ドイツ発対話プロジェクト 〜フィルターバブルを脱ぎ捨てた先にみえるもの

ドイツ発対話プロジェクト 〜フィルターバブルを脱ぎ捨てた先にみえるもの

2019-02-13

もしも、まだ会ったことがない人が、自分の意見や世界観と全く異なる意見や世界観をもっているとすでにわかっていたら、みなさんは、その人に会いたいでしょうか。できることなら、会いたくないと思うでしょうか。会うのを避けたいと思うのは、なぜでしょう。自分の意見と反対の人と会っていても、不快感や腹立たしさ、あるいは虚しさや不安を感じるだけで、なんの利益にもならないと思うからでしょうか。一方、もしも実際に、正反対の意見の人に一対一で会って話をしてみると、そんな会う前の印象は変わるのでしょうか。

昨年、ヨーロッパでは、こんな素朴な疑問を「もしも」の話に終わらせず、実際に試してみるという壮大な実験が行われました。ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)全体で、42000人が参加申し込みをし、17500人が実際に話し合いの席につきました。

一体なんの目的でこんなことが企画され、人々は、どんな理由で参加しようしたのでしょうか。結論を一言でまとめるとすれば、これは奇抜でおもしろい体験を単にするために開催されたわけではなく、企画側にも参加者側にも共通の理解や一種の使命感があって成立したものだったといえます。

今回と次回の記事をつかって、このことについて詳しくみていき、経緯や背景についてもさぐることで、今のヨーロッパの普通の人々の認識や世界観の一断面に触れてみたいと思います。

まず今回は、具体的なプロジェクトの設立経緯とその展開について概観してみます。そして次回は、対話というもののもつ性格や、この企画の方法や範囲について検証していき、このような集団的な実験(体験)が、実際に社会でどのような意味をもつのかについて展望してみます。

プロジェクトの背景

このプロジェクトはもともと、昨年ではなく2年前の2017年、ドイツでスタートしました。

EU随一の経済大国であるドイツは、近年失業率が約5%にまで低下し、マクロ経済的にみると好景気にわく一方、社会の収入や教育上の格差は広がり、社会内部での流動性は減る傾向にあります。このような状況下、大規模に難民が国内に流入しはじめる2015年ごろから、難民や移民をめぐるテーマなどで世論は大きく分れて対立し、一部の先鋒化した動きが、衝突や暴力沙汰を各地でたびたび引き起こすようにもなりました。

ドイツ連邦大統領のシュタインマイアーFrank Walter Steinmeierは、このようなドイツの現状を「コミュニケーションしているのでなく、大声でわめいている」だけとし、摩擦や妥協できる準備や努力をしなければ、民主主義は機能しないと警鐘を鳴らします(Steinmeier, 2018)。

一方、異なる意見をもつ人たちへの不信感や無力感をつのらせ対立するだけでなく、そのような硬直した対立状況を打開するために有効な手段を模索する動きもでてきました。以前に紹介した、難民や移民に不安や不信感を抱く人たちの気持ちをまずは聞いて、不安解消につとめようとする「悩める人たちのホットライン」(「「悩める人たちのためのホットライン」が映し出すドイツの現状 〜お互いを尊重する対話というアプローチ」)は、その好例です。

メディア界から生まれた対話プロジェクト構想

普段は人々に報道するだけのメディア界からも、報道という枠を超え、意見が異なる人々に対立以外の違う行動を求めるプロジェクトが構想されます。それが、今回扱う、「ドイツは話す」という対話プロジェクトです。政治的意見が異なる人同士が、ドイツ全国で決まった日時に一斉に、現実のどこかの場所で一対一で、対面し、話し合うというもので、ドイツを代表する週刊新聞『ディ・ツァイト』が構想・企画しました。

『ディ・ツァイト』が知る限り世界でも前代未聞という、この壮大な対話プロジェクトの構想は、「もしも社会全体が、ほかの人と話し合うことを忘れてしまった、それが本当だったら、どうやったら、また人々を会話するよう仕向けることができるだろう?」(Bangel, et al., 2017)という素朴な問いから始まりました。

そしてたどりついたのが、「一番いいのは、対話(話し合い)」だというシンプルで明快な答えでした。最新の研究成果でも「自分と意見が異なる人と集中して意見を交換することは、ほかの人の目から事象をみることで、もう一度、全く新しく物事をみることができる、数少ない可能性」であるとされているためです(Bangel, et al., 2017)。

対話を企画したスタッフたちは、人には、ソーシャルメディアを使う否かに関係なく、「自分たちが確信していることに反する事実(ファクト)を、間違いだとかたずけたり、勝手に無視する」傾向がある。つまり「フィルターバブルは、まさに、わたしたちの頭の中にある」といいます(Bangel, et al., 2017)。

フィルターバブルは、自分を失望や危険にさらすことはなく、常に心地よい自己満足をさせてくれるかもしれませんが、社会の対立など、意見の異なり人が折り合いをつけていかなくてはならない問題を解消することは決してできません。

このため、このような自分たちのなかにあるフィルターバブルを脱ぎ捨てて、意見の異なる人たちが、「お互いにについて話す代わりに、お互いと話そうMiteinander statt übereinander reden」と、このプロジェクトを立ち上げ、人々に参加を呼びかけました。

プロジェクト「ドイツは話す」が成立するまで

このプロジェクトが実現されるまでのプロセスや具体的なこのプロジェクトの方法について、一回目のドイツの対話プロジェクトの過程を例にとって、みてみましょう。

まず、『ディ・ツァイト』は、プロジェクト参加希望者に、自分の最低個人情報(携帯電話番号や郵便番号など)の入力と質問の回答をしてもらいました。質問には、国民が、関心をもちそうな政治的、社会的に重要なテーマで、かつ国民の意見が大きく分かれることが想定されるテーマとして、以下のような五つが選ばれました。

・西側諸国はロシアと公平にやっているか?
・ドイツはマルク(統一ユーロの前のドイツの通貨)にもどるべきか?
・難民を受け入れすぎたか?
・同性の結婚は認められるべきか?
・脱原発は正しかったか?

この質問を、回答者は5段階(全くその通りだと思うから、半分半分、全然そう思わないまで)で評価しました。

しかし、すぐに問題があらわれます。参加希望者の意見は非常に似通ったものだったのです。どのメディアも読者の判断に日々、影響を与えており、また読者自身も自分が読みたいものを選択することを通して、最終的に読者が類似した意見をもつであろうことは、ある程度想定されていましたが、このプロジェクトを実現するためには、意見が異なる人が、ある程度参加することが不可欠です。このため『ディ・ツァイト』は、このプロジェクトについて、ほかの組織、消防車や赤十字など多数の組織や団体にも通知し、より広い層からの参加をよびかけます。

最終的に12000人が参加申し込みを行い、そのなかからボット(ロボット)でなく本物の人間でドイツ在住の人だけを選別するため、携帯番号がドイツのものでない人や、それで実際に連絡することができなかった人(1700人)、また、携帯電話のショートメッセージに応答がなかった人(4500人)を除き、5500人が残りました。

この残った人たちを対象に、次に、質問の回答と郵便番号をもとに、意見ができるだけ異なり、住所が比較的近い人(20キロ以内に住む人)を二人ずつの組みにしていきます。できた二人組は、5つの質問のうち4つが同じ回答(ロシアについての質問だけ意見が異なる)をする、比較的似通った見解をもつ人たちの組が多数派で、2、3の質問事項に意見の違いがある人同士の二人組は1100組でした。75人は、残念ながら20キロ内に討論したいというパートナーが全くいないか、あるいはもうみつけることができず、対話プロジェクトに参加することができませんでした。

マッチングの結果は参加希望者それぞれに届けられ、双方が実際に会ってみたいと回答した場合のみ、それぞれのメールアドレスをさらに通知されました。これを使って、個人的にお互いに連絡をとって、具体的に会う場所を決めてもらい、最終的に2017年、600組1200人が対話を実現させました。

プロジェクトの広がり

翌年の2018年9月には、二回目の「ドイツは話す」がさらに以下の3点で拡充され、再び開催されました。

複数のメディア企業が参加

2017年は一社だけでしたが、2018年は、11のメディア企業が共同で対話プロジェクトに参加することになりました。参加するそれぞれのメディア企業が、読者にこのプロジェクトへの参加を呼びかけ、申し込み窓口ともなったことで、より多くの人、また多様な意見の人に呼びかけることができました。

参加者の数が前年より増加

2018年は前年の2倍以上の28000人が参加申し込みをしました。そのうちマッチングで10014組ができ、最終的に8470人が、9月23日日曜の午後3時から、ドイツ中のカフェや公園などで一斉に対話をしました(主催側は、自宅など私的な場所でなく公的な場所で対面するのをすすめています)。

2018年は、参加者にイエスかノーで回答する形式で以下の7つの質問がだされました。

・現在のアメリカの大統領がアメリカにとっていいと思うか(結果は、いいと思うが10.4%)
・10年前と比べドイツは悪くなっているか(結果は、そう思うが19.3%)
・ドイツは、国境をもっと厳しく管理すべきか(結果は、すべきが28.6%)
・都市の中心部では車の通行を禁止すべきか(結果は、すべきが63.4%)
・肉の消費を減らすためにより強い措置を講じるべきか(結果は、講じるべきが67.2%)
・#MeTooムーブメントは、性的ないやがらせになんらかのポジティブな影響を与えたか(結果は、そう思うが72.4%)
・イスラム教徒と非イスラム教徒は、ドイツで共存できるか(結果は、できるが85.1%)
・他国への広がり

『ディ・ツァイト』は、この対話のマッチング作業のため、グーグルの資金提供を受け、(相性が合う人をみつけるデートポータルで使われるアルゴリズムの全く逆のパターンの)アルゴリズムを開発しましたが、ほかの国でも同じようなプロジェクトを、このアルゴリズムを使って容易に開催できるように、プラットフォーム「My Country talks」を開設しました。

このかいもあって、2018年にはすでに、14の国や地域(ヨーロッパが中心ですが、アラスカなどヨーロッパ以外の地域も含まれまれます)が、同じようなプロジェクトを計画あるいは実際に実施しました。


スイスの対話プロジェクトの参加希望者への通知メール


対話プロジェクトに映る今のヨーロッパ

今回、対話プロジェクトがスタートするまでの経緯とその後の発展をみてきましたが、ここには、今のヨーロッパ(主にドイツ語圏)の状況が一部、投影されてみえているように思われます。このことについて、最後にまとめてみます。

まず、初回開催からたった1年で、前代未聞のプロジェクトに共感し参加するメディア企業や人々が、ドイツ語圏を中心にヨーロッパ全体にでてきたということから、国は違っても、人々の間で現在(漠然とかもしれませんが)、共通する認識があることがわかりました。それは、一方で、現在、国内で対話が減り対立がむしろ増えているという認識であり、そのような事態を少しでも緩和できるようになにかすべきだという危機感といえるでしょう。

他方、それを悲観的にただ傍観するのではなく、なにか自分でもできることがあったら自ら動く用意があった人も、社会に少なからずいた、ということもわかりました。彼らは、対話プロジェクトという具体的に気軽に参加できる形が提示され、それに参加するという行動をしたことで、社会で存在が可視化され、互いについても意識できるようになりました。

ところで、対話を開催したヨーロッパ諸国の具体的な質問事項をみると、移民の受け入れや、人の移動を管理するための国境管理、あるいはイスラム教徒との共存など、難民や移民に由来・関連するテーマがほかのものに比べ多く、共通していました。質問事項社会で対立が目立つ問題について対話をしてもらうため、テーマ(参加希望者に質問項目となるもの)は、事前に企画側のジャーナリストが検討、選択します。つまり、国内の世論を2分するような重要なテーマが意図的に選ばれます。このことから、(このテーマが選ばれたからといって、これらの問題がほかの国内問題よりも、実際に国内で深刻な問題となっているかはまた別問題ですが)、少なくとも、難民や移民に関連するテーマが、各国で重視され、政治的な対立の火種になっているという状況も、うかがい知ることができます。

人々が期待をよせ、自ら参加するにおよんだこの対話プロジェクトの中身について、次回はより踏み込んで検証してみたいと思います。
※参考文献・サイトはこちらの記事で一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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