出生率からみる世界(1) 〜PISA調査や難民危機と表裏一体の出生率

出生率からみる世界(1) 〜PISA調査や難民危機と表裏一体の出生率

2019-12-17

2010年代も終わりに近づいてきました。2010年代最後をかざる今回と次回の記事では、ひとつの切り口から、世界の各地をめぐり、現在の世界の状況について俯瞰してみたいと思います。切り口にするのは、出生率です(ここでは、生涯に一人の女性が生む子どもの数を指す合計特殊出生率を指します)。出生率を単なる人口の増減と因果関係にある数値としてとらえるのでなく、そこに現在の世界のどんな動向や問題が共通して反映されていのかを、アジアやヨーロッパ、アフリカを横断しながらみていきたいと思います。出生率をとおしてみる2010年代最後の世界旅行、よかったらお付き合いください。

※参考および引用文献については、次回の記事の最後に一括して掲載します。

東アジアで出生率に直結するもの

今年はじめ、韓国の出生率が1970年以来初めて1.0を割り込み、0.98になったというニュースが世界に流れました。韓国の出生率は2017年の時点ですでに1.05で、OECD加盟国の中で最低でしたが、さらにそれを下回った結果でした。

今年11月末に発表された統計では、7月から9月の3ヶ月の出生率はさらに低い0.88で、首都ソウルに限れば、出生率は0.69でした(Kim, 2019)。年間を通した出生率がどうなるかはまだわかりませんが、この様子だと、今年の出生率は、昨年の数値をさらに下回るかもしれません。

この非常に低い出生率は、冷戦直後の数年間の旧東ドイツの記録的な低い出生率0.8を彷彿とさせます。0.8という数字は、当時の東ドイツが深刻な危機的状態にあったことをつぶさに反映していたとされ、韓国の今の状況も、場所と時代は異なりますが、(少なくともこれまでの常識的な理解に照らし合わせて)「尋常ならざる」事態が起きているのか、と危惧されます(東ドイツの社会が当時どのような危機に見舞われていかについては「出生率0.8 〜東西統一後の四半世紀の間に東ドイツが体験してきたこと、そしてそれが示唆するもの」)。

しかしここではその原因がなんなのか、と韓国の事情に、探く立ち入るのではなく、視線を東アジア全体に移し、韓国の近隣の国の出生率とさらに比べてみます。2016年の出生率は(主なデータは世界銀行)、シンガポールが1.20、中国1.62(マカオは1.31、香港1.20)、台湾1.17と、どこの国も、韓国ほどではありませんが、世界的にも非常に低い数値となっています。

この数値と、最新のPISA調査(OECD加盟国の15歳児を対象にした学習到達度調査)の結果を合わせてみましょう。数学的リテラシーの調査結果は、1位が中国(北京・上海・江蘇・浙江)、2位がシンガポール、3位マカオ、4位香港、5位台湾、6位日本、7位韓国で、上記の出生率が低い東アジアの国々が、きれいにテスト上位国に並んでいます。

これはなにを意味しているのでしょう。単なる偶然でしょうか。因果関係がどのくらいあるかは、多様な角度からさらに検証が必要ですが、ここでは、素人のできる簡単な相関関係を想定してみます。東アジアのこれらの国々では、世界のほかの地域に比べ、子供の学力競争が熾烈であり、それがために子供の教育には(OECD加盟国の間でも)親の経済的な負担も大きい、ということが世界的にもよく知られています。もしもそのような学力競争と教育費の高額化の傾向が、少子化つまり出生率の低下に直結している(あるいは決定的に重要な要素となっている)としていたらどうでしょう。出生率の低下は、親の負担を減らすこと(例えば授業料の無償化)と子供の学習環境が変わること、両方がそろわないと、防ぎようがない、ということなのかもしれません。

東アジアと世界に共通する労働力問題

いずれにせよ、このように出生率が非常に低い東アジアの国ぐにでは、いくつかの(近い将来、あるいはすでに現在でてきている)不可避の共通の問題があります。それは、高齢化が急速に進行し、社会全体に広範に影響を与えることです。そうなると、国外からの労働人材にそれまで以上に頼らざるを得ない状況が想定されますが、その時には、ほかの近隣諸国も同様の状態にあります。さらに世界に視野を広げると、近隣諸国だけでなく、欧米諸国でも(ベビーブーマー世代が一斉に労働市場から引退していくため)すでに、労働人口が不足してきています。つまり、労働人材が不足する世界各国の国々が、労働人材をめぐり国際的に獲得合戦を繰り広げることが必至となりそうです。

もちろん、産業分野によっては、よくいわれるように、人工知能の導入や、完全オートメーション化する形で、かなり人の労働量は削減されていくでしょうが、ケアや教育など、対人が重視される職業や多岐にわたる作業が個人に集約されている職業分野では、人の労働を代行できるサービスや技術が市場を大幅に占める気配は、現在のところ、ほとんどありません。人工知能が労働を完全に代行する時代がくることがあっても、それまでの移行期は、むしろ、リモート・インテリジェンス(RI)Remote Intelligenceを駆使したバーチャル移民(実際にそこにはおらず、必要な仕事を、第三国で処理する人たち。デジタルノマド)がむしろ、労働市場を大きく占めるのではないかという見方もあります(「途上国からの「バーチャル移民」と「サービス」を輸出する先進国 〜リモート・インテリジェンスがもたらす新たな地平」)。

いずれにせよ、すでにケア業界では、労働人材の大きな国際市場ができており、争奪戦がはじまっています(「ドイツの介護現場のホープ 〜ベトナム人を対象としたドイツの介護人材採用モデル」「帰らないで、外国人スタッフたち 〜医療人材不足というグローバルでローカルな問題」)。低い出生率と労働市場の密接なつながりは、今後も、しばらくつづく見通しです。

先進国の状況

次に、先進国全体に視野を広げてみます。データサイエンティストの松本が(松本、2019年)、OECD24カ国の出生率と女性の労働力率(15歳~64歳)の平均を求め、その推移をみていくと、1985年以降、「女性の労働力率は一貫して上がり続ける一方で、1990年~98年は合計特殊出生率の平均値は下がり続け」ていました。そして「2000年を超えた02年~08年は」一度上昇しますが、また2010年以降、17年までは下がり続け」るという結果になりました。松本は、2010年代から出生率が下がった背景には、なにかこれまで知られていない新たな「変数」が作用しているからではないかと憶測しますが、それをうまく説明できる論文はまだどこにもみあたらず、説明ができないといいます。

一方、2010年~17年の間大半の国(18カ国)が、出生率が下がり続けているのに対し、出生率があがった国もわずかですがありました。オーストリアとドイツです。(ちなみに、ギリシャ、スイス、スペイン、デンマークが、なんとか横ばいの出生率を維持しています)。

半世紀ぶりに出生率が上昇するドイツ

ほかの国を横目に、最近出生率を上昇させているというドイツ。そこでは一体、なにがあったのでしょう。

ドイツでは、1970年を境に出生率が2.0を割り込み、1980年代以降はずっと、1.2から1.4の間を低迷していました。1995年には1.2と、OECD諸国での最低値を記録しています。それが、2015年に1.50に上昇し、2016年には1.59になりました。1970年代前半とおなじ程度の出生率になったといえます。

ドイツの主要な新聞『ディ・ツァイト』によると(Erdmann, 2018)、出生率があがっている理由は主に三つあるとします。

まず、最初の理由は、単にちょうど、母親となる適齢期の女性が多いことです。戦後のベビーブーマー世代のこどもたちがちょうど出産する時期にあるためです。

二つ目の理由は、移民が子供を多く産んだことです。2015年から16年の間のいわゆる難民危機と言われる時期に、シリア、アフガニスタン、イラクから大勢の人が難民としドイツにわたってきましたが(「ドイツとスイスの難民 〜支援ではなく労働対策の対象として」)、その人たちが、多くの子供を産みました。ドイツで2015、16年の2年間に生まれた79万2000人の子供の約4分の1にあたる18万4700人が、ドイツ出身でない母親たちから生まれ、その内の18500人がシリア出身の母親からでした。

これは、そのころ難民として来た人の多くが、ドイツの平均年齢に比べ若い人たちちょうど子供を産む適齢期にドイツにきたということでもあります。それらの人たち国では、こどもを多く産むことが一般的とみなされる社会であったことも、子供が多く生まれた間接的な理由と考えられます。ちなみに、トルコや旧ユーゴスラビアからの移民的背景をもつ人たちも、子沢山の傾向が最初みられましたが、二世代目以降になるとドイツの平均的な出生率と同程度になっています。

三つ目の理由として、環境や社会が子供を産みやすくしていることをあげています。ここ数十年で、男女同権が進み、こどもの保育施設や学校の制度など、出産や子育てをとりまく環境がドイツではかなり改善されてきました。

ほかにも直接出生率をあげている理由ではありませんが、出産にまつわるドイツの最近の特徴がふたつあげられています。ひとつは、女性の出産年齢の高齢化です。2010年の初産の平均は28.9歳でしたが、2016年は29.1歳になりました。特に40歳以上の人の出産が現在顕著に増えています。今後も、出産の高齢化の傾向は続くと見込まれています。

また、出産する人が産む人数を増やす傾向も新たな特徴です。ドイツでこどもを生まない女性の割合は、今でもかなり高い割合で、特に減っていません。一方、出産する女性は多産化しているようで、3人、4人目を生む人が2015年にくらべ、2016年は1%増えています。

総じて、国の人口減少を食い止めるのに必要とされる2.1にはほど遠い数ですし、今後もしばらく続くベビーブームが到来したと言えるかは、今後数十年の動向をみないと判断できないにせよ、1970年代に匹敵する最近のドイツの出生率は、とりあえずドイツの将来にとって明るいニュースといえます。

次回は世界を一巡し、日本へ

次回は、移民的背景をもつ人たちの人口についての捉えられ方や、これまでの統計調査から明らかになった女子教育と出生率の関係という、最新のテーマから、世界に共通する出生率と社会の関係について考えみたいと思います。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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