向かっている方向は? 〜グローバル経済と国内政治が織りなすスパイラル
2019-01-15
今はどんな時代で、自分はその時代のどんな所に位置しているのか。そして、これからどんなことが将来の明暗を分けるポイントになるのか。そんなことがわかればどんなにいいか、と思う人は多くても、実際に、自分が真っ只中にいる時代の潮流を見極めるのは至難の技、というのが現実かと思います。
しかし、先日、このような素朴な疑問を立て続けに解き明かしてもらったように思える体験をしました。国際経済が与える国内労働市場や政治への影響を西ヨーロッパとアメリカを対象に研究しているチューリヒ大学経済研究所のドルンDavid Dorn 教授が、スイスのラジオ経済番組「トレンド」で半時間にわたり説明しているのを聞いた時です。
ドルンは、博士号を取得(2009年)してからまだ10年足らずにもかかわらず、研究業績が世界的に注目され、ジャクソンホール会議(毎年アメリカで開催される世界各国から中央銀行総裁や政治家、有力経済学者らが集う経済政策シンポジウム)にも招かれる先鋭のスイスの経済学者です。
今回は、彼のこれまでの研究と深い見識が濃縮された、現在の世界の見取り図のような番組内容をまとめてみたいと思います(今年最初の特番として(1月5日)ラジオで放送されたオリジナルの内容は、ポッドキャストで視聴できます。詳細は、本文下の参考サイトをご覧ください)。
※番組の内容の説明中に一部、わたしの言い換えや、関連する別の記事の指摘などの補足が入っていますが、ドルン自身の見解とわたしが挿入した補足部分を明確に区別できるように、わたしの補足は、カッコに入れて記しました。
今の潮流をつくりだした最近20年間の状況
ドルンは、これまでの約20年間を一つの時代として区切り、その時代に、行われてきたこと、あるいは行ってこなかったことが、今の時代の経済的、政治的な位置・状況を決定づけているとみます(20年前というと冷戦が終わり、政治的には、アメリカを中心とする新しい国際秩序が生まれ、経済市場はグローバル化が進み、多くの先進国の生産拠点は、人件費が安い新興国や途上国に移転、拡大していくころです)。
この20年間で、西欧やアメリカでは、国内の労働市場が縮小し、失業者が増加しました。しかし、経済学では、国際的な交易(とそれに伴う経済の成長)が公益(公共の福祉)になる、という考え方が根強くあっため、国内労働市場が縮小したことについては、過小評価しかしてきませんでした。逆に(全体の交易による経済発展がダメージを受けた分野を補完していくという形で、社会全体としてなんとかおさまるはずだと)それを許容する傾向が強く、労働市場の縮小に本腰をいれて対処・検討されてきませんでした。
しかし、ドルンとほかの研究者との共同研究で、この20年間の国際的な経済発展が、西欧諸国で、これまで認識されていなかったような、特徴のある打撃をもたらしたことが明らかになりました。
不均等に分配された打撃
まず、それまでも、事実としてはもちろん国際経済が国内の労働市場に打撃を与えているという認識はされていましたが、打撃を受けたのは、専門的なスキルをもたない(学歴が低い)人々であり、その人々の間で、ほぼ均等にそのダメージが分配されている、といった漠然とした認識が一般的でした。
これに対し、ドルンたちの研究で、打撃を受けたのは、全領域ではなく、特定の産業界であったことがわかりました。打撃は、広く浅く分配されたのではなく、狭く深く、という不均等な形であったといえます。ある工場が閉鎖されることで、その工場の被雇用者と彼らが住む居住地域全体が総倒れするといった状況がその端的な例です。
また、同じ専門的なスキルをもつ人の間でも(同じ職業課程を修了していていも)、就業する業界分野が異なることで、一部の人は順調に末長く就業できるのに対し、一部の人たちは、失業し、そのまま正規就業の道が閉ざされていくという、二手に大きく分かれていく状況もでてきました。
富める国の富めない人々
これまで経済理論では長い間、経済のグローバル化で、敗者(雇用が奪われた人たち)がでてきても、勝者(経済のグローバル化によって富を増やした人たち)によってもたらされる富によって全体としてみると補償(相殺)される、と考えられていました。
しかし実際には、社会のなかでほとんど補償されず、貧富の差だけが大きく拡大していました。その顕著な例がアメリカです。ヨーロッパでも、一度失業すると、通常の就業にもどることができず、いつホームレスになるかもしれない不安定な状況に人々がさらされるようになりました。
(このような過去20年間の変化を教訓として刻み)、今後は経済界が、長期的な視点をもち、自分たちの社会での影響や社会の役割について強く意識するべきだと、ドルンは強調します。
経済が政治に与える影響
ドルンはまた、西欧諸国とアメリカ両方にまたがり、経済が過去数十年前から現在まで、政治にどのような影響を与えたか、という現在の研究から、経済と政治のはっきりした相関関係を、西欧とアメリカに共通して見出しました。
前述のように、西欧もアメリカも、90年代から経済がグローバル化し、国内労働市場が縮小する、という同じような状況を味わってきました(ドルンの今回の言及にはありませんが、日本も同じ時代の潮流にあって同じような状況であったといえるでしょう)。
この結果、アメリカは、中道を支持する人が大幅に減り、極右や極左などの、極端な政党に流れたり、トランプ大統領を選ぶ選挙行動にでました。これは、なにより、国民の自分たちの経済的状況の不満のあらわれだ、とドルンは言います。そしてその背景で、収入や富の状況が、政治や政治システムに大きく影響していることを示しているといいます。
一方、西欧でも、ここ20年間、国によって、政府は保守だったり、社会民主勢力だったり異なりますが、どこも共通して、多くの人たちにとって収入が増えず、経済状況が向上されなかったため、強い政治への不満が生じました。
政治不信を追い風にして台頭するもの
つまり、西欧でもアメリカでも共通して、今日、経済の不満の結果として、政治への不信や不満が生じています。
このような政治不信や不満が蔓延する状況は、新しい政党には非常に有利です。実際、フランスのマクロンの新政党は(現在こそ異なりますが当初は)圧倒的な支持を国民から受けていましたし、ドイツでも(第二次世界大戦以後一貫して、一度も国会に代表を送り込むほど勢力を拡大できなかった)極右政党が、ここ数年大きく躍進し、国会の議席を持つ政党になりました。
経済の足をひっぱる政治
さらに、政治不信が強くなると、今度はそれが経済に影響を与えます。長期的に経済状況を改善するために経済改革をしようとしても、国民からの支持が得られにくくなるのです(こうなってくると、経済と政治がお互いに関係してネガティブなスパイラルに陥っていくことになります)。
その例として、フランスの現在の状況をあげます。当初、既存の政党に代わり刷新したイメージで登場したマクロンであったにもかかわらず、現在、実際に包括的な経済改革に取り組もうとしたとたん、国民の強烈な拒絶反応に直面しています(これについての直接的な説明は今回ありませんでしたが、政党は入れ替わっても、政治不信の根強さが、うかがいしれるということでしょうか。)
ドルンは、このような改革への拒絶反応は、「人間的な反応」であり、避けるのが難しいものであると、冷静な見方をしています。改革は、それが「抽象的な構想」である限りは、耳あたりがよく、誰もが賛成できすが、具体的に痛みを伴うことがわかり、特に自分にそのダメージが大きく、短期的な損失になるとわかれば、必死でそれを阻止しようとするのは、「人間的な反応」だというのです。
そのような理解にたった上で、ドルンが重視するのは、政府の説明努力です。ドルンは、スペインにも勤務していた経験から、スペインやフランスなど、現在政治に不信感を募らせる多くの国に、共通することがあるとします。それは、政府からの国民への説明が少ないということです。
台風の目、スイス
そして、最後に、このような西欧やアメリカにうずまく潮流にありながら、ユニークな立ち位置にあるスイスの状況について、言及しています。(スイスの事例は、世界的な潮流からどこの国も逃れることができないようにみえる状況であるにもかかわらず、独自の避難通路をつくり、くぐりぬけてきたかのようにみえます。このため、とりわけ他の国にとっても参考になるところが多いように思われます。)
スイスは、まず、直接民主主義という、西欧やアメリカにはない政治制度をもつため、政府の国民への態度がほかの国と根本的に違うとします。国民によく説明をし、納得してもらわなければ、(たとえ国会で立法化したり、内閣が他国と条約を締結しても、)結局、国民投票に持ち込まれ、破棄されてしまいます(スイスの政治制度については「牛の角をめぐる国民投票 〜スイスの直接民主制とスイスの政治文化をわかりやすく学ぶ」)。このため、国事について政府は、国民への配慮や説明責任に意識が高くならざるをえなくなります。
また、スイスは伝統的に政治でも経済でも、プラグマティックで柔軟なのが特徴であり、経済が現在、好調であることにも追い風を受け、現在、国民の間では政治や政治家に対して、ほかの西欧諸国に比べると、高い信頼があります(スイスでは政治に不満をもつ若者の割合が、近年、年々減る傾向がみられます。「若者たちの世界観、若者たちからみえてくる現代という時代 〜国際比較調査『若者バロメーター2018』を手がかりに」)。
経済がうまくいっている理由として、ドルンは、スイスが、ほかの西欧諸国にくらべて早くから、グローバル経済化に対応していたことをあげます。10年以上前から、すでに国内には、服飾や靴など、安価で大量生産化される産業がなくなっており、逆に、ハイテク医療機器や、薬剤、高価な時計類など、高度に専門的な製品が多く製造されています。これらは、小規模な国内市場を最初からターゲットにしておらず、国外への輸出を前提に発達してきたものであり、全般に、グローバル経済からは恩恵を十分受けられる経済構造になっているといいます(スイスは「イノベーション大国」としても毎年独立評価機構に高く評価されています「スイスのイノベーション環境 〜グローバル・イノベーション・インデックス (GII)一位の国の実像」)。
このため、例えば、中国との交易関係も、中国から輸入するものが多い一方、スイスから中国に輸出するものも非常も多く、アメリカのように貿易が問題になりません。
しかし、このような結果にいきついたとはいえ、特にスイスがほかの国よりも先見の明があったからというより、偶然の要素もまざった産物であったと、ドルンは言います。ただし今日ふりかえってみれば、スイスが国内の産業構造を早めに転換してくるような柔軟な対応や、早くから海外拠点を中国などの途上国に移した会社が成功していたことが、今日の状況につながっているといえます。この点、アメリカは国内市場が大きいこともあり、自分のところでつくり、それを輸出するということに重きを置いてきたため、今、中国との貿易での問題つながっていると考えられます。
気になった点と今後の見通し
さて、みなさんは、このような北半球のヨーロッパとアメリカの経済と政情を圧縮して見渡した今回の解説を、どのように受け止められてたでしょうか。以下、個人的に印象に残った内容や、気になった点について、いくつか指摘してみます。
今回の説明で秀逸なのが、まず、西ヨーロッパとアメリカ両者を研究の対象とした結果、世界的な経済と政治の潮流や、西欧とアメリカ両者に共通してみられる現象が正確に捉えられていることです。共通の潮流や現象がとらえられることで、そこからはずれている、それぞれの国で特徴のある部分を、共通の部分と分けてみることも容易になります。
また、経済学者であるドルンが、経済学問領域を越境し、経済がそれぞれの国の政治に与えている影響についても共同研究の枠を広げることで、政治や経済と分けて個々の問題としてみえた時とは異なるものがみえてきたことも、圧巻です。
経済と政治がお互いに関係があるとは、漠然と理解していても、それがいかにつながっているのか、つながった問題領域があるのか、というドルンの指摘は、政治家の主張するようなイデオロギーではなく実証的な研究に基づいているため、とても説得力があります。
研究の成果として、具体的に指摘されているテーマも、新しくかつ、非常に考えさせられるものでした。経済的な不満が、政治不信を生み、左右の極端な政党の台頭に道を開きやすいこと。さらにそのような政治不信が、再び経済の問題にもはねかえってきて、つまり、経済状況を打開する改革を推進するのをブロックすることにもなる、という示唆です。
ならば、どこの国であれ、そんな負のスパイラルに最初から陥らないにこしたことはない、つまり、経済で不満が起こらないようにしたい、と思うでしょう。しかしそれが無理で、不満が高まったのなら、政治不信をさらにつながらないよう食い止めたい、最小限におさえられるようにしたい。そのために、ドルンは、どこの国にあっても、とりわけ、政府が国民に説明することの重要だと説きます。
しかし、ここでやや物足りなさを感じます。もちろん、政府の説明は不可欠ですが、それを政治家にまかせておいてそれを期待するだけでは、少し物足りない気がします。
例えば、ここで、国民と政治をつなぐパイプとして、良質で国民に信頼されるメディアの重要性は、強調してもしすぎることはないでしょう(「メディアの質は、その国の議論の質を左右する 〜スイスではじまった「メディアクオリティ評価」」、「公共メディアの役割 〜フェイクニュースに強い情報インフラ」)。政府と国民の間の情報の交換と信頼の絆を強め、維持していくためにメディアを大いに駆使すること、そのために良質のメディアの維持を支援することなどは、インフラや教育同様、国をあげて取り組むべき課題なのではないかと思います。
ちなみにスイスでは、生協の週刊誌というユニークなメディア媒体もまた、国民と政治をつなぐ役割を一部果たしており、実際に、たびたびグローバリゼーションがもたらす経済効果と社会へのポジティブとネガティブな影響についても、公平な情報を提示するよう努めています(「スイスとグローバリゼーション 〜生協週刊誌という生活密着型メディアの役割」)。
また、さきほどのドルンの要旨本文では触れませんでしたが、ドルンは、国際経済の発達によるネガティブな結果や状況についての、人々の認知のありかたについても言及していました。国際貿易は、安く、また多種多様な商品を世界中から手にいれられるといった、恩恵を人々にもたらします。実際、今日、多くの人がオンラインショップなどで今日、様々な製品や商品を、海外から購入しています。であるにもかかわらず、国際経済の成長のそのようなプラスの恩恵の部分よりも、人々にとっては、ネガティブな部分がより強調され、認識されている、といいます。
このことは、「事実関係」ではなく「人間の心理」として改めて認識すべきことであるように思います。人は、自分が受けている恩恵を当然のように思いやすく、逆にないものや、失った(あるいはそうあとで思い込むもの)には長く不満をもちやすい傾向があります。そのように理屈なく、人の考え方や習性には、不均等な濃淡がつき、時には色眼鏡や偏った見方に傾倒しやすいということなど、いくつかの点について、グローバル経済下に身を置く国々では、最低限の自覚や覚悟を持つ必要があるでしょう。
この点で、さきほど紹介した、生協新聞のグローバリゼーションの特集号では、グローバリゼーションの長所と短所を公平、簡潔にまとめて提示しており、国民の理解を助けるメディアとして有効に機能している好例と思われました。
例としてその内容を一部紹介してみます。まず、ハイテク産業の拠点として世界でも先駆的な地位を占め、また高い生活水準をもつスイスは、グローバリゼーションから計り知れないほど大きな恩恵を受けていると明記しています。そして、今後も安定した産業構造や高水準の生活を維持するには、グローバリゼーションが不可欠の前提ととらえます。
ただし、負の影響があることも過小評価しません。国内では、グローバル化によってほかの産業に比べて圧迫を受けている産業や、大きな打撃を受けている社会グループがあり、世界全体では、環境破壊や途上国の人権を損なう開発につながりかねない状況を重く受け止め、これまでのグローバリゼーションのあり方に一定の見直しが必須だとします。例えば、どこまでどのように、あるいはどれくらいのスピードでグローバリゼーションを進むべきかを問い、適宜、修正や変更をすべきとします。つまり、グローバリゼーションを受け入れるにあたって発生する自分たちの政治的、社会的な責任を自覚し、生じる負の影響を最小限に食い止め、人々のこのような焦眉の不安を削減するための対策をほどこすことが重要とします 。
ところで、ドルンの解説を聞いている間、常に気になり、思い浮かぶ国がありました。フランスです。目下、改革を進めようとする政府に国民からの強い反対があがっており、政治の信頼は地に落ち、改革はブロックされています。状況はどう打開されるのでしょうか。あるいは打開されずに、改革は頓挫し、政府は失脚し、経済はさらに停滞する。そして政治はさらに急進化して。。。という負のスパイラルをたどっていくのでしょうか。フランスの今後の動向が非常に気になります。
これから
今回のドルンの指摘を参考に、改めて、冒頭の問いを繰り返してみます。自分はどんな時代のどんな場所にいて、今のどんなことが将来を左右するポイントになるのか。引き続きこの問いを反芻しながら、胎動する時代のヨーロッパについて、スイスを中心に定点観測を続けていきたいと思います。今後もおつきあいいただき、同じ時代のテーマや課題をいっしょに考えていただけましたらさいわいです。
参考サイト
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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