すべては「体験」を目指す 〜ショッピング、博物館、ツーリズムにみえる「体験」志向

すべては「体験」を目指す 〜ショッピング、博物館、ツーリズムにみえる「体験」志向

2019-01-23

「ショッピングはもはやクール(かっこいいもの)ではなくなった」(Shopping, 2018)、こうトレンド研究で名高いスイスの研究所GDIは言い切ります。もしそうなのだとすれば、代わりに、今日、なにが新たに「クール」な流行なのでしょう。

結論から先に言えば、ひとつの答えは、「体験」なのかなと思います。「体験」とは、ここでは、能動的・主体的な経験や、視覚的な認知以外によって導かれる経験。ちょっとしたサプライズ体験など、これまでの圧倒的に主要な経験要素であった視覚的な刺激以外のものが多く含まれた体験全般をさします。

この傾向は、ショッピングにとどまらず、博物館や観光など、生活スタイルに関連する広い範囲で、今日、同時に出現しているものです。今回と次回では、このような、ビジネス・文化に広範に広がっている、この「体験」志向について、スイスを例に概観し、その特徴を整理してみたいと思います。

ショッピングでの「体験」

冒頭で引用した、GDIでは、ショッピングがクールなものでなくなったため、ショッピングセンターはショッピングセンターである限り、人をもはや魅了しない、といいます。言い換えれば、ショッピングセンターが、販売という機能だけでなく、プラスアルファーを付加しなければならない時代ということになりますが、それを捉えるキーワードが「体験」となります。

実際の店舗の状況をみると、確かにそのような兆候がすでにあちこちでみられます。例えば、大型・中型の店舗では(ディスカウントショップを除く)、ぎっしり商品を棚に陳列するのではなく、試食できるスペースを充実させたり、市場の雰囲気に似せた生鮮食品売り場、パン工房がみえて香ばしいパンの香りが常に漂うなど、視覚やハプティックな感性をより刺激することを意識することが重視されるようになってきました(産業界でのハプティック・デザイン(触覚に基づくデザイン)に最新事情については、「ハプティック・デザイン 〜触覚を重視した新たなデザインの志向」)。

新装オープンしたスーパーの広告紙面。
出典: Anzeigen. In: Der Landbote, 14.11.2018, S.16.


上記の広告紙面にも、文字どおり「食べることと飲むことが体験になる」というフレーズがみられます。それを「体験する」ことが、ショッピングの重要なテーマ、目的と、位置付けられているわけです。

個々の店舗だけでなく、ショッピング・センター全体でも、同じような潮流がみられます。大規模ショッピングセンターだけでなく、中規模な施設でも、ショッピングと別の「体験」ができるイベントを、多目的スペースなどで頻繁に行うようになってきました。

ここでは、こども向けのお菓子のデコレーションや工作、季節の飾りづくり、素人を起用したファッションショー、クリスマス時期は無料で包装用紙を利用しパッキンングできるコーナーなど、色々なことが現在試され、それぞれの場所やターゲット層に適した、採算が合うイベントが模索されている段階、という感じをうけます。

地域の活動やビジネスを最大限活用する「体験」イベント

ところで、イベントの主旨は、客をリピーターとして継続的にひきつけることですので、一度体験したらもう関心が萎えてしまう、というイベントではこまります。また、費用も毎回かさむのも、継続して行えないため問題です。その点で、有望視されるものが、地域にもともとある資源や活動を最大限活用する「体験」です。

地域で活動やビジネスを展開している企業や組織が、不特定多数が訪れるショッピング・センターで「体験」活動を提供すると、通常のビジネスで培われるよりも広いネットワークを獲得することができます。同時に、ショッピング・センター側の「体験」イベントへの自己負担や準備を大幅に減らすことができます。つまりウィンウィンの状況をつくりだすことで、継続的なイベント活動を可能にすることができます。

一例として、卑近な例ですが、わたしが勤務する遊具レンタル施設の出張企画があります。数年前に、地元のショッピング・センターに誘致され、現在、2ヶ月に一回ほどのペースで、水曜の午後(地元の小学校や幼稚園は、水曜の午後は授業がありません)に家族づれをターゲットにした、遊具で無料で遊べる午後の時間「プレー・アフタヌーン」を、ショッピングセンター内のパブリックスペースで行なっています。

このイベントは、ショッピング・センターと遊具レンタル施設の両者に(最終的に消費者にも)実際に、ウィンウィンの状況を生み出しています。まず、センターには、毎回開催日には大勢の子連れ客が訪れるようになりました。このため、センター側は、イベントを継続するだけでなく、隔月でなく毎月に増やすことを要望するほどです。遊具レンタル施設のほうにとっても、地元住民が集まる中心的な施設で、出張サービスすることで、遊具レンタル施設の存在をまだ知らない、あるいは利用したことがない、小さい子どもたちのいる家族に、その存在を知ってもらう好機となっているようで、ショッピング・センターでの出張サービスを開始して以降、遊具レンタル施設での小さい子どもづれの新しい会員数が増えています(スイス独特の半民半官の遊具レンタル施設については「スイスの遊具レンタル施設」)。ちなみに、通常このスペースを使用する場合レンタル料が発生しますが、センターからの依頼で行なっているこの出張サービスでは、免除されています。

博物館、工場見学

博物館においても、「体験」を避けては通れない時代になってきました。

以前、博物館といえば、物がこれでもかと並行して展示されている場所、というイメージがありましたが(実際に博物館のルーツは、コレクターが集めたものを陳列し見せることでしたが)、近年は、博物館のジャンルを問わず、どこも、展示を大幅に減らし、訪問者が数の数ない展示品を集中して鑑賞できるように演出するのが、メインストリームになってきました。

あちこちに関心がそれることなく、広い空間に展示された、展示品を鑑賞することは、単に展示を見るというより、そこにあるものに「出会う」という感覚に近くなります。陳列された展示物を単にある順番どおりにみていくという受動的な行為より、空間的に違いに距離を起き、個別な存在感を放っている展示物に「出会」い、感じ、考える。そんな主体的な体験が、博物館で新しく重視されるようになった鑑賞の仕方になってきたように思います。

このような博物館全般の潮流に並行し、数年前から、これまで博物館で中心的だった視覚以外の感覚を重視し、それを使って博物館を新たに「体験する」方向も模索されています(「デジタル時代の博物館 〜博物館の特性を活かした新しい在り方を求めて」)。

展示するだけでなく、関連したワークショップを展示期間に開催し、自ら展示物に刺激を受けて、家具や竹細工、ロボット、動画など、自分の作品を作成できる機会を設けることも、顕著に増えてきました。

数年前に、美術館のデザイン展の一環として夜に開催された折り紙講座に参加したことがありますが、仕事帰りのスイス人などで満席でした。折り紙が、スイス人にとっては、立派な「体験」であったことを示しています(「折り紙のグローバリゼーションと新たなフロンティア」)。

これが、ショッピング・センターの「体験」イベント同様に、博物館本体への人集めにも一役買っていると思われ、今後、もともとの展示機能と体験が、補完し合いながらの、博物館の在り方が模索されていくのではないかと思われます。

さらに、博物館のこのような動きと並行して、展示と見学と体験を一体化させて見学ができる工場なども増えてきました。例えば、1852年創業のスイスのチョコレート製造メーカー、マエストラニMaestraniの工場では、チョコレートの工程ごとのチョコレートの原材料の味や香りを確かめながら工場見学をし、最後に、トッピングや味を自分でアレンジして板チョコレートを作ることができます。

新しい「体験」のツーリズム事情

ツーリズムにおいても、現代においては、単に見て回る観光ではなく、より強く実感できる「体験」を志向する傾向が強まっています。

「体験」の質は、これまで話していたものとちょっと違いますが、これまでなかった「体験」を組み入れることで需要が高まった観光事業の例をあげてみましょう。

これまで土地の歴史を語る上でほとんど扱われてこなかった女性の生き方や生活の視点から、昔の生活や状況を紹介するガイドツアーが、近年好評で、プログラムや動員数を年々増やしています(この人気の秘密や具体的な内容の詳細については、「ローカルな「体験型」ツーリズムの展開 〜ドイツ語圏のユニークな歴史ガイドツアーと自由な発想のベンチ」)が、このようなツアーで、とりわけ近年人気が高いのが、「食べ歩き」という要素をとりいれたものです。街の歴史を訪ね歩くだけでなく、街の歴史を象徴する、老舗飲食店に立ち寄り飲食をしながら、街を知るという主旨のツアーです。

すでにある「観光資源」に、このような「体験」要素をアルファーしたことで、ガイドツアーの需要はさらに高まり、10万人強の都市ヴィンタートゥアでは、都市のガイドツアーが年間通算約600回も開催されています。

おわりに

今回は、文化施設から広い産業分野にまで及んでいる「体験」志向について、スイスを例に概観してみました。次回は、このような「体験」志向の傾向を、その背景を踏まえて整理・分析し、今後どのように展開し、どんなビジネスにつながる可能性があるのかを考えてみたいと思います。

参考文献・サイト

Das GDI ist der Zukunft auf der Spur. In: Migros Magazin, 10. November 2018

«Shopping ist nicht mehr cool» – GDI-Podcast, 15.11.2018.Podcast

Meier, Jürg, Die Freizeit wird zum wichtigsten Luxusgut für die Schweizer. In: NZZ am Sonntag, 17.11.2018

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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