若者たちの世界観、若者たちからみえてくる現代という時代 〜国際比較調査『若者バロメーター2018』を手がかりに
2018-10-29
今年8月末、若者の考えやライフスタイルを探る国際比較調査『若者バロメーター2018』が発表されました。これは、クレディスイスが、スイス、アメリカ、シンガポール、ブラジスの4カ国を対象に隔年(2016年までは毎年)行なっている依頼調査の最新版です。2018年版は、2018年月から5月にかけて上述の4カ国の16歳から25歳までの約1000人の若者を対象にしてオンラインで行われました。
今回の記事では、この調査結果を参考に、成人社会に着地寸前の人たち、あるいはすでに着地してはいるもののどんな人たちなのか、社会の大人たちにあまり把握されていない、若年層の考え方や特徴をとらえ、若者像の輪郭をとらえてみたいと思います。スイスの若者が対象のメインとなりますが、この調査が、アメリカ、シンガポール、ブラジルの4カ国の比較調査であることを活かして、同じ時代をいける世界全体の若者全体の状況や、そのなかの差異にも触れていきます。
若者の最大の問題は年金?
いきなりですが、この調査で腑に落ちなかった部分から話をはじめます。というのもこのこと自体が、スイスの若者について考えるキーとなるように思われるからです。
それは、スイスの若者たちが、もっとも大きな心配事として、「年金問題」をあげていたことです。実に半数以上の人が問題にしているという調査結果でした。年金が誰にとっても重要なテーマであることは確かですが、時代が目まぐるしく変わっている現代において、二十歳前後の若者がなぜ、目の前にひろがる問題でなく、半世紀以上も先の将来に発生する年金を、よりによって最大の心配ごとと考えるのか、不思議に感じました。
ちなみにこれは世界的な現代の若者の潮流ではありません。ほかの調査3カ国で、年金問題が、上位の問題とあがったところはありませんでした。これらの国では、失業や社会保険や人種差別などが、心配事の近年の常連で、今回もそうでした。スイスでも、4年前の2014年や2年前の心配事のトップは移民や難民問題で、年金は上位の問題ではありません。またスイスの年金システムが、ほかの国に比べて、特に問題が多いわけでもありません。
スイスの社会の状況
結論から先にいうと、年金問題が心配ごとのトップにきた調査結果は、むしろスイスの今の若者の心境を如実に映しているのでは、という解釈にいたりました。どういうことかを順を追って説明するために、まずスイスの現在の社会状況を、他国やスイスのこれまでの時代と比較し、おおかまにとらえてみます。
・経済的に豊かな国で、職業訓練制度がよく整備されているため、若年失業率を含め失業率が全般に低い(「スイスの職業訓練制度 〜職業教育への世界的な関心と期待」)。
●若者の7割が中学卒業後、進学ではなく職業訓練課程へ進むため、若者のなかでの進学や受験のプレッシャーは他国に比べ少ない(「スイスの受験事情 〜競争しない受験体制とそれを支える社会構造」)。
●直接民主主義的な政治体制が安定しており、政治家や官僚の腐敗が少ない。
●社会のデジタル化は年々進んでいるが、その速度は速くはない。例えば、スカンジナビア諸国に比べると、未だに現金取引が多く、キャッシュレス化のテンポは遅々としている(「コインの表と裏 〜 キャッシュレス化と「現金」ノスタルジー」)。
つまり、一言で言えば、ほかの国やほかの時代の若者層に比べ、現代のスイスの若者たちは、社会的にも経済的にも安定し、大きな危機やプレッシャーも少なく比較的恵まれた環境に暮らしているといえます。
若者世代の目に移る世情
次に、この調査の背後の社会の動きと、質問のされ方について注目してみます。
この調査が行われる半年ほど前の2017年9月に、スイスでは、ちょうど老齢年金問題に関する国民投票がありました。つまりこのアンケートの実施の少し前まで、国民投票の前の恒例として、年金問題がクローズアップされメディアで多く報道され、国民的に大きく議論されていました。
次に、この調査での質問のされ方をみると、「次のリストには、近年よく議論されたり報告されるテーマがのっています。このリストのテーマをみて、そこからあなたが個人的にとりわけスイスで重要だと思う問題を五つ選んでください」という形式でした。つまり、この質問に回答するには、全リストのなかから、テーマを五つまで選べるのでなく、五つ必ず選ばなくてはならなかったようです。
これら(スイスの社会・経済状況、国民投票の議論、質問のされ方)のことをふまえると、年金問題が、今年突如として若者の心配のトップにきたことは、それが本当に大きな心配ごとであったからというより、むしろ政治や社会が安定しており焦眉の問題と感じるものがあまり見当たらず、近年メディアでよく耳にした年金問題を、五つのテーマのひとつに選んだ人が相対的に多くなった、という理解するほうが妥当と思われます。
その説を裏付けているようにみえる別のデータもあります。スイスでは年々政治に不満をもつ若者が減っており、今回、政治がうまくいっていないと回答したのは、20%にすぎません。同様に、社会や政治の改革が必要だと思う人も少なく37%にとどまります。これは、ほかの三ヶ国では80%にまで及んでいることと比べると、大きな差といえます(Burri, 2018, S.17)。 ほかの三ヶ国で危惧が強い失業率も、全体および若年失業率が低く抑えられているスイスでは、心配の種になりにくいとは明らかです。
2016年に上位を占めた難民問題も、以後、流入してくる難民の数が、ほかのヨーロッパ諸国と同様に激減したことにより、メディアでも扱われなくなったため、若者に問題として意識されなくなってきたのでしょう。
まとめてみましょう。あまりほかに問題があまり見当たらなかったおかげで、年金問題が逆に五つの選ばなくてはいけない問題テーマとして、今回、急浮上した。つまり年金問題がトップに選ばれたということ自体が、ほかに身近に焦眉の深刻な問題がないというのが、現在のスイスの多くの若者の認識と考えます。
スイスの若者たちの特徴
ただし、悩みが少ない、めでたしめでたしで、今回の記事を終わらせるつもりではなく、むしろ、その先のこと、そのようなあまり焦眉の大きな悩みを抱えていないようにみえるスイスの若者たちは、どんな人たちであり、どんなことに夢中になり、どんな世界観やライフスタイルの人たちなのか、それが今回の本題となります。
このことについて、今回の調査からまとめると、以下のようになります。
―政治に無関心
スイスの若者が今の政治に不満をあまり感じていないとお伝えしましたが、それを反映してか、あほかの三ヶ国に比べ、全般に、スイスの若者たちは政治活動に関心が低いという結果がでました。
(かっこ)いいと思うものを「イン」、(かっこ)悪いと思うものを「アウト」と答える簡単な回答形式で調査した結果、政治デモに参加するのを「イン」と答えた人は、スイスでは10%未満でした。これは、アメリカでは三人に一人、ブラジルでは四人に一人、シンガポールでも五人に一人が「イン」と答えていたのに比べると、非常に低い数値です。
スイスの若者が歴史をさがのぼって常に政治に関心がなかったわけではありません。ちょうど50年前、世界的に学生運動がさかんな時期には、スイスでも多くの若者がデモに参加したり、政治的な活動を行なっていました。
ただし、この調査を行ったGFS Bern研究所のヤンスCloé Jansは、政治全般に興味がないというわけではなく、単に、政治への参加の仕方が変わったのだと解釈しています(Burri, S.17)。確かに、男女同権や環境などについては強い関心をもっていることが調査でうかがわれます。
―ニュースに関心をもたない人が増加
政治に不満が少ないスイスの若者たちの間では、社会や世界について知ろうという関心が少ないためか、ニュースをみない人も増えているようです。
全然見ない(聞かない)人や週に一度くらいしか見ない人が全体の2割ほどおり、その数は年々ゆるやかに増えています。一方、そのようなニュース消費に消極的な若者が増えているのと反対に、1日に数回ニュースをチェックする、ニュースに強い関心をもつ人もまた増えています。つまり、ニュース消費が若者の間で二極化しているといえます。
ちなみに、ニュースのソースとして利用されるものは、インターネットのニュースサイトやニュース検索サイトなどのアプリがもっとも多く5割以上の人、次が、印刷されたフリーペーパー(5割弱)、次がラジオやテレビで、それぞれ3割強の人が利用しています。これに対し、有料の日刊紙や日曜紙などをみるのは、ずっと少なく、それぞれ1割ほどの人しか利用していません。
―身近なものに関心が集中
政治活動に関心が低いスイスの若者は、ほかのどんなことに関心をもっているのでしょう。
「イン」(人気)と「アウト」(不人気)のトップテンをみてみましょう。
「イン」
スマートフォン、ワッツアップ、音楽を聴く、ユーチューブ、外国の休暇、Eメール、公共交通機関、(ネットフリックスなどで)シリーズものを見る、インスタグラム、スポーティファイ
「アウト」
インテーナットにつながらない携帯電話、ドラックの消費、政党、固定電話、軍隊、喫煙、手書きの手紙、青少年団体、四輪駆動、デート・アプリ
ちなみに、クラブやパーティーにいくのを、「アウト」とする人は、2010年に5.8%だったのに対し毎回増えており今回は、11.5%と倍増しています。ドラッグや喫煙も半分の人が追求するに値しないと答えている人が多いのも、今の若者の特徴かもしれません。
優先順位を問う質問では、信頼できる友達、仕事と休暇のバランスをよくすることが非常に大切なものの上位になっており、政治参加は、対照的に28番目、下から3つ目の優先順位になっています。
これらを総合してみると、スイスの若者は社会の腐敗や不正義に立ち向かう政治活動などよりも、とりわけ、自分の日常や周囲の身近な部分を気にしたり、バランスをとって大事にする傾向が強いといえそうです(Burri, 2018, S.17)。
出典: GFS Bern, Credit Suisse Jugendbarometer 2018, Zusammenfassung der Studie und Übersicht über die wichtigsten Kernaussagen, S.67
―帰属意識の希薄化
若者たちは、頻繁にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を利用し常にほかの人と交流し、「つながっている」ことを大切にしているように見えますが、2015年以降、なにかに帰属している、所属していると感じる、帰属意識は全般に希薄になってきています。宗教共同体のような伝統的な組織への帰属意識が低いだけでなく、最近は、2年まに35%と急速に高まったオンラインコミュニティへの帰属意識も、落ち込んでいます(今回の調査では、1割強)。友人や家族への帰属意識にも、減少傾向がみらます(2年前はそれぞれ9割、今回は8割)。ただし、友人と家族はそれでも、帰属意識のなかでは、最も高くなっています。
ちなみに帰属意識(どこに所属しているような気持ちがするか)は、ブラジルやアメリカでもここ数年、同じように希薄になる傾向が観察されます。
(なにに帰属していると感じているかの調査結果。グラフの色が帰属先を示す。紫が友人、藍色が家族、青がスイス社会、水色が人間、薄紫がパートナー関係、赤がクラブ(スポーツや文化活動の)、緑がヨーロッパ社会、茶色がオンラインコミュニティ、黄色が宗教共同体)
出典: GFS Bern, Credit Suisse Jugendbarometer 2018, S.19.
―移民に対する意識変化
最後に注目したいのが、移民や外国人に対しての見方の変化です。上述したように、2014年と2016年において、一番心配なこととして移民や難民問題があがっていたのとは対照的に、今回は、対外国人や移民の感情がよくなっているという結果がでました。
2010年と今年2018年のデータを比べるとその結果はより顕著です。外国人を、問題ないとする人が14から24%に、メリットがあるとするのは7から16%と増え、逆に、非常に大きな問題あるいは大きな問題だとした人が、それぞれ21から12%、25から19%へと減っています。
全体に外国人を、問題が少ない、問題が全くない、あるいは外国人がいるのがむしろメリットだ、と回答した人のトータルの割合は、難民危機となった2015年をのぞき、ゆるやかに増えており、2018年は65%に達しました。若い世代の外国人とスイス人の関係に限ってみた場合、調和的(ハーモニー)であると答えた人の割合(青色)も、2010年には、11%であったのに対し、今回は、3倍の33%になっています。
このデータは、若者を取り囲む現在のスイス社会をよく反映しているようにみえます。スイスは、在住者の四人に一人が外国人で、国籍が現在はスイスでももともと移民出身者であった人も合わせると、スイスの住民の4割近くになるという移民大国であり、今日の若者たちは例外なく、様々な国や文化的背景の移民を自分のクラスメートにして学校生活を送っています。このような世代は、大人社会での移民に対する理解や偏見を知覚する前に、すでにクラスメートとして同世代の移民たちと出会っているわけで、移民をひとくくりにして問題視するという思考は(将来でてくるかもしれませんが少なくとも就業中や就業後まもないころは)定着しにくいように思えます。クラスメートのなかでスイス人と移民を分けて考えたり、移民や外国人として意識し区別する習慣自体が、なじみにくいようで、クラスメートに改めてどこの国の移民的背景をもっているのか、お互いに聞き合うこともなく、知らないままでいることも、よくみられる光景です。
まとめ スイスの若者の性格
まとめてみると、スイスの若者は、
●政治的な活動への関心は全般に低く、ニュースに関心をもたない人が増えている。
●率直な自分の判断や嗜好を重視し、身近なことへの関心や愛着はみられるが、家族や友達以上の大きな組織や宗教共同体への関心や、帰属意識は薄い。
●ほかの人や違うグループとの鮮明な対立構造もない。外国人や移民に対する許容範囲は広がっている。
というようなことになるでしょう。そして、これらの個々の特徴を関連づけながら社会背景をふまえて理解すると、以下のような若者の立体像が結ばれてくるように思われます。
●社会全般に危機感や抑圧されているという感じがなく、相対的に、なにか大きなものにすがろうという思考には向かわず、結果として、国家や共同体などへ、強い帰属意識をもつことが減っている。
●強いなにかへの帰属感やなにかへの強い危機感がないため、外国人や移民など自分と異なる社会・文化的背景の人への違和感や脅威と感じる意識は少なく、結果として許容できる範囲が広がる。
●社会への帰属先を強く求めない代わりに、自分の身近なものや、それをうまくバランスをとって自分の居場所やライフスタイルを作ることに強い関心をもつ。
●このため、よく言えば、ある特定の民族や宗教、政治的な方向などをふりかざす強力なイデオロギーにからめとられにくい。悪く言えば、自分の殻にとじこもりやすく、社会や世界的な問題に鈍感や無関心にもなりやすい。
おわりに 若者たちを分け隔てるものと共通化させる要素を求めて
今回の調査で、スイスの若者と、ほかの調査国(ブラジル、シンガポール、アメリカ)の若者の間には、共通する部分と同時にくっきりと違いがある部分の両者がみられ、それが並存しているような構図であるのが印象的でした。
違いが生じた主要な理由は、それぞれの国の社会・政治・経済環境などが大きく異なるためと推察するところまでは容易にできますが、もっと具体的に、どのような社会のファクターがキーとなって大きな違いを生じさせているのでしょうか。また、社会の表層に観察されるいくつかの類似性、共通する現象のなかで、とりわけ重要なことはどこなのでしょうか。スイスの若者が輪郭が少しつかめたかと思うと、途端に、このような新たな問いが浮かびます。
このように今の若者たちのことは、まだまだよくわからないことが多いですが、未来への社会で存在感を増していく新しい世代であるだけに、目が離せません。今後も、ほかの調査などを参考にしながら、若者たちの共時的な動きや地域的な差異の意味をさぐってゆければと思います。
参考文献・サイト
Batthyany, Sacha, «Der Aufmarsch von Nazis ist kein grosses Problem» In: NZZ am Sonntag, S.20-21. (Interview mit Aladin El-Mafaalani)
Burri, Anja, «Vielen wird es zu ungemütlich» In: NZZ am Sonntag, 26.8.2018, S.1, 16-7. (Interview mit Ueli Mäder)
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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