共感にゆれる社会 〜感情に訴える宣伝とその功罪

共感にゆれる社会 〜感情に訴える宣伝とその功罪

2018-02-05

昨今、「共感」という言葉が、社会背景の異なる人々が共存や共有するためのキーワードとして、世界的に飛び交っています。実際、人々の共感は、世界的なシェアリング・エコノミーの展開やヨーロッパでの大量の難民受け入れの背景として大きな役割を果たしたと考えられますし、「共感」への共感は、個人的動機や人道的な支援分野にとどまらず、ビジネスの世界にも広がってきました。共感を新たなビジネスモデルのコア概念とし、SNSを駆使して顧客から共感を勝ち取るという広告や販売戦略をたびたび耳にします。

このような時世に、浮かれた気分を逆なでするようなタイトルの本がカナダで出されました。カナダ人の心理学者ポール・ブルーム氏の『共感に対抗して。合理的思いやりの事例Against Empathy: The Case for Rational Compassion』という著作です。

共感という人間がもつ自然な感情の功罪について鋭く論じたこの本で、著者は、昨年末にクラウス・J・ヤコブス賞を受賞しました。この賞は2009年からスタートしたばかりで、世界的な知名度も高くありませんが、毎年、スイスの有力な財団が青少年の人格的成長に貢献し社会的にも重要な役割を果たした研究と実践に授与している賞であり、受賞者には100万スイスフラン(約1億2000万円)という、ノーベル賞にほぼ相当する高額な賞金がおくられます。

一体、具体的になにがスイスの学術振興財団において高い評価を受けたのでしょうか。今回は、最初にブルーム氏へのインタビュー記事をもとに彼の見解をまとめ、その後、最近のスイスの寄付を募る救済組織の動きをとりあげて、氏が主張する共感のもつ危うさとその社会的な影響について、具体的に考えてみたいと思います。

普段の生活で、「共感」という抽象的で漠然としたものの社会での影響力について考え巡らすことなどほとんどないと思いますので、今回の記事が、それらを身のまわりで見回しながら考えてみる機会を提供できればと思います。

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ブルーム氏の共感への批判

ブルーム氏は、共感は確かに人を善行に導くものであるが、「道徳的な判断をする際は、共感は悪い助言者だ」と言います(Freuler, 2017, S.53)。例えば、物乞いをする人がたとしたら、人は同情しお金をあげたくなりますが、もしもその人が集めたお金でドラッグを買うのならば、 募金すべきではないし、氏にはティーンエイジャーの息子が二人いますが、仮に子どもが水曜にパーティーに行きたいといったら、判断の基軸を共感ではなく翌日の学校での弊害に置き、許可すべきではないためです。

感情に強く依拠する共感が下す判断や行動の問題は、戦争勃発や戦時中に特に顕著になるといいます。まず、誰も戦争を望んでいないはずなのに、戦争がはじまるときは強い感情がきっかけとなります。さらに戦争中に自分の仲間達の間の犠牲に感情的な共感が強いと、残酷な結果に至ることがたびたびあるとも指摘します。いずれも共感が強くなることで判断能力が支障をきたし、判断を誤っているケースと考えられます。そして、このような感情をもとに下された判断や行為は、感情が一時的なもので消えさった後も、のちのちまで長く影響が残るものになることも、深刻な問題とします。

しかしこのように共感に問題が多いのに、「共感はわれわれの目をくらま」してしまい(Gielas, 2015)、「多くの人が共感を道徳の万能薬のように捉え」る傾向が変わらず続いています(Freuler, S.53)。このような姿勢が根強い社会であるため、この本が世に出た時も、辛辣な批判を浴びたといいます。

共感ではなく「(合理的な)思いやり」

このためブルーム氏は、物事の判断は、感情や共感以外のほかの認知や理解能力を駆使して、最大限に冷静に行うべきだといいます。氏が特にすすめるのが、「(合理的な)思いやり rational compassion(ドイツ語ではMitgefühl)」です。彼が定義するこの「思いやり」とは「ほかの人について配慮し、うまくいくように願うこと」ことであり、「共感と親戚関係にあるが、ずっと距離を置き、むしろ友情に比較できるもの」とします。このような思いやりは、単なる共感よりも公平で道徳的なものであり、自分の国の人だけはなく一般的で全人類の幸福をのぞむものにつながると考えます。

もう少し噛み砕いた表現を引用してみますと、「共感は、さらっと洗い流せるような、おなかで感じる感情」であり、ちょうどそれに対置するものが「感情などに左右されない冷静な合理性」だとします。そして「思いやりは、ちょうどその間にあって、心に話しかけますが理性的な理由にも耳を傾けるもの」であり、「これこそが、われわれが耕し育てていかくてはならないもの」とします(Gielas, 2015)。

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非営利団体への寄付金

ここからは、実際に現代社会において共感がどのような役割を担っているのか、スイスに500以上ある非営利団体の寄付をよびかける行動を例に、具体的に考えてみたいと思います。

スイスでは、この10年で、個人の寄付金金額が6割以上増え、現在一年で集まる寄付の総額は180億スイスフランです(Feldges, 2018)。スイス全世帯の5分の4が寄付をしており(ちなみにドイツで寄付をするのは全世帯の3分の1)、平均額は300スイスフランで(Feldges, 2018)、一人当たりの非営利団体への寄付金額としては世界最高額と言われます(Freuler, 2016)。寄付の内訳は、 全体の5割弱がが海外で、国内の社会福祉が2割で、健康関連が約2割弱(Grundlehner, 2017)です。

このような膨大な額の寄付金は、どのように集まってくるのでしょう。非営利団体どうしの寄付金をめぐる競争も激しいため、どの団体もだまって寄付がくるのを待っているのではなく、キャンペーンや広告活動に力をいれています。

ただし寄付の集め方は、どこも似通っています。いまだに郵便を使ったダイレクトメールや街頭キャンペーンなど、伝統的に寄付を募る方法が圧倒的多数で、とくに多いダイレクトメールは、個々人への寄付を募るアクセス全体の4分の3を占めています。逆に言えば、ダイレクトメールが今でも有力な手段だからであり、スイスではダイレクトメールの寄付の呼びかけ1割の人が反応するといいます(ドイツではダイレクトメールの呼びかけに反応し寄付をする人が2−3%にすぎないのに対し)。クラウドファンディングやアプリケーションなどインターネットを通じた寄付はまだほとんど成功例がなく、全体の2%にとどまっています(Feldges, 2018)。

寄付金が集まる時期も、どこも共通しており、例年、クリスマスムードがもりあがる年末の2ヶ月に、全寄付金の3分の1が集中しています。

つまり各団体は、クリスマスに近い同じ時期に同じような条件で、寄付を募る宣伝活動に力をいれていることになり、このため、どこの団体も少しでも多くの注目を人々から集めるために、より工夫につとめることになります。

感情に訴える宣伝

工夫として、今日、非営利団体でよく用いられているのが、人々の感情に訴え、共感を誘導するような表現や演出方法です。これについて端的な実験結果があるので、まずはこれをご紹介してみます(Wilhelm 2014)。

アメリカのオレゴン大学教授で心理学者のスロヴィック教授Paul Slovicのもとで行われた実験で、二つのグループに分けた被験者は対象に行われました。一つのグループには、アフリカで食料不足で瀕死の少女の写真とその子の名前とプロフィールが書かれたものを見せ、もう一つのグループには、同じ写真と食料不足の統計が一望できる資料をみせました。結果は、最初のグループのほうが、後者のグループより2倍も多い額の寄付をしました。

この実験が示すように、人々は、通常、数よりも具体的な人の特徴(顔や名前、個人的な状況を綴った話など)により強く反応し、判断や行動に影響を受けます。このような事実は学問的に立証されているだけでなく、非営利団体の間でもすでに広く知られており、このような現象を最大限に活かした宣伝を行う団体が増えています。つまり、統計などの数的なデータを減らし、むしろ支援が必要とされる人々の人格にクローズアップし、顔やプロフィール、手書きの文字などをのせる、広告の仕方です。

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ドイツ語の「寄付」と「広告」というキーワード検索ででてくる画像

共感に依拠する寄付の問題

このように寄付を訴える団体が毎年様々な表現で感情に訴える宣伝には、効果だけでなくいくつかの問題があります。

まず、団体の本来の実績ではなく、感情に訴えるキャンペーン、宣伝に成功したところが比較的寄付金を多く得るというしくみ自体がまず問題をはらんでいます。宣伝で成功するところが、活動内容にすぐれた団体とは限らないためです。

また、自分たちの団体に多くの寄付を募りたいがばかりに、広告にかける予算を多くとるようになると、当然、活動のために寄付してもらったお金のなかで、本来の活動にかけるためのお金が減ることになります。すでに、2015年のスイス全体の調査結果では、スイスの救済団体は、寄付金の1割以上、100ラッペン(1スイスフランに相当)のうち平均14.4ラッペン、を、このような寄付集めの宣伝用途に使っているとされています。寄付から得られた活動資金を本来の活動にではなく宣伝に使う割合が大きくなればなるほど、(広告宣伝業界以外の)社会全体にとっては、不利益といえるでしょう。

感情に訴えることの限界

それぞれの団体はなんとか人の目を引くため、感情に訴える表現がエスカレートしていき(Schoop, 2017)、互いに競争を続けること自体も、袋小路に入っていくようにみえます。

まず、あまりに感情的な情報が氾濫してくると、かえって感覚が麻痺したり、それらの情報を見聞すること自体を避けたくなるといった心理的な反動がでてくることも考えられるためです。特に、一度広告に感情的に動かされ寄付をした人には集中して寄付を募る情報が舞い込み、そのような反動を引き起こ可能性が高いかもしれません。というのも非営利団体は新しい寄付者を募るために、救済団体が専門業者から買い取ることがありますが、その際すでに寄付をしたことがあり、「感情的に影響を受けやすい emotional empfänglich」と評価された人々の連絡先はもっとも人気があり、高く売られているためです(Schoop, 2017)。

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選択肢の多さによってひき起こされる反応

そのような感覚の麻痺や衝動的な拒絶感に陥らなくても、選択肢が多くなることで、選択や判断が自動的に不能になる人が増えることも考えられます。

ドイツ語圏で最も影響力が大きいと言われる未来研究者ホルクス氏Matthias Horx は、店頭にたくさんのものが並んでいると、結局なにも買えなかったり、購入しても、一番いいものを買わなかったのではないかという気持ちになるという、誰もが一度は経験したことがある感情を例にあげ、私たちの脳は、選択肢がありすぎると「比較パニック」の反応をする、とします(Machac,S.23)。

毎日のように、寄付を募るダイレクトメールが郵便受けに入っていたとしたら、どうでしょう。開封するだけでも面倒くささを感じるかもしれませんし、寄付をしようとしたとしても、それらのなかからどれにどのくらい寄付するべきかを見極める前に、判断がブロックして決断に至らないかもしれません。

今日、自分の身につける服を選ぶことすら面倒で億劫になっている人が少なからずいます。2015年の調査でドイツの男性の間では、服の購入が嫌いでストレスを感じている人の数は、楽しいと思う人の3倍にものぼっています(「キュレイテッド・ショッピング 〜ドイツ語圏で始まった新しいオンラインビジネスの形」)。言わんや、ほかの人のための寄付に、多くの選択肢の中から労力を割いて選びとることをあきらめてしまう人が多くても不思議はないように思われます。

また、感情に訴える広告に反応することがわかった「善意ある人たち」をさらにターゲットとして集中アプローチするという宣伝手法自体も、倫理的にどこまで許されるか、問われる必要があるかもしれません。
こう考えると、感情に訴える共感トリックを使った寄付の訴えは、 将来エスカレートすればするほどその問題が増え、限界にも近づいていくように思われます。

共感でなく冷静な分析を判断の根拠に

それでは、非営利団体にどのように寄付をしていくことが望ましいのでしょうか。

『南ドイツ新聞』では、感情ではなく事実、例えば統計データで、成功しているもの、少しの費用で最大の効果を引き出しているものを選ぶべき、というオクスフォード大学のWilliam MacAskillの 意見を紹介しています(Ratzesberger, 2015)が、これはブルーム氏の目指す方向に近いのではないかと思います。

しかし、ひとつひとつ自分でそれぞれの団体の実績を確認するのが面倒な人も実際には多いかもしれません。そのような人には、中立的な認定機関の評価を活用することも有効でしょう。スイスでも、スイス非営利集金団体認証組織(Zewo)は、独自に設定して21の指針に合わせ水準を満たしているかを検証し、21全ての項目で基準を満たしていれば承認証発行しており (Freuler, 2016.)、このような認証制度に基づいて、寄付先を選ぶこともひとつのやり方です。

ただし規模が小さいあるいは財源が乏しい団体は、認定申請のために高額の費用(承認証は有効期限が5年のため、5年おきに費用が発生)や、ほかにも継続検査への労力が大きな負担になるため、これらの認定を受けていない場合も多く、認定を受けていない団体の活動の評価が低いというわけでは必ずしもありません。

おわりに

感情に強く依拠することで危うさを伴う共感と、冷静な分析や判断に導く思いやりを、時と場合によって使い分けるというブルーム氏の具体的な社会への提案が、常識的に思われれば思えれるほど、それと対照をなしているように映るのが、今の世界的な情勢です。
世界のいくつかの要所で、冷静な理解や分析をおそろかにして、感情にまかせて発言する人々が、その人たちに共感する人々を巻き込んで勢力を保っているようにみえ、これらの人々の発言や判断が、長期的、あるいは世界的にどれほど影響を及ぼすのかは計り知れません。
現実を照らし出すコントラストの強さが秀逸であったことが、ヤコブス財団がブルーム氏の研究を選んだ最大の理由だったといえるかもしれません。

参考文献及びサイト

Drees, Jan, Gespräch mit Empathie-Forscher Fritz Breithaupt „Mitleid kann manipulativ sein”. Gespräch mit Empathie-Forscher Fritz Breithaupt. In: Tagesspielgel, 23.02.2017 09:51 Uhr

Feldges, Dominik, Schweizer Hilfswerke hängen am Bettelbrief. In: NZZ, 11.1.2018, 07:00 Uhr

Feldges, Dominik, Schweizer Hilfswerke hängen am Bettelbrief. In: NZZ, 11.1.2018, 07:00 Uhr

Freuler, Regula, Ihr Kinderlein, spendet. In: NZZ am Sonntag, 19.12.2016.

Freuler, Regula,Mitgefühl macht die Welt nicht besser - im Gegenteil. In: NZZ am Sonntag, 16.12.2017.

Gielas, Anna, Psychologie: “Empathie blendet uns”. In: Zeit Online, 17. Dezember 2015, 3:19 Uhr Editiert am 19. Dezember 2015, 8:47 Uhr

Grundlehner, Werner, So macht Spenden alle froh. In: NZZ, 6.12.2017, 07:43 Uhr

ヤコブス財団のホームページ

Machac,Lucie, Happy End.(Interview mit Matthias Horx). In: #12 Selection 2017. Was zählt. Digitalisierung, Populismus, Umwelt und Liebe: Zwölf der besten Storys aus den Tmedia-Redationen zu den grossen Themen 2017, 2017, S.23.

Ratzesberger, Pia, Altruismus oder Egoismus? Spende für mich. In: Süddeutsche Zeitung, 18. 12.2015, 18. Dezember 2015, 18:49 Uhr

Schoop, Florian, Das Geschäft der Hilfswerke mit dem schlechten Gewissen. In: NZZ, Kommentar, 19.12.2017, 05:30 Uhr.

Wilhelm, Hannnah und Willmroth, Jan, Psychologie des Spendens. Mit Herz - aber ohne Verstand. In: Süddeutsche Zeitung, 23. November 2014, 14:04 Uhr
「書評『Against Empathy』2017年1月3日、shorebird 進化心理学中心の書評など(2018年1月3日閲覧)

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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