2018年のスイスのグットニュース 〜環境・政治・インテグレーション・メディアにみえた明るい兆し

2018年のスイスのグットニュース 〜環境・政治・インテグレーション・メディアにみえた明るい兆し

2018-12-23

前回(「出生率0.8 〜東西統一後の四半世紀の間に東ドイツが体験してきたこと、そしてそれが示唆するもの」)に続き、今回も、今年、印象に残ったニュースをピックアップしてご紹介してみます。今回は、スイスのグットニュースを五つ選んでみました。

記録的な大収穫

今年はスイスでも、環境温暖化や異常気象という言葉がよく聞かれました。例年に比べ暑く乾燥した夏が続き、深刻な農業や生態系への打撃が危惧されたためです。しかし、悪いことばかりではありませんでした(もちろん、だからといって環境へのほかの影響を看過することはできませんが)。一部の農作物では、記録的な大収穫をもたらしたのです。特に収穫が多かったのが、ぶどう、プラム、ベリー類、さくらんぼ、りんご、洋ナシなどの果物類で、例年に比べ1.5倍から2倍も収穫量が多くありました。

ただし、収穫が多くても、数日で消費できなければ、痛んでしまいます。そこで、シロップに漬け込んだり、ジャムにするなど保存加工の需要が高まり、ガラス瓶の需要も大きく伸び、国内で品薄になる事態にいたりました。

ちなみに、きのこも、例年よりも収穫が多かったようです。秋になると、スイス人の一部の人たちは森にきのこ狩りにでかけますが、今年は本当によくとれた、いう話をあちこちで聞きました。

残念ながらわたしはきのこの種類も見分けられなければ、きのこがよく生えている場所も知らないので、その恩恵にあずかることはできませんでしたが、裏庭で、雨がふった翌日、きのこが大量に生えてきていて、その成長の速さと生命力に驚きました(残念ながら食用ではありませんでしたが)。

暑くて乾燥していたにもかかわらず、果実もきのこも気候に対応して大奮闘したようです。来年以降も、厳しい温暖化や異常気象が続くと思いますが、植物たちと農家の方々の健闘を祈りたいと思います。

史上はじめて二人の女性の入閣が決定

日本やイギリスなどと異なり、スイスの内閣(スイスでは普通「連邦参事会」と言われます)は、国会で指名されたや内閣総理大臣と自ら選出した大臣で成り立つのではなく、上院下院の国会議員が集合する合同連邦会議で、国会議員の立候補者のなかから選出されます。

スイスの政治制度の詳細についてはここでは割愛しますが、12月に、二人の新たな閣僚を選ぶ合同連邦会議が開催され、史上はじめて、女性が二人いっぺんに選ばれました。しかも、二人とも議員の圧倒的多数の支持をえて、あっという間に選出されました。これほど、入閣者の選出が(政党どうしのもめごとがなく)すみやかにいった例は久しくない、とメディアは評していました。

女性が二人入閣し新年以降、7人の閣僚の3人を女性が占めることになったこと自体、ここ数年スイス社会で課題とされている女性の社会進出のシンボル的な結果として、快挙なのでしょうが、わたしにとって、とりわけグットニュースに思われたのは、むしろそれに対する社会の反応です。亀裂や対立がなく、国会のすべての主要な政党がこの結果に満足しており、また世論もこの二人の入閣を歓迎するムードが強かったことが、スイスの将来を明るく照らしているように思えました。

なにかが変わる時、または変えようとする時、反発や抵抗はつきものです。女性のクオータ制は、それらを押し切ってでも、女性進出を推進しようとする立場から、制度化するこころみです(スイスのクオータ制をめぐる議論と現状については、「公平な女性の社会進出のルールづくりとは 〜スイスの国会を二分したクオーター制の是非をめぐる議論」、「スイスの女性の社会進出のネック、新潮流、これから 〜スイスというローカルな文脈からの考察」)。

しかし、今回は、女性の割合を決めるクオータ制を導入しなかったにもかかわらず、女性の選出がスムーズに実現しました。クオータ制の賛成者も反対者も、今回の結果には、満足のようです。クオータ制がなくても、女性がスムーズに選出されるような状況になれば、それにこしたことがない、ということなのでしょう。

チベット修道院(研究所)設立から50年

以前、「スイスのなかのチベット 〜スイスとチベットの半世紀の交流が育んできたもの」でご紹介しましたが、スイスは、ヨーロッパでもチベット人の亡命を早くから受け入れただけでなく、移住してきたチベット人の心のよりどころを作るため(当時のチベット難民の最大の雇用主であった金属機器メーカーの社長によって)、ヨーロッパ最大のチベット修道院(研究所)も設立されました。その設立からちょうど今年で50年がたちました。

このため、秋には、ダライ・ラマ14世を迎え、修道院や隣接するヴィンタートゥア市で祝典がとり行われました。スイスに移住した当初は、スイス人のように時間を厳守する習慣がなかったチベット人にとって、遅刻せずに職場にいくことからして大変だったようですが(ダライ・ラマ14世の言)、それでも、次第にスイスの生活になじんでゆき、今では移民の2世、3世がスイス社会の多様な分野で活躍しています。

そういった意味で、祝典は、単なる50周年の祝いというだけでなく、チベット移民のこれまでの歩みや今の状況をふりかえる機会でもありました。そこで、ヴィンタートゥア市長が行ったスピーチが印象的でした。市長は、スイス中でチベット出身者が、今日スイス中で活躍していることに言及し、「チベット人は私たちの一部です。そして私たち(スイス人)もあなたたちの一部です Sie gehören zu uns, und wir gehören auch zu Ihnen.」と発言していたのです。

スイスと全く異なる文化的な背景をもつ移民がやって来て、そこに生活の根をおろし、半世紀たったのちに、市長に改めて、こんな風に形容されることは、なにを意味しているのでしょう。チベット人とスイス人の間でこれまで築いてきた信頼の絆がどれほど深いのかを、この発言は如実に物語っていたように思います。

これはチベット人にとって喜ばしいだけでなく、スイス人にとってもグットニュースといえるでしょう。チベット人の受け入れやインテグテーションの成功は、現在や未来において、スイス人が、ほかの移民たちを自分たちの国の文化や経済にインテグレーションしていく際の、確かな実績や自信となるに違いありません。

公共放送の重要性を確認したこと

公共放送の経済的な基盤を確保するため、これまで同様、公共放送に受信料を支払うことのスイス住民の義務とする。今年3月の国民投票で、このことが圧倒的な支持を得て可決されました(「メディアの質は、その国の議論の質を左右する 〜スイスではじまった「メディアクオリティ評価」」)。

強制的な受信料を発生させる公共放送は今の時代に必要ない、という主張の人々が、公共放送の受信料廃止案を国民投票にもちこみ、それが今回、有権者に問われたのですが、投票に向けて様々な議論が交わされ、最終的には、国民の間に、受信料を払うことで、良質で公正な公共放送を維持することが望ましいという意識や自覚が強まったようです。

公平で正しい(フェイクでない)情報源は、民主主義的な社会を維持するために必要な判断のよりどころであると考えると、信頼できるそのような情報源を維持できるか否かは、民主主義の根幹に関わる問題となります。この決議の結果、たとえほかの国々で、事実を歪めたセンセーショナルな報道が、勢力をふるったり、あるいはそれらの国ぐにからソーシャルメディアをとおしてスイスの人々に情報操作を試みたとしても、スイスには、それらに振り回されない、国民から信頼される確実な情報源が、少なくともひとつ確保できたことになります。

ほかの民間のジャーナリズムの経済基盤の問題や、若者世代の公共放送離れなど、ジャーナリズム全体をみると、問題は山積みですが、少なくとも、国民が、公共放送という公平な情報源の真価を認めことは快挙であり、未来への吉報だと言えるでしょう。

新しい知見を広げる日本とスイスの交流

最後に、スイスに住む日本人という立場から、とりわけグットニュースだと感じたものをあげてみます。

11月に、スイス最大規模のデザイナー展示会で、新潟県燕三条の伝統に基づく金属食器や最新技術を駆使した金属機器が紹介されました。

日本といえば、スイスでは、エキゾチックな部分や、表層的な違いが強調されがちですが(「異質さと親近感 〜スイス人の目に映る今の「日本」の姿とは)、展示会に通訳として関わった関係で、スイスの人々が食い入るように日本の製品や作品を鑑賞したり、職人に直接色々説明してもらい感心する様子を、直接目の辺りにし、日本の高い技術に心から敬意を表します、とメッセージを残されていかれる方にも出会いました。

まだスイスでほとんど知られていない日本の優れた伝統や最新の技術が、スイス人の目の前で展示され、紹介される機会があったこと、これは、日本にとっても、スイスにとっても、強い印象をお互いに与え合う豊かな体験であり、ウィンウィンの、グットニュースであったに違いありません。

おわりに

新しい年には、またどんな新しいニュースがまいこんでくるのでしょう。好奇心と楽観を失わないようにして、スイスからまたお伝えしていけたらと思います。まずはどうぞよいお年をお迎えください。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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