ドイツ語圏で好まれるおもちゃ ~世界的な潮流と一線を画す玩具市場
2017-11-18
今年もまた年の瀬が近づき、玩具業界にとって一年で最大の商戦シーズンであるクリスマスシーズンの到来です。今回はこの季節にちなんで、ドイツ語圏の幼児用の玩具についてレポートしてみます。
ドイツの玩具、と聞くと形も色もシンプルで肌触りのよい木製玩具類を思い浮かべる方も多いかと思います。木製玩具のジャーマン・ブランドは世界的にも有名ですが、当地のドイツやほかのドイツ語圏では、どのような玩具が好まれ、出回っているのでしょう。結論から先に言うと、ドイツの玩具をめぐる状況は、好みや流行りがグローバルなスタンダードに均一化されやすい現代においても、独自路線を貫くレアなケース、というのが玩具市場専門家レンツナー氏Werner Lenznerやドイツの玩具卸売業者団体の専門家たちの間で共通する見解です。
具体的に、ほかの国と比べて、玩具の好みや流行にどのような違いがあり、玩具市場にどんな特徴があるのというのでしょう。以下、具体的に探ってみます。
玩具の支出額のヨーロッパでの比較
まず、玩具に支出する金額からみてみましょう。2012年のデータでは、子どもひとりに購入する玩具の額は、フランスで300ユーロ、イギリスでは300ユーロ以上であるのに対し、ドイツでは250ユーロにとどまります。
ただし、国内の玩具への支出額の近年の推移をみると、増加傾向がみられます。近年の出生率が低下傾向にあるにも関わらず、2011年の子ども用玩具の総売上げ額は、概算で前年比で3%増の2億3000ユーロで、2016年には、約3億ユーロにまで拡大しています。ドイツで最も玩具への支出が多いのが3歳から5歳の子どもに対するもので、一人当たり300ユーロを超える額が支出されています(Deutsche sind, 2012)。
好まれる国産玩具
ドイツでは、玩具にかける費用は比較的少ない一方、全般として、長持ちする品質や教育的価値・意義が重視され、全般に玩具に期待されていることが多いとされます。言い換えると、安物ですぐにこわれて捨てなくてはならないような玩具に対する抵抗感が強いということであり、安いものをたくさんではなく、高品質の玩具を少量購入するという傾向が強いということになります。
とはいえ、やはり安価の魅力には勝てず、ドイツでも一時期は、安価な中国産玩具が玩具市場の7割を占めるまで増えたこともありました。しかしそれ以上のシェアは伸びず、近年は、全市場の6割を占めるまでに、減ってきています。今後も中国産玩具は、割合としては減ると予想されています。
安物玩具が市場から減っていくのに代わって、売り上げを伸ばしているのが20ユーロ以上の玩具です(Dierig, 2011)。とりわけ高品質で定評のあるドイツの大手玩具メーカのもの、つまりブランド玩具が売れています。
商品の詳細をみると、売れ筋は、新商品ではなく、むしろ玩具として市場にでて久しいスタンダード商品です。それらクラシックな定番玩具は、値下げがほとんどありませんが、親や祖父母の間では、品質をよく知るブランドメーカーの定番玩具への信頼が根強いということのようです。ドイツの大手玩具メーカーのひとつラーベンスブルガー社では、新商品の売り上げは、総売上の3割にすぎず、残りは、クラシックな定番商品だといいます(Dierig, 2015)。
ドイツ産の玩具のシェアが伸びているほかの理由として、中国に生産拠点を移していたもともとドイツの会社が品質維持や、中国での人件費の高額化などの理由から、ドイツやヨーロッパのほかの国に戻ってくる「ドイツ産の玩具のヨーロッパ回帰」 と呼ばれる現象も、指摘されています。1880年創業で年間1億1000万ユーロの売り上げを誇るぬいぐるみ玩具の老舗シュタイフ Steiffもその一つで、2010年以来、生産拠点を中国からドイツに再び移しました(Dierig, 2011)。
玩具の素材や内容
玩具の素材の好みも、国により異なります。南ヨーロッパやイギリス、また世界の大多数の国では、プラスチックが軽くて衛生的で値段も比較的安価であるため、好まれることが多いのに対し、ドイツおよびほかの北ヨーロッパの国では、伝統的な木や布などの自然の素材が、根強く優先されます。
また、玩具のモチーフ(テーマ)にも違いがあります。世界的に人気の映画やキャラクターの玩具が、ドイツでは外国ほど人気がありません。ドイツでは、子どもの玩具はどのようなものであるべきかという一定の伝統的、保守的な基準が今も強く、これに照らし合わせ、外国産のキャラクターグッズは、色がけばけばしい、ヒーローものは攻撃的、人形はセクシーすぎるなど厳しい評価が下されることが強く、子どもに買い与えるのに慎重なようです(Deutsche sind, 2012)。
また、キャラクターの玩具は、値段が比較的高い割には高品質であるとは限らず、また流行があるためすぐ人気がなくなるというネガティブなイメージや、キャラクターの一面的なイメージが強すぎて、こどもの世界観や自発的な遊びや想像力が広がるを阻むという否定的な意見も根強くあります。
とはいえ、ドイツにおいても親の世代の変化に伴い、ディズニーやスター・ウォーズのキャラクターグッズなど、映画のキャラクターの玩具で売れ筋となるものもでてきています。またデジタル媒体を取り入れた玩具への抵抗感も、徐々に減る傾向も観察されると、玩具市場専門家のレンツァーは言います(Deutsche sind, 2012)。
典型的なドイツ語圏の玩具とは?
これらの指摘はあくまでドイツを対象にしたものですが、スイスやオーストリアなどほかのドイツ語圏においても、おおむね当てはまっていると考えられます。
例えば、スイスでもオーストリアでもドイツの 大手玩具メーカーの玩具は店頭でも圧倒的な存在感を示していますし、10年ほど私が勤めているスイスの遊具レンタル施設で貸し出される遊具も、ドイツ人が重視するような素材やテーマを重んじた玩具が主流です。スイスで幼少の子どものいる親や、保育士たちが話してくれる玩具を選ぶ基準やこだわりも、上記のドイツでの傾向と、まったくといっていいほど一致しているという印象を受けます。このため、以後は「ドイツ」に限定せず、「ドイツ語圏」として、以後、話をすすめていきたいと思います。
さてこのように、ヨーロッパのほかの国々や、世界全般の玩具の潮流とは一線を画す、子ども用玩具への独特のこだわりや理解が今も強いドイツ語圏で、具体的に人気のある玩具はどのようなものなのでしょうか。
今回は、就学前の子どもたちの典型的な玩具の例として、「ブレットシュピールBrettspiel(英語の直訳では「ボードゲーム」に当たる) 」や「箱にはいった遊び(道具)Schachtelspiel」とよばれるものを取り上げ、具体的に中身やそこに反映されている考えや価値観をみていきたいと思います(以下、これらの玩具を「箱入り玩具」と表記します)。
子どもの日常世界に身近な玩具
ドイツ語圏の就学前の子どもたちを対象にした「箱入り玩具」類は、なんらかのゲーム性が含まれているものは多いものの、日本語の「ボードゲーム」の範疇よりもかなり広く、実際に多様な玩具が含まれます。特に低年齢(4歳以下)のものは、ゲーム性よりも、穴にさす、ひもに通す、積み上げるなどの手作業や、語彙や言語表現の促進、また触感などの感性に訴えることに終始あるいは重視したものが多くなっています。
玩具のモチーフには、小動物や花、食べ物など、子どもたちが日常的にみかけるものが多いもの特徴です。そして、玩具は、それらのテーマやモチーフを、シンプルで色鮮やかな形の木片やイラスト、布地の素材で表現されたものが一般的です。このため、凝った仕掛けや複雑な形状のものは見当たりません。磁石を利用したものは見られますが、電池が必要な電気部品が含まれるものは、非常にまれです。つまり、箱入り玩具の内容は、一貫して素朴で地味であり、玩具屋でひときわ目をひく斬新さや目新しさとは無縁なものです。また、玩具を使って行う(あるいは行うことが期待される)作業も、穴に入れたり、触ったり、動かしたりという、子どもが日常世界でよく行われるような作業が目立ちます。
こうしてみると、高額を出して、わざわざ買うほどの玩具ではないように思えるかもしれません。しかし、このように日常生活でみかけるモチーフや作業に近いという点が逆に、幼少の子どもの玩具として人気のカギをにぎっているといえるといえるかもしれません。
ドイツ語圏の親や教育関係者たちは、アニメや映画のキャラクターあそびには慎重な人が多いと上述しましたが、逆に好まれるのは、日常的に馴染み深いものや、身近な環境にあるものです。特に、低年齢層のこどもたちは、日常の身近にあるもののなかに、子どもたちの好奇心をそそり、 遊べる素材やモチーフを十分あり、それらを自分たちの自由な発想で遊びに仕立てるのがよいと考えます。
とはいえ、日常環境で、こどもの使いやすい大きさや形、色づかいで、遊びやすく揃って存在することはまれです。だからといって、それらをすべて親が手作りで準備するのにはかなりの手間ひまがかかります。例えば、ひもに穴のあいたものを通す作業は、小さい子どもでも強い興味をもちますが、子どもの技能で通せる穴のあいた適切な材料を、身の回りで見つけるのは容易ではありません。かといって、子どものために、木片にひもが通しやすい大きな穴をあけていくのも大変ですし、第一そのような玩具を作るための道具が手元にない場合も多いでしょう。
それゆえ、いつでも何度でも使える形でコンパクトにまとめられていて、安全性や耐久性でも非の打ち所がない箱入りキットという形は、使い勝手がよく重宝されるのでしょう。先ほどの例で言えば、穴のあいた色とりどりのさまざまな形の積み木と、動物の頭に太いひもがついて掴みやすく、遊びやすいモチーフの玩具がセットになった「箱入り玩具」があります。
「箱入り玩具 」が、積み木やドールハウスなど、定型の箱に入らないさまざまなほかの玩具に比べ、重ねて収納もしやすく、箱に印刷された中身の絵で分別もしやすいため、文字の読めない子どもたちが自ら出し入れや片付けしやすいことも、片付けを自分ですることを学んでいく年齢である低年齢の玩具として、望ましい形といえるでしょう。
さらに保育士たちに聞くと、箱入り玩具で遊ぶことを通して、子どもたが自然に日常生活の本物の世界に一層関心が広げていったり、ほかの 玩具や日常物品を加えいれて新しい遊びや世界を作り出していくきっかけにしやすいという指摘もありました。箱のなかで遊びを完結させず、ゆるくひろく日常生活とつながっていきやすい形であることが、「箱入り玩具」の裏技で、奥深い魅力でもあるようです。
いずれにせよ、種類も豊富な「箱入り遊び 」は、こどもたちを預ける保育園や幼稚園、プレーグループなどで置かれていないところはまずないといえるほど玩具の一つとして定番となっています。
最近増えている「2歳から」シリーズ
このようにすでに、子ども部屋や保育所ですでに地位を確立している「箱入り玩具」シリーズですが、これまで以上に年齢を下げた商品が増えているのが、近年、新たな潮流として観察されます。
もともと低年齢のこどもを対象にした「箱入り玩具」シリーズを主力商品として実績をもつ老舗であるハーバ社 Habaもその一つで、以前「箱入り玩具」といえば、最低でも3、4歳児以上のもので、2歳児対象はほとんどありませんでしたが、近年、積極的に「2歳児」をキーワードにしたラインアップに力をいれています。
2歳児の「箱入り玩具」シリーズの販売は、メーカー側にとって二つの大きなメリットがあると考えらえます。
まず、 2歳児の「箱入り玩具」は、市場も競争もまだほかの年齢層の商品に比べ少ないため、急成長できる潜在的な可能性があることです。とりわけ、 ハーバ社のようにすでに3歳以上の玩具ですでに知名度や定評が高い会社は、ほかの会社よりも有利に、2歳児用の市場に参入することができるでしょう 。
ふたつ目は、2歳児から「箱入り玩具」に慣れ親しんだ子どもたちが、3歳、4歳と成長していく過程で、引き続き同じようなスタイルの上の年齢対象の「箱入り玩具」の利用者として残る可能性が高くなることです。自社の玩具のスタイルに早くから慣れ親しんだもらう形で、末先長い玩具の未来のユーザーを獲得しやすい環境を整えるといえるでしょう。
ただし、上述の分析でみたようにドイツ語圏の親は、質にこだわるだけでなく、保守的な玩具観をもっています。これらの人を納得させられる内容でなければ、市場の開拓は不可能なだけでなく、玩具メーカーとして悪いイメージがついては、のちのちまで販売が不利になる恐れすらあります。
このため、これまで2歳児で必要ないと思われていた(少なくとも存在せず、必要が認められていなかった)「箱入り玩具」シリーズの価値を、親たちに認めてもらうための工夫が必要でしょう。ハーバ社では、親心をくすぐすような発育促進をうたうキーワードを箱に大きく表示し、箱を開けなくても知育効果がわかるようにしています。それと同時にハーバ社では、知育玩具にありがちなおもしろみや味気ないものとして映らないように、自社自慢の木製玩具やカラフルなイラストを多用し、玩具としての高品質性や楽しさのアピールにもつとめています。
おわりに
ドイツ語圏の玩具をめぐる状況をみると、玩具のまわりの環境や親の世代も少しずつ変化している一方で、 玩具へのこだわりや価値観は、いまでもかなり強く残っているといえます。
このような状況下、ドイツの玩具メーカーは、グローバルな時代の潮流とは別に、玩具の固有の地域性を尊重し、人々が愛着をもつ要素を重視してきたことが、最終的に玩具の安定的な売り上げにつながってきたということなのでしょう。一方、過去のスタンダード玩具に安住せず、新たな趣向をとりこむ意気もみられます。
今後さらにドイツ語圏のこだわりの玩具が、世代を移り変えながら、さらにどんな進化をとげていくのでしょうか。わくわくする幼心をこちらも忘れないようにしながら、さらに観察を続けていきたいと思います。
<参考リンク>
Berndt, Marcel, Baby-Whirlpool und Luxusjäckchen - Eltern greifen zu. In: welt.de, 16.9.2011.
„Deutsche sind bei Spielwaren Elektronikmuffel” Im Gespräch: Werner Lenzner. In: faz.net, 25.12.2012.
Dierig, Carsten, Das Kind im Mann lebt. In: Welt.de, 30.1.2015.
Dierig, Carsten, Einzelhandel Deutsche Eltern setzen auf Marken-Spielzeug. In: Marken-Spielzeug??, 23.10.2011.
Hemmerlein, Harald, Interview Simba Dickie Group: Eltern kaufen mehr Spielzeug für Babys. In: Spielwarenmesse.de, Magazin, 09. Dezember 2015.
Kotowski, Timo, Spielwaren-Branche : Knete und Tischfußball statt Hightech. In: faz.net, 25.1.2016.
Ritzer, Uwe, Marken und Spielwaren Einmarsch der Filmfiguren. In: Süddeutsche Zeitung, 25. November 2016
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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