ウーバーの運転手は業務委託された自営業者か、被雇用者か 〜スイスで「長く待たれた」判決とその後

ウーバーの運転手は業務委託された自営業者か、被雇用者か 〜スイスで「長く待たれた」判決とその後

2019-06-03

はじめに

以前、ドイツ語圏を中心にヨーロッパのシェアリングエコノミーが直面している現状をレポートしましたが、それから2年がたち、現在はどのような動きや変化がでてきたのかを、再びレポートしてみたいと思います。具体的には、ウーバーをめぐる最近の動向、トラック輸送のシェアビジネスの展開、伝統的な遊具シェアリングサービスの事例を今回から三回にわたってとり扱っていき、最終回で、近い将来、ヨーロッパでシェアリングエコノミーが展開・定着する際、どのようなことがキーになってくるかを改めて考えてみたいと思います。

※今回のレポートは、以前のレポートとテーマが通底しているため続編としてもお読みいただけます。2年前のレポートは以下です。

ウーバーを相手どった裁判の判決

今回は、シェアリング・エコノミーの代表格として現在世界中で展開している配車サービスというビジネスモデルが直面している課題について、ライドシェアの世界的な大手ウーバーを例にみてみます。

今年5月はじめに、スイスの裁判所でウーバーの子会社Uber/Rasierを相手どった裁判の判決がローザンヌの労働裁判所だされました(以下の裁判に関する内容は次の文献をもとにまとめたものです。Culet, 2019, Erstmals, 2019, Schweizer Gericht, 2019)。

裁判は、ウーバーの扱いを不当とする元運転手によって起こされました。元運転手は、2015年4月から2016年12月までウーバーポップ(普通免許さえもっていれば運転手の資格を得られた当時のウーバーのサービス。現在のスイスでは行われていない)で就労していましたが、ウーバーは、この運転手のアカウントを12月に無効とし、就労不可能にしました。裁判でウーバーは、アカウントを無効とした理由として、飲酒や乱暴な運転などの苦情が顧客から5件出され、顧客評価が5から4.3に低下したことをあげましたが、このような事情についても、運転手は、訴訟を起こすまで全く知らされていませんでした。ちなみに訴訟では、解雇のきっかけとなった顧客の評価理由についても反論しています。

裁判所の判決では、元運転手の訴えを認め、ウーバーの態度は、不当な解雇とみなし、ウーバーの子会社に、2ヶ月分の給料(即刻と、法的に発生する有給休暇(被雇用者としての権利である)と賠償として、総計、18000スイスフランの支払いを命じました(Schweizer Gericht, 2019)。

被雇用者か自営業者か

この判決で注目されるのは、賠償問題よりもむしろ、裁判所の、ウーバーと運転手の関係についての判断です。

2015年4月から解雇されるまで、元運転手は毎月平均50.2時間、ウーバーで働いていました。このため弁護士は、ウーバーの就業はこの元運転手にとって副業としでではなく、主業であったと主張し、裁判所も同様の見解を示しました。タクシー会社とその従業員の間の労働(雇用)契約に匹敵するとし、運転手を(ウーバーが終始主張していたような)業務を委託された自営業者としてではなく、ウーバーの従業員とみなしたのです。

「このような判決が長い間待たれていた」(Dieses Urteil, 2019)、と労働法専門家のガイザーThomas Geiserは、この判決についてスイス公共放送のインタビューで発言しています。ウーバーの運転手が、ウーバーの被雇用者なのか、それとも自営業者なのか、というこれまでずっと議論されていても、はっきりした公式見解がでていなかった問題について、今回、スイスで(おそらくヨーロッパでも)はじめて裁判所から判決として示されたためです。

被雇用者であるとすれば、スイス(ヨーロッパ諸国も同様ですが)では、労働法で守られ、雇用主は被雇用者のもろもろの社会保険費用を負担する義務が生じることになります。病気休暇や有給休暇も保証しなければなりません。スイスでウーバーが、1000人に払うとすれば、社会保険だけでも5から6桁(スイスフランで)の相当な額になるとされ(Schweizer Gericht, 2019)、ウーバーにとっては、これまで全くなかった大きな負担となります。このため、ウーバーは一貫して、運転手がウーバーの被雇用者でなく自営業者だと主張してきました。

ちなみに、ウーバーは、現在、雇用関係を認めるようウーバーにもとめる同様の訴訟を世界で多くかかえているといいます(日経、2019年)。

専門家の今後の見通し

ウーバーがこの判決を不服とし、今後も裁判で争う可能性はあります。しかし、たとえそうなっても、ウーバーに勝つ見込みはほとんどない、つまり、運転手を自営業者だと主張するウーバーの主張は、認められないだろう、というのが現在の大方の法律専門家たちの見解です。

その理由は、ウーバーのビジネスモデルが、一方で好きな時間と場所を選べる自由な仕事の形態である一方、運賃を自由に決まられないなど、就労の在り方においてはウーバーへの依存が高いため、スイスやヨーロッパの一般的な労働法の観点からみると、従来の自営業者というより被雇用者に近いとみなされるためです。

さらに、労働法専門家ガイザーは、今回の判決が、「今後の指針となる判断だ」(Dieses Urteil, 2019)とします。この判決が、今後のスイス全体の配車仲介ビジネスで指針になるだけでなく、スイスより労働法がさらに厳しいヨーロッパ隣国でも、今回のスイスの判決が参考にされる可能性があると考えられるためです。配車仲介ビジネスだけでなく、食品や荷物を運ぶ配達サービスなど、ほかの業務委託事業の在り方にも、影響を与える可能性もあると、専門家たちは評しています(Bonati, 2019)。

ウーバーの運転手という仕事

ウーバーの事業の在り方については、欧州司法裁判所においても、2017年12月に決定的な判決がでています。ウーバーの配車アプリを利用した配車仲介サービスは、輸送サービスに当たるという判決です。このため、具体的な手法や、見直しの必要性などの判断は、EU加盟国各国にゆだねられますが、各国で、輸送サービスという同分野のルールが適用されることになりました(Gerichtshof, 2017)。

今回訴えを起こした元運転手のカテゴリーである、ウーバーポップという普通免許をもつ一般人の輸送サービスは、現在、スイスでも、またほかの多くのヨーロッパの国々でもされていません(スイスでも2017年8月に終了しています)。スイスでも違法とされ、取り締まりの対象となっています。

現在、スイスでウーバーのパートナードライバーになるためには、旅客輸送職につく人のための専門免許(タクシー運転手にも必要なもの)「免許121」が必要になります。これを取得するためには、講習、筆記と実技の試験、医師の診断などがあり、最低でも、約2200スイスフランほどかかります。

ちなみに、ドライバーはどのくらいの稼ぎになるのでしょう。スイス大手新聞社は、1時間に四人のせて、51フラン稼いだと計算し、料金の25%をウーバーに手数料として支払い、社会保険料を自分で支払う(少なくとも料金の15%)として計算し、時間給として手元に残るのは22.30スイスフランと概算しています(Kohler, 2016)。これはおおむね、スイスで暮らすための最低時間給とみなされている額です。ちなみに、運転手は、カテゴリーこそ違っても、労働条件には、ほとんど違いがありません。

おわりに 〜歩み寄りか、責任逃れか

このようにヨーロッパではウーバーのような配車のシェアリングサービスへの風当たりが、かなり強くなってきましたが、今後、配車サービスは、どう展開していくことになるのでしょうか。

ウーバーは、これまでスイス人だけでも30万人が利用しており(Medi, 2019)、知名度も経験値も高い事業者です。労働法専門家ガイザーThomas Geiserは、「ウーバーがもろもろの費用、特に社会保険全般の費用を支払わなければならなくなる」としても、配車サービスというビジネスモデルが通用しなくなるわけではないとします(Dieses Urteil, 2019)。ビジネスを展開するそれぞれの地域の生活や社会の営みに考慮し自分たちのビジネスの在り方を点検し、発想やしくみを見直し、作り変えていくことができるかが、今、まったなしで問われているということなのかもしれません。

実際、ちょうど、この記事をまとめている間に、ウーバーに新たな変化がありました。サービス中の事故や怪我に対して労災保険をかけることが決定されました(5月28日以降有効)。保険は、スイスの約2500人の全ドライバーのサービス中とその後15分間に自動的に発生し、運転手には金銭的な負担は一切かからないとします。

一方、このようなウーバーの発表に対し、社会での反応は分かれました。雇用者としての義務を逃れるための試みにすぎないという意見もあれば、就労問題に対しウーバーが進展をみせた、と一定の評価をする人たちもいました(Badertscher, 2019)。今後も便利さやコストだけでなく、サービス提供側の就労環境など様々な要素がからみあいながら、社会で合意が得られやすい落とし所を探していく経過は続いていきそうです。

このようなシェアリングサービスをめぐる社会での合意形成(あるいはルールづくり)の経緯は、日本をはじめほかの国でも参考になる点が多いと思いますので、今後も観察して、随時、ご報告していきたいと思います。

次回は、タクシー業界や就労者との競合や摩擦のなかでビジネスを展開してきたウーバーとは異なり、トラック運輸業界の不可能とされてきた領域に踏み込み、最近急浮上してきたシェアリングサービスについて、注目してみます。

参考文献・リンク

Badertscher, Claudia, Plattform-Ökonomie - Uber prescht mit Versicherung für Fahrer vor, SRF, News, 29.5.2019.

Bonati, Lorenzo / Kramer, Brigitte, Wegweisendes Urteil zu Uber-Taxis, Rendez-Vous, Montag, 6. Mai 2019, 12:30 Uhr.

Culet, Julien, Première suisse, un ex-chauffeur Uber obtient le statut de salarié, 24 heueres, le Matin Dimanche, 04.05.2019

«Dieses Urteil wäre für Uber sehr unangenehm», Fahrdienstvermittler-Prozess, Das Gespräch führte Lorenzo Bonati, SRF, News, 6.5.2019.

Erstmals in der Schweiz erhält ein Uber-Fahrer den Status eines Angestellten, fair untwergs, 9.5.2019.

Gerichtshof der Europäischen Union, Die von Uber erbrachte Dienstleistungder Herstellung einer Verbindungzu nicht berufsmäßigen Fahrern fällt unter die Verkehrsdienstleistungen, PRESSEMITTEILUNG Nr. 136/17Luxemburg, den 20. Dezember 2017

Kohler, Franziska, Wie viel verdient ein Uber-Fahrer wirklich? In: Tages-Anzeiger, 22.5.2016.

Medi, Martina E., Uber oder Taxi: Mit wem fahren Frauen sicherer? In: NZZ, 25.4.2019, 09:49 Uhr

Partnerschutz mit AXA XL, Uber(2019年6月2日閲覧)

Schweizer Gericht anerkennt Uber-Fahrer als Angestellten. In: Tages-Anzeiger, Erstellt: 06.05.2019, 13:24 Uhr

Schürpf, Thomas, Schwerer Schlag für das ursprüngliche Uber-Geschäftsmodell. In: NZZ, 20.12.2017, 10:03 Uhr

「ウーバー公募価格、予想下回る。米ユニコーン陰る勢い」『日本経済新聞』、2019年4月13日、3頁。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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