シェアリングがヨーロッパのトラック輸送の流れを変える 〜積載率、環境、ロジスティックスの未来
2019-06-11
企業と企業を結ぶシェアビジネス
シェアリング・エコノミーと聞いて、みなさんが真っ先に思い浮かべるのはなんでしょう。ウーバーや民泊など、個人と個人が結びついた貸し借りやサービスといったことではないかと思います。
今回は、そのようなシェアリング・エコノミーとは少し毛色が違い、企業と企業を結びつけるビジネスとして軌道にのせて、輸送業者にとって利便性の高いサービスを提供し、さらに環境負荷を減らしたり渋滞を緩和させる効果でも高く評価され、交通、環境、IT分野において熱い脚光を浴びているシェアビジネスについてご紹介します。
カーゴネックスのミッション
そのシェアビジネスを行なっている会社は、カーゴネックス Cargonexx というトラック輸送の取扱業者です。カーゴネックスは、2016年にドイツ、ハンブルクで、メディア業界で著名な企業コンサルタント会社SchicklerのラフレンツRolf Dieter Lafrenz とカラナスAndreas Karanas が共同で設立しました(その後すぐにカラナスはカーゴネックスを離れています)。
カーゴネックスを立ち上げたのには明確な目的がありました。それは、ドイツのトラック業界が抱えるロジスティック上の問題を改善することでした。
ドイツを走るトラックの36%が空のまま走っており、平均積載率は40%にとどまります(ちなみに日本の国土交通省によると、近年の日本のトラック積載率も40%以下とされます)。しかもこのような無駄な走りをしているトラックは、業界全般に無駄なコストを発生させているだけでなく、交通渋滞を悪化させてさらに輸送を非効率にさせ、CO2も増加させることで、社会や地球全体にも負担を強いたり悪影響を及ぼしています。
しかもドイツ連邦貨物輸送庁によると、貨物量は2030年までにさらに39%まで増えると予測されています。ちなみに、現在トラック運転手は150万人いますが、三人に一人は55歳以上であり(Jäger, 2018)、自動走行のトラック導入など、ドライバー確保に革新的な変化がみられない限り、将来は、これまで以上に運転手の人手不足が深刻になることも必至です。
このように、誰の目からみても、トラック輸送が大きな問題を抱えており、しかもそれが近い将来さらに悪化することがわかっていましたが、これまで業界からも国からも、解決に取り組む姿勢も対策もほとんどみられませんでした。
しかし、それは単に怠惰であったからといった、簡単な理由からではありませんでした。端的に言うと、ヨーロッパのトラック輸送は量が多いだけでなく、非常に多様な輸送業者によって担われているためでした。ドイツ連邦貨物輸送庁によると、今日、ヨーロッパでは、国境を超えて様々な輸送トラックが行き来しており、ヨーロッパ全輸送の4分の1を担っています。ヨーロッパ全体で毎日発生するトラック輸送の数は、1日に200万万件にも達しており、ドイツだけでも50万件あります。そして、これを担っている運送会社数は、圧倒的に規模が大きい大手も存在しなければ、標準型というのもなく、ヨーロッパ全体で25万社にものぼります。しかも、これだけの総量であるのに、どこにどれくらいの量の輸送の必要がでてくるか1、2日前までがわからないというのが、トラック輸送業界では一般的です。
このため、このようなヨーロッパの輸送状況全体を一望することは難しく、ましてそれを統括して、効率的な輸送のために輸送を組み合わせするといった構想は、理想であっても、不可能だ、というのが、トラック輸送業界の常識となっていました。
業界を一転させるしくみ 〜キーとなるのは人工知能
一方、そのような業界の「常識」に挑んで解決に取り組みの一歩を踏み出したのが、カーゴネックスでした。カーゴネックスが着目したのが、複数の輸送依頼主が、空いているトラックを使う、つまりシェア(共有)する、というビジネスモデルです。簡単にいうと、ひとつの輸送を終えたトラックが空のままで帰らず、帰路に沿ったルートで、ほかの貨物の輸送の依頼者を簡単にみつけ、輸送できるようにするしくみで、その対象をヨーロッパ全体のトラック輸送に広げることで、より効率的にする構想です。
それを可能にしたのは、天気や交通やトラック情報など400以上の変数(パラメーター)を配慮し計算する独自に開発した人工知能(Learning-Algorithmen und Deep Neural Networks)です。これにより、ヨーロッパ各地で発生する大量のトラックの輸送依頼と輸送業者の最適なマッチングを瞬時に提示することが可能になりました。
具体的にそのシステムを、輸送の流れに沿って紹介してみましょう。輸送を依頼する場合、まずオンラインのサイトでカーゴネックスに登録します(登録料は無料)。依頼サイトで、行き先や時間、貨物の量や形状など必要な情報をいれると、いくつかの輸送業者候補とその輸送費用が即座に表示されます。その中から選択することで、輸送依頼が確定します。輸送業者側も同様に、ワンクリックで受注を決定できます。その際、輸送会社は、カルゴネックスのシステムを利用しても、いっさいカーゴネッックスに対する手数料が発生しません。
輸送するトラック側にとって、帰路を利用して輸送することで、収入が増えることになり、輸送依頼主にとっても、高い積荷率が可能になることと全工程が完デジタル化することによって費用が抑えられた結果、ほかに比べても安価な輸送が選択できることになります。
そしてなにより、トラック輸送の依頼者も受注者にとって、瞬時に候補が提示され、それをワンクリックで契約できるというシステムになったことで、輸送に伴に費やされる時間が、大幅に節約できることになりました。
輸送の品質を保証するシステム
ただし、保守的なロジスティックス業界で、信頼をとりつけるには、輸送マッチング・システムがただ優れているだけでは不十分です。信頼を勝ち得るための、品質の高いサービスや、保証制度も、この企業の自慢の特徴です。これについても少し詳しくご紹介しましょう。
まず、カーゴネックスは、単に輸送取引市場を運営する仲介業者でなく、自らが、扱っている輸送(取扱)業者という位置付けで、すべての輸送に対して一貫した責任体制を敷いています。これにより、依頼主や輸送業者にとっては、輸送契約を直接結ぶ、唯一の契約相手が、カーゴネックスということになり、すべての輸送に、カーゴネックス社内のスタッフの誰かが担当者がつきます。輸送の遅延など、輸送に問題が起きた場合、いつでも担当者と連絡をとり、最適な対処を相談できるこのような協働的な体制は、テクノロジーをつかい効率的に仕事をすすめるのと同様に、カーゴネックスで重点が置かれています。逆に、第三者に委託したり、これをさらに運送市場にもちだすことは硬く禁止されており、それを違反した場合は、契約を一切打ち切り、場合によっては罰金を払わなくてはなりません。
カーゴネックスで提示される輸送会社は、すべてカーゴネックスに厳しい審査基準で審査された会社であり、もしも輸送中やあとの問題があれば、以後の輸送候補の選考に、反映させます(問題のある輸送会社が上位で薦められなくなる)。
依頼者や輸送業者両者ともに、契約期間など、カーゴネックスを利用するにあたってなんらの義務や条件も課せられていません。
ほかにも、輸送料は、遅くとも48時間に必ず支払うことや、市場で一般的な貨物運搬者保険に入っていることなど、輸送でのリスクを減らし信頼をえる努力をしています。
ちなみに、アメリカでは同じようなデジタル輸送システムがすでに導入されていますが(Hausel, 2018)、ヨーロッパでこれが、初めてトラック輸送界に導入されたものでした。
トラック運転手の休憩室(簡単な飲食物がとれるだけでなくトイレ、シャワーが装備されている)
業界企業と協調してゴールを目指す
これら優れたシステムと輸送品質を保証する体制のおかげで、トラック業界からも急速に受け入れられるようになり、すでに、2018年6月、スタートアップから18ヶ月で7万トラック、総売り上げは月に100万ユーロに達しており(Noah, 2018)、現在、8000以上の運送会社がカーゴネックスに登録しています。
ところで、カーゴネックスは、たびたび「トラック業界のウーバー」と呼ばれますが、その呼ばれ方をカーゴネックス自体はあまり好みません。パイの奪い合いでタクシー業者と対立するウーバーの基本的なビジネスモデルと異なり、トラック運疎開者や輸送取扱業者とともにはたらくことを全面的に重視していることが、そのとりわけ大きな理由とされます。
デジタル輸送システムによって輸送にまつわるコストパフォーマンスを改善するだけでなく、積載率の低いトラック輸送を減らす。このことは、現在も、カーゴネックスのホームページの冒頭でうたわれているとおり、カーゴネックスの当初から現在までの最重要の目標ですが、これを達成するのには、同業者と競合するのではなく、協調していくほうがはるかに近道である、と確信しているのでしょう。
このような、カーゴネックスの目指すビジネスと社会や環境への貢献の方向性については、業界だけでなく、社会全体から大きな注目が集まっています。これまで、ドイツ語圏を中心に多数のマスメディアで好意的に報道され、また10以上のヨーロッパのデジタル技術や環境パフォーマンスの高いスタートアップ企業を対象にした授与団体から、これまで賞を授与されたり、候補に選ばれてきました。
ちなみに、カーゴネックスは、現在までの好調なすべりだしを肯定しつつも、それに安住するつもりではないようです。トラックの容量を部分的に利用した輸送また、液体や、ばら積み貨物(包装されない状態で大量に輸送される貨物)、コンテーナー輸送、また自動走行するトラックの輸送なども視野にいれ、ヨーロッパの輸送をさらに効果的にすすめていくことをさらなる目標としてかかげています。
おわりに
貨物の輸送が効率的、安価になることで、さらに貨物量が増えていくというジレンマが起きる可能性もあり、それを抑制することにも留意をしていかなくてはなりませんが、カーゴネックス つの輸送業界を環境不可の少ない方向に牽引しようという姿勢は、文句なしに、高く評価できるのではないかと思います。
今後も、輸送の効率化がすすみ、さらに環境や交通渋滞、またトラック業界にとってよい循環が続いていくことを期待してやみません。
参考文献
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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