「ゴミを減らす」をビジネスにするヨーロッパの最新事情(1) 〜食品業界の新たな常識と、そこから生まれるセカンドハンド食品の流通網
2020-02-17
ゴミ問題を逆手にとったビジネス
ゴミを減らす。これを、モラルや義務として遂行するだけでなく、このことを軸にした新しいビジネスや、流通させるツールも、近年、生まれてきました。今回と次回(「ゴミを減らす」をビジネスにするヨーロッパの最新事情(2) 〜ゴミをださないしくみに誘導されて人々が動き出す)の記事では、このような「ごみを減らす」ことに起因・関係する新しい動きについて、ヨーロッパ、特にスイスを中心に、紹介します。とりあげるのは個別の事例ですが、ここから、今後、ゴミの削減をめぐってどんなビジネスモデルや市場が築かれつつあり、日常生活に定着していくのかを、少し展望できたらと思います。
ところで、記事では「ゴミ」として、身近な生活環境で発生する典型的なものを扱いますが、そこで「ゴミ」と一言でくくられていても、実際には多様なものであるため、この記事では、ゴミとなる要因から、三つの系統に分けて考えていきます。
1)(消費されずに)ゴミになる余剰物
2)(消費・使用されていたが)消費・使用されなくなる、あるいはできなくなりゴミとなるもの
3)(消費される商品そのものではなく、商品の品質を保ったり、持ち運びの利便性のために使われ、その用途を終えて)ゴミとなるもの
この3系列のそれぞれのゴミの削減に対する、新しい取り組みについて、記事では順番にとりあげていきたいと思います。具体的には、1)の余剰でゴミとなるものについての動きを、今回みていき、2)と3)のゴミをめぐる動きを次回で扱っていきます。
スイスの有料ゴミ袋に入った一般ゴミ
余剰として(消費されないまま)ゴミになるものの現状
食品類は、余剰として消費されないままゴミとなってしまうものの割合が高い代表的なものです。生産者や小売業者において、みかけで分別されて規格に合わないとして破棄されるだけでなく、店頭や購入後の一般家庭でも、賞味期限が切れたり、使いきれなくなり廃棄されるものが多くでるため、日々、大量の食品がゴミとなっています。スイスでは、実に全食品の3分の1が、このような過程のどこかで、廃棄処分されているといいます。
ヨーロッパ全体でみると、年間1000億ユーロに相当する食べものが捨てられていると概算され、ヨーロッパと北米の廃棄される食料を合わせれば、世界中の飢餓に苦しむ人の食料がまかなえられるとも言われます。
一方、ここ数年間に、フードウェイスト(食品廃棄物)に対する取り組む企業や団体の活動もヨーロッパで活発化しています。以下、そのうちの二つのサービスを具体的にみてみましょう。
「まだ食べられる」の売買アプリ
小売や飲食店で、余剰がでて、売りたいと思っても、販売ルートがなければ、販売することができません。そんななか、簡単に余剰がでた際、それを潜在的な消費者に提示する、という、食品事業者と消費者の間をつなげる、画期的なサービスが、スマホのアプリとして、デンマークのコペンハーゲンで2016年、開発されました。「Too good to go」(廃棄するのはもったいない、の意味ですが使い捨てのカップのかわりに持参する自分用のコーヒーカップCoffee to goと語呂合わせした響きになっています。愛称は頭文字をとってTGTG)というサービスで、スイスでも2018年からスタートしました。
しくみを、スイスのアプリに沿って簡単に説明すると、余剰を販売したい飲食店や小売業者は、余剰がどのくらいでるかを見積もり、ピックアップ先の住所、値段、いつ、何時以降にピックアップ可能かを登録します。するとアプリ上の「すぐに食べる」「明日」「お昼ご飯に」「夜ごはんに」「ベリタリアンフード」「パン類」「加工していない食料品」などのカテゴリーの該当する場所に、オファーとして提示されます。余剰を買いたい人は、希望するオファーを選択し、決済をすませ、指定された時間に赴くと、注文していたものが手渡しされます。ここで販売されるものの値段は、定価の約3分の1が主流で、販売側は、手数料として、スイスでは販売一件につき、2.90スイスフラン(1スイスフランは約110円)をTGTGに支払います。
今年1月末現在、スイスでは約2000の食品業者がサービスを提供しており、68万人がこのアプリを利用し、すでに86万食が捨てられずに済んだとされています。これは、概算で2150トンのCO2の排出をおさえたことになります。
現在、TGTGはほかのヨーロッパ諸国でも急速に広がっています。2020年1月中旬現在、ヨーロッパ14カ国でサービスを展開し、パートナー会社は37335社、アプリのダウンロードは1860万回にのぼります。廃棄処分を免れた食事は、トータルで2910万食にのぼります。
アプリの例。左は、時間帯に分けてピックアップが可能な店と値段が提示されており、
右は、すでに今日の分として売り出してなくなっている食品。
食品廃棄という新たな評価の指針
ただ、少し腑に落ちない不思議な気も、正直します。これまで余剰を一般向けに売るという新しい販売方法は一切あるいはほとんどなかったにもかかわらず、なぜ、これほど参加する食品事業者が増えているのでしょう。
最初に思いつく理由は、余剰の食品を販売して売り上げを若干伸ばすことができる、という理由です。ただし、定価の3分の1で売りますし、余剰は日によって違うでしょうが、それほど多いものではないでしょうし、また、準備したり、手数料などを差し引くと、もうけとして期待されるものにはならないと、参加している菜食レストラン「ティビッツTibits」も公言しています。
しかし、それでもティビッツをはじめ、いくつかの名の知れた大手食品事業者は、このアプリに賛同しています。それはどうしてでしょう。結論を先にいうと、事業者にとって、食品廃棄を減らすために努力し、またそのことをアプリへのオファーという形で提示することに、大きな意義があるからではないかと思われます。
近年までの動向をみると、飲食店や食品店などに対し、安いからおいしいから、ということ以外のものを、重視する消費者は増えています。例えば、有機農業生産物であること(「デラックスなキッチンにエコな食べ物 〜ドイツの最新の食文化事情と社会の深層心理」)や、ベジタリアンやヴィーガンの人向けの食事(「肉なしソーセージ 〜ヴィーガン向け食品とヨーロッパの菜食ブーム」)、テイクアウェイなど簡単に食せること(「ドイツの外食産業に吹く新しい風 〜理想の食生活をもとめて」)などが、その店の品質評価の指針として、消費者(あるいは消費者に大きな影響を与えている知識や意識が高いエリート層)に重視されるようになってきました。
ドイツ系の大手ディスカウントチェーンのリーフレット「持続可能性のための努力」
(扱っている商品の品質について、食品分野ごとに説明されている)
ここで、消費者に大きな影響を与えている知識や意識が高いエリート層というまわりくどい言い方をしましたが、これは、ドイツでの調査の結果に基いて浮かびあがったひとつの社会グループ概念ですので、少し補足しておきます。
ドイツのオンラインの戦略代理店「ディフェレント」のアンケート調査によると、多くの人は、人々が経済的に富裕なエリートより、知識や意識が高いエリート層に属したいという願望が強く、これらの人たちの考えやふるまい、ライフスタイルなどに共感することが多いことがわかったといいます。換言すれば、これらの人は、「社会の先駆者でありトレンドをつくっていく人」であり、企業にとってはマーケティングの重要な指針となるキーパーソンであることになります。「ダイヤモンドが将来も輝くために必要なものは? 〜お金で買えないものに寄り添うマーケティング」)
つまり、これらの消費者や消費者を先導するような意見をもつエリート層の要望に、飲食業界も(成功を追求するなら)敏感でなくてはならない、それが不可欠、という時代になってきたのだと思われます。
そして、「よき飲食事業者」であるための新たな要素として、これからは、さらに、食料の余剰を無駄に廃棄しないよう努めているか、ということもまた、新たな、評価の指針の一つとなっていくということではないかと思います。換言すれば、企業にとって、この売買アプリは、食品廃棄を減らす努力している企業であることを消費者にアピールできる機会であり、そのような理由もあって、積極的にそれを利用しようとする企業も多いと思われます。
ところで、TGTGのCEO のリュッケMette Lykke(本文に関係ありませんが、デンマーク語でリュッケは幸福を意味するそうで、素敵な名前です)によると、ヨーロッパにとどまらず、15カ国目として、アメリカの進出が現在予定されているといいます。リュッケは、アメリカへの進出の理由として、とりわけアメリカが非常に食品の廃棄が多いことをあげています。ヨーロッパで廃棄される食品は全体の2割を占め、これでも十分多いと思われますが、(アメリカ農業省の統計データによると)アメリカでは、食品の3割から4割が廃棄されているのだそうです(Kollmeyer, 2020)
「昨日焼きたてfrisch von gestern」のパンを売る店
ヨーロッパ人にとって、パンは、日本人にとってお米に近い存在です。パンを1日一度も口にしない日はまずありませんし、二回食することは、多いというよりむしろ普通です。
このため、パン屋の数も多いですが、今日、売れ残ったパンを、翌日も売る店はまず見当たりません。消費者が焼きたてを期待しているため、あるいはパン屋が、前日の残りのパンを売っているとイメージダウンにつながると考えているとか、双方事情はいろいろあるのでしょうが、とりあえず、歴然とした事実として、毎日、膨大な売れ残ったパンが、ヨーロッパでこれまで廃棄されてきました。EU全体で、捨てられるパンの量は、1年で300万トンにもなります。
ドイツ国内では、パン屋は20%が売れ残り、余剰になっていると概算されており、もしもパン屋が木材の代わりに余ったパンを燃料として燃やせば、(パンは木材と同じくらい高カロリーなため)原発1基を減らすことができるともされます。
残ったパンの一部は、飼料にまわされたり、コンポストにまわされたりもしますが、基本的に、パンは次の日もまだ十分食べられるものが多く、理想的なのは、売れ残ったものを、当日の夜や翌日になってもパンとして売ることでしょう。
このため、さきほどのTGTG でも、残ったパンをオファーするパン屋がありましたが、気軽に街角で、普通のパンのように、買い求めることができる、前日に焼いたパンの専門店も、登場しました。2013年にチューリヒで誕生した、スイスドイツ語で(まだ)食べられる、という意味の「エスバー Äss-bar」という名前のベーカリーです。
エスバーのベルン支店内の様子
出典: https://www.aess-bar.ch/bern.html#news
前日に売れ残ったパンを売る店。スイスにいくつものチェーン店ができている
店内は上の写真でもわかるとおり、普通のパン屋と同じようですが、パン屋にオーブンやパン工房が付属していません。というのも、そこで販売されているパンはすべて、前日に複数のベーカリーで焼かれたもので、売れ残って、店頭でもう売れないものを、もらい受け安値で売っているためです。
消費者が通常のパン屋と区別しやすくし、また、パンを提供している複数のベーカリーと競合関係にならないようにするために、「昨日焼きたてfrisch von gestern」という文字が、ロゴや店頭の目立つところに書き添える工夫もされています。
一号店が開店してから今年で7年目になりますが、少しずつ都心の学生などの間に定着し、現在は、8都市に常設ベーカリーを設置し、大学などの3箇所に定期的に輸送販売も行うまでになりました。従業員の数も、現在100人まで増えました。
ちなみに、ここにパンを提供しているのは地元のパン屋で、ホームページの提携ベーカリーの欄をみると、ほとんどの街のパン屋がパンの提供をしていることがわかります。パン屋も、残ったパンを廃棄するよりも、このような場所に提供することで(無償で提供しているのかなど、詳細は不明)、フードウェイストに取り組むことに、賛同するのが普通の時代になったようです。
まとめ
ところで、これまでも、フードウェイストを減らす試みが、全くなかったわけではありません。小売や卸し業者、レストランの一部で、前日の食事を廃棄処分にするのではなく、貧しい人たちに提供するなどの活動をルーティンとして行ってきたところは、いくつもありました(し、今でもそのような活動を続けているところもいくつもあります)。
しかし、今回とりあげた動きは、これまでの動きと比べると、二つの点で異なり、また、その二つの点ことが、今後の発展のキーとして注目できるのではないかと思います。
ひとつは、フードウェイストに取り組むことが、業界でもはや、特殊でマイナーなことではなくなってきたことです。むしろ、これに積極的な姿勢をみせることが、「良識ある」ある企業としてのステイタスとなり、このままだと、数年後には、これが「普通」となって、しないほうがむしろ「悪い」会社のレッテルを貼られるようになるのかもしれません。
もう一つは、これまで、残った食品の配布を、慈善事業ではなく有料のサービスとして、幅広い層を対象に提供するようになったこと(あるいは、それが可能になったこと)です。このような言わば、食品のセカンドハンドの流通網ができ、そこで、有料サービスとして扱えるようになったことは、食品事業者にとって、大きな利潤を生むものではありませんが、様々な地域で、多様な需要や生活リズムで就労・生活している一般の人と、食品事業者が、ミクロな単位で売買契約を結ぶことを可能にしました。これによって新しい需要ができる可能性があり、破棄される食事の量を大幅に減らすことに貢献できるかもしれません。
このように考えると、今後、このサービスは、単なる余剰食品を減らすというミッションを達成するだけでなく、新しい食品購入の形を、ヨーロッパの人々に提供するものであるともいえ、食品の購入の在り方のひとつとして、根付くかもしれません。
次回は、「ゴミを減らす」を、また別の形でビジネスにしているいくつかの動きについてご紹介していきます。
※ 参考文献は、次回の記事の最後に一括して掲載します。
穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
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