交通の未来は自動走行のライドシェアそれとも公共交通? 〜これまでの研究結果をくつがえす新たな未来予想図
2019-07-01
20年後のモビリティ
未来のモビリティ(移動)は、どうなっているのでしょう。これまでとかなり異なるのでしょうか。
前回まで4回にわたってヨーロッパのモビリティなどのシェアリングの現状や課題についてみてきましたが、今回はそのおまけとして、モビリティの未来におけるシェアリングの可能性について、先月チューリヒ工科大学から出された最新の研究結果をご紹介してみます(Schlaefli, 2019)。
ここで、キーワードになるのは、車の自動走行(自動運転)です。すでに世界各地で実験的な走行がはじまっていますが、自動走行と聞いて、みなさんはどんなことを連想するでしょう。これまで自動走行について行われた複数の海外の研究調査では、事故が減る。運転手不足の解消になる。交通渋滞が減るといったことが予想されてきました。
しかし、今年6月にチューリヒ工科大学が出した最新の研究は、このようなこれまでの研究結果と真っ向から対峙するようなものでした。そこでは、過剰にふくれた想像や期待感がはぎとられ、(一般人の感覚でも)理解しやすい現実的な未来の展望が提示されているように思います。
この最新の自動走行とシェアリングのモビリティに関する研究結果を紹介しながら、未来のモビリティ、交通事情について少し考えをめぐらしてみたいと思います。
この研究について
この研究は、スイス交通エンジニアおよび専門家連盟(SVI)と連邦運輸省道路局(ASTRA)からの依頼を受け、チューリヒ工科大学の交通計画および輸送システム研究所のアクスハオゼン教授Kay Axhausenとその研究チームが行いました。
具体的には、自動走行のタクシーと自動走行の自動車を個人が所有する車を導入した場合、チューリヒとその近郊の交通が20年間でどう変化するのかをシミュレーションし、その結果を分析しました。シミュレーションは、チューリヒの全交通参加者の10%に該当する15万のエージェントを駆使した膨大なものです。
シミュレーションは、以下の二つのシナリオにもとづいて行われました。
自動走行の公共交通が充実する場合
最初のシナリオは、すでにある公共交通システムを、自動走行車に代替するというものです。その際、代替する交通車両(乗り物)の大きさを変えると、多少異なる結果がでました。小さな車両ではあまり魅力的にみられず利用されません。かといって乗り物が大きすぎると、サービスが高くつき、費用が高くなり、また利用者にとって魅力が失われるためです。
いろいろ需要と値段を組み合わせで、最も理想的だったのは、現行の公共交通に加えて3000台の自動走行のライドシェア・タクシーを導入するケースです。そうすると、1kmあたり56ラッペン(日本円で60円強)の費用で走らせることができるといいます。これは、現在私用で自家用車を走行する時のコストとほぼ同じになります。現行のタクシーの費用は1kmあたり2.73スイスフラン(日本円で300円弱)なので、これよりずっとやすくなります。(現在のチューリヒのタクシー代の88%は、運転手代であるため)。
ちなみに公共交通も、新しい技術を導入するおかげでコストを下げることができます。例えば、バスを自動走行にすると現在の費用の半額で走らせることができます。そうなると逆に、ライドシェアの自動走行のタクシーがあっても、バスには依然魅力があり、利用者が減らない、ということにもなります。
結論として、このようなタクシーサービスを、すでに存在する公共交通に加えて増やせば、公共交通の種類が豊かになるだけでなく、公共交通の量が現在の4割から6割へと増え、個人の交通量は44から29%に減る、という結果になりました。
自動走行の車を個々人が購入できるようになった場合
もう一つのシミュレーションのシナリオは、自動走行の車を個々人が購入できるようになった場合です。その際の、交通の質や量はどうなるのでしょうか。
おどろいたことに、最初のシナリオとは対照的な結果となりました。個人所有の車の量も減らないし、走行距離も減らず交通量が増えることになるのです。なぜこのような結果にいたったのでしょう。アクスハオゼン教授は以下のように説明しています。
個人が自動走行の車を購入できるとなれば人は、人はどうするか。自動走行が上記のように高価でないのなら、自動走行車はとても便利で魅力的であるため、ライドシェアをせず、自分の車をもちたがるようになるだろう。これまで車を運転しなかった子供や高齢者でも利用できるようになり、公共交通を使っていた人たちの一部までも、自動走行の自家用車使用に移行すると見込まれる。
一方、ライドシェアは、一人で乗るよりコストは安くなるが、一人乗りにはないデメリットもある。まず、他人との親密すぎる距離がいやな人が一定数いる。乗り物の大きさが小さければなおさら緊密すぎることが気になる人もいる。また、常に新しい人といっしょに乗り合う形になるので、自分の行きたいところにいつでも最短で直行できるわけではない。つまり時間的に個人の車よりも融通をきかせなくてはならなくなる。
これらの結果、便利な自分の自動走行の車を利用したがる傾向を食い止めることはできず、全体で交通量が増え、走行距離が長くなるといいます。シミュレーションの結果では、個人の自動車所有率は今日と変わらず、毎日25万kmほど、いまよりも前交通の走行距離が増えるため、交通システムにかなり負担が増えることになりました。
この調査の結論とスイスで推奨されたこと
このように、二つのシナリオから導かれる結果は、劇的に異なるものでした。そして、ここで明らかになったのは、個人所有の車台数が減るのは、自動走行車が公共交通やタクシーのみに使い、自動走行車のプライベートな利用を禁止した場合のみだということです。このため、この研究に関わった研究者たちは、自動走行の車にルールや制限をつけることを提案しています。
もしも自動走行車が公共交通やタクシーのみに使うと、上記の最初のシナリオが示したように、様々な相乗効果が期待できます。個人の車の交通量全体の29%が減り、代わりに、(自動走行の)公共交通(バス、電車、タクシー)は60%まで増えます。自動走行にすると、そうでない時に比べ2分の1までコストを下げることができます。利用が増えることで、公共交通の値段がさらに安くなることも考えられます。
これまで、自動走行の車は、渋滞を解消するとみられていました。自動走行のタクシーが効率よく走行できるため、アメリカでは都市の交通量を90%まで減らすことができるという最近の研究結果もありましたし、ほかの複数の国際的な研究でも、おおむね同様の結果がだされていました。配車サービス事業者のウーバーやリフトも、これらの研究をもとに、ライドシェアリング が唯一の占有的な交通機関になると予測していました。しかし、今回の研究では、自動走行が増えでも個人の交通がなくなるというのはまちがいと断言します。
これまでの結論と異なる理由
(本論から少しそれますが)ところで、ここでみなさんは、ちょっと不思議に思われるのではないでしょうか。これまでの結果とどうしてかくも違う結論が今回出てきたのか、と。結論から先に言えば、これまでの研究が便利さ、コスト、待ち時間などをこれまで考慮にいれていなかったのに対し、今回はそれらを考慮したためだからだと、アクスハオゼン教授はいいます。
今回の研究では、それは前提として正しくないとし、需要と供給、また利用者の個人的な好みなども考慮にいれシミュレーションをしています。この研究方法の根拠としたのは、チューリヒ州在住の359人の潜在的な移動行動についての調査です。どのような条件であれば、自動走行のあるいはライドシェアを利用するかなどをこれらの人に回答してもらい、それらを反映させ最終的に15万人の個人的なこのみをもつ人の交通行動をシミュレーションしました。ここで特徴的だったのは、待ち時間と値段という要素でありその組み合わせでした。
しかし、これまでの研究では、値段や待ち時間などに関係なく、自動走行の車を使う用意がすべての人にあることを前提としています。このような非現実的な理想的な条件でシミュレーションしたからではないかと、この研究を行なったアクスハオゼン教授は推察しています。
ライドシェアについてのアメリカの最新の研究結果
ところで、今年5月アメリカで出されたライドシェアの現状に関する研究も、今回の研究と補完する関係にあり、合わせて考えると、より交通の未来への理解が深まる気がします (Erhardt, 2019)。
この研究では、2010年から 2016年まででサンフランシスコの車両交通は、62%も遅延が増えており、シミュレーションではウーバーとリフトがなければ遅延率は22%にとどまったことから、ウーバーとリフトによって都市の車両交通は40%遅延が増えたとしています。自走走行同様、ライドシェアは、渋滞を引き起こすのではなく、減らすものとこれまで考えられることが多かったので、この結果は注目されます。
その理由として、
―ライドシェアのために走行する車が増えている(現在、サンフランシスコの全自動車の約5分の1が、ライドシェアのために走行)
―にもかかわらず、自家用車を利用する人の数も大きく減っていない
―ライドシェアの乗車や降車のため停車することで交通をさまたげる
ことがあげられています。
さらに、ライドシェアに自動走行車が使われるようになると、駐車場を借りてその代金を払うかわりに常に走行する車が増えるようになるのではという予測もあります。
再び注目される「公共交通」、自動走行の未来
交通と渋滞にまつわるこれらの研究をみると、間接的な形で一つ大切なことを示しているようにわたしには思われました。それは公共交通の重要性です。
なんだそれだけか、と言われそうな、目新しさのない言及ですが、公共交通は、文字通り、最も多くの人にとってもっともメリットがある(便利さや値段、安全性などの観点から)交通手段を目指すモビリティです。それが交通渋滞や網羅する範囲の少なさや、頻度の低さなどで達成されていないこともありますが、もしもそれらが達成されていれば、(自動走行やほかの手段が発達しても)将来も文句なしの最強のモビリティであることが証明されたように思います。
特に人口密度が高く、すでに公共交通網がすでに充実しているチューリヒのような都市においては、なおさらでしょう。アクスハオゼン教授も、路面電車(チューリヒの市内の公共交通の代表的なもの)は、多くの人に、停留所から少し歩かなくてはいけないにしても、便利で安全な乗り物でありつづける(Fritzsche, Interview, 2019)と予想しています。
公共交通には、便利さや気軽さ(他人との距離感もほどよく、安心してのれるなど)といった利便性以外にも、重要な役割があることがたびたび指摘されます。
そこは、広場や通り、公共施設と同様、様々な社会背景や世代の違う人たちが出入りし、共有する空間です。利用者が互いに尊重しあう場所であり、日常的に出会う機会を提供しています。このような環境を普通の日常生活で体験することは、その(地域)社会の一員であるという意識を(強い絆意識ではないにしろ)抱かせ、愛着だけでなくその地域の作法や人間関係を学ぶひとつの(ゆるいですが共通する)窓口になっているのではないかと思われます。
おわりにかえて
なにはともあれ、自動走行が一般化するであろう近未来、モビリティが、多くの人、多くの地域において、これまでにも増して移動を楽で快適にすることに貢献してくれるものであってほしいと願うばかりです。
参考文献
Schlaefli, Samuel, Fahrerlos im Stau, ETH Zürich, , 07.06.2019(チューリヒ工科大学が公表している研究成果についての報告)
Wissenschaftsmagazin, Das verkannte Schweizer Genie, Samstag, 11. Mai 2019
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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