対立から融和へ 〜宗教改革から500年後に実現されたもの

対立から融和へ 〜宗教改革から500年後に実現されたもの

2017-10-04

ちょうど今から500年前の1417年、ドイツではルターの宗教改革がはじまりました。これにちなんで今年、プロテスタントとカトリックの違いやそれぞれの信徒についてお互いどう思っているかを探る電話調査が、アメリカの著名な研究所 Power Research Centerによって、北米とヨーロッパ15カ国の住民2万4599人を対象に実施されました。この調査は、一見地味な宗教観に関する社会調査のように思われますが、ドイツ語圏各国の主要なメディアで取り上げられていました。
毎日世界中で様々な事件や出来事があり、 世界中の研究機関やシンクタンクが公表する調査報告もあまたとあるなかで、ワシントンの一研究所の調査結果がメディアで注目されたことは、何を意味するのでしょうか。この調査結果とそれに注目したメディアの対応は、今のヨーロッパにおいて、人々が宗教についてどんな心境をいだいているのかをかいまみることができる、またとない機会を提供しているように思いますので、今回ご紹介してみることにします。この調査は北米とヨーロッパを対象にしたものですが、今回はヨーロッパの結果のみを抜粋してお伝えします(ちなみに北米とヨーロッパの結果はかなり近似していました。詳細は、記事最後の参考サイトにある調査報告書のページをご参照ください)。
差別の対象ではなく仲間入り
ヨーロッパ15カ国でプロテスタント教徒、カトリック教徒、無宗教の人々を対象に調査したところ、すべての国において、プロテスタントとカトリックが、「宗教的に違うというよりむしろ似ている」(Pew Reserach Center, Five Centuries, 2017)と回答した人が、多数派となりました(それ以外の回答に比べ、最も多い人数となったの意味)。特に、違う宗派の知り合いが実際にいる人たちのなかで、似ていると回答した人が多くいました。
現実社会においても、お互いを当然のように受け入れる傾向が非常に強くみられました。調査をしたすべての国で、プロテスタント教徒とカトリック教徒両派どちらにおいても、10人中9人あるいはそれ以上の人たちが、隣近所の住人がちがう宗派でも受け入れると回答しました。同様に、大多数の人が、違う宗派の人を家族としても受け入れられると回答しました。ドイツでもその傾向は非常に強く、プロテスタント教徒もカトリック教徒もほとんどすべての人が(98%)、異なる宗派を家族として受け入れると回答しています。
つまり、現在のヨーロッパや北米において圧倒的多数が、二つの宗派についてほとんど違いを意識しておらず、どちらの宗派も異なる教徒に対して非常に寛容で友好的な感情を抱いていることになります。
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チューリッヒの宗教改革者ツヴィングリの像

宗派と教義のねじれ
人々が、主観的にカトリックとプロテスタントが似ていると感じているというだけでなく、カトリックとプロテスタントを隔てるコアになっているはずの重要な教義の理解についても興味深い結果がでてきました。今日のプロテスタント教徒は、プロテスタントの教義よりもカトリックの教義により共感しているというのです。
ルターが、カトリックと袂を分けて最終的に宗派を打ち立てることになったのは、そもそも教義上、カトリックに大きな欠陥があると考えたためです。このため、現在までプロテスタントとカトリックに教義上の違いがあります。なかでも重要なものが、天国にいくために必要なものはなにかについての解釈です。ルターをはじめとするプロテスタント宗派は、「信仰」があればそれだけで天国にいけるとしました。一方、カトリックは「信仰」だけでなく「善行」もなくてはいけないと主張しました。
この教義上の解釈は、プロテスタントがプロテスタントであるための拠り所とでもいうべき重要な点であるはずなのですが、今回の回答では、プロテスタント教徒で、天国にいくのに必要なのは「信仰」のみと答えたのが29%にとどまり、「信仰」と「善行」の二つともが必要であると回答した人は、47%もいました。スイスだけに限って言えば、さらに交錯した結果になっています。善行と信仰が要ると回答した人の割合が、カトリック信者よりもプロテスタント信者の方に多くなっており(プロテスタント教徒では57%、カトリック教徒では53%)、逆に、善行はいらず信仰のみで天国へいける、という本来プロテスタントの教義である考えをもっている人の割合が、カトリック教徒のほうが多くなっています(プロテスタント教徒では30% 、カトリック教徒では33%)。
研究所の報告記事では、このような本来の教義と宗派がねじれたようなプロテスタント教徒が多い国々として、ドイツ、スイス、イギリスをあげ、これらの国では「プロテスタント信徒は、まったくカトリック信徒のようである -そうはみえないのだがー この伝統的なカトリックの信条を支持しているのであるから」(Pew Reserach Center, Five Centuries, 2017)」と記されています。
現代ヨーロッパで宗教の占める位置
全般に宗教の存在感が薄いのも現代ヨーロッパの大きな特徴です。「人生において宗教がとても重要だ」と回答したのは、ヨーロッパのプロテスタント教徒のなかで12%、カトリック教徒のなかでは13%のみでした。同様に、毎日祈祷している人や毎週教会に行っている人も、どちらの教徒においても、1割前後しかいませんでした。 スイスでは、人生において宗教がとても重要だと回答しているのは、プロテスタント教徒で7%、カトリック教徒では11%にとどまり、毎日祈祷する人や、毎週教会に行くと回答した人はどちらの宗派の教徒でもそれぞれ1割未満です。これにより(少なくともこの調査では)スイスは、ヨーロッパでもとりわけ信仰心が低い国という結果になりました。
スイス国営放送の宗教部門編集者のモーザーAntonia Moser氏は、この調査結果の解説として、宗教が、自己のアイデンティティーとして重要ではなくなったのだとしています(Kulturkompakt, 2017)。 確かに、教会を退会する人が近年急増していることや 、ダライ・ラマのような、ヨーロッパに歴史的に根付いていた宗教とは全く異なる宗教指導者を歓迎する状況とあわせて考えると(これらの事情の詳細については「スイスのなかのチベット 〜スイスとチベットの半世紀の交流が育んできたもの」をご覧ください)、宗教を自己のアイデンティティーや他者の認識の軸に据えるのではなく、むしろ宗派や宗教に細かくこだわらないことの方が、自己のアイデンティティーや他者の認識において重要な潮流になっているのかもしれません。
調査結果についての反応からみえてくるもの
このように、個々人の主観的な印象でも、また重要な教義の解釈においても、プロテスタントとカトリックは非常に似ているという事実が浮かび上がってきましたが、さて、このような結果を、ヨーロッパの人たちはどう受け止めているのでしょう。ドイツの主要日刊新聞『南ドイツ新聞』で「カトリック教徒とプロテスタント教徒は、自分たちが考えている以上に似ている」(Süddeutsche Zeitung,2017)としていたり、宗教系のメディアが「驚くべき調査結果」というタイトルで報告しているところをみると、結果の内容が、これまでの理解と異なる意外なものであったと推測されます。
意外ということは、逆に言うと、これまでは違った理解が強かったということになります。ヨーロッパの歴史上、この両派が対立して、凄惨な殺戮や戦争がヨーロッパ内で繰り返されただけでなく、ほんの半世紀前までは、宗派が違うことによって地域生活や家族生活の上で問題が生じることがあとをたたなかったため、両派は融和できない、という半ばあきらめのような理解がかなり強く残っていたということでしょうか。もちろん場所や人、コミュニティによって他宗派への対応やそのレベルはかなり違いますが、ある年代以上の(ドイツ語圏の)人と話すと、宗派が違う人を地域社会で公然と疎外されたことがあったり、あるいは宗派の違う二人が結婚する時に、どちらかが宗派を変えなくてはいけなかったという話を、たびたび耳にします。生涯を通じて一番辛かったことは、宗派の違いによるもめごとだったと悲しそうに話す80代後半の女性に出会ったこともありました。
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プロテスタントとカトリックの対立の歴史があまりに長くあったため、対立が表面化することはなくなって久しくても、両派は対立しているという認識が人々に強かったのだとすれば、今回、もはや全くそうではなくなったことが示され、さらに大方の教徒が信じていることが、知らぬ間に違う宗派のことであったということまでわかり、我ながら驚いた、という心境なのかもしれません。
とはいえ、報道に一瞬驚いたとしても、そのあとの反応はどうでしょう。宗教が人生において非常に重要だとも思わず、祈祷もほとんどせず教会にも行かない人がこれほど多く、しかも教義をまちがって捉えている人も多いという事実を知って、ヨーロッパの人たちは内心おだやかでなくなったのでしょうか。あるいは、両派の対立がなくなったことに、湧き上がる感情があったのでしょうか。それとも、そんな今回新たになった事実も大した重要なことは思われなかったり、興味がないと思う人が多かったでしょうか。もし最後のケースであれば、それこそ、ヨーロッパ現代において宗教の重要性が著しく小さくなったことの、なによりの証明といえるかもしれません。
おわりに 500年の歴史から学べるもの
なにはともあれ、プロテスタントとカトリックが対立ではなく融和、受容できるようになったという事実は、本当にすばらしいことです。500年の間、多くの人たちにとって、カトリックとプロテスタントが平和に暮らすことがどんなに切望されていたかを思うと、感慨深くなります。同時に、500年紆余曲折の末にいきついた融和までの歴史を、今後、現代や未来の社会や宗教の対立を緩和・解決してくために、大いに役立ててほしいと願います。
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<参考サイト>
——Pew Research Centerの調査報告
After 500 Years, Reformation-Era Divisions Have Lost Much of Their Potency, August 31, 2017.
Five Centuries After Reformation, Catholic-Protestant Divide in Western Europe Has Faded, August 31, 2017.
——この調査報告に関するドイツ語圏での報道
Katholiken und Protestanten sind ähnlicher, als sie denken. 500 Jahre Reformation. In: Süddeutsch Zeitung, 31. August 2017, 20:36 Uhr.
Studie: Protestanten und Katholiken immer ähnlicher. In: Religion, ORF, 2.9.2017.
Fritz Imhof, Überraschende Studie: Protestanten und Katholiken sind sich immer ähnlicher. In: Livenet.ch, Das Webportal von Schweizer Christen, 14.9.2017.
Nach 500 Jahren Reformation: Katholiken und Protestanten werden sich immer ähnlicher. In: Kultur Kompakt, SRF, Freitag, 15. September 2017, 12:10 Uhr.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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