖場を合わせた循環型農場
それは、スイスとオランダの都市で数年前からはじまったもので、屋上の広大な空きスペースを利用し、循環的農法で効率化をはかりながら、採算がとれる新しい都市農業の形を目指すものです。具体的にどういうことかと言うと、まず、建物の屋上のよく日光の当たる場所を屋内農園にし、そこで野菜を水耕栽培します。そしてその下の階の室内には魚の水槽を置き、美味の魚として知られる雑食のティラピアなどを養殖します。階を隔てた農園と養殖場は、一見なんの接点もないように見えますが、循環する水によってつながっています。魚の泳ぐ水槽の水には、魚の呼吸や排泄、また餌の食べ残しによって、窒素やリン酸、カリウムという植物の肥料の栄養素が含まれていますが、この水を上の植物の水耕栽培用の水として利用します。これにより、水中の栄養素が植物に吸い上げられ、ほかにも微生物のフィルターを通してさらに水を浄化し、浄化後に水は再び魚の水槽にもどされます。
水耕栽培と魚の養殖を合わせた農法の研究は、1970年代にアメリカからはじまりました。魚の水槽での養殖を意味するAquakulturと、植物の水耕栽培Hydroponicの2語を合わせて作った造語、「アクアポニックスAquaponics」と一般的に呼ばれ、現在は世界各地で研究されています。1994年からチューリッヒ応用大学ZHAWの環境自然資源研究所(IUNR)においてもアクアポニックスについての研究が進めら、そのスピンオフ(開発された最先端技術の民間転用)として2011年に設立された「アーバン・ファーマーズUrban Farmers」という会社が、今回のプロジェクトを企画・運営しています。
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チューリッヒ応用大学のチューリッヒ・キャンパスの屋上庭園(屋上農場ではありません)

ヨーロッパ最大の屋上農場
アーバン・ファーマーズ社による世界初の都市の屋上スペースを利用した本格的な農場は、現在建設中の物を含め三つあります。
最初の農場は、スイスのバーゼル市に2013年に設置されました。屋上農園と養殖スペーストータルで250㎡があり、年間野菜が5tと魚が800〜850kg生産しています。これは80人〜100人の1年間の需要分に相当します。野菜と魚は、複数の周辺のレストランに届けられるほか、週に数日、スイスの大手スーパーの「ミグロ」でも販売しています。販売価格は、現在のミグロで発売されている有機農業食品よりも2割近く高いものもありますが、顧客には好評で、ミグロ自体もスーパー施設の屋上に同様の農場が作れないかを現在検討しているといいます。
二つ目は、オランダのハーグ市に設置されました。家電会社フィリップのかつてのテレビと電話生産工場で空きビルとなっていたところを利用したもので、2016年5月から生産がはじまりました。1500㎡の屋上部分と最上階(7階)フロア700㎡部分がそれぞれ屋内農場と養殖スペースになっており、全体の利用面積はバーゼルの10倍になります。ヨーロッパ最大の屋上農場であり、年間45〜55tの野菜と19〜20tの魚を生産しています。
そして現在、3カ所目となる農場が、スイスのドゥーベンドルフに建設されています。全体で1000㎡、サッカー場3分の1の大きさに当たるスペースの農場が計画されており 、今年の冬に完成予定となっています。
屋上農場の利点
都市農業という観点からみて、アーバン・ファーマーズ社の屋上農場は、以下のような点で評価・注目されています。
●都市部で利用されていない(屋上部分などの)スペースが利用できる
現在スイスでは消費される魚の94%、野菜は45%が海外からの輸入に頼っていますが、このような過剰な輸入依存は、スイスだけでなく多くの先進国、またその大都市圏に共通している傾向です。
しかし、職住に使われていないスペースを利用した都市農業が可能となれば、都市の食糧供給率を高めることができ、ライフラインと同様に都市の生活に不可欠な食糧の安定的な確保に貢献できます。これは同時に、輸送距離を減らすことで環境への負担が減り、鮮度の高い食品を都市住民が享受するというこでもあります。
●節水効果
養殖と栽培に必要な水は常に新しく投入されており、水は24時間以内にすべて新しく入れ替わっているにも関わらず、水を浄化して循環させることで、通常の植物の土壌栽培に比べ水の消費量が9割も少なくなるといいます。
●持続可能な農法
農薬や抗生剤は不使用、石油系の肥料も一切使わない持続可能な循環型農法で、肥料の使用量も通常より10%減らすことができます。魚の養殖においても、魚の保護法の規定を厳粛に守り、魚の密度、日照条件、水の温度、酸素量、水の流れなどが厳重に管理されています。
以前もご紹介したように、ドイツ語圏では、有機農業食品の消費が近年堅調に増えているため(この詳細については、「デラックスなキッチンにエコな食べ物 〜ドイツの最新の食文化事情と社会の深層心理」をご参照ください)、多少値段が割高であっても、都市で調達できる環境負荷を最小限にとどめた食糧として、潜在的な需要がかなり大きいと考えられています。
・省エネ効果
施設は、デジタルデバイスを多用することで、手間とエネルギーを最小限に留めながら、水温、日照、肥料となる水の窒素の濃度まで、施設の詳細を24時間細かく監視・管理されています。
さらに屋上部分や屋根を利用することで、断熱になったり、廃熱を施設で利用することができます。さらにまだ実現されていませんが、将来屋上の立地を活かして太陽光を利用することで、さらに省エネ化することも可能です。
おわりに
会社側は、5カ所目の施設から利益を実際にあげることを目指すとする一方(現在は自治体や環境ファンドなどから補助金を得て運営されています)、最終的な目標は、野菜や魚の売り上げを伸ばすことではなく、 屋上部分でできる循環型農法・生産のシステムのコンセプトそのものを世界に輸出し、世界的な都市農業を活性化させることだとします。
屋上農場がスタートして4年足らずですが、 未来の都市の食糧供給問題の具体的な解決に向けたフロンティア的な動きとして、今後も循環型の屋上農場に注目していきたいと思います 。
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<参考リンク>
——アーバン・ファーマーズ社の屋上農場について
アーバン・ファーマーズ社の公式サイト
Markus Hofmann, Fisch und Salat aus dem Industriequartier, Bauern in der Stadt. In: NZZ, 9.8.2013.
Samuel Hufschmid, Die Fischzucht auf dem Basler Flachdach, Urban Farming. In 20 Minuten, 28. Januar 2013 16:10; Akt: 29.01.2013.
Lorenzo Petrò, Zürcher bauen Europas grösste Urban Farm. In: Tagesanzeiger, 19.4.2016.
Urban Farmers steigt Niederländern aufs Dach. In: Unternehmerzeitung, 16.10.2015.
Joël Gernet, Frischer Fisch direkt vom Dreispitz. In: Basler Zeitung, 28.01.2013
Matthias Kempf, Gibts bald Fisch und Salat vom Migros-Dach?. In: 20 Minuten, 16. Juni 2015
Setzling and the city. In: Energie, Das Magazin von Stadtwerk Winterthur, 2/2012 S.12-16.
Alexander Saheb, Kleine Farmen für jede Stadt. In: UBS, Impulse, 08. Jan 2016.
Konrad Staehelin, Schweizer Firma mit Pionierrolle: Im siebten Stock wächst frischer Salat, Urban Farming. In: Basellandschaftliche Zeitung, Zuletzt aktualisiert am 15.11.2016
Lorenzo Petrò, Zürcher Start-up baut Europas grösste Urban Farm. In; NZZ, 18.4.2016.
——アクアポニックスについて
Ranka Junge, Andreas Graber, Alex Mathis, Zala Schmautz, Aquaponics research at ZHAW, Switzerland: past, present, future. International conference “Aquaponics research matters”, Ljubljana, 22 March 2016
日本アクアポニックス
Aquaponics さかな畑

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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