食事を持ち帰りにしてもゴミはゼロ 〜スイス全国で始まったテイクアウェイ容器の返却・再利用システム
2019-07-08
2019年は変わり目の年?
歴史上、ある時をさかいに、それまで安定してゆるがないようにみえた政情が一転するということがたびたびありますが、2019年という年を、数十年先の未来人が振り返ると、もしかしたら、ある点において、そのような年だったと、とらえるのかもしれません(少なくともヨーロッパのドイツ語圏において)。
何においてかというと、環境危機への意識と行動においてです。もちろん、環境危機は悪化の一途をたどる一方、一定の意識やそれに基づく努力が社会で続けられてきたことも事実ですが、今年に入ってからの変化は、目をみはるものがあります。環境改善をもとめるラディカルな動きが、これまでにないほど社会で広範に、また活発になっているようにみえます。
ヨーロッパ中の科学者たちが各地で地球温暖化防止への積極的な政策を講じることを求める共同声明を出し(その数は、ドイツ、スイス、オーストリアだけでも2万6800人にのぼりました)、高校生らの若者が毎週金曜に環境政策のラディカルな促進を訴えるデモ「フライデーズ・フォー・フューチャー」はドイツで半年以上続き、5月末の欧州議会議員選挙では緑の党が躍進しました。(ドイツの若者たちの最近の動きについては今月最後の記事で改めて触れる予定ですのでそちらをご参照ください)。
スイスでは7月はじめに、2030年までに連邦政府と連邦7省がカーボン・ニュートラル(大気中の炭素増加に加担せず気候変動に影響を与えない)にすることを目標として定めた環境法案がまとめられたり、長年経済重視で環境問題に消極的だった自由民主党(急進民主党)が、「環境というテーマは現在人々の心を動かし、わたしにとっても(自由民主党党首 筆者註)心にかかる切実な問題となりました」とし、経済至上主義から環境政策重視へと大きく政策を転換したりしています(Gössi, 2019)。
もちろん社会が足並みをそろえて方向転換するといった簡単な話ではありませんが、社会全体に、なんとかしなくてはという意識が若者層を中心に高まっており、環境に配慮した行動をとる人が増え、政治だけでなく企業への圧力も高まっているのは確かのようです。
このような社会全体の意識を追い風にして、スイスのテイクアウェイ(持ち帰り、「テイクアウト」と同義)の多いファストフード業界でも大きな地殻変動が起こりつつあるようにみえます。それを象徴するのが、テイクアウェイ(持ち帰り)の飲食産業の企業が近年、次々と導入している、テイクアウェイの容器(食器)の再利用システムの導入です。
テイクアウェイ容器の再利用システムは、「リサークルreCIRCLE」(英語で直訳すると「再循環」)という会社が、2017年から連邦環境省の助成を受けて、12個所のテイクアウェイ事業者とともに試験的におこなったことがきっかけではじまりました。それから、二年もたたない現在までに、全国的に普及するまで広がり、参加企業は800社を超えるまでになりました。
今回はこの最新のスイスのテイクアウェイ容器の再利用システムについて、レポートします。
今年4月はじめの開催されたスイスの環境デモの後に行われたコンサート会場の様子
テイクアウェイという食事形態の人気
現在ドイツ語圏では、テイクアウェイ(持ち帰りにする食事)の人気が急上昇中です(「ドイツの外食産業に吹く新しい風 〜理想の食生活をもとめて」)。
最近のドイツのデータをみると、全国33000ヶ所あるスーパー、工具店、洋服や家具、本屋などのすぐに食べられる飲食物を販売する小売業者の総売り上げは全部で52億ユーロでしたが、そのうちの50億ユーロが店内の簡易飲食スペース(パン屋やコンビニストアで購買したものをただちに飲食できる店頭スペース)での飲食や、店外へ持ち出しての飲食、つまり一般的にテイクアウェイと言われる食事形態のものでした。
レストランなどでじっくり座して食する伝統的な外食に比べ、費用も時間もかからず気楽に食事を楽しめ、また天気のいい日なら屋外ですごすことがリフレッシュにもなるテイクアウェイという食事形態の需要は、オフィスの会社員だけでなく、学生の間でも増えているようです。二年前のスイスの学校で行われた昼ごはんについてのアンケートでは、一週間で一回も学食を利用しないというのが9割にのぼり、代わりに圧倒的に多かったのがテイクアウェイの食事でした。
そのようなテイクアウェイの人気に乗じて、近年、街中で売られるテイクアウェイ用の食事の種類もバラエティに富むようになりました。そのことがテイクアウェイの人気を一層高めてもいるようです。
テイクアウェイの容器問題
このようにテイクアウェイという食事形態が、ポピュラーになればなるほど、増えるのが、食後に捨てられる容器です。公園のゴミ箱の付近には、入りきらずに溢れる容器が増え、それをねらってか、10年ほど前までほとんど都市に生息していなかったからすの数も増加しています。
テイクアウェイのゴミ問題を回避するのに現れたのが、使ったあとに洗わずにそのまま返却できる、デポジット制の容器の再利用システムです。「リサークル」という会社が自ら開発したリサイクル容器を用いることではじまったこのシステムは、現在スイスで、800社以上が利用しており、「世界的に最初の」(reCIRCLEの説明)全国的な大規模食器の再利用システムとなっています。
今年7月に、全国に182のレストランをもつ大手テイクアウェイ業者でまだシステムを導入していなかった「コープ」も、容器の再利用システムに参加することを表明したことで、今後、加速的に普及することが、期待されています。
ところで、現在、正確に言うと、スイスには食器再利用システムが二つあり、並行して存在しています。どちらもリサークル社が開発した容器で進められていますが、容器の色や形状、また参加事業者が異なっています。
ミグロの再利用システム
一つは、スイス小売業者として最大規模の「ミグロ」のレストランのテイクアウェイ部門が単独で行なっているものです(スイスの二大小売業者である「ミグロ」と「コープ」は、いずれも生協です。これらのスイスの生協については以下の記事でも扱っています「スイスとグローバリゼーション 〜生協週刊誌という生活密着型メディアの役割」、「バナナでつながっている世界 〜フェアートレードとバナナ危機」)。ミグロでは、2017年はじめから容器再利用システムを導入しており、現在もスイス全国175箇所で、リサークルの食器がつかわれています。
毎週ミグロレストランを利用する人は約120万おり、そのうちの3分の1がテイクアウェイにしていますが、その人たちを対象に、5スイスフランのデポジット(容器を借りる際に払う「預かり金(保証金)」)で、再利用できる容器を提供しています。
これにより、現在までですでに、ミグロ側の説明では、使い捨て容器6万点分が再利用型容器に代替されたといいます。
コープとほかの事業体がすすめる容器の共通再利用システム
もう一つは、「コープ」のレストラン部門が今月(7月)から参画を決めた容器再利用システムです。
二つのシステムの違いは、前者がミグロの単独のもので、ミグロで使っている容器はミグロでしか使っておらず、使用後の返却もミグロにしかできないのに対し、後者は、全国ほかの様々なテイクアウェイ部門をもつ業者が共通して使っているものなので、どこにでも利用、返却できることです(ちなみに、コーヒーカップの再利用のシステムとしては、すでに2016年にドイツで同様のしくみが採用されています。「テイクアウトでも使い捨てないカップ 〜ドイツにおける地域ぐるみの新しいごみ削減対策」)。
現在800以上のスイス全国の業者が共通して利用している再利用システム(以後、「共通容器システム」と表記します)の容器は、10スイスフランのデポジット額がミグロの倍ですが、食器をもどした時点で返してもらえるので、実際に消費者にとって負担が大きくなるわけではありません。コープでは、10スイスフラン以上払うと(スイスの食事はたいていの場合10スイスフラン以上になります)、料金の10%が割引するサービスもはじめており、共通容器システムが今後いっきに急伸長する可能性もあります。
環境保護団体グリーンピースも、使用した容器の返却が俄然しやすい共通容器システムのほうが、消費者に普及しやすいとして、ミグロ単独のシステムよりも、推奨しています。
リサークルによると、一週間に1度、一人の人が、使い捨てのかわりに再利用できる食器を使うと、1年間で1.5キロのプラスチックのゴミを減らせ、学食がこれを導入するとゴミが3割減るといいます。
容器のデザインにこめられているもの
リサークルが開発した容器には、リサークル社の独自の工夫や配慮がこめられているので、容器の特徴についても少しご紹介します(ここでは、共通容器システムの容器のみを紹介します。色や形については下記のリサークルのホームページからご覧ください)。
・茄子色
色は容器や食器としては珍しい茄子の紫色です。それにはこだわりがありました。光沢のある深い紫は、食べ物がおいしくみえ、かつカレーの主原料の一つであるウコンや赤カブ、人参などによる食器への色移りもしにくい色であり、女性にも男性にも抵抗なく使ってもらいやすい色であるとします。
しかしなにより重要なのは、茄子色が、容器として珍しい色であることです。珍しい色なので、一目でほかの容器と区別できます。街角で再利用できる容器が可視化されることで、日常の身近な分野での環境意識を高めさせたり、具体的に行動をうながし、そして利用することで貢献が実感できる。そのような効果を期待して、茄子色という色の容器になったといいます。
・ヴィーガン対応
また、この食器の材料や製造においては、ヴィーガン(食品だけでなく靴やバッグなどあらゆる生活で使用するものに、動物に由来するのを使わない生活を実践する人やその構想。詳しくは「肉なしソーセージ 〜ヴィーガン向け食品とヨーロッパの菜食ブーム」)の構想に反しないよう考慮してあり、ヴィーガンの人も問題なく使えるようにしています。
ちなみに容器には、有機素材(竹やじゃがいもの皮などの農業産物からつくられたもの)をあえて使っていません。プラスチック製の「リサイクル」よりも、それらに農薬など体に害を与えるものが入っている可能性が高いためだそうです。これに対し採用しているプラスチック製の容器は健康上問題ないだけでなく、約70回使え、洗浄には通常の食器と同様に食器洗い機を利用できます。
パートナー企業の利点とお試し期間
すぐれたシステムや容器がいくらあっても、それを利用する企業が多くなければ、ゴミの削減の規模は大きくなりません。リサークル社は、企業向けに、再利用システムを利用する利点を以下のようにホームページでアピールしています。
・使い捨て食器を使わないことで、ごみを大幅に減らせるだけでなく、中期的、長期的にはむしろ経済的である(容器のコストがなくなり、スイスでは有料となっているごみの量が減るため)
・顧客に、良心のとがめをうけないため、よりおいしく食べてもらうことができる。
・このシステムを導入している企業については、インターネットで公示しており、これによって(ごみを減らしたいという意識が高くなってきた多くの)潜在的な顧客が、このシステムを使っている企業を優先して選んでくれる可能性が高くなる。
企業や自治体が気軽に容器の再利用システムを試せるように、お試し期間ももうけています。150スイスフラン払うと、企業は3ヶ月間、希望する食器を無料で20セット借りることができます。この際、食器再利用システムについて広告(ポスターやちらい、ラベルやカードなど)も無料で提供してもらえます。
3ヶ月経過し、参加しないことにした場合は、借りた食器を返却します。引き続き利用したい場合は、さらに必要な数の食器を追加注文していき、翌年以後は、毎年パートナーとしての年会費150スイスフランを支払います。
おわりに
人の感覚というのは、思っているほど「普通」と思っていることが普通でも当たり前でもなく、数年で動き全く違うものが「普通」のこととして定着するというのは、非常によくあります。
将来、スイスの大多数のテイクアウェイ業者が、容器再利用システムを導入すると、どうなるでしょう。さらに、リサークルが期待するように行政や自治体もこの動きにリンクしてキャンペーンをすすめるとどうでしょう。システムへの認知や波及効果が一気に高まるかもしれません。
テイクアウェイの容器についても、多くの場所で「使い捨てる」ものでなく、「返却するもの」、あるいは「洗ってまた使うもの」という認識が生まれ、習慣化すれば、テイクアウェイの食品をいれる容器を、食べ終わったら捨てる、という今の「普通」の感覚は、あっというまに、すたれていくのかもしれません。
いずれにせよ、スイスでは、使い捨て容器を減らすための重要な一歩、本格的な一歩を確かに、踏み出したといえるでしょう。今後、スイスで実績をつくることができれば、スイスで当たり前のように定着するだけでなく、ほかの国でもそのようなシステムを導入することに背中をどんどん押すことにもなるかもしれません。スイスの健闘を祈りたいと思います。
参考文献
reCIRCLEのホームページ(茄子色のいくつかの種類の容器も提示されています)
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Bolzli, Michael, Coop und Migros setzten vermehrt auf Mehrweggeschirr, nau.ch, 1.7.2019.
Gössi, Petra, Klimapolitik der FDP, Urliberale Verantwortung. Gastkommentar In: NZZ, 5.7.2019, S.10.
Hämman, Christoph, Eine Box zieht Kreise. In: Berner Zeitung, 2017-05-18 11:19
Rüttimann, Jürg, Die Migros will das dreckige Geschirr zurück. In: Tages-Anzeiger, 16.1.2017.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
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