人生(と)ゲーム(1) 〜ゲームデザインに人生をかける人たち
2019-01-05
新年は、夢のある話からはじめたいと思います。世の中には、こんなことが仕事にできたらいいな、と人々に羨望されるような仕事があります。ゲームデザイナーという仕事は、そんな仕事のひとつと思われます。
先日、スイス人ゲームデザイナーから、自身の職業について、話を聞く機会がありました。今回はその時の話を下敷きにしながら、日本ではほとんど知られていない、ヨーロッパ(特にドイツ語圏での)のゲームデザイナーの仕事やその就労環境についてご紹介してみたいと思います。そして最後に、これらの仕事の延長上にみえてくる未来を、(お正月ということでご容赦いただき、かなり楽観的に)展望してみたいと思います。
※ここで対象とするのは、デジタル媒体を使わないボードゲームやカードゲームや、サイコロゲームなどのゲーム類(以後、これらのゲームを総称としてテーブルゲームと表記します)のデザイナーたちです。
昨年も依然好調のテーブルゲーム
これまでも何度かご紹介してきましたが(「ドイツ語圏で好まれるおもちゃ ~世界的な潮流と一線を画す玩具市場」、「デジタルゲームの背後で起こっているテーブルゲーム・ルネサンス」)、デジタルゲームの人気と並行して、テーブルゲームへの関心や人気も高まっています。
玩具メーカーの業界連盟の発表によると、テーブルゲームのドイツでの業界全体での売り上げは、2017年までの過去3年間で、25%増加しており、2017年は、5億ユーロになりました(Gosser, NOZ, 2018)。分野によっては、二桁台の急成長をしており、毎年、5万点以上売れるいわゆるベストセラーゲームは、数十点あります(Gesellschaftsspiele, Westdeutsche Zeitung, 2018)。
テーブルゲームの人気を背景に、世界で最大のテーブルゲームメッセとなっているドイツのエッセンのゲームメッセ「シュピールSpiel」(ドイツ語でゲームや遊びの意味。この催しの正式名称Internationalen Spieltageの略名)の入場者数や出展者数も年々、記録をさらに塗り替える規模になっています。1983年からはじまたこのメッセの、入場者数は2017年に18万2千人、2018年には19万人でした。出展者数は17年が、1100、18年が1150です。ちなみに展示会場は7万2000㎡で、出展者は50カ国以上にのぼります。
近年、テーブルゲームだったものでデジタルゲームになるものも多くなっており、テーブルゲームは、デジタルゲームと競合関係にあるというよりは、デジタルゲームのアイデアの源泉のひとつとして、産業界の一翼を担っている存在でもあるといえます。
ゲームが生まれる場所
テーブルゲームの人気が高まっていると聞くと、ひとつの疑問がわきます。毎年斬新なゲームを求めて期待を強め要求が高くなる消費者を満足させるゲームをつくり続けるのは、決して簡単ではないはずです。年々高くなる消費者の要望というハードルを、いかにクリアして、販売数を増やしているのでしょう。華やかなゲームのイメージの背後に、どのような量産システムがあるのでしょうか。
ゲーム開発の原点にあり、とりわけ肝心なのは、ゲームのアイデアと構想ですが、それは、まず、どうやって生まれてくるのでしょう。人工知能によってでしょうか。いえいえ、まだ人工知能は、新しいゲームをつくるという領域では、まだ全く稼働していないと、ゲームデザイナーは言います。
ゲームづくりの全工程(着想を得る、全体像を構想する、そしてそれを具体的なゲームの形に落とし込んでいく)は、ロジックなども不可欠ですが、なにより非常にクリエイティブな作業であり、これをうまくこなせる人工知能はまだでてきていません。ゲームの展開によっては確率計算(ゲーム要素のコンビネーションによる勝敗の確率や、レアな結果の起こるパターンの検証など)をコンピューターでシュミレーションして行うことは一般的になっていますが、それ以外の工程は、現在のところ、基本的にすべてマニュアル(人間の手動)の作業だといいます。
さて、クリエイティブなゲームのアイデアや構想が生まれたらそのあとは何が必要でしょう。ゲームの構想を商品の形に仕上げるには、デザイナーの手腕だけでなく、ゲームメーカーとの協働体制が不可欠です。この点で、テーブルゲーム界では、決定的な役割を果たしているものがあります。ゲッティンゲンというドイツの小都市で毎年初夏に開催されているゲームデザイナーの1年に一度の会合です。すでに長い歴史があり、来年で40回目を迎えるものです。
この会合では、ゲームデザイナーたちは、1年の成果として自作のゲームのプロトタイプを持ち寄り発表します。毎年、おおよそ400点のゲームが、ヨーロッパ中から来た参加者たちによって提示され、ほかの参加者たちに試され、評価されます。ここで提示されるゲームのジャンルは、スタンダードのボードゲームから、カードゲーム、学習ゲーム、戦略ゲームまで、デジタルゲームの範疇でないものすべてが含まれており、非常に多様なものです。
ちなみに、ほかのいくつかの場所でもこのような会合は開催されていますが、最も参加者が多く、提示されるゲームも多いのが、このゲッティンゲンの会合です。デザイナーとメーカーがお互いのノウハウを付き合わせて円滑・迅速にゲームを製作するために決定的に重要な場であり、両者にとって年間行事で最重要の会合と位置付けられており、参加者数は年々増えているといいます。
このような、デザイナーとメーカーが勢ぞろいするお見合いの場が存在するおかげで、高品質の多様なゲームの量産が毎年可能になっているといえます。逆に、この会合にいけば、世界でその先1年間にでてくるテーブルゲームの動向が概観できるとも言われます。
職業としてのゲームデザイナー
次に、ゲームデザイナーはどのような環境や状況下で、今日、就業しているのかを、スイスを例に概観してみましょう。
スイスでは、2004年からチューリヒ終日の美術大学の専科としてゲームデザイン科が設置されています。ゲームに必要な総合的な知識や論理から実践的なノウハウまでを総合的に学ぶことができる学科で、2008年以降、毎年20人前後の学生が卒業しています。以前はそのような専門的なゲームデザイナーの養成機関がなかったため、違う職業の人が、ゲッティンゲンのような登竜門を通過しながら、ゲームデザイナーとしてのキャリアを積んでいくという道しかありませんでしたが、近年は、ここでまずは専門的なゲームデザイナーとしての訓練を受けるというコースが、キャリアのスタンダードになっているそうです。
ところで、スイスはデジタルでもアナログでもゲーム産業がとりたてて強い国ではありません。また、国がゲーム開発産業に特別に力をいれて経済的に支援しているというわけでもありません。このようなお国柄のスイスで、ゲームデザインの専門教育を受けた人たちは、具体的にどのような分野にキャリアの活路を見出しているのでしょう。
個々人によって進路は異なり、一概にはいえませんが、スイス国内では、世界的な競争が激しいデジタルゲーム業界でのヒットをねらうよりも、むしろ、地場産業や観光といった地域的な文脈で、ゲームデザインの潜在的な需要をみつけ、そこを開拓していくほうが、安定した活躍の可能性につながるという意見があります。
今回話を聞いたゲームデザイナーも、テーブルゲームの開発だけでは(どれだけ売れるかわからず、また、ゲームの印税額も高くないため)収入が不安定なため、テーブルゲームで幅広いゲームデザイナーのネットワークに加わり、知名度を広げるのと並行させながら、依頼を受けて観光アトラクションなどを手がけています。宿泊施設内に設置されるオリジナルのゲームや、ハイキングコース全体を対象にした家族向けのゲーム型アトラクションなど、形や広さにおいて、テーブルゲームよりはるかに大掛かりで、恒常的な風景の一部となるようなゲームデザインです。
地理的に広範な地域を対象としたゲームは、このデザイナーに限ったものではなく、すでにいくつかの街で定着した人気アトラクションになっています。都市内にいくつか設置されたアトラクションを経由し、観光名所などをめぐりながら街中を散策するゲームは、都市観光の定番としてすでに数年前から主要都市で定着しています。これらは、観光客だけでなく、都市住民自身も自分の街を知るよいきっかけになるという意味では、現在人気の都市の新しい形のガイドツアーのトレンドとも重なるところもあります(ローカルな「体験型」ツーリズムの展開 〜ドイツ語圏のユニークな歴史ガイドツアーと自由な発想のベンチ)。
地域に密着するゲームデザインに、デジタルゲームを取り入れる試みも注目されています。例えば、デジタルゲームで集めたポイントを、現実の観光地で利用するといった交換できるといった制度を導入するなどの形で、観光の楽しみ方を広げる手段としてスマートフォンでできるデジタルゲームを組み合わせるといったプロジェクトが、現在構想されています。
バーチャルなゲーム世界と、現実あるいは現実のなかのアナログゲームの世界を連結させる発想は、ゲームデザインで今後、一層、重要になってくるのかもしれません。
職業と趣味の間にまたがるゲームデザイン
ところで、ゲッティンゲンで、メーカーの目にとまり、うまく話が進めば、数ヶ月後に自分の名前がのったゲームが店頭に並ぶことも夢ではありません。実際に、そのような夢を抱き、ゲッティンゲンでは、毎年、ゲームデザイナーとしてすでに活躍している人だけでなく、長年趣味の領域で、情熱と労力を注いできた自分の自信作のゲームをもって、ゲッティンゲンにのりこんでくる人がいます。
ただし、念願かなって自作ゲームが商業生産されたとしても、ゲームデザイナーが自分で手にできる印税は多くありません。大手ゲームメーカーの印税は、販売数1件に辺り20ラッペン程度(日本円で換算すると20円以下)だと言います。
つまり、これだけで生計を立てることは、よほどのヒット作品を世に送り出さない限りは難しく、実際、ゲームデザイナーの肩書きを持つ人(自分のゲームを商品化することができた人たち)のなかでもテーブルゲームで生計をたてている人は、10人中一人かそれ以下と言われます。
しかし逆に考えると、それほど門戸の狭い業界であっても、ゲームの消費者にとどまらずに、自作のゲームが多くの人に遊ばれるのを夢見て、ゲームのデザインに打ち込む人が後をたたないのは、全くなにもないところから創り出す、ゲームづくりというクリエイティブな作業に魅了される人が、少なくないことを物語っているといえるでしょう。
クリエイティビティ全盛時代
ゲームの話はこれくらいにして、最後に視線を世の中全体にずらして、ながめてみると、今日、ゲーム以外の分野でも、クリエイティブな作業を好む人たちの活動は非常に活発です。
端的な例は、ビデオや写真、文章を撮影・執筆・編集し、ネットにのせている人たちでしょう。自分でなにかを作り出すこと、そしてそれを簡単に発信することが簡単になった、という外的要因によるところも大きいですが、結果として、受動的に消費することに飽き足らず、自らクリエイティブに主体的に活動する人たちが大勢でてきました。
その人たちの間では、生計をたてられるくらいの収入を得ることを目標としている人ももちろんいるでしょうが、それを前提や目標に必ずしもせず、余暇の時間の活動として、その作業を楽しみ、充足感を得ている人が多いように思われます。他方、趣味の域であるといっても、その人たちの中にも(より多くの人に評価してもらえるように)、アイデアや質の向上に励む人が少なくなく、それらプロとアマ、新規と古参の人々がお互いに刺激し合って、新しい境地やスタイルを次々と生みだし、クリエイティビティが日々新たに更新されていっている気がします。
昨今、クリエイティビティは、人工知能が得意としない分野であり、人間が将来、人工知能に奪われない職場の最大にして最高の領域だとよく言われます(現代人の深層心理を映し出す 〜LSDをめぐる最近の議論や期待感から)。もし実際にそうであるとしたら、さまざまな形や関与の仕方で、人々がクリエイティビティの感覚を研ぎ澄ませるよう磨いている今の潮流は、未来をみすえた最強の集団就活といえるかもしれません。
次回に続く
次回も引き続き、ゲームという話題から、今という時代の断面を切り取ってみてみたいと思います。
参考文献・サイト
Die Spiele-Autoren-Zunft e.V. (SAZ)(2019年1月1日閲覧)
Gebrüder Frei: Die Spielmacher
“Göttinger Spatz” für David Parlett. In: HNA, 04.06.18 14:43
Tipps für angehende Spieleautoren, Die offizielle Website zu der Welt von Catan (2018年12月4日閲覧)
Zeier, Dominique, Spielmesse in Essen bricht erneut Rekorde. In: NZZ, 2017.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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