公共メディアの役割 〜フェイクニュースに強い情報インフラ

前回、フェイクニュースの具体的な対処について、感染症の流行防止対策を参考にして三つの側面に分け、その一つの「病気の徹底排除と発生場所の隔離」に当たるフェイクニュースの対策として、フェイクニュースの削除やブロックを法を介して促進する可能性についてみてみました(「フェイクニュース対策としての法律 〜評価が分れるドイツのネットワーク執行法を参考に」)。今回は、感染症対策において、まだ感染していないほかの地域の人々の衛生環境を整備し、病気がもちこまれにくいようにする対策に相当する、フェイクニュース対策とはなにかについて、考えてみたいと思います。
公共メディアの役割
とはいえ、フェイクニュースが入りこみにくいような「衛生的な」メディア環境を整備するとは、具体的に、どのようなことを意味するでしょうか。
最近発表されたヨーロッパや北米のメディア不信や公共メディアについての調査報告書(Schranz, et al., 2016, Qualität der Medien, 2016)を参考にして、考えてみたいと思います。これらの報告書によると、公共放送を情報のメインソースにしている人やそういう人が多い国ではメディアへの信頼性が高いことがわかりました。伝統的なメディア(公共放送や主要な日刊紙や週刊誌など)を読む人のほうが、メディアへの信頼が高く、専門的な既存のメディアを利用しない場合ほど、メディアへの不信が大きいという相関関係もありました。
ちなみに、ソーシャルメディアを多く利用する人のメディア全般への不信がどこからくるのかについての明確な理由はわかっていませんが、ソーシャルメディアでは利用者の好みにあったニュースがでてくる「パーソナライズドフィルター」機能などが関係していると推測されます。
メディアへの信頼が低くなると、政治的な決断(政府への信頼)も低下すること、また政治的でイデオロギー的なメディアをつかっている人の間では特にメディア不信が強く、政治全般への不信にもつながっていることも、この調査で明らかになりました。
これらをまとめると、良質のメディアが身近にあり、それをコンスタントに消費していれば、判断のよりどころをもつことになり、茫漠としたメディアや政治全般への不信がなくなる、ということになります。
さて、この興味深い調査結果を、少し違う視点でとらえると、堅実な公共メディアを利用すればするほど、どこか出自がわからないあやしいフェイクニュースのようなニュース・ソースにまどわされたり、ふりまわされる時間も機会も相対的に少なくなる、ということではないかと思われます。換言すれば、公共放送や主要な新聞や週刊誌等の公共メディアは、フェイクニュースを社会に広げにくくする壁、つまり、(感染症対策の場合の)「公衆衛生」のようなものに当たるといえるでしょう。
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若者と公共メディア
ただし、現状はこの調査結果に逆行するような厳しい状況です。伝統的な公共メディア(公共放送や主要な新聞・週刊誌等高い質のジャーナリズム)の利用が、全般に少なくなってきているためです。特に少ないのが、若者で、例えばスイスでの公共放送の利用者は、30歳以上は40〜50%、18〜24歳では20%にとどまります。若者になればなるほど、ニュースのソースとして使われるものが多くなっています。ちなみに、高齢になるとニュースのソースは圧倒的に公共放送に偏ってきます(Qualität der Medien, 2016)。
つまり目下、フェイクニュースが社会の広い層に入り込みやすい、つまり「公衆衛生」が徹底化されていない状況であるといえます。公共メディア離れが進む人々を、いかに惹きつけるかは、単なる公共メディアの死活に関わる問題でなく、判断の基準となる情報がなくなることになり、民主主義の社会の土台をゆるがす重要な問題であるにもかかわらず、利用する人がいなければ公共メディアは財政的にもまた社会的な評価の上でも後退するため、負のスパイラルが続いているというのが現状です。
建設的ジャーナリズム
それでは、一体どうすればいいのでしょう。収益を安定的に確保するジャーナリズムのビジネス・モデルの構築が、この問題の解決策として、とりわけよく取り沙汰されますが、ジャーナリズム自体の体質を根幹から変え、報道の仕方や内容を再考することこそ、なにより焦眉の課題だと考える人もいます。
それはヨーロッパでは「建設的ジャーナリズム」という名称でとらえられている動きです。以前にご紹介したことがありますが(「ジャーナリズムの未来 〜センセーショナリズムと建設的なジャーナリズムの狭間で」)、建設的ジャーナリズムは、「今日のニュースメディアで増えているタブロイド化や、センセーショナリズム、また否定的バイアスに」対抗し、「起きている悪いことや否定的な面を強調するのではなく、公平で正確でしかも社会的文脈に関連づけた世界を人々にみせることを目指す」(Constructive Institute)ジャーナリズムの志向や手法として、2010年代のはじめから、デンマークを中心に発達してきました。
提唱者の一人で、2012年の著作『建設的ニュースConstructive news』(英語)で一躍注目をあびるようになったデンマークのジャーナリスト、ハーゲルップUlrik Haagerupは、その後、建設的ジャーナリズムがかかげる改革路線が、世界で共通してジャーナリズムが抱えている問題を解決するのに必要だという確信をいっそう深めていきます。そして2017年3月には、建設的ジャーナリズムの研究をさらにすすめ、世界的にそのノウハウを研修などによって広げていくための「建設的研究所」をデンマークに設立しました。

出典: Constructive journalism in comparison

この研究所で昨年10月に開かれた研究発表会には、世界各国から470人のメディア関係者が参加しており、メディア関係者の間で建設的ジャーナリズムに高い関心があることがうかがわれます。研究所のスポンサーに名を連ねている組織や企業をみると、国連や国際的ジャーナリスト組織、グーグルといった世界の様々な立場のものがあり、世界のさまざまな分野で建設的ジャーナリズムに強い関心が払われ、またそれらと連携している動き(ジャーナリストだけの動きではなく)ではないことがうかがわれます。具体的な連携の形の例として、グーグルが建設的ジャーナリズムの記事をキーワード検索の上位に掲示することに、ハーゲルップは期待を寄せています。
昨年からすぐれた世界的な建設的ジャーナリズムの活動を行ったジャーナリストたちを褒賞する「建設的ジャーナリズム賞」という賞の授与もはじまりました。
ネガティブな報道に疲れている人々
今年2月にドイツの建設的ジャーナリズムの専門家会議に招かれたハーゲルップは、建設的研究所の目標を三つ掲げています。この先5年以内にグローバルなニュース(報道)文化を変化させること、ジャーナリズムへの信頼を再びインストール reinstallすること、そして、ニュースがもっと意味のあるものになるように助けることです(”Constructive Journalism Day”, 2018)。
ハーゲルップにとって、この三つの課題が、社会にとって望ましいものでありながら、現在のジャーナリズムに不足している焦眉の課題と捉えられるわけですが、受けてである読者や視聴者たちも、実際にそのように感じているのでしょうか。これに関してとても興味深い調査がありますので、ご紹介してみます。
それは、2015年にドイツで名高い社会調査研究所Forsaがドイツ民間放送局 RTL Aktuellの依頼で行った調査結果(Hein, 2015)で、これによると、ドイツ人おアンケートの回答者の45%が、テレビのニュスは自分に問題を背負わされていると感じており、35%は不安な気持ちにさせられ、33%テレビのニュースのあとに気分(機嫌)が悪くなるとしています。
22%の人は、フラストレーションがたまるため、ニュースの報道をみるのが特に好きではないと言いますが。34%は、ポジティブなニュースが放送されるなら、もっと頻繁にみるだろうと回答しています。若い世代(14歳から29歳)では、このような回答の割合がさらに高く42%にまで及んでいます。
80%の人々が問題だけの報道を望まず、解決への糸ぐちがある建設的な報道がみたいとします(若い世代で、そう答えた人の割合は87%とさらに高くなっています)。また、73%は勇気をもらえるニュースがみたいとし、68%はもっとユーモアのある報道がほしいと言っています。
47%の人は死者や苦しみや貧困の画像、31%は戦争や危機、災害についてのニュースを減らしてほしいとし思っています。
ちなみに、すでに40年も前から、ニュースがこのように視聴者や読者に無力さを感じさせることは、メディアの専門家の間では指摘されていました。(Meier, 2018, S.9)つまり、逆にいうと、それでもなお、ジャーナリズムの在り方に、つい最近までほとんど疑われることもなく、まして変わらないだけでなく、さらにセンセーショナルな情報がエスカレートするような報道が行われていたことになります。
建設的ジャーナリズムの可能性
一方、建設的ジャーナリズムの手法は、人々にとってどのように映るのでしょうか。ジャーナリズムの手法として導入されてからまだ数年しかたっておらず、また実際に、既存のメディアでこの手法を直接とりいる例も多くありませんが、これまでの研究や調査でわかっていることをまとめると以下のようになります(Meier, 2018, Berichte,2018.)。

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