スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(1)

スイスの国民投票 〜排外主義的体質の表れであり、それを克服するための道筋にもなるもの(1)

2020-09-07

前回から続くテーマ。カナダのように移民が受け入れられなくてもほかのなにかいい方法はないのか

人口が縮小している多くの国において、移民をいかに受け入れていくか、あるいは確保していくかは、死活問題となります。前回、ダリル・ブリッカー Darrell Brickerとジョン・イビットソン John Ibbitsonの共著『Empty Planet』(『2050年 世界人口大減少』文藝春秋、2020年)が示す、カナダが、毎年30万人規模の移民を受け入れているにも関わらず、社会で移民問題の摩擦がほとんどないという現状についてみました(「カナダの移民政策とヨーロッパのジレンマ」)。

このような成功例をきくと、ほかの国でも可能か、と期待がふくらみますが、著者は、カナダのようなやり方が、現状では、ほかの国では難しいとします。前回では、この違いについてヨーロッパを例にみてみましたが、それでは、カナダ流が無理でも、なにかほかにも、いい手段やアプローチの方法はないのでしょうか。

今回と次回を使って、このことを探っていきたいと思います。クローズアップしてみていくのは、ヨーロッパの小国スイスです。

スイスを扱うのは、ふたつの理由があります。まず、スイスは、先進国のなかでも移民の割合が多い国ですが、カナダと同様に、社会で移民にまつわる不穏な動きが少なく、近年、比較的、移民との共生がうまくいっているためです。ただし、これまで、すでに、スイスの移民のインテグレーション(社会への統合)について、色々な角度からレポートしたものと異なり、今回は、移民自身や移民についての働きかけではなく、とりわけ、移民の受け皿となる社会そのものを、対象にして考えてみます(これまでの移民のインテグレーションの概観については、「ヨーロッパにおける難民のインテグレーション 〜ドイツ語圏を例に」、「ドイツとスイスの難民 〜支援ではなく労働対策の対象として」、「帰らないで、外国人スタッフたち 〜医療人材不足というグローバルでローカルな問題」)。

二つ目の理由は、そのような受け入れ側である社会で、効果的に機能しているものとして、定評があるユニークな政治的装置(しくみ)があるためです。それは、スイスの国民投票という制度です。国民投票は、あくまで、スイスの政治制度にすぎませんが、これが移民問題にどのように関与し、一定の貢献をしているというのです。どういうことなのか、記事で、順次、明らかにしていきます。

スイス移民的背景を持つ人(外国出身あるいは外国出身の家庭の者)の割合

国民投票についてみていく前に、諸外国に比べ、移民の割合が突出して多いスイスの現状を、概観しておきます。

2018年のOECDの調査によると(OECD, 2019, p.39-42.)、外国で生まれた人の割合は29.0%です。この割合は、OECD加盟37カ国において、60万人の小国ルクセンブルク(47.6%)に次いで高さになっており、(外国出身者が現地の住民と全く接触なく、労働力として家族なしで就業しているアラブの国を除く)西側諸国で、非常に高い割合です(ちなみに、2000年のスイスでは21.9%でした)

このスイスの割合は、ほかのヨーロッパの主要国(ドイツ16。0%、フランス12.5%、イギリス13.8%、スウェーデン18.8%)と比べると、突出しており、自他共に求める主要な移民大国よりも高くなっています(オーストラリア27.7%、ニュージーランド23.3%、アメリカ13.6%)。ちなみに、前回扱ったカナダ(20.8%)よりも、約1割高い割合です。



15歳以上のスイス在住者で、移民的背景をもつ人は、2018年、全体の37.5%であり、複数の国籍をもつ重国籍者は、四人に一人の割合です(通常、移民的背景をもつ人とは、親のどちらかあるいは両方が外国に生まれた人をさしますが、この連邦統計局(BfS)の統計では、本人も両親もスイスで生まれた場合と、両親がともに外国で生まれたスイス人である場合をのぞいた人を除いた、外国の国籍をもつ人と、スイス人に帰化した人を指しています)。

国民投票というしくみ

国民投票という政治制度は、スイスに限ったものではありませんが、施行される回数が多く、国の政治的機能として重要性が非常に高いという意味で、スイスの国民投票は、特異な存在です。このため、スイスの国民投票について、簡単に以下、おさえておきます(詳細は以前にまとめた以下の記事をご参照ください(「牛の角をめぐる国民投票 〜スイスの直接民主制とスイスの政治文化をわかりやすく学ぶ」)。

現在世界のほとんどの民主主義国家では、有権者たちが選んだ代表者(代議員)を議会に送る「間接民主制(代表民主制)」という政治制度を用いていますが、これに対し、直接民主制とは、有権者が、国(あるいは所属する州や地域)の法律や政策決定に直接関与する(参加する)制度です。スイスでは、有権者は一定数の署名を一定期間に集めることで、ある提案を、投票に持ち込むことを指します。国レベルのことを決める投票であれば、国民投票、州レベルや自治体レベルのテーマを投票で決めることは、一般的に住民投票と表されます。

スイスの国民投票は、投票の対象となる内容の違いによって、「イニシアティブ(国民発議)」と「レファレンダム」という二つの種類に分かれます。イニシアティブとは、連邦憲法改正案を提案し、その是非を可決するものです。スイスの有権者で、有権者の10万人の署名を18カ月以内に集めることができれば、誰でもイニシアティブを提案し、国民投票に持ち込むことができます。内容が明らかに「違法」と判断されるようなものはイニシアティブとして成立させることができないことになっていますが、違法性を事前に判断すること自体も難しいため、原則としてイニシアティブとして成立したものは国民投票にかけられることになります。

「レファレンダム」は、すでに存在する法律や憲法に関する異議を申し立てる国民投票です。正確にいうと、この中にも、さらに二種類のものがあります。一つは、連邦議会が通過した法律に異議がある場合に、国民投票に持ち込み、最終的に国民が法律の可否を決めることです。これは、「(随意の)レファレンダム」と言われます。法律の公表日から100日以内に5万人分の署名を集めることができれば、どの法律に対しても可能です。もうひとつは、連邦議会が憲法改正案を承認した場合に行われる国民投票です。憲法を改正する際には必ず国民の承認が必要なため、国民投票が自動的に行われる運びになります。通常これは、「強制的レファレンダム」と言われます。

国民投票にかけられる議案は、まず連邦議会(ちなみにスイスは二院制で、上院にあたる全州議会と下院にあたる国民議会からなります)で賛成するか、反対するか、あるいは対案をつくるかが協議され、採決の結果が連邦議会の公式見解として示されます。国民投票は、連邦議会の公式見解に関係なく、実施されますし、最終的に提案を受け入れるかを決めるのは投票する国民自身であることは確かですが、有権者の判断の助けとして、連邦議会や政府の公式見解の影響力は少なくありません。

ちなみに、国民投票の提案の対象が憲法か、法律かによって、提案の採用条件が異なります。法律に関する国民投票(つまり随意のレファレンダムの場合)では、投票者の過半数の賛成票があれば、それだけで、提案は採用されます。これに対し、憲法に関わるほうの国民投票(つまりイニシアティブと強制レファレンダムの場合)では、国民の過半数が賛成であることかつ、賛成票が多数を占める州が過半数になる必要があります。このような国民投票の機会が、スイスでは年に平均四回あり、毎回平均3から4件の案件が採決され、国民投票の投票率は通常毎、4割から5割です。全く選挙にいったことがないという若者は2割程度にとどまり、自分たちの民主主義制度を守るために投票に行くことを義務と感じている人が、未だに比較的多いようです。

国民投票で吐露される移民への排外的な感情や不安

ところで、移民問題に関するスイスの国民投票については、これまで、ヨーロッパのほかの国では、どちらかというとむしろ、排外主義的で悪いイメージがつきまとっていました(逆に極右勢力からは、賞賛の的とされることがしばしばです)。

例えば、イスラム教寺院のミナレット(塔)の建設禁止を可決した際や(2009年)、移民数の制限案(2014年)が可決された際、スイスの排外主義を如実に示していると、隣国の政治家やメディアは、スイスを痛烈に批判していました。

排外主義的な議案を主にもちこむ国民党のポスターやビデオで、移民や外国を敵対視するようなあからさまで挑発的な表現をよく用いるため、これをもって、スイスの排外主義的な思想のあらわれだと、受け止められることも多かったのだと思われます。



移民の入国や滞在についての規制の強化を訴える国民党ポスターの例



(外国人排斥的な意識を、どう測り、どう判断するかは議論の余地が大いにあるところですが)全般にスイス社会に移民に対する不信感が、根強くあり、それが国民投票の議案ににじみでている、とする見方がほかの国ででてくるのも無理はないと理解できますし、実際に、あながちまちがってはいないでしょう。

1970年から2010年までの国民投票で、移民の管理や規制強化、国籍取得など、移民をどこまで、どのように自国に受け入れるかということテーマにした議案が、27回もだされ(Brunner et al., 2018)、毎回投票のたびに、移民が、国家上の重要な「問題」で、なんらかの規制の対象とすべきという主張が、声高に叫ばれてきたこと(もちろんそれに反対する意見もまた同じように主張されていましたが)。そして、このような移民問題(の規制を国民投票で可決させること)を政党方針の中心におき、関連する議案を国民投票に繰り返して提出してきた国民党が、1990年代から支持者を急増させ、2003 年以降今日までスイスの第1党であること。現在もそのような排外主義的国民投票は過去形になっておらず、今年9月27日に再び、保守・右派の国民党主導のスイスが自律的に外国人移民の受け入れを規制可能にするよう求める国民投票(通称「制限イニシアティブ」)が行われる予定であること。

これらの事実をふまえ、総合的に考えれば、スイスは排外主義的な傾向が根強くあり、そこでの国民投票は、国民の反移民の感情を映し出す、ひとつの鏡となっている、と言えるかと思います。

反転する国民投票のイメージ

しかし、非常に興味深いことに、このような見方とは対照的に、よりによってこの国民投票が、移民政策を安定的に推移させる鍵となっているという、という見方もあり、特にスイスでは、現在、社会で幅広く受容されています。

次回は、スイスで、国民投票の、どこに移民政策についてのプラスの部分を見い出し、どんな効用があるとしているのか、詳しくみていきます。

※ 参考文献は、次回の記事の最後に一括して掲載します。

穂鷹知美
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。
詳しいプロフィールはこちらをご覧ください。


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