男性が「女性の仕事」へ進出する時 〜みえない垣根のはずし方(2)
2019-10-05
前回、女性の性別に典型とされてきた仕事に男性を進出させることが、労働市場の観点から今後非常に重要となる、というUBSの報告書を取り上げました(男性が「女性の仕事」へ進出する時 〜みえない垣根のはずし方(1))。一方、報告書の指摘は、スイス社会に、当初、斬新に映り、メディアで一斉に報道されたものの、その後、現実社会に、新たな動きをつくりだしたようにはみえません。
それはなぜか。結論を先に言うと、男性の性別典型とされる仕事とおなじかそれ以上に、女性の性別に典型とされる仕事への敷居ためからだと考えられます。今回は、なにが敷居を高くしているのかを具体的にみていきながら、その上で、職業や専門の上でのジェンダーフリー化という問題について、改めて考察してみたいと思います。
「女性の仕事」の特徴
スイスにおいて「女性の仕事 Frauenberuf」とされる女性の就業が圧倒的多数を占める健康や社会分野の仕事にはいくつかの共通点があります。
まず、男性が多い業種に比べ給与が全般に低いことです。(高等教育課程の教師などは例外として)介護や低学年担当の教師の給与は全般に、スイス全般の給与と比べると低く、それが、男女の平均的な賃金格差を広げる理由の一つともなっています。
また、パートタイムの働き方が容易であることも、この職業分野の大きな特徴です。パートタイムという働き方は容易であるというのにとどまらず、すでに圧倒的な多数派の就業の仕方にもなっています。
例えば、現在スイスの教師のうちフルで働いているのは3割にとどまり、残りの7割はパート勤務です(ちなみに、スイスのドイツ語で規定されている教師のフルタイム勤務時間は年間で1916時間で、週になおすと約40時間)。近年、特にパートの時間数を減らす人が多く、50%以下のパートタイム勤務をしている小学校教師は教師全体の3割であり、州によっては教師の半数近くが就労時間50%以下の勤務の形をとっています。保健医療や社会部門(教育をのぞく)のパートタイム就業も55.2%です(BFS, 2019)。
逆に、これらの分野でパートタイムという働き方が、徐々に確立されたことが、女性にとって仕事と子育てなどの家庭の課題の両立を可能にし、女性に就業への道を開いてきた。つまりそれが、これらの分野において、女性の就業が多い直接的な理由でもあるともいえます。
一方このような女性の性別に典型となっている就業の仕方の特徴は、男性を人材として獲得する際には、大きな障壁となっています。男性の間では、パートタイム就業を希望する人はむしろ少数派であり、好景気で労働力は全般にどこの分野でも不足している状況下、ほかの仕事と比べて給料が低いこれらの業種に魅力を感じる人が少ないためです。
就労形態や給与面でもメリットを感じないだけでなく、介護や学校現場などにつきまとう「女性の仕事」という社会や個人が抱くイメージや先入観や、実際に女性が圧倒的に多い職場であることも、そこに入っていくことに、躊躇や抵抗を招きやすくしているといえるでしょう。
これらのことを考慮すると、男性を女性の性別に典型の職業にひきつけるのは、容易ではないことが想像されます。
性別典型の仕事の「ジェンダーフリー化」問題
これまで男女性別に典型的な職業や専門と言われるものを具体的にみてきて、どちらの場合も、就労環境や条件、また社会に根付いたネットワークや価値観、また職業を選択する本人の特性(なにを得意とするかなにが気にいるかなど)などが、本人が強く意識しているかいなかとはまた別に、水面下で深くからみあっいるようだということがわかってきました。それらが重なり合ってみえない垣根をつくって、別の性別の人たちへ門戸を開くのを難しくしているようです。
さて、ここで改めて、ふりだしの命題(どの職場でもジェンダーフリー化を目指すべき)にもどり、問い直してみます。男性および女性占有の職業をともにジェンダーフリー化はいかにして可能となるのでしょう。なにが優先されどこから手をつければいいのでしょう。
男女同権パラドクスの指摘をした著者の一人のStoetは、どうしたら女性のSTEM分野への進出が促進されるかという質問にインタビューで回答したことがあります(Fulterer, 2018)。これについては以前の記事ですでに言及してありますが、今回の論考をすすめる上でも参考になるため、その内容を再び紹介してみます。
著者は、「分別ある案」と「クレイジーな案」という二つの案を提示します。「分別ある案」とするのは、学校に在学中の生徒に科目を選択させないというものです。早期に科目を選択できなくすることで、STEM科目を長く勉強しなければならなくなると、女子生徒も、それらの科目への失望感を克服できるはずだとします。もう一つの「クレイジーな案」としては、STEM科目を専攻する女性への優遇措置(差別化)を提案します。例えば、授業料を学生が支払うイギリスではSTEM科目に進む女性の授業料を免除したり、大学の費用が無料のドイツでは女性だけに奨学金を出すといったものです。
一方、著者は後者の案に対し、「そのような経済的なインセンティブは機能するだろう」と楽観的な見込みをもちつつも、次のような疑問も呈しています。「しかし、公平な成果をもたらすために、不公平なシステムを打ち立てるべきなのでしょうか?」(Fultere, 2018)。
確かに女性のSTEM問題(女性でSTEM分野に進む人が少ないこと)は現在多くの国で、社会的に問題と捉えられており、状況を改善すべきという点ではほぼ社会で合意されていますが、具体的な施策として、女子が少ないので女子を優遇することと、女子と男子と同じに扱うこと、そのどちらがより社会の公平・平等に寄与する優先事項なのか、それほど自明ではありません。著者もその点を重くみて、あえて「不公平なシステム」にならないのか、と問いをたててみたのでしょう。
では、男性の進出を女性の独占的な職場や専門においても促進しようとする際はどうでしょう。当然、同様の問題がもちあがるでしょう。男性だけを対象にした待遇強化(例えば介護研修や教職課程に在籍する男性だけに奨学金をだすこと)をするべきか。それとも教育上の機会は、あくまで男女公平に保つべきなか。どちらが賢明と考えるかは、この場合でも、人や立場によってかなり異なってきそうです。
好きな仕事に従事するのは正当か
そもそも、男女平等パラドクスという現状の評価自体も、どの点を重視するかによって、違ってくるといえるでしょう。女性がまんべんなく男性が現在占有しているような分野においても、活躍するのが「男女平等」な社会のあるべき姿であるとするなら、STEM分野に進む女性が結果として相対的に少ないという現在の男女格差の少ない国で起こっているような状況は、望ましくないことです。
一方、そもそも、男女が好きな仕事が選べる自由のある社会で、個々人が自分で希望する職種を選び、自分のより得意な分野に進む女性が多いという状況は、非難に値することなのでしょうか。
少し話をずらして、男性と女性がボランティアでどんな仕事に従事しているかをみてみます。スイスの例でみてみると、男女がするボランティアの仕事は、どちらも人を助ける仕事であるという意味では共通しているものの、具体的な活動領域は、大きく異なっています。例えば、女性や育児や介護などソーシャルな分野が多く、男性は大工仕事やコンピューター、車の配車など、力仕事や専門を生かした仕事が好まれる傾向が強くあります。
ボランティアは生計を立てるためにすることではなく、自分の自由な時間を自分の自由な意志を使っておこなうものですが、ここで、ボランティアと生業である職業を対照化しながら考えてみます。
ボランティアであっても生業であっても、男女で従事する仕事がかなり異なっている。これが現在の事実ですが、これに対しどう考えるのが妥当でしょうか。ボランティアは自由時間にするという意味で、趣味と同じであり、原則として好きなことをやるのでもいい。一方、生業ではむしろジェンダーフリーを意識して男女が偏らずいろいろな仕事につかせることを奨励すべきだ。あるいはボランティアであっても、生業と同じように、女性も男性も性別に根付いた仕事を離れ、もっと積極的にこれまで従事していなかったような仕事に進出させるよう推進すべきだ。それとも、生業もボランティアも、その人が好きなことを選んで従事するのが望ましい、でしょうか。
おわりに
ここまでいろいろな角度から議論してきましたが、なかなか終わりがみえないので、この辺で、議論を一旦うちきりましょう。
議論がどう続いていくかという話とは全く別に、こんなことも言えるかもしれません。人々の好みや考え方はどんどん変化していくものなので、一見、現在男女同権の推進に付随して矛盾にみえる現象や、不公平で問題にみえる事項もまた、一時期のもの、一過性のものに過ぎず、時代が進むうちに、結び目がほどかれていくように、自然に社会のなかで解消されていくのかもしれない。
いずれにせよ、現在の時点で重要なのは、今みえている状況や問題に終始せず、まして、性別に典型とされる職業を、一刻もはやくジェンダーフリー化すべき悪しき存在として一面的にとらえることでもないでしょう。むしろ、その社会的背景やそこにある複数の意味や捉え方の変化を考慮しながら、性別に典型的な職業について、簡単な結論を追い求めず議論や解釈を継続していく。そのような息の長い関わり方をしていく覚悟なのかもしれません。
参考文献・サイト
Gender-equality paradox, Wikipedia (2019年9月2日閲覧)
Gruber, Katharina, Nicht überall ist Technik ein „Männerfach“. In: Ö1-Wissenschaft, 8.3.2018
Mädchen fehlen weibliche Vorbilder, Science ORF at, Publiziert am 13.02.2017
Obermüller, Eva, Paradoxie der Gleichberechtigung, ORF at, Science, 14.2.2018.
UBS, Wirtschaft Schweiz. Mehr Stellen – aber genug Arbeitskräfte? Chief Investment Office GWM, 11 Juli 2019.
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。