日本へ行こう! 〜スイス人観光客の心理をさぐる

日本へ行こう! 〜スイス人観光客の心理をさぐる

2018-12-13

行ってみたい、が。。。

前回、日本は、異質な感じがして理解しにくい一方、好奇心を駆り立てられる国として、スイス人の目には映っているようだという話をしました(「異質さと親近感 〜スイス人の目に映る今の「日本」の姿とは」)。

ただ、これまでは、そのように日本に興味をもったとしても、実際に行こうと思う人は、ごく少数派でした。1万キロも離れていて直行便でも12時間もかかる。国内で英語を話せる人が少なくコミュニケーションが難しい。そんな大小様々なことを理由に、日本旅行は敷居が高く感じられていたように思われます。

日本への旅行というテーマが話題になっても、行ってはみたいのだけど本当には行けないよ、というところで話が終わるのがこれまでの一般的なパターンでした。

しかし、スイス人と対話した展示会場では、そのような(わたしの中の勝手な)常識を覆す体験をしました。燕三条の製品や日本への関心を強く示した人たちに、いっそ日本に行ってみたらどうですか、と(こちらとしては)冗談半分のつもりで提案する展開になることがたびたびあったのですが、「そうですね。じゃあ、行ってみます」と、いとも簡単に答える人が、かなりいたためです。もちろん展示会場にいるという時点で、日本にもともと関心があった人である可能性は高く、そのことを差し引いて考える必要はありますが、それにしても、行きますか、ええ、そしたら行ってみます、とこれほど簡単に返答するノリは、20年余りドイツ語圏の人と関わってきたわたしにとって、新鮮な経験でした。

日本への旅行というものに抱く感覚や想定が、かなり変わってきている。日本旅行への敷居が確実に低くなっているようだ、と強く感じました。

近くなった日本

もちろん、そう返答した人のなかで、実際にどれだけの人が日本行きの旅行をするのかはわかりません。しかし、実際の観光客のデータをみると、スイスからの観光客が近年急増していることがわかります。2011年から5年後の2016年までの間に16410人から44232人と3倍に増加しました(訪日ラボ、2017年)。

人数的にみると、中国やアジア諸国からの韓国客に比べ、微々たるものにみえますが、日本にきたスイス人の数をスイス全体の人口比でみると、0.53%であり(2016年の場合)、これは中国からの観光客の人口比0.47%やイギリス人の観光客の人口比0.45%よりも、高い数値です(説田、2017年)。

どうして、こんなにスイス人のフットワークが軽くなったのでしょう。これには、様々な要因が重なっていると考えられます。とりわけ大きな要因となっていることをあげるとすれば、

・世界的に現在、航空運賃が安い

・スイスフラン高の影響で、海外旅行が割安に感じられやすい

・オンライン上の旅行情報や翻訳機能などの技術進歩のおかげで、言葉が通じない国での旅行がしやすくなった

といったことではないかと思います。しかし、これらの項目は、海外旅行全般を促進するものであって、日本への旅行に直接結びつく理由ではありません。ほかに、日本に足を向けさせる別の理由もあるのでしょうか。

日本観光の特典

あります。特に決定的なのが、日本にしかない観光資源と、旅行者にとっての高い安全性という二つのファクターであると思います。

観光資源については、歴史的な都市の街並みや自然をめぐる観光(スイス人は日本滞在中、ハイキングやウィンタースポーツなど、自然を堪能する過ごし方を比較的多くします)、日本食、アニメやゲーム関連施設など、非常にバラエティに富み、世界的にも唯一あるいは希少なものも多くあります。

一方、ただ観光資源があり、それを観光キャンペーンでアピールするだけでは、マスツーリズムにはなりません。安心して赴くことができる国である(と思える)ことがネックでしょう。その点、日本は、治安がよく、電車が遅れない。人はまじめで礼儀正しいというイメージが、スイスでは一般に知られており、観光のホスト国としては優良な印象です。

前回、日本はスイス人にとって、異質な感がするけれど、ポジティブな親しみももてる国だと書きました。それに加えて観光資源が豊富で、しかも安心していける国であると(思えたと)すれば、どうでしょう。これほどこの4点セットが揃った国は、世界を見渡してもあまり多くないのではないかと思います。

こんな日本は、とりわけ、あるタイプの人の心を惹きつけてやまないのではと想像します。それは、エキゾチックなものへの好奇心とちょっと冒険心がある人たちです。安心していける国であるだけでは、少し物足りない。できれば、ちょっとした「異質さ」を感じ、ちょっとだけ(スイス人的な感覚からすると)「冒険」的な体験をしてみたい。しかし本当に危険な冒険はお断り。そんな、スイスの無難な冒険希望者にとっては、とりわけ、今の日本はもってこいの国で、魅力的に映るのではないかと思われます。

不安がないというのは本当?

ここまで読まれて、しかしこれだけ自然災害などが頻発していて、本当に、そんなに安全だと思えるのか、と思われる方もいるかもしれません。

確かに、日本で台風や地震で大きな被害があると、スイスでも報道されています。福島の原発事故についても、たびたびその後の状況などについて様々な角度から報道されてきました。このため、それらが自分の滞在中に起こるうることも承知しており、不安が全くないわけではもちろんないでしょう。

一方、世界中では日々色々なことが起きており、それが連日どこの国でも、ごちゃまぜになって、海外からのニュースとして報道されています。このため、ニュースを聞いているだけでは、ある第三国において、そこでどのくらいの頻度でどのくらいの災害が起きているのかまで把握するのは難しいでしょう。またたとえ、日本での地震や台風被害について気をつけて聞いていたとしても、その怖さについては、(自国で地震や台風の被害は受けることはまずないため)実際にはあまりピンとこない、ということもあるかもしれません。

少なくとも、今回、日本に行ってみます、と会場で私に答えた人たちで、日本の地震や台風に対する危惧を表したり、どのくらい危険なのかを、たずねてくる人はいませんでした。ただし、今年のように、全国的に大規模な自然災害が続くと、今後、少しずつ観光客の知見や認識も変わり、旅行者の判断や行動にも恒常的な影響がでてくるのかもしれません。

いずれにせよ、日本滞在中は、日本人だけでなく、海外からの旅行者も最大限安全に過ごしてもらうために、日本の観光振興側は、今後、観光資源のアピールだけでなく、海外からの観光客にわかりやすい非常の場合に備えた情報やインフラを整え、それについても積極的に観光客に伝えていくことが、「安心して」行ける国でありつづけるために、非常に重要でしょう。

これに少し関連することとして、もう一つ、新しいヨーロッパの動きを付記しておきます。近年、ヨーロッパ社会では、世界的なフライトの急増を受け、環境への影響を懸念する声もまた強まっています。スウェーデンでは、今年、そこから一歩先に進み、4月からすべてのフライトに燃料税を導入しました。またスウェーデン国民の間でも、飛行機のフライトを抑制しようという言動がソーシャルメディアで盛り上がり、#flygsham(スウェーデン語で「フライトの恥じ」)という言葉が「今年の言葉」の有力候補にあげられるほどでした(Wolff, Reporter)。

環境問題というグローバルな問題に対して、観光客のホスト側の国として、日本はどう関わり、観光客たちにそれを説明したり、アピールしていくのか、ということも、今後、大きな課題となってくるのではないかと思います。

おわりに

ところで、これから日本に行ってみようという人も多かったですが、すでに行ったことがある人にも、展示会場でかなり会いました。展示をみながら、日本の滞在をなつかしく思いだしたり、そこでの「冒険」を話す人。また行きたい、とはりきっている人。少しできるようになった日本語で話しかけようとする人。このようなスイスの人の姿をみると、彼らがいかに日本を堪能したのかがよくわかります。

これから、スイスから日本へ旅立とうとする人たちも、これらの人たちと同様に、日本での旅で、たくさん感動することに出会い、日本人や日本についての理解を、いろどり深く多様に広げていってくれることを願うばかりです。

主要参考文献・サイト

日本政府観光局、訪日外客数の動向 (2018年11月22日閲覧)

説田英香「日本ブーム」到来 旅行先としての日本の魅力とは、スイスインフォ、2017年07月28日、09:14

訪日ラボ編集部「実は穴場インバウンド市場「訪日スイス人」:中国やイギリスよりも人口でみた訪日率高いスイスで起きている「プチ訪日ブーム」その理由とは?」、訪日ラボ、国内最大級のインバウンドニュースサイト、2017年9月11日。(2018年11月16日閲覧)

Wolff, Reinhard, Schweden bleiben auf dem Boden. In: klimareporter, 14. November 2018.

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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