謎多き「男女平等パラドクス」 〜女性の理工学分野進出と男女同権の複雑な関係
2018-04-03
男女同権が進む国のパラドクス
理系分野への女性の進出を奨励しているのに、実際に進む女性の割合がいまだに少ない。日本でも欧米でもこんな話をよく聞きます。しかし、男女同権が進んでいる国の方が、男女同権があまり進んでいない国よりも、理工学分野へ進む女性の数がさらにずっと少ない、ということはもうご存知でしょうか。
「男女平等パラドクス」と言われるこのような状況は、どうして生じてくるのでしょうか。今回と次回の記事では、この現象について、今年発表になった論文と、オーストリア国営放送の関連レポートを手がかりにしながら、考えてみたいと思います。パラドクス現象の直接的な原因や背景についてみていくだけでなく、ドイツ語圏の具体的な事例もみながら検証し、現代の就労環境において、女性の理工学分野への進出のために何が重要なのかについて探ってみたいと思います。まず今回は、今年2月に発表され話題となったイギリス人心理学者Gijsbert Stoetとアメリカ人の同僚 David C. Geary が発表した共同論文 (Stoet and Geary, 2018)の論点を、ご紹介していきます。
※自然科学や工学系の分野は、数学、情報、自然科学、技術の頭文字をとって、ドイツ語では「MINT分野」あるいは「MINT科目」と呼ばれています(英語圏での「STEM」に相当)。今回と次回で扱う事例や文献はドイツ語圏のものが多いため、これらの分野の総称として、以下、ドイツ語の表記「MINT」を使用することにします。
女性の進路と学問的な能力の関係
これまで一般的に、男女同権が社会で進み機会が均等になればなるほど、女性と男性の職業選択の差異は消失すると捉えられてきましたが、このような理解は、現実と大きく食い違っています。
グローバル・ジェンダー・ギャップ・インデックスで上位に位置し、男女同権が社会で最も進んでいるとされるノルウェーやフィンランドでは、MINT分野を専攻する全学生のなかの女性の占める割合は20%以下であるのに対し、同じインデックスで性差による差別が大きいとされる国のほうが、平均してMINT科目を学ぶ女性が多いという結果がでているためです。最たる例は、アルジェリア、チュニジア、アラブ首長国連邦で、MINT科目の卒業者の40%が女性です。
一方、論文著者が、50カ国以上の40万人以上の15歳から16歳の生徒の成績を、2015年のピサ・テスト(OECD(経済協力開発機構)が進めている国際的な学習到達度に関する調査Programme for International Student Assessmentの頭文字をとって通常PISAと呼ばれているもの)のデータをもとに調べたところ、MINT科目の成績で、男子生徒と女子生徒の差はほとんどありませんでした。男子と女性の成績が同じであったのが26カ国、男子生徒がわずかに上位であったのが22カ国、女子生徒のほうがわずかに上であった国が19カ国という結果です。
つまり、女子生徒も男子生徒と同じくらいMINT科目ができていることになります。しかしそれなら、なおさら、女子生徒がMINT分野へ進む割合が少ないのでしょう。
「できる科目」と「一番よくできる科目」
女子のMINT 分野への進出が遅れているのには、なにかほかの理由があるのでしょうか。それを説明するのに、論文の著者は、別の事実に注目します。それは、女子生徒が男子生徒と同等にできるMINT 科目以外に、もっとよくできる科目がある場合が多い、という事実です。
全般に男子生徒はほとんど MINT科目が一番好成績の科目であるのに対し、女子生徒の多くは MINT科目よりも読解力のほうが優れています。つまり、女子学生がMINT分野が男子生徒と同じくらいできる一方、読解能力では男子生徒を上回っていることになります。
なぜ女子学生は読解のほうがMINT科目のほうが得意なことが多いのかの理由(同時に男子において、MINT 科目より読解が劣る理由も)についてはここでは深入りせず、とりあえず女子生徒のなかで読解能力のほうがMINT分野の能力よりも高いという事実に注目してみます。
すると興味深いことに、男女格差が少ない国々では、とりわけ女子の一番得意な科目が読解であることが多く、MINT分野で働く女性が最も少ないという傾向がみられました。さらに、MINT科目について、男子は全般に、とても興味や自信があるのに対し、女子は自分の能力を過小評価する傾向が世界的にみられ、特に男女格差が少ない国で、その傾向が強いということもわかりました。
得意な分野を活かしたいという願望
論文著者は、これらの点、MINT科目以外に、女子生徒にとって「よりよくできる科目」があり、他方MINT科目には成績の割には自信がもてないでいる状況が、女子生徒が職業選択する時に大きな意味をもつ、と主張します。読解のほうがMINT科目よりも得意な女子生徒たちは、MINT分野ではなく、最終的にそれ以外の分野でのキャリアの道に進む、というわけです。
確かに、好きだから得意になるのか、得意だから好きになるのかわかりませんが、得意な科目は好きになる可能性が高く、その結果として、その分野に進みたいと思う人が増えても不思議はありません。
社会環境や制度の影響
また、自分がどんな分野が得意だとか好きだとかいう直接的な能力は願望とは別に、生徒たちが住む社会的な環境も、進路決定に大きな影響を与えているとも、著者たちは言います。特に、社会保障がしっかりしている豊かな国であると、自分の才能や好きなことを生かして仕事にするといった、進路を選ぶ際の自由な決断の余地がより大きくなるといいます。
これらの国々では、MINT分野の就労が比較的高収入であるという事実も、進路決定にそれほど大きな影響力は与えません。給与額よりも、自分の好きなものや興味を優先する傾向が現代の若者に強いとされます(Fulterer, 2018)。
女性のMINT分野への進出率が高い国々
一方、社会的な保障が少なく、経済的にも将来への不安が大きく、男女同権が進んでいないような国々では、MINT分野の専門性を身につけているかいないかは、女性の将来にとって決定的な違いを生み出すとされます。
そのような社会環境では、MINT分野のキャリアを積むことが、女性にとって安定した職や高収入のチャンスを与えてくれる数少ない進路となるため、好むと好まざるとに関わらず、MINT分野に進む女性が、相対的に増える結果になっていると考えます。
著者の二つの案
さて、このように現状分析をする著者自身は、具体的にヨーロッパ諸国で、女性のMINT分野への進出が進展するにはどうしたらいいと考えているのでしょうか。インタビューでこのような質問を受けた著者の一人Stoetは、二つの案、「分別ある案」と「クレイジーな案」とする案を提示しています(Fulterer, 2018)。
分別ある案としては、学校に在学中の生徒に科目を選択させないことを提案します。早期に科目を選択できなくすることで、MINT科目を長く勉強しなければならなくなると、女子生徒も、それらの科目への失望感を克服できるはずだとします。
もう一つのクレイジーな案としては、MINT科目を専攻する女性への優遇措置(差別化)をあげます。氏が教鞭をとるイギリスではMINT科目に進む女性の授業料を免除する案をあげ、もともと大学の費用が無料のドイツでは女性だけに奨学金を出す。「そのような経済的なインセンティブは機能するだろう」と言います。
おわりに 著者が提示する新たな疑問
一方、上記の案を示した直後、著者Stoetは、次のような疑問も呈しています。「しかし、公平な成果をもたらすために、不公平なシステムを打ち立てるべきなのでしょうか?」(Fultere, 2018)。
確かに、女性のMINT問題は現在多くの国で、(女性がある特定の専門分野に不在であるという意味で)倫理的・社会的問題と捉えられていますが、そのような状況を改善しようという方法についてもまた、(女子と男子と同じに扱うのが公平なのか、それとも女子が少ないので女子を優遇するのが公平なのか、という)どの公平さに最も重きを置くべきかという倫理上の解釈が絡んでおり、社会的許容範囲や合意が問われ、対応や改善策も簡単ではなさそうです。
次回は、ドイツ語圏で指摘されているほかの論点と、それに即した具体的な事例をみていきながら、女性のMINT分野にこだわらず、社会でどんな就労形態が求められているのかを、さらに考えていきたいと思います。
※参考サイトについては、次回の記事のあとに一括して掲載いたします。ご了承ください。
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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