東ヨーロッパからみえてくる世界的な潮流(1) 〜 「普通」を目指した国ぐにの理想と直面している現実
2018-04-17
世界の潮流や問題が凝縮してみえる東ヨーロッパ
EUの旧社会主義圏の国々の動向や政治的リーダーの発言が、近年たびたび、西側の人々を戸惑わせています。西側諸国では、東ヨーロッパについての報道が比較的少なく、全体の状況や背景がみえずらく、単発的なニュースを聞くだけでは、社会が反民主主義的な方向へ向かっているようにみえるためです。
そんな中、東ヨーロッパの事情やそこに住むの人々の気持ちが少しわかったような気になる記事に会いました。ブルガリア人の先鋭政治学研究者イワン・クラステフ Ivan Krastevへのインタビューです(Mijuk, Orban, 2018)。また、少しわかった気になるだけでなく、クラステフの平易な解説によって、そこで起きていることが、日本やほかの国でも他人事ではなく、むしろ共通する世界的な潮流や問題が多いことにも気づかされました。
今回と次回の記事では、インタビュー記事の東ヨーロッパの状況を分析した部分を抜粋しご紹介し、世界的に共通する潮流や問題と捉えられるいくつかの側面について具体的にみていきたいと思います。日本や世界で起こっている現代の共通の問題を、自国を中心にみていくのではなく、普段は日本との関係が薄い東ヨーロッパの問題として、少し距離を置いて観察することによって、問題の本質やその社会背景が、少し違った角度や相対的な視点から捉えられることができればと思います。
現在の東ヨーロッパを読み解く
まず、クラステフの東ヨーロッパについての分析の主要な論点をご紹介します。
●旧東ブロックが夢見た「普通な国」
冷戦終結後、旧東ブロックでは、普通に戻りたいというのがたった一つの願いだった。そのたった一つの「普通」という願いは、西側の市場経済や民主主義、そして高い生活水準と結びついていたものだった。
●人口変化、加速する高齢化
しかし、冷戦終結から四半世紀たった現在、その頃東ヨーロッパが想定していなかった、いろいろな問題が生じてきた。まず、若者を中心に出国する人が後を絶たず、冷戦終結の1989年以後、人口が減り続け、高齢化が加速しながら進んでいる。
●これまでの「理想」とのずれが鮮明化
また、これまでやみくもに「手本」として捉え、いかに近づくかが課題だった西ヨーロッパと、自分たちが求める「理想」との間にギャップがあることにも気づき始める。
それが特に顕著になったのが、2015年の難民危機以降である。EUが、ギリシャとイタリアに流入した難民を加盟国で分担して受け入れることを要請したのに対し、ハンガリーやポーランドなどの東ヨーロッパ諸国は強い反感と疑念をもつようになる。
●東ヨーロッパの同質性と移民の受け入れ
ここで留意しなければいけないのは、東西ヨーロッパの国のなかの同質性、端的に言えば住民のなかの移民の割合である。
東ヨーロッパの国々は、現在も、住民の同質性が極めて高い。ポーランドは98%が民族的にも同じポーランド人で、イスラム教徒は0.1%しかおらず、文化的に統一されている。ハンガリーにも、ほとんどがハンガリー人しか居住していない。
これは、西ヨーロッパの状況と非常に異なっている。(国全体で住民の2割程度、都市部では3割以上が移民的背景をもつ人々というのもめずらしくない 筆者註)
この結果、従来、移住者の流入に慎重な姿勢である保守勢力の立場も、東と西では大きく異なる。西側の保守勢力は、政治や宗教的な理由でインテグレーション(移住者の移住先の社会での平和的な共存や統合)ができない人を問題視するが、東の保守勢力は、インテグレーションが可能だと想定していない。自分たちの民族的な均質性を保ち続けることが重要課題であり、インテグレーション自体を恐れていると言えるほどである。東ヨーロッパの保守勢力が求めているこのようなことは、西の保守勢力には、すでにオプションでなくなって久しい。
●東ヨーロッパの新たな構想
ただし東ヨーロッパの国々は、EUが自分たちに必要であり、EUを離脱するのも現実的でないことも承知している。このため、東ヨーロッパは、別のプランを構想する。それは、東ヨーロッパがヨーロッパを新しく作っていくというものだ。
そのような考え方の先駆者が、ハンガリーのオーバン Viktor Orban 首相にあたる。彼は2017年夏、次のような意味のことを言った。過去25年間ヨーロッパは我々にとっての手本であった。しかし今は我々がヨーロッパにとっての手本である。ヨーロッパはこれまで少数派を守ることに心をくだいてきたが、われわれは、多数派の権利を守る民主主義だ、と。
一方、国内においては、これ以上西側に国民が流出しないために、自国のすばらしさをたたえ、魅力的なものだと説得・演出する。そして国民にとって故郷にとどまることこそ幸せなのだと強調する。
世界的に共通する潮流や問題
上記の東ヨーロッパについての分析は、日本やほかの先進国と共通する重要ないくつかの潮流や問題を提示しているように思われます。いくつかの点に焦点をあててみてみます。
海外への労働力流出
まず、EU内で起こっている、大規模な一方向への人口移動です。冷戦終結からこれまで、ポーランドから250万人、ルーマニアからは350万人が西側へ流出しています。
物価や賃金が高い豊かな方の国の方に、物価や賃金が低い国から労働力が流れているわけですが、EU圏の中での賃金や物価の格差が減らない状況下、これはどうやったら食い止められるのでしょう。あるいは、そもそも、食い止めるべきなのでしょうか。
より賃金が高い、あるいは社会保障が整備されている国で就労したいと思う人の流出を食い止めようということ自体は、個々人にとっては、諦め難い希望でしょう。
また、不足する低賃金の労働力をそれらの人々が補ってくれることは、労働者が来てくれる国の住民にとっては、全般的にみて、短期的な不都合を取り除いてもらえるありがたいことでしょう(排外的な動きがそれらの人への反発としてでてくることはありますが)。
東ヨーロッパ社会への影響
一方、労働力が西に流出する東ヨーロッパの社会や、単純労働力として西側に就労する人々にとっては、短期的にも長期的にも大きな打撃や影響を残します。
例えば、働きざかりの世代の労働力が西側に吸い上げられることで、東側の国々は、働き手の人々を失い経済的に打撃となるだけでなく、子育て世代の母親たちが自分たちの子どもを自国において、海外の介護や子守といったケア部門に出稼ぎにでることで、母親がほとんど不在で育っていく子どもたちが増えていきます。世界の豊かな国を頂点にして、このようなケア労働の連鎖が世界各地でできていますが、西側ヨーロッパと東側のヨーロッパの間にもそのような強い連鎖・依存関係が形成されてきています。
また、単純労働で母国より安易に高賃金が得られるため、高等教育を修了せずに、西側諸国へ向かう多くの若者自身も、将来の問題を抱え込みます。雇用が不安定なだけでなく、将来のキャリアアップが難しいためです(ケアやデリバリー部門の人々の就労の在り方やそこでの問題については「人出が不足するアウトソーシング産業とグローバル・ケア・チェーン」もご参照ください)。
先日、ハンガリー人と話をする機会があり、このような海外での就労に向かう若者たちを非常に憂慮する声が聞かれましたが、この問題は、冷戦終結後、ハンガリーの高等教育の学費が高額になったため、高等教育課程へ進学すること自体が難しい若者も増えてきたことにも大きな原因があるとしていました。
若者の労働人口が偏って流出することで、社会の高齢化が一挙に進みます。どこの国でも農村から人口が都市に流入し、農村で過疎化・高齢化が進むといった現象は、産業化のはじまりとともに、ずっと起こってきてはいましたが、それがEU圏内という国の枠を超えた大きな移動の規模で、また、一国の政策や管轄が及ばない形で起こってきていることになります。
次回は、難民受け入れ問題からみえる世界的な潮流について
次回は、特に、2015年以降の難民受け入れ問題をめぐり西ヨーロッパと対立するようになった東ヨーロッパでの状況を中心にして、東ヨーロッパからみえる世界的な潮流について引き続き考え、解決にむけた手がかりを探してみたいと思います
<参考文献>
Mijuk, Gordana, «Orban und Putin geben Wählern das Gefühl des absoluten Sieges» Der Westen war einst Vorbild der Osteuropäer. Doch heute halten sie Europa für dekadent. Sie wollten den Kontinent zur demokratischen Autokratie machen, sagt Politologe Ivan Krastev. Interview: Gordana Mijuk. In: NZZ am Sonntag, International, 18.3.2018, S.6-7.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振
興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。