コロナ危機が報道機関にもたらしたもの 〜ヨーロッパのジャーナリズムの今(1)

コロナ危機が報道機関にもたらしたもの 〜ヨーロッパのジャーナリズムの今(1)

2020-07-19

コロナ危機以来、世界的に非常に多くのテーマや問題が生じ、ジャーナリズムは、それらに寄り添い、報道することに終始してきました。その一方、ジャーナリズム業界自体も、ほかの業界同様に、コロナ危機で大きく翻弄されました。コロナ危機は、ジャーナリズム業界にどんな状況をもたらしたのでしょう。あるいは逆に、ジャーナリズム業界からみると、コロナ危機下、社会でどのように扱われ、どんな役割を果たしたのでしょう。

今回から3回にわたって、ヨーロッパを例に、ジャーナリズム業界のコロナ危機による変化と現状について注目していきます。

初回である今回は、ヨーロッパのジャーナリズム業界全般のコロナ危機下とその後の状況を、スイスの主要な新聞『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥンクNeue Zürcher Zeitung』を例にとりながら、概観してみます。

次回と最終回では、ジャーナリズム業界をみる視点をマクロからミクロに移して、ヨーロッパのジャーナリズム業界で、ここ数年で急速に普及した、ポッドキャストというデジタルメディアについて、注目していきます。まず次回(「デジタル時代に人気の「聴く」メディア」)では、近年の、多様なコンテンツで急成長しているポッドキャスト全般の展開について、伝統的なジャーナリズム業界の衰退していく背景と、対比させながら概観します。

最終回(「報道機関がさぐるポッドキャストの可能性」)では、ジャーナリズムにおけるポッドキャストに焦点をしぼり考えていきます。報道機関のポッドキャストの展開と傾向に注視しながら、ジャーナリズムがポッドキャストに期待できることを、わたしの利用体験をふまえながら、具体的に考察していきます。

※この記事で、ヨーロッパというとき、主にドイツ語圏の国々(ドイツ、スイス、オーストリア)を指します。
※参考文献は、最終回の記事の最後に一括して提示します。

コロナ危機で重視される正確な報道

3月中旬、コロナ危機に伴うロックダウンがヨーロッパで一斉に開始されると、ジャーナリズムをめぐる状況も一転しました。

まず、コロナ危機の国内外の刻々と変わる状況や、それに対応した政府の決定を正確に一刻も早く知りたいという社会の要望が急に高まり、近年、問題となっていたジャーナリズム離れが一気に、一時的に解消されました。

例えば、スイスのドイツ語圏の公共放送の主要ニュース番組「ターゲスシャオTagesschau」は、ヨーロッパの3月のロックダウン直後、連日、100万人以上が視聴されました。ロックダウンから3日目の3月19日の夜は、そのピークで、150万人が視聴しています(Tobler, 2020)。スイスで主要な日刊紙『ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥンクNeue Zürcher Zeitung』(以下略称として、NZZと表記)は、今年3月、オンラインポータルサイトの利用者が870万人に達しています

ドイツの主要日刊紙『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング Frankurter Allgemein Zeitung』(FAZ)も、2020年6月までのホームページの閲覧数が、4億9000万回と、前年の同じ時期に比べ52%、増加しました。同じ時期のデジタルの有料購読者数も、前年の同時期の数に比べ、78%増えて5万5400人になりました。総じて、FAZを(なんらかの形で)読む人の数は、FAZの歴史において、2020年前期、最大となったと言われます(Die F.A.Z., 2020)。

つまり、いつもニュースを目にほとんど見ない人も含めて、コロナ危機下では、社会の多数派が、公共放送や新聞社などの、主要な報道機関のニュースを視聴・閲覧していたといえます。普段は、公共放送や伝統的な報道機関のニュースをほとんど利用しない人たちでも、前代未聞の変化が起きた時、デマやノイズが多いソーシャルメディア経由よりも、直接、正確な情報源から最新の情報を得ようとする人が、多かったのでしょう(コロナ危機直前までの公共放送の状況と公共放送の一般的な役割についての議論は、「ヨーロッパの公共放送の今 〜世界的に共通する状況とローカルな政界との関係」)。


ロックダウン期の駅前のほとんど自転車がない駐輪場

コロナ危機が及ぼした大打撃

このように、コロナ危機によって、社会の基幹メディアとして機能する公共放送や主要新聞社などのジャーナリズムの真価が改めて広く認識されたことは、ジャーナリズム業界にとって喜ばしいことでしたが、他方、コロナ危機はジャーナリズム業界全体に、大打撃を与えました。

産業・経済界の活動が急速に停滞したことを受けて、ジャーナリズムの広告をとりやめにするところが増え、広告収入が激減したためです。ジャーナリズム業界は、わずかな例外を除いて(一部の左翼系、あるいは完全会員制のオンライン・メディアはもともと広告費に依存度が低いか、あるい広告を全く入れていません)、広告収入に依存する運営形態ですが、ロックダウン以降、現在まで、広告収入が回復するめどがたっていません。スイスのメディア協会は、5月はじめ、今年コロナ危機の影響で広告が半分に減ると概算しています(Brandle, 2020)。ちなみに、ヨーロッパでは公共放送も広告をいれることが一般的であり、同じような問題を抱えています。

追い打ちをかけるように、5月中旬からドイツ語圏で再開された、カフェやレストランで、新聞や雑誌を置くことが禁止されました(Fumagalli, 2020)。飲食店でのメディア配置の禁止は、あくまで暫時的な感染予防の措置ですが、(読まれない新聞や雑誌をとってもいても仕方ないという理由で)購読契約を一旦解約した店が、そのまま戻ってこないこともありえますし、そもそも、再びいつからまたメディアの配置が解禁となるのか、まだ見通しがたたない現状で、伝統的な紙媒体の読者離れがすすむことが危惧されます。

コロナ危機以前からの問題と変革の必然性

このような困難な状況に直面し、スイスでは大手報道機関が次々、社内の改革や解雇に着手する旨を発表しはじめました。なかでもはやかったのは、NZZで、6月25日に、ほかの報道機関に先駆けて、具体的な構造変革計画を公表しました。10%全体の支出を減らすため、マーケティングとロジスティック部の人事を30人減らし、全体の5%のリストラをするというものです。これは、多くの顧客が所望する本質的なものに集中することによって、コストをおさえつつ、報道の質を保つという方針であると、編集長グイエEric Gujerは説明しています。

NZZは、コロナ危機の前から、すでに毎年3〜4百万スイスフラン、収入が減るという状況にありましたが(Blandle, 2020)、経済界とのつながりが強く、多種多様な産業界の広告主を抱えるNZZは、コロナ危機下、とりわけ厳しい状況に陥ったのでしょう。

広告収入と反比例し増えている購読者数

このようなNZZの最新の構造改革計画とその周辺の事情をきくと、NZZは、現在かなりの崖っぷちに立っているという感じに聞こえ、構造改革の構想には、悲壮感すらただよっているように思えてきますが、他方、読者や購読者数の推移をみると違った印象が強まります。

コロナ危機に際しては、これまでスイスで利用者数が最大だった無料のニュースサイト『ツヴァンツィッヒ・ミヌーテン(ドイツ語で「20分」)』を追い越して、スイスで最も読まれるニュースサイトになりました(Brandle, 2020)。

また、NZZ購読者は2019年終わりの時点で、16万6000人で、前年比で7%購読者が増え、現在は、さらに18万7000人に達しています。つまり購読者数は、ここ数年、コロナ危機に左右されず順調に増えているのです。

つまり広告収入は減っていますが、読者や購読料収入は増えていることになります。ただし、前者の大幅な損失を、後者で十分おぎなえていないという構図です。

NZZの方針と展望

ところで、読者や購読者数を増やすことができたのでしょう。

もともと、NZZは、ドイツ語圏でも高い品質の新聞として知られており、メディアクオリティ評価(スイスで2年おきに行われている総合的な質の調査と評価)でも常にトップの座にあります(「メディアの質は、その国の議論の質を左右する 〜スイスではじまった「メディアクオリティ評価」」)。そのような従来からの社会にある厚い信頼があったため、コロナ危機のような非常時に、多くの人に、ニュースソースとして選ばれたのでしょう。

また、ここ近年は、スイス国内の人だけを対象とせず、あえて隣の大国ドイツでのニーズを反映させた記事づくりで、これまでほとんどいなかった、ドイツでの購読者を増加させることに成功してきました。

2017年4月から、ドイツについて特化したメーリングニュースを、新聞とは別に始めたことものが、好評であったのを受けて、ベルリン支部の編集スタッフを徐々に増やし、ドイツに関するニュースの発信を、増やしてきました。その結果、2019年末には、前年より50%多い、2万人の購読者をドイツで獲得しています。2万人は、ドイツの人口からすればわずか0.02%と、非常にわずかですが、NZZのトータル購読者数では、すでに11%を占めます。

今後も、ドイツ人向けのドイツのニュースを充実させるだけでなく、むしろ読者をまきこんで踏み込んで積極的に議論するフォーラム的な役割を果たすことで、ドイツ国内の存在感を強め、読者を増やすことを目指しています (Jacobsen, 2020)。

まとめると、NZZ革は、コンテンツの質は維持したまま(ドイツ人購読者向けにはドイツに関連するニュースを増やすなど構成を変えますが)、オンライン上のコンテンツに力をいれ、また、スイスだけでなく、ドイツに市場を広げるという方針で構造改革を進めようとしているようです。NZZ全体として、2022年には、全体で購読者数を20万人、2030年には40万人の購読者に増やすことを目標にかかげています。

まとめと次回のテーマ

NZZのこのようなモデルは、ほかの新聞社にもぴったりあうとは限りません。外国に進出を目指すという方針は、新聞社としてはむしろ少数派、異例なケースでしょうし、そもそも新聞は、内容も強みも、そして、購読者層も、かなり違い、それだからこそ、共存してきたのでしょうし、今後も、ひとつのモデル、解を求めないことが、重要といえるかもしれません。

その一方、存続の危機にある報道機関が多いという意味では、思い切った変革を進めることは現在共通する課題といえそうです。コロナ以前から、テレビやラジオ、紙媒体の新聞社など、ジャーナリズムは例外なく全般に、近年、視聴者や読者が減っていたため(「若者の目につくところに公共放送あり 〜スイスの公共放送の最新戦略」)、本質的な問題はすでにコロナ危機以前からあったともいえますが、いよいよ「コロナ危機が、すでにはじまっていた構造変革に一層の拍車をかけ」(Simon, 2020)ているといえます。

次回からは、伝統的な報道機関が、現在、情報発信のデジタルメディアとしてさかんに利用するようになったポッドキャストについて具体的にみていき、ジャーナリズム業界での可能性について考えていきます。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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