遊具のシェアリング 〜スイスの地域社会で半世紀存続してきたシェアリングサービス
2019-06-12
今回は、半世紀もの歴史をもち、地域に定着している、シェアリングサービスとして、スイスの遊具レンタル施設「ルドテーク」のサービスについて、取り上げてみます。
ルドテークについては以前も記事でとりあげたことがありますが(「スイスの遊具レンタル施設」)、ドイツ語圏をみわたし、これほど全国的(少なくともスイスにおいて)に展開し、長い歴史をもつモノのシェアリングサービスは、本のシェアリングである図書館以外にはないと思われます。
図書館は、文化や教育施設として自治体にすでに深く根をはった施設である一方、デジタルの読み物が増えた現代において、紙媒体の本を提供する図書館としての、住民に対して果たす役割は、相対的に減ってきています。将来も一定程度の需要が残ることは確かかと思いますが、紙媒体の貸し出しの役割の減少傾向は不可避のようにみえます。このため、図書館は、新しいデジタル技術を伝授したりそれを行使することができるサービスや、利用者たちが出会い、情報を交換できるスペースを充実させるなど、新たな図書館の役割を模索中です(「デジタル・リテラシーと図書館 〜スイスの公立図書館最新事情」)。
このように図書館は、現在、サービスやスペースに利用の仕方の変更を大きく迫られていますが、ルドテークをとりまく状況は、それとは対照的です。オンラインで予約や返却日の延長が可能になるなど、新しいデジタル技術の恩恵は若干受けているものの、基本的に、扱うサービス内容は、ルドテークが1970年代から設置されて以来、変わっていませんし、今後も変わる兆しも見当たりません。
今回、このルドテークという、スタイルも利用も安定している珍しいシェアリングサービスについて、サービスモデルとして改めて注目し、その概要を包括的にご紹介してみます。
施設「ルドテーク」の概要
まず、その起源についてですが、遊具をレンタルするという構想のルーツは、1930年代のアメリカにあるとされます。しかし、ヨーロッパにおいて、遊具レンタルの構想が実現されるのは、30年後の、1960年代からです。1960年代末にノルウェーの教師が遊具レンタル施設を設置して以降、ヨーロッパ各地で同様の施設がつくられていくようになりました。スイスでも、1972年に最初の施設が設立されました。
ところで、「ルドテークLudothek」という名前は、遊具レンタル施設について、1990年代からスイスで使われはじめ、現在、ドイツ語圏で最も定着している呼称です。英語での「トーイ・ライブラリー」に相当します。しかし、トーイ・ライブラリーが世界的に障害児のための遊具などを扱う施設として発展した経緯があり、そのような意味合いが現在も強いのに対し、スイスで発達してきたルドテークは当初より、健常児を含めすべての子供や住人の利用を目的に発展しててきたため、現在の二つの言葉の意味合いや範疇も若干異なっています。この記事では、スイスの遊具レンタル施設についてみていくので、遊具レンタル施設を一般的な英語の呼称ではなく、ルドテークというドイツ語圏の呼称を使っていきます。
1970年代以降、スイス各地で設置されていき、2011年には、全国組織であるルドテーク連盟に加入するルドテーク数は400施設に達しました。そして現在まで、スイスは、ヨーロッパで最多のルドテーク数を誇る国となっています。
図書館の一部のように、自治体が直接運営するルドテークも若干ありますが、ルドテークの大多数は、非営利団体です。賃貸料を免除されるなど地方自治体から経済的な支援を受け、おおむねボランティアスタッフで運営しています(図書館員と同じような正規雇用をされている地域も若干あります)。
ルドテークでは、通常1000から3000の遊具を常備し、開館日に、有料で貸し出ししています(課金システムは施設によって異なる)。
ちなみに、チューリヒ市(43万人)では、ルドテークは6箇所、11万人のヴィンタートゥア市では、3箇所設置されています。目安として、子どもが利用できる地域図書館数と比べるみると、チューリヒは図書館は17箇所、ヴィンタートゥアでは7箇所あります。
遊具は0歳から大人まで様々な年齢を対象にしたものが用意されていますが、もっとも多い遊具は幼児から小学生中学年あたりまでのものです。遊具は、素材や品質を重視し、あるいは健康促進や、情操教育や早期教育の観点から考慮し選ぶことが多く、このため最新の遊具もありますが、玩具店などに比べると、相対的にクラシックなものやスタンダードな遊具の割合が全体的に高くなっています。
母親たちが全国に設置していったルドテーク
ルドテークには当初からひとつの大きな特徴があります。それは、設立から運営、そして利用まで、ほとんどが女性、特に母親たちによってされてきたことです(ただし近年は男性利用者も増えています)。
ルドテークが各地に広がっていく1970、80年代という時代は、遊具は全般にまだ高価でしたが、木製の遊具や家族で楽しめる良質のボードゲームなど、遊具の種類が増えていく時代です。このため、レンタル(シェアする)という形で、一般家庭でも、高品質の遊具に使用を可能にするルドテーク構想は、魅力的に映ったようです。このため、遊具レンタルの構想に魅了された母親たちの一部が、地域の自治体にみずからかけあってスペースを安価で借りたり、資金援助を受けるといった、交渉や準備を重ね、各地にルドテークを設置していきました。
設立当初中心となっていたのは、とりわけ専業主婦たちでした(当時、子供をもつ母親の多数派が専業主婦)。母親たちにとって、家庭以外で活動する貴重な場のひとつであり、また子供が大きくなって再び就業する前の、準備期間の活動の場としても機能してきたようです。
時代の変化にどう対応してきたか
このように、設立以降しばらくは、遊具のレンタルへの需要が高く、また、その設置だけでなく継続的に運営を可能とする人材も十分にいたため、全国的にルドテークが維持されましたが、それから半世紀たった今日においてはどのような状況にあるのでしょう。
結論を先に言うと、この間、女性の就労の仕方や遊具の量や質も大きく変わってきましたが、ルドテークの数は全国的にほとんど変わっておらず、さらに貸し出し数がここ数年で顕著に上向くところもでてくるなど、全般に衰退というよりルネサンスをむかえているようです。
これほど長くシェアリングサービスとして持続できたのはなぜでしょうか。それを簡単に解答することはできませんが、いくつかの重要と思われる点を指摘してみます。
まず、遊具のレンタルの需要です。需要がなければ、ルドテークの存在意義もないわけですが、市場で多くの遊具が安価で手に入る時代となった今日、遊具のレンタルの需要やまだ高いのでしょうか。スイスについての資料はありませんが、遊具への理解や好みが近いと考えられるドイツをみると、ドイツ語圏の消費者の高品質の遊具を優先する傾向はあまり変わっていません。むしろ、安価の遊具がでまわるなかで、高品質の遊具の価値が高まったとも考えられます。一時期7割を占めた中国産の安価な遊具の市場占有率も近年は6割まで下がりまし(「ドイツ語圏で好まれるおもちゃ ~世界的な潮流と一線を画す玩具市場」)。高品質の遊具を要望する人たちが依然多いということは、それをレンタルする需要もまた、依然潜在的に高いと考えられます。
近年特に若い世代に強くみられる、所持するのではなくシェアリングすることを高く評価する価値観も、ルドテークの使用の追い風となっているように思われます。ルドテークの利用者の8割は幼少のこどもをつれた親世代ですが、その世代はまさにこのシェアリング世代であり、(筆者が務めるルドテークでこれらの人たちと話をして得た印象では)自分たちが幼少の時に通ったルドテークを再び発見、再評価し、遊具を積極的にそこからレンタルする行動パターンにでているように思われます。
また、以前に子連れでルドテークを利用したり運営に関わった人たちで、現在孫の子守をする祖母となってルドテークに再び足を運ぶようになった人たちも、最近たびたびみかけるようになりました。利用者の1割くらいがこれに当たります。これまではルドテークは若い親たちの利用が圧倒的だったが、このような利用層が厚くなっていることも、ルドテークの安定的な運営に貢献しているように思えます。
一方、スイスでも幼少の子供のいる母親でも6割が就労する今日において、ボランティアのスタッフは十分確保できているのでしょうか。いくら需要があっても、ボランティアスタッフからなる施設にスタッフが集まらなくては維持ができません。筆者が全国の様々なルドテークの報告や広報にこれまで目をとおしてみた限りでは、人員不足が全面的に問題視される記事は見当たりませんでした。いくつか例外的な事例もありますが、おおむね、運営・維持する側の人手も現状は足りているようです。
近年は、就労する母親が増えていますが、仕事のない日(スイスの母親が圧倒的にパートタイムが多く、2014年のスイスの統計調査では、子どもが6歳以下のスイスの母親のうち61%がパート就業しています。ちなみに27%が専業主婦、100%働いている人はわずか13%。)に、ルドテークで勤めるのがめずらしいのではなく、むしろ普通になりつつあります。
就業しているしていないに関係なく幼少の子をもつ母親でも就業しやすいように、仕事の在り方も工夫されています。例えば、子供を連れての就労を認め(子供たちは、母親が仕事をしているかたわらで遊具で遊んでいればよい)、1日の仕事時間(つまりルドテークの開館時間)は、スタッフの負担が多くならないよう、2~3時間と短く設定しています。
自治体や地域での理解や支援はどうでしょう。レンタル料は多くの家庭が利用できるように低くおさえられているため、自治体からの支援が途切れれば、ルドテークはたちまち経済的に窮地にたたされるはずですが、ルドテークのある地域社会では、地域の図書館同様に、地域に根付いた子育て支援の施設として、すでに認知されており、それを疑問視する声は地域行政からも、地域住民からもでにくいのではないかと思います。少なくとも、支援が打ち切られるなどして閉館を余儀なくされたという報告は、ルドテークの広報や報告書では見当たらず、むしろルドテークは地域の青少年教育の貢献をたたえられ、各地で賞を授与されていました。
おわりに
ルドテークは、現在もてはやされているシェアリングエコノミーとは、一見、大きく異なる様相にみえます。すでに半世紀もつづく伝統的なモデルを保持し、デジタルテクノロジーの活用も最小限にとどまり、開館時間も比較的短いものです。
このため、いつでも、速く、便利に、といったほかのシェアリングエコノミーのサービスの、かゆいところに手が届くようなサービスモデルとは、かけ離れています。にもかかわらず、シェアリングサービスとして、堅調で持続的です。
それはなぜなのか。次回、これまで扱った三回のシェアリングエコノミーの事例とあわせ、シェアリングというサービスの現状をまとめながら、このルドテークモデルの成功の秘密についても考えてみたいと思います。
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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