ヨーロッパのシェアリング・エコノミーの現状と未来の可能性 〜モビリティと地域生活に普及するシェアリング
2019-06-24
前回までヨーロッパのシェアリング・エコノミーの現状についてみてきましたが最終回の今回は、これまで扱った事例をまとめながら、地域全体との関係性や、現行の社会保障との関係、環境問題といった側面から、シェアリングエコノミーの輪郭をとらえ、これからの行方について考えてみたいと思います。
今回の考察には、これまでの三回の記事とあわせて、民泊というシェアリングビジネスについても参考にしていきます。以下の記事が、具体的な事例を扱った記事になります。
「ウーバーの運転手は業務委託された自営業者か、被雇用者か 〜スイスで「長く待たれた」判決とその後」
「シェアリングがヨーロッパのトラック輸送の流れを変える 〜積載率、環境、ロジスティックスの未来」
「遊具のシェアリング 〜スイスの地域社会で半世紀存続してきたシェアリングサービス」
「民泊ブームがもたらす新しい旅行スタイル? 〜スイスのエアビーアンドビーの展開を例に」
「観光ビジネスと住民の生活 〜アムステルダムではじまった「バランスのとれた都市」への挑戦」
問題としての認識とそれへの対処
シェアリングエコノミーは、細かな需要に応じた便利なサービスを、しかも(少なくともこれまでは)安価で提供し、利用を大きく増やしてきましたが、一方、それは利用者やサービス提供者側からみたシェアリングエコノミーの一面にすぎません。シェアリングエコノミーの利用が広がるにつれて、ヨーロッパ各地では、雇用の在り方や地域生活への影響など、利便性や経済的な効果などの短期的な利害とは別の観点から、問題視されるようになってきました。
例えば、ウーバーについてのローザンヌの裁判の件では、就労者が社会保障のない不安定な就労に陥る危険性が問題とされ、アムステルダムなどオーバーツーリズムで悩む都市では、民泊という宿泊システムが住居不足や家賃の高騰という形で地域に住む住民の生活に影響を与えることが問題視されるようになっていました。
一方、地域生活に強い影響を与え、新たな問題を引き起こしているとみなされたあと、新たな、オープン・クエスチョンがでてきます。誰が、またどれくらいの程度、それに対して対策をとることが正当とみなされるのか、というものです。
例えば、ウーバーについて、ウーバーの運転手の就労形態が、被雇用者のそれに近いと判断され、ウーバーの雇用者としての責任を明確にする判決が下されましたが、経済界の見解がこれに追随し一致しているわけではありません。行政がどれだけ迅速に対応するか(あるいは対応をのばしのばしにするか)も、はっきりしません。つまり、ヨーロッパの現段階で、経済界、行政、法律家などの専門家の間で、今も明確な合意がなされているわけではありません。
アムステルダムの民泊への対策
アムステルダムでも、同じような問題がありました。アムステルダムは、民泊のシェアビジネスが、オーバーツーリズムのひとつの要因であり、都市住民の生活を圧迫していると判断され、そのビジネスとしての事業拡大を大幅に抑制するため、Airbnb と協議を重ねてきました。
例えば、ヨーロッパで最初の都市として、2014年にAirbnbとの協定を結び、観光税を予約の際にAirbnbが都市に支払うことが取り決めました(現在、市内で観光客が宿泊した場合、朝食も含めた全宿泊料金の7%に当たる額を観光客税として支払う。ただし、周辺地域に宿泊した場合は4%のみ。税率を変えることで、市内に宿泊が集中するのを避けることが意図されている)。また2017年3月の協定で、宿泊日数がカウントされるカウンター機能を民泊オファーに表示させ、60泊までを上限とすることも決まりました。
しかし、今年からさらに年間上限を30日とさせたい市の意見とは調整がついておらず、現行ではAirbnbで60日オファーすることが可能となっています。ヨーロッパ最初のシェアリングシティ (シェアリグを都市全体で推進することを誓い、それを実際に遂行しているとされる都市)を名乗っているアムステルダム市では、行政が一方的で強硬な手段はとらず、協調的に、解決の方向を探るのが基本方針ですが、それが難航してるといえます。
ちなみに、民泊のオファーと地域の住居市場の間に明確な相関関係があり、住居不足や家賃の高騰をもたらしているという説明はオーバーツーリズムに直面する都市でよくされているもの、学術的にその相関関係は明確にされていません(BMWi, 2018, S.131)。
つまり、現状では、誰が、最終的に正当な権限があって、規制をできるのか、すべきか、というところが、はっきりしていません。他方、ローザンヌの裁判所で判決がだされ、今後もスタンダードな指針となる可能性があると評されているとおり、ヨーロッパの地域社会で事業を展開する以上、地域のルールに従う義務があるという基本的理解は、今後、重要になってくると予想されます。
シェアリングの意義や可能性を社会に示すカーゴネックスの例
しかし、ここで改めて、同時に強調しておくべきこともあるように思います。
ウーバーの裁判を担当した弁護士が、「ここ(この判決のこと。筆者註)で重要なのは、ウーバーや、ほかのデジタル事業全般に対し攻撃をはじめることではない。そうではなくむしろ、新しいデジタルな労働条件を社会法の管轄下に置くことである」(Schweizer Gericht, 2019)と判決の直後にコメントしていました(ここで言われる「社会法」とは、労働法、経済法、社会保障法、社会福祉法など社会的・公共的利益を指標とする法の総称。個人的利益に基礎をおく市民法を修正する法と対比され、それを修正するもの全般を指している考えられます)。
この指摘は、シェアリングエコノミーの問題を整理し、一方で、人々の就労や生活を守る配慮を重視しながらも、シェアリングエコノミーのサービスが善か悪かは全く別の問題であり、単にシェアリングエコノミーに、規制の網をかけるような短期的な措置や政策を積み上げていくこと自体が、行政や役所の目的になってはいけない、ということをむしろ強調しているようにみえます。
シェアリングエコノミーはまだ歴史が浅いビジネスやサービスです。また今のビジネスモデルだけでなく、さらに今後も新規の画期的なビジネスモデルが生まれてくるかもしれません。
それらが急速に発達することは、社会を相手どった新たな実験です。これらがたとえ失敗や失敗に近い形になるとしても、実験の場を狭めてしまったり、全くなくしてしまえば、新しいものもでてこられなくなります。
新しいビジネスモデルが新たな問題を起こせば、確かに社会システムやルールを変えて、それらに対抗する措置も必要ですが、現行の産業構造を守るため、それらのロビーに妨げられず、公平にシェアリングエコノミーを評価、擁護、対処していく必要があるでしょう。
この点で、大変示唆に富むのは、シェアリングでトラックの積載率を高めるデジタルネットワークを構築したカーゴネックスの例でしょう。カーゴネックスを立ち上げる前、誰もが、そんなの不可能だと言ったと言います。そして、実際にビジネスとして動きだすまでにはさらに約1年の時間を要したといいます。
しかし、最終的に、人工知能を駆使して迅速で簡単に最適な輸送オファーを(依頼側にも輸送者側においても)得られ、また輸送の品質を保障するシステムで信頼を固めることで、ビジネスとして急成長しています。
やっと、環境と業界両方が得をする好循環に歯車がまわりはじめる、そのきっかけをつくった、シェアリングモデルの功績は大きく、シェアリングがまだもつ潜在的な力を、改めて示しているといえるでしょう。
このような新しいビジネスモデルが、既存の輸送ルールや排外的な業界の動きに、進展の道を妨げられていたら、今のカーゴネックスがまわしている、トラック輸送の効率化は実現しなかったでしょう。
古いか新しいかではなく、地域に長期的に必要とされるものを提供できるかが鍵
そして、ヨーロッパのシェアリングの老舗ともいえる遊具貸し出しを行うルドテークの半世紀の歩みは、シェアリングエコノミーの必然性や持続性を考える上で、示唆に富みます。
ルドテークは、半世紀ほとんど形態が変えずに、安定して存続してきました。それは、単に遊具のシェアリングの需要が常にあったからだけでなく、ボランティアとして働くスタッフの人材を十分確保でき、地域の子育てを支援する重要な施設として地域社会から評価され、自治体からも継続的に経済的支援を受けることができたからでした。そして現在は、地域で子育てに関わる人々に密着した施設として、公立の図書館同様、一種の地域のインフラのように定着しています。
ここでさらに、視線を遊具に限らずもっとモノのシェアリングについても少し考えてみます。
一方でモノの所有に執着せず、モノをシェアリングしようという思想は、現在世界的に多くの人々を魅了しています。トレンディなライフスタイルの域にまで達しているかのようにみえます。一方、そのような要望は、自分の住む近くでどのくらいかなえられているでしょうか。
周辺地域にそのようなレンタル施設があれば、取りに行ったり、返却するだけで簡単に用を足すことができます。しかし近くになければ、シェアリング自体をあきらめるか、遠方まででかける。あるいはどこか遠くのシェアリングを受け付けているところに注文して、配達してもらうことになります。
遠方まででかけなくてはいけないのであれば、日常的に定着するシェアリングとしてはならないでしょう。注文する場合、輸送量が増えますが、利用者の手間からみると、オンラインのショッピングとほとんど変わらないかもしれません。しかし、モノのシェアリングという本来環境にもよいはずの行為が、梱包や往復する輸送という新たな環境負荷に加担することになってしまいます。
これらの状況や条件を考慮すると、それを環境負荷を減らし効率的に利用するためにも、またシェアリングのための(ボランティア的な)人材を集めやすくし、あるいは、そのような活動を評価・支持する地盤を固めるためでモノのシェアリングを持続的にまた安定して行うためにも、限定した地域に依拠して展開することがキーであるように思われます。
おわりに
シェアリングエコノミーは、世界的な潮流であるのと同時に、きわめて地域のインフラや経済力、環境意識など、地域色がでる事象・活動でもあります。このため、ヨーロッパの動きが、日本での動きと直接的にリンクするわけではありません。とはいえ、ヨーロッパでも日本でも、シェアリングエコノミーを、シェアリングビジネスの推進者やユーザーだけでなく、シェアリングという形態の活用の仕方や、それがもたらす影響や問題解決の方向性といったものについて、社会の多岐にわたる文脈を考慮しながら構想・検討していく時期へと移行してきているのは確かかと思います。
このような時期にあって、各国の議論を活発化させるため、互いの国や地域の社会や状況に合った(あるいは合わない)シェアリングエコノミーの事例について知ることは、大変有用なのではないかと思います。
※次回はシェアリング・シリーズのおまけとして、自動走行とシェアリングが未来の交通に与える影響を検証し、既存の見解を覆した最新のスイスの研究結果を紹介してみます。
参考文献
Amsterdam Sharing City, I amsterdam, 2019(アムステルダム市の公式サイト(2019年5月19日閲覧)
Flash Eurobarometer 438 – TNS Political & Social, Fieldwork March 2016 Publication June 2016
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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