スイスの職業教育(1) 〜中卒ではじまり大学に続く一貫した職業教育体系

スイスの職業教育(1) 〜中卒ではじまり大学に続く一貫した職業教育体系

2020-02-01

はじめに

OECDの最新の調査報告書によると、OECD諸国の学士課程への入学者の平均年齢が最も低いのは日本で18歳、最も高いのはスイスで24.5歳です。短期高等教育課程入学者の年齢の日本とスイスの差はさらに開き、日本は18歳、スイスは32歳です(OECD, 2019, p.196-7.)。

なぜ、スイスでは高等教育課程への入学年齢は、日本と比べこれほど高いのでしょう。(スイスの人からみれば、日本では入学年齢がなぜこれほど若いのか、ということになるかもしれませんが、)日本とスイスの違いは、どこにあるのでしょう。結論を先に言うと、スイスでは、中学卒業後すぐに職業訓練課程に進む人が多く(逆に普通科高校への進学は24%で、OECD平均35%と比較してかなり低くなっていますOECD 2016)、就労経験を積んだあとに、高等教育課程へ進学するケースが相対的に多いため、入学者の平均年齢が押し上げられているからと考えられます。

このようなスイスの職業教育の在り方について、2008年にOECD(ほか)が実施した職業教育訓練に関する比較調査では、高い評価がされています。とりわけ評価が高かったのは、以下のような点です(以下、その抜粋)。

・職業上の行き詰まるリスクの回避のため、モビリティを高める柔軟性が高い職業教育上の進路が導入されている。

・職業教育のシステムは、国、州(カントン)、専門組織間のパートナーシップが良好に機能しており、適切な国の評価手続が実施され質の管理が徹底されている。

・学校と仕事上の職業訓練がよく統合されており、事業者のなかで行われる職場訓練では、その事業者だけの特殊なものに偏っていない。

・スイスの職業教育制度には資本が十分投下されており、最新の設備も整備されている(筆者の補足:後述する職業訓練課程という基礎職業教育は無料、職業教育の高等教育はほかのスイスの公的教育機関と同程度の比較的安価での受講が可能)。

・高等教育でも、幅の広い職業教育のコースがある。

今回と次回(「スイスの職業教育(2) 〜継続教育(リカレント教育)ブームと新たに広がる格差」)の記事で、このようなスイスの企業と教育機関が連携した職業教育体系と、それに付随して、近年スイス就業者の間で受講が急増している、リカレント教育(継続教育)の在り方についてみていきたいと思います。

現在、職業教育やリカレント教育に対して、世界的に大きな関心が寄せられています。長寿高齢化する先進国では、今後、これまでより高齢になるまで就労する人が増えることが予想(あるいは期待)されますが、長く就労し続けていくためには、若いころ習得した職業能力や現場で積み重ねていく経験だけでは不十分であり、それぞれの職業分野で次々と新しくなっていく技術や知識を学習し、職業能力を更新していくことが不可避であるという理解が、一般的となってきたためです。このため、どの国でも、基礎学力を身につけさせる義務教育や、就労に最低限必要な職業教育だけでなく、就労に必要な能力を更新する学習・再教育を、社会の人々に浸透させることを大きな課題となりつつあります。

1990年代以降、改革・統合されてきたスイスの職業教育体系は、非常に独特で、ほかの国が一部だけを切り取って簡単に導入できるようなものではもちろんありませんが、スイスで重視していること、改革の成果、さらにそこで生まれている新たな課題や傾向など、多様な職業教育やレカレント教育にまつわる具体的なテーマや要素、実例は、日本を含め、今後、職業教育を全面的に推進していく世界各国においても参考になる点が多いと思われますので、ご紹介していきます。

スイスの職業教育の原点 職業訓練課程

最初に、スイスの職業教育体系の重要な柱となっている職業訓練という教育課程について説明します。

スイスでは中学卒業生の3分の1はギムナジウムと呼ばれる大学進学を目指す全日制の学校に進学しますが、残りの3人に2人は、職業訓練課程という教育課程へ進みます。これは、事業者(企業)の実習と職業訓練学校での座学を並行して進める場合が多いため、「デュアルシステム(英語ではDual Education)」ともよく呼ばれます。職業養育の課程として細かくみると、(最初の3年間学校で理論を学び、最後1年間をインターンして修了するという)中等職業専門校というものも若干、スイスに存在しますが、割合として圧倒的に多いのは実習と学校を組み合わせた教育課程です。なので以下でも、この課程についてのみ説明していきます。

職業訓練課程は、仕事の実務と理論を並行して学ぶことを重視し、通常、週のうち3〜4日を企業で働き、1〜2日は職業学校に通うという形からなります。3〜4年間の教育期間の終わりには、筆記と実技両方の修了試験が行われ、合格すると国が認定する職業資格証明証が授与されます。

職業訓練課程に進むには、工業分野、事務職種、流通・サービス関係から建設、健康、芸術までの250種の職業から進みたい職業みつけ、その職業訓練生として自分を採用してくれる事業者を自力でみつけなくてはなりません。通常中学2年ごろから、職場での職業体験などをさせてもらいながら希望の職種を定め、3年生になると、その職種で職業訓練生を募集する事業者に応募をします。

職業訓練生の受け入れは事業者にとっても収益性が高く(職業訓練生は若干の給料をもらいながら3年から4年といった限定した期間のみの就労契約で働きます)、訓練生を募集する事業者は年々増えており、現在、全事業者の約3分の1が、職業訓練生を受け入れています。

このような就労を伴う職業教育制度は、移民的背景をもつ生徒にとっても利点が多いとされます。移民的背景をもつ生徒たちは、語学力や経済力においてスイス人より劣ることが多く、高学歴のキャリアに進むことが難しいですが、この教育課程にすすめば、経済的な負担がかからず(職業訓練学校に年齢制限は特になく、通常公立で受講は無料)、職業訓練生として働くことで、企業から若干の月給も受け取ることができます。人気が高い職種では、スイス人に比べ、移民的背景をもつ人が職業訓練生になりにくいこともままありますが、現在、職業訓練生を募集している企業が多いため、移民的背景をもつ生徒にも、様々な職種が選べる可能性が高くなっています。無事に課程を修了し、国家に認定する職業資格証明証を取得することで、移民であっても就職が容易になり、キャリアの道が開かれていきます(「就労とインテグレーション(社会への統合) 〜 スウェーデンとスイスの比較」)。

このような職業訓練課程は、スイスのこどもたちの間でも、おおむね高い評価を受けているようです。例えば、義務教育卒業間際の生徒の調査では、職業訓練課程へ進むことが決まっている生徒で「とても満足している」と回答する生徒は7割を超え、ギムナジウム進学をひかえている生徒の6割弱より、1割以上高くなっています。実際に職業訓練課程にいってもその傾向は変わらず、職業訓練課程にいる人の大部分(70―75%)が、自分の選んだ職業訓練課程に満足していると回答しています。ちなみに自分の希望ではない職業訓練にいる人(6%)や、進学を希望していた人(約12%)は少数にとどまっています (SKBF, 2014, S. 128, 130)。最終的に、職業訓練課程に進む人の約9割が、修了資格を取得します。

職業教育におけるデュアルシステム(Dual Education)の割合の国際比較)


ほかの国に比べ、スイスはデュアルシステム(学校と職場両方で学ぶ職業訓練課程、グラフでは灰色)の割合が、圧倒的に高いことがわかります。ちなみにスイスほどデュアルシステムの導入率が高くないにせよ、導入している国はかなりあり、韓国や日本のようにデュアルシステムを一切導入していない国のほうが、この表をみると少数派です。

出典: OECD, Learning for Jobs, Annex B, Summary assessments and policy recommendations for reviewed countries, Switzerland, Hoeckel. K., S. Field and W.N. Grubb, p.11 (2009)

職業教育改革の背景

スイスにおいて職業訓練課程は、事業者からも支持され、現在もスイス在住の多くの人にとって、最初の職業教育の機会を提供していますが、このような制度は、これまで安定して存続していたわけではありません。20世紀後半には、制度の存続が危ぶまれました。それは主に二つの理由からです。

まず、1968年以降、ヨーロッパではエリートだけでなく一般の市民たちの間でもギムナジウム・大学という進路をとる人たちが増えてゆくようになったことで、相対的に職業訓練課程に進む人数が少なくなっていきました(1980年代に職業教育課程に進んだ人数は4人に3人で、近年は3人に2人)。このため、このままでは、優秀な人材がすべてギムナジウムに行って職業訓練課程に来なくなり、なし崩し的に(ほかの多くの国のように)長い伝統をもつ職業訓練制度が静かに崩壊していくのでは、という懸念が強まりました。

また、スイスでは、特に1990年代はじめから、生産拠点が国外に移転していきますが、それと同時に、国内の産業が、ハイテク産業やサービス産業へと大きく重心を移していき、産業界の需要が大きく変化しました。これにより、従来の職業訓練制度で、産業界の需要をカバーできない部分が増えました。

このような状況下、1990年代以降、職業教育のあり方が見直され、改革のメスがいれられるようになります。

まず、新しい国内労働市場の需要に対応し、また若者に魅力的な教育課程とするため、職業訓練課程で扱う職業の種類が大きく広げられ、従来ある職種の授業カリキュラムも見直されました。

開かれた第三期教育課程への道

また、職業訓練課程を専攻したあとも進路を幅広く柔軟に選べるよう、教育体系が統合・整備されます。ここでとりわけキーとなるのは、職業訓練課程からの第三期の教育課程への進学を容易に可能にするルートが整備されたことです。ちなみに、第三期の教育課程とは、初期教育課程(小学校)、中期教育課程(日本では中学校や高等学校、スイスでは中学、ギムナジウムや職業訓練課程など)を修了後した人を対象にした、高度な教育課程をさします。英語でTertiary education、third stage、third level、post-secondary educationと呼ばれているもので、大学などの高等教育課程は、ここに入ります。

スイスで高等教育機関に進学するには、大学入学資格というものが必要ですが、これは、従来、ギムナジウム修了者だけが取得できるものでした。(1970年代以降の改革で)職業訓練を修了した人でも高等教育に進むことが論理的に可能となりましたが、制度として整っていなかったため、例外的な扱いで、実際に、職業訓練生で大学に進学する人もほとんどいませんでした。

これに対し、1995年から、職業訓練生のための教育課程と大学入学資格が正規に設けられ、職業訓練課程修了者の高等教育機関への公式なルートが確立されました。これにより、大学入学資格を取得すれば、(ギムナジウム卒業生同様)大学に無試験で入学することができるようになりました。

これに並行して、1990年代以降、専門大学Fachhochschuleが、スイス各地に新たに整備されていきます。スイスの専門大学は、実業を重視する大学という位置付けで、ギムナジウム卒業者が通常進学する総合大学とは差異化されています。入学には、大学入学資格だけでなく、職業訓練課程を修了していることか数年間の就労経験が前提とされており、仕事をしながら通えるカリキュラムも充実しています。職業訓練課程修了者で、大学に進学する人の多くは、(総合大学ではなく)このような専門大学に進みます。

さらに、2002年、職業教育法が改正され、職人やエンジニアなどの職種での、高いレベルの職業教育も、「高等職業教育課程höhere Berufsbildung」という名称で、第三期の教育課程の一部として統合されました。つまり、それまで、職人やエンジニアの職業でマイスターの称号が与えられるような、その分野での最高の教育修了資格でも、職業継続教育としてしか認定されていなかったものが、これ以後、大学などの高等教育課程と同等のレベルと位置付けられたことになります。

教育改革の成果、現在の状況

このような1990年代以後の教育体系全般に及ぶ改革は、好ましい成果を生んできました。

まず、スイスでは、職業訓練課程にいきながら(専門)大学入学資格がとれることになったことで、高等教育への門戸が大きく開かれました。1998年から2011年までの間で、職業訓練課程を修了して専門大学入学資格を取得した人の数は75%増えました。このため、専門大学や総合大学に進学する人はトータルで全体の40%を超え、ほかのOECD諸国よりも若干高い割合になりました。

また、職人やエンジニアの職業継続教育が第三期の教育に統合されたことで、親が低学歴の社会層のなかからも、高等職業教育課程修了者が増えていくことになります。2012年、第三期の教育課程に在籍する人の3分の1が、この高等職業教育課程に在籍しており、その大多数は、低学歴の社会層出身です。

世界的に、高学歴(高等教育を受けた)の親の子供は、低学歴(高等教育を受けていない)の親の子供に比べ、高等教育課程を修了する割合が高い傾向がみられ、スイスでも(ヨーロッパの近隣国ほど差は大きくないものの)同様の傾向がみられます。この問題を緩和するため、これまでも様々な政策が試みられましたが、事情はあまり変わってきませんでした。

つまり、職人やエンジニアのための高等職業教育課程は、社会の学歴差を減らすのに大いに貢献しているといえます(SKBF, 2014, S.180)。

総じて、2018年、スイスでは、25歳から64歳の44%が、第三の教育課程の修了者となっており、OECDの46カ国の平均39%より高くなっています(OECD, 2019)。その約半分は、職業教育訓練課程出身者となっています。

1998年から2011年までの大学入学資格取得者の割合の推移
緑が専門大学入学資格取得者の割合、青がギムナジウムを卒業し大学入学資格取得者の割合、赤が両者を合わせたもの
出典: SKBF, Bildungsbericht Schweiz 2014, S.126.

専門大学卒と総合大学卒のキャリアの相違

ただし、職業教育訓練課程修了者が主にいく専門大学とギムナジウム卒業生が主にいく総合大学が、形の上で同位置に置かれても、卒業後のキャリアで実質的に差別化されていれば、このような制度の整備も意味がないでしょう。そこのところはどうなっているのでしょうか。

卒業後すぐの就業率を比較すると、専門大学の学生は、もともと就労経験があったり就労しながら高等教育を修了をするため、卒業直後の就業率は、総合大学出身者より高めになっていますが、卒業後5年がたつとほぼ同じ比率になります。卒業生の年収をみると(もともと業界の収入が低い芸術や健康・保健分野をのぞき)、分野に関係なく、専門大学と総合大学卒業生の収入は、1年後も、5年後をほとんど同じ程度です(SKBF, S.177-9)。つまり、就労経験を積みながら学ぶ職業訓練課程の経歴が、全日制のギムナジウムが学んだ経歴と、同じようにキャリアにおいて評価されているといえることになります。

また、これまでの研究で、キャリア・ルートが異なっても、一生で稼ぐ収入で換算すると、大きな差異がないこともわかっており(Pfaff, 2019)、総じて、職業訓練課程をルートに高等教育に入る場合と、ギムナジウムから総合大学に入るルートで、卒業後の就業率や年収に大きな違いがないことが、スイスの(少なくともこれまでの)教育システムの大きな特徴となっています。

職業訓練課程とギムナジウムという2本立てのシステムが、学歴格差、そして社会格差に直結していたなら、職業訓練課程に行く人は、年々大幅に減っていったでしょうが、このように、職業訓練課程から専門大学というルートが、ギムナジウムから総合大学というルートと同じように、将来の展望が保たれていることが、今も中学卒業後に職業訓練課程の選択肢を選ぶ人が多い理由ともいえます。

とはいえ、専門大学入学資格を職業訓練課程を修了してすぐとるとも限りませんし、資格をとったあとにすぐに大学に進学するとも限りません。専門大学は、就労経験のある人が入学を許可されており、逆に就労しながら大学に通う人の割合も高く、自分の仕事や家族生活との兼ね合いをみながら、大学で学ぶ期間を決定する人も多いことでしょう。このようなわけで、スイスの高等教育の入学者の平均年齢は、冒頭で示したように、世界的にも高くなっていると思われます。


専門大学の一つチューリヒ応用科学大学の図書館

おわりに

今回は、職業訓練課程を原点にしたスイスの職業教育体系の現状を概観しましたが、次回は、これらの職業教育体系に加えて、最近、高い人気があり、受講が増えている、継続教育についてみていきます。スイスの継続教育の現在の状況をみていきながら、スイスの職業教育の現状と今後の課題について俯瞰してみます。
※ 参考文献は次回の記事の下部に一括して提示します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


PAGE TOP




MENU

CONTACT
HOME