スイス人の4人に一人はマルチローカル 〜複数の場所に居住する人々とその社会への影響

スイス人の4人に一人はマルチローカル 〜複数の場所に居住する人々とその社会への影響

2017-12-05

年の暮れが押し迫るこの時期は、この1年を振り返る報道が多くなってきますが、わたしも、今年のスイスやドイツ語圏での報道をふりかえって、個人的に強く印象に残った、居住、医療、サービス業界(家事や介護を含む)という三つの分野のテーマをピックアップして、今回から3回にわたって、ご紹介してみたいと思います。

扱う三つのテーマはジャンルも内容も直接的な接点はありませんでが、いくつかの共通点があります。まず、普通の常識的な考えでは、一見驚くような(それ故メディアでも話題にされたわけですが)事象であること。同時に、それが一過性の流行というような話ではなく、むしろ今後も社会で恒常的に定着していくようにみえるもの。そして、定着してくようになるとすれば、将来的に社会に少なからぬ影響や、新たな問題がでてくることが予想されるものであることです。

記事では、主にスイスやほかのドイツ語圏の事例に沿って取り上げていきますが、日本をはじめ世界的にみられる状況や共通の現象も視野にいれながら、今後の展開について考察してみたいと想います。

スイス人の居住の仕方に関する調査

今回は、スイスで注目されている居住スタイルについてお伝えします。チューリヒ工科大学の学際的な研究機関「居住フォーラム」が、バーゼル大学、ルツェルン専門大学と共同で2012年から2014年までに15歳から74歳までの3200人を対象に調査しところ、スイスに住む住民のうち2百万人以上、人口の28%が、ひとつの場所に定住しておらず、二つ以上の場所に居住していることが明らかになりました。

ちなみにここでいう、「居住」とは、居住地として正式に自治体に届けられているものだけでなく、公式、非公式に定期的に宿泊を伴い違う場所に滞在する場合も含みます。つまり、遠距離車両の運転手やフライト・アテンダントなど仕事であちこちに滞在する人も、両親の離婚などで、2カ所以上に居住することを余儀なくされている子どもたちも、この居住形態の人々に含まれます。

居住場所を複数もつ人のうち、過半数以上は居住場所が二つですが(68%)、三つの人も23%おり、4つ以上もっている人も9%いました。また、現在は違っても、過去に複数の居住場所をもっていた人(1回が13%、数回が7%)もすべて合わせると、なんとスイスの住民の半分にまでなることがわかりました。
このように公式、非公式な滞在あるいは居住場所を2カ所以上もつことを、この調査レポートの表記に準じて「マルチローカル」と示すことにして、以下、この実態についてさらに詳しくみていきます。

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複数の居住場所をもつ人も理由も様々

これだけ多くの人が居住場所を複数もっていたり、過去にもっていたとことに、調査をした研究者も驚いたといいますが、一体なぜ、ひとつの場所に定住しないマルチローカルな人がこれほど多いのでしょうか。

調査によると、当人たちが理由としてあげられることで一番多かったのは(複数回答可)は、休暇やレジャーであり、回答者全体の3分の2以上の68%の人が理由としてあげています。次に多いのが、離れて住むパートナーのところに滞在するなどのパートナーに関連したもので、50%以上の人が理由としてあげています。

一方、意外に少ないのが、仕事や就学を理由にあげている人の割合です。仕事や就学を理由にする人は、居住場所を複数もつ人の4人に一人だけで、そのうち、 仕事を理由にしているのは15%にすぎませんでした。

ただし具体的な理由は、個々人により非常に異なり、複数の理由が絡まっている場合も多く、少なくとも今回の調査では、わかりやすい一般的な理由や傾向が示しにくいのが特徴です。また、人々の職種や社会的な地位も、学生からアーティストまで多種多様で、複数の居住場所をもつ男女間にも特記できるような差異は見当たらないといいます。

一方、子ども時代の経験など過去にどのような居住をしてきたかは、将来にマルチローカルな居住形態を選択するかに、少なからぬ影響を与えているようです。マルチローカルな居住形態をとる4割の人は、以前住んでいたり働いていた、などなんらかのゆかりがある場所に居住地のひとつを置いているといいます。

いずれにせよ複数の場所に住むことは、一カ所に住む場合よりも、住宅にも移動にもコストがかかるため、マルチローカルの居住形態の人がこれほど多く存在するということ自体が、現代のスイスの豊かさの表れであることは確か、と調査を中心的に行ったヒルティNicola Hiltiはいいます。

ちなみに居住場所は、スイス国内だけでなく海外の場合も多くなっています。しかしこれは、同じ言語を話す隣国が多く(フランス、ドイツ、イタリアなど)、地続きだったり、飛行機で1、2時間で到着できる近い距離にある、これらの国々やほかのEU諸国と、スイスが経済や文化的にも密接な関係があることを考えれば、今の時代、不思議なことではないかもしれません。

定住しないことの受け止め方

定住しない生活というと、かつては、「根無し草」と言う言い方に表象されるように、精神的・社会的な不安定さが強調され、ネガティブな印象も少なくありませんでしたが、今日のスイスにおいて、当人たちはどのような心境で、このような生活をしているのでしょうか。

離婚夫婦の間の子どもたちのように、自分の意志に関係なくやむをえず複数の居住地を往復している人もおり、決して一概には言えませんが、調査の中心メンバーで、個人的なインタビューも行った社会学者ヒルティによると、現代2カ所以上に住む人当人たちのなかでは、むしろその利点ととらえ、それを積極的に享受している人が多いといいます。例えば、複数の場所に住むことで、地域に縛られない新しい人間関係が結ばれることになり、違う生活や文化を楽しめるなど、定住する人はなかなか味わえない醍醐味があり、それがそれらの人たちにとっての生活の質を高める要素に結びついているようです。

これには、物理的に離れていることによる、人間関係が疎遠になるなどの弊害が相対的に減ったことも大きいと考えられます。コミュニケーション技術の近年の大きな進歩のおかげで、数年前に比べると格段に遠隔コミュニケーションの手段が増え、簡単で安価に遠距離の人間関係も維持しやすくなりました。

複数の居住場所をもつことによるもうひとつの避けされないデメリットである、移動の時間の長さも、ネット環境の改善などにより、仕事やコミュニケーションなど、かなり多様に活用することが可能になってきました。このため、マルチローカルな人々の間では、移動中がただのロスタイムであるという感覚がうすれ、むしろ、移動の間の時間や場所もまた自分たちの生活空間の重要な一部としてとらえられるようになってきたといいます。

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マルチローカル化が社会に与える影響

人口の4人に一人がしているというマルチローカルの居住スタイルは、もはやスイス社会の少数派の特殊なケースではなく、ひとつの社会現象と捉えられます。そのことは同時に、社会全体に与えるインパクトも、無視できない大きさに及ぶことを意味します。

具体的に、社会にどのような影響を与えるようになるのでしょうか。まず、直接的な影響を与えるのは住宅市場です。「縮小する住宅 〜スイスの最新住宅事情とその背景」でも触れましたが、スイスでは近年、住宅不足が続いており、特に都心の小規模住宅の不足は深刻です。

困ったことに、2カ所以上に居住する人が好む住居を考えると、とりわけ不足している物件にかなり重なっているようにみえます。常に住むわけではないので、住居にそれほど高価で大きな住宅を望む人はむしろ少ないでしょうし、移動が多いため、交通の便がいい都心部が好まれると考えられるためです。

今後も高齢者などの単身世帯が増え続けると予想され(スイス統計局の予測では世帯人数は今後30年で減り続け、単身世帯は40万、二人世帯は30万増えると予想されています)、現在も供給が追いついていない、都心の小規模の住居が、今後も恒常的に不足しつづけ、状況が悪化することが危惧されます。

また、恒常的に移動し、定住しない人が一定数を占めるようになると、地域社会の運営や在り方そのものにおいても、これまで考えられなかったような新たな問題やなかった課題が増えていくように思われます。

ヒルティは、マルチローカルな人にも地域の活動に熱心な人もいれば、そうでない人もおり、個人差が大きいため、一般普遍化することをできないと言いますが、移動が多い人は、移動時間が増える分、ほかの人よりも自分が自由に使える余暇の時間は少なくなると考えられます。

その結果どんなことが起こるででしょうか。例えば、マルチローカルな人たちは定住する人よりも、地域のボランティア活動などに参加する時間も必然的に減ることは避けられないでしょう。そのような人口が地域で増えれば、これまでボランティア・ベースで運営されていた様々な地域の公共的なサービス、例えば、消防団や町内会、教育・福祉分野での活動が、たちゆかなくなるかもしれません(規模の大きい都市では、消防隊員が雇用されていますが、規模の小さい都市や村では、いまもボランティアが担っています。)

一方、日本の地方のように過疎化が進む地方で、定住人口を大幅に増加させることが難しくても、マルチローカルな人々の誘致・受け入れを積極的に進めることで、逆に、地域経済や住民の生活の向上につながる機能やサービスを拡充していく道が開けるのかもしれません。

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おわりに

マルチローカルな居住スタイルが、すでに社会の少数の周辺的な現象ではないことが、今回の調査で明らかにされましたが、長期的にさらにどう展開していくのでしょうか。

経済力が十分になければマルチローカルな居住スタイルは難しいため、短期的なスパンでみれば、マルチローカルな居住スタイルの増減は、スイス全体の経済状況で変化することは十分考えられます。 他方、将来、就労の仕方や生活スタイル、家族や人間関係のあり方などは今後、一層多様化していくことが予想され、それに伴ってマルチローカルへの需要は長期的には増加傾向となるでしょう。つまり、社会のマルチローカル化はより「普通」で、より一般的なことになっていくのではないかと考えます。

そうであるとすれば、この調査は、単にスイスの居住の現状を明らかにしただけでなく、住宅、地域経済、地域生活など幅広い社会の公共サービスや社会構造において、今後、マルチローカルな人々の動きや機能は無視したり、避けて通れない存在であり、この存在を視野にいれながら将来の計画を立てていかなくてはならない段階にすでにきていることも暗示している、といえるかもしれません。

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参考文献・サイト

An mehreren Orten zu Hause. Neue ETH Studie zeigt: Wohnen an mehreren Orten ist in der Schweiz stark verbreitet, Medienmitteilung, Zürich, 16. Juni 2015

Hartmann, Stefan, Mal hier, mal dort. Im: NZZ am Sonntag 25.11.2012

Salm, Karin, «Zuhause ist dort, wo ich übernachte». In: SRF, Gesellschafts und Religion, 28. September 2015, 5:52 Uhr.

Strohm, David, Hin und her zwischenWohnorten. In:NZZ am Sonntag, 25.5.2014, S.43.

Wo ist zuhause? Vom multilokalen Wohnen. In: Kontext, SRF, Montag, 28. September 2015

ジョン・アーリ『モビリティーズ 移動の社会学』作品社、2015年。
Zahl der Haushalte wächst markant. Immer mehr Ledige brauchen immer mehr Wohnungen. In: NZZ, 24.11.2017, S.14.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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